◆「内定への一言」バックナンバー編

「世の中には、作る仕事と売る仕事しかない」





こんばんは。先ほど「福重の湯」から帰ってきた小島です。

あの辺に行くたびに思いますが、西区も随分発展したものです。

Y君、K君、また春頃に行きましょう。



さて最近は、諸般の事情から長く会っていなかった友人・知人と続々再会し、言葉にできないほどの感動を味わっています。

その中でも、僕の記者時代、大阪の不動産会社の業務の関係で福岡に転勤で来られたOさんとお話していると、今日も何度かタイムスリップしたような感覚になりました。

記者時代、それに続く創業準備、独立…Oさんにはどれだけお世話になったことか。35歳までのこの5年は、恩返しと友人の応援、そして可能性に溢れる学生さんの応援に全力を尽くそうと、改めて感じる日々です。


今や、学生サークルにしては不似合いなほど大きなサークルとなったFUNですが、もし僕の代わりに全幅の信頼を託して「顧問」を任せられる社会人を選べと言われたら、間違いなくOさんを選びたいほどです。

これから社会人となられる皆さんには、おいおい僕の素晴らしい友人もどんどんご紹介していきたいと考えているので、その時は楽しくお話しましょう。

それはそうと、本メルマガは「内定への一言」というタイトルなので、今日はそれらしく、就活の話題を取り上げることにしますね。



毎年就活の時期になると出てくる悩み、というか僕のところに寄せられる相談の中でもトップクラスに多いものといえば、「業界を広げるべきか、狭めるべきか、どちらがよいのか」というものです。

僕は人によっていくらか説明にも変化を付けますが、大体は「広げまくって狭めるのがいい」と言うことにしています。

最初から狭いよりも、多い選択肢を統一させていく過程で決断力が鍛えられ、多くの要望を一つの対象に込めることができるからです。

事実、この世には「メーカー」と「商社」の二つの仕事しかありません。言うなれば、仕事には「作る」と「売る」しか存在しない、ということです。

消費者の視点が抜けきれない学生さんは、「でも、銀行があるじゃないですか」、「不動産会社もありますよ」、「僕の好きなヤマダ電機はどうなんですか」と言うかもしれません。

しかしそれらも、収益構造と問題解決手法を会計的に見れば、「お金の商社」、「土地・建物の商社」、「家電製品の商社」です。


売っている商品が違えば業界も違う、と思いたがるのは「消費者の視点」であって、ビジネスの仕組みが同じであれば同業種と考えるのが「経営者の視点」だとも言えるでしょう。

来週から始まる『FUN業界ゼミ』では、このような「業界横断的」な会計センスを養い、皆さんの志望動機を内定するまでも、してからも消えないように磨き上げていく勉強をしていく予定です。

そして、もう一つの目的は、「調べ損」という損な考えを捨てることです。


例えば「銀行」を志望していた学生さんが、色々と仕事を調べていくうちに、「商社の仕事が面白い」と感じたとしましょう。

しかしその時期は、就活を「始めた」と自覚した時期から、既に3ヶ月ほど経過した頃だったとします。

「今までずっと銀行一本で来たのに、今さら志望業種を変えたら、銀行を目指して頑張ってきた時間がもったいない。

さらに言えば、商社に寄り道したとして、もしやっぱり銀行の方がいいと思った時、商社を調べるのに使った時間ももったいないと思うだろう。そう考えると、やっぱり時間のムダは避けたいから、自分は銀行一本でいこう」


そう考えたこの学生さんは、「商社」という言葉を聞くたび、心のどこかで「いいな」とか「聞いとこう」と思ったりもしましたが、そんな心の声を振り切るように、銀行の研究に熱中しました。

しかし1ヵ月後。やはり業界研究の精度が鈍ったのか、目指していた銀行の選考にことごとく落ち、持ち球が少なくなってきました。

そこで再び現れたのが、「商社」の影でした。

「やっぱり商社がいい…!」

そう思った学生さんは、銀行や金融を忘れ、遅ればせながら商社を第一志望に定め、焦りと不安の中で再スタートを切りました…。

しかし、やはりそちらの準備も不足していたのか、商社の選考でも望み通りの結果は得られず、最後は「どこでもいいや」みたいな気持ちになってしまいました。おしまい。


といったようなパターンで、まるで第一志望の大学に落ちた学生のように、「オレは本当は銀行志望だったんだ」、「私は本当は商社で働いているはずだった」とか言う社会人も、けっこういます。

僕はこういう人を見るたび、「会計を知らない人って、こんなことで悩むんだ」と感じます。

というか、「こんなことを損だと考えるんだ」と思います。

はっきり言って、一業種だけの研究で終わる業種研究など、研究と呼ぶには余りに程遠いものです。

本気で一つの業種を研究すれば、誰であれ、最低20くらいの業種との関わりが描けねば、それは間違った業種研究です。

それに、「銀行」を志望業種にした人は、同時に商社でも働きたいと思うようでなければ、銀行の本質は全く見ていないとも言えるでしょう。

銀行とは、世の中で余っているお金を集めて「過剰在庫」を装置化し、その融通の仲介人の役割を果たしている仕事です。

つまり、「お金を買って、お金を売っている仕事」です。

お金自体を商品にしているから、銀行が「商社」であることが分かりにくいのかもしれませんが、やっていることは100%商社と同じです。

片や、学生さんがイメージする「商社」といったら、「カバン持って外国の空港で国際電話」みたいな、前近代的なイメージです。

しかし、そんな華やかそうな仕事は、商社の仕事の1,000分の1くらいでしかなく、他は地道な与信審査や書類作成、品質管理、債権管理や営業です。

また、商社であれば必ず「掛」で売買をしますが、この機能は実質的には「融資」と同じ役割を果たしていて、商社が果たす銀行機能を「商社金融」とも呼ぶのは、商学部の人であればご存知かもしれません。

となれば、銀行と商社の何が違うかと言うと、貸すものが「カネ」か「モノ」のどちらであるか、というだけです。

貢献面で分類すれば、銀行は流動負債か固定負債の調整を担当し、商社は当座資産と棚卸資産の流動化を支援しているだけの違いです。

やっていることは、「資金需要への対応」と「時差の調整」であり、銀行と商社の仕事は全く同じです。

それが同じだと思えないのは、「ビジネス」として見ず、銀行と言えば「七三分け」、「地場企業」、「手堅い」、「安全」といった雑音を情報だと勘違いし、商社と言えば「海外」、「アタッシェケース」、「携帯電話」、「英語」のような雑音を情報と思い込んでいるからです。

そういうのは「雑音」と言って悪ければ、「表層的な煙幕」とでも言えます。収益を生み出す本業からすれば、通信環境や語学力などは、部分的な要素、末梢的な要因に過ぎないものです。

そういうものは、あるに越したことはなく、もちろんさらに「七三分け」であれば安心感も喚起できるかもしれませんが、「社会のどんな問題を、どう解決しているか」という核心の理解がなければ、本当に心底同意できる志望動機は持ちようがありません。

そして、「問題解決手法」を会計的に理解できれば、志望業界は続々と増えてしまうものなのです。

ですから僕は、就活を始めた頃は、色々な業界が等しく「面白い」と思えねば、危ないと思います。

その増え方が「福利厚生」とか「離職率が低い」などというどうでもいい理由であれば問題ですが、純粋に仕事が面白いという理由で志望業種が増えるのは、至って健全です。

「選択肢が増えるのが危ない」というのは、学生には「対象を分散させると割ける時間が減り、集中も浅くなる」という社会主義的な発想が強いからです。

そのように、「数ヶ月間も第一志望にしていた業種を別の業種に変えると、損なのではないか」と思うのは、「投下時間の長さ」が価値尺度だと思っているからでしょう。

そういうのは「労働価値説」といって、学校の先生が大好きなマルクスやレーニンが100年以上も前に提唱した、既に破綻した理論です。

「制作費100億」とか「構想5年」と言われただけで「いい映画やん」と思う人たちは、思考構造的に、核兵器を持った将軍様のいる国の人たちと同質の発想をしているわけですね。

しかし「価値」は、常に時間節約やスピード化から生まれます。「時間をかけて価値が上がるのは、骨董品とウィスキーしかないぞ」というのは、『ビジネス塾』の「減価償却」の回でも説明した通りです。

銀行を3ヶ月調べたからといって、それを別の業界に変更するのに後ろ髪を引かれる思いをするのは、人情としても分かります。

しかし、「他の業種の魅力が見えてきた」というその事実こそ、銀行をよく理解したという証拠でもある、という事実を忘れてはなりません。


最初は「銀行=カネ貸し」としか思っていなかった学生さんが、よく調べるうちに「債権管理」という仕事に興味を持ったとしましょう。

その「債権管理」を調べているうちに、「債権を管理すると安全な成長企業のデータが揃って、コンサルティングもできるのか」と思い、次は取引先に繁盛のアドバイスを行う「コンサルティング」に興味を持ったとします。

「情報提供でお客様が喜ぶなんて、銀行の仕事はお金を貸すだけじゃないんだ」と思った学生さんは、ここで「自分がやりたいのは、こういう経営相談だ!」と思ったとしましょう。

そこから見えてきた新たな世界は、「コンサル会社」でした。資金を融通するというより、資金調達の仲介をしつつも、情報や人脈を仲介したり、ビジネスモデルを一緒に考えたりする仕事です。

この学生さんが「そうだ、自分のやりたい仕事はこれなんだ!」と思ったのなら、銀行に投じた時間は「損」だと言えるでしょうか。

損どころか「得」ですよね。だって、以前に志望していた業界よりももっと深い動機で別の業界を認識し、より本質的な喜びを将来の夢の果実として描いているからです。

こういう現象を、学生さんは「志望業界が変わった」という言い方をしますが、僕はこの言い回しは、非常に表面的で、何ら本質を説明していないと思います。

なぜ「志望動機が成長した」と言わないのでしょうか。

行く業種じゃなく、動機が大事で、動機こそが結果を決めるのに。

もちろん、この学生さんが「コンサル会社」に決めたといっても、もっと勉強していけば、再び細分化された分野に興味を持って、リースや不動産、広告、運輸、ITなどに興味を持つ可能性は十分あります。

なぜそのように興味が移動するかといえば、それらは全て「商社」だからです。会計的に同質の仕組みを持っている業種間では、バーター(交換的移動)が起こりやすいものです。

そういう学生さんを見ると、他の学生は「おまえ、また志望業界変えて大丈夫?」と心配するかもしれませんが、会計的に正確な理解をしておけば、業界を変えた「新参者」であれ、他の「先輩」よりも理解が深い、ということだって十分ありうるのです。

ですから、学生さんが言う「志望業界の変更」などは、単に「扱う商品」から見た上での「浮気」であって、我々経営者の視点で言えば、別に何も変更されてはおらず、それどころか「深化」とも呼べるもので、非常に好ましい決断です。

つまり…。

学生 僕、志望業界を銀行から不動産に変えたんです。友達は不動産会社から広告代理店に変えたそうです。

社長 そっか、同じ業界か。よく勉強したね。

学生 え、何が同じなんですか?

社長 銀行は余ったお金、不動産は余った土地を運用しているし、不動産は所有する土地の活用者を募集し、広告代理店は所有する紙や電波の活用者を募集しているから、全く同じだよ。

学生 そっか。なるほど!

ということです。

学生さんは「不動産⇒広告」、「通信⇒商社」などといった変更をさも大決断のように捉えますが、それは表面的な見方をしているから、そう思うに過ぎません。

会計的に仕事を理解すれば、どの仕事も楽しく思えてきて、西南法3・K谷さんのように、「毎週志望業界が変わってしまう」というようになってよいのです。

それらの動機は、いずれ最も深い部分で同意できる理想の下に統一され、その仕事は、今まで自分が保有してきた全ての動機を含んでいるとも言えるでしょう。

だから毎年、「どんどん広げて、そこから狭めよう」と言っているのです。

中には元から一つに決めていて、「私は銀行しか受けません」という人もいますが、そういう人も一度は広げることをお奨めします。自分が受ける業界しか知らないなんて、「何も知らない」のと同じだからです。

せめて、競合関係にある業界や取引関係、補完関係、提携関係にある業界くらいは調べておかねば、本当に相手を動かす志望動機など作りようがないでしょう。

ということで、「志望業界がどんどん増えて、これでいいのか不安だ」という学生さんは、そういう不安は健全な不安ですから、その「広がり方」に着目して、どんどんいろんな業種を調べてみましょう。

1~2ヶ月もすれば、「自分が本当に大事にしたいこと」が、ある日ふっと理解できますよ。

その時に定めた志望業界が過去の志望業界と同じでも、それはもう、「別の仕事」でしょう。だって、より多くの選択肢の吟味を経て到達した答えなのですから。

就活に「調べ損」なんて、一つも存在しないのです。最も損なのは、「損だ」とすぐに決め付ける、その浅ましい考え方です。

「ここは志望と違う」というのは、「次に進める」という点では純然たる成功なのですが、長期的視点がない人は、それを「失敗」と呼んで、新しい選択肢を歓迎しなくなるでしょう。

これこそ、最も大きなリスクです。


ということで、「この業界では○○ができるか?」というYes/No型の問いではなく、「この業界で○○をするには、どうしたらよいか?」というオープン型の問いを発するように心掛けましょう。

そういう癖を付けて会社を見れば、今は無理だと思うことでも、入社後にどのような努力をすれば実現できるか、その糸口が見つかり、余計な不安を取り去ることができるでしょう。

そして、「滑り止め」とか「保険」のようなケチな発想を捨てることです。

そんな失礼でもったいない動機で会社を見ていると、そのうち、滑り止めにすら行けないようになるものです。

どんな業種でも、見るときは「俺の第一志望だ!」、「私はここで働く!」という気持ちで望み、その仕事が最も深い感動を生み出す瞬間を探るようにしましょう。

そうすれば、「別に関係ない」と思っていた業界からでも、素敵な情報が得られるでしょう。そもそも、「関係ない」という心の口ぐせほど、自分の選択肢を狭め、不幸を招来する考え方です。

関係がないと思われるところに接点を見つけ、「もしや?」と関連付ける想像力こそ、就活の何よりの武器です。

僕は、そのために最も良い武器が、会計センスを身に付け、創業物語を知ることだと信じています。

別に、学生さんに合った業界を紹介してあげようとか、学生に分かりやすいように、甘く噛み砕いて情報を提供しようなどとは、全く考えていません。

そういうのは、自分でやってこそ自信になるからです。僕の役割は、実力が付く訓練を一緒に行うことであって、就○課のように、実力が低いままでも受かる手助けをすることではありません。

それより僕が提供したいのは「想像力」、「集中力」、「決断力」です。

頭が混乱している人の口ぐせが「情報が氾濫している」であるように、テーマを持ってない人、将来像を決めていない人の目には、情報は常に膨大にあるように見えるものです。

そうだからと、「もっといい情報探さなきゃ」などとあちこちのサイトに登録し、数日空けてPCを開くと、届いていた膨大なメールにやる気を失い、「どうでもいっか」となるのでは、何をやっているか分かりません。

だからFUNでは、3年前から…

「雑多な情報から宝を見つける想像力」
「曖昧な状態のお知らせから情報を見抜く集中力」
「異なった選択肢の本質を見抜いて統合する決断力」

を重視しているのです。

「違う」を「同じ」にできる見方ができれば、情報の氾濫や一方的な飛来に焦る必要もありませんからね。

だから、頭を柔らかくしたければ、以下のような数式を解くことです。

①人材派遣会社と倉庫会社は、○○という点で同じ仕事だ。
②ブックオフは○○が上手なので倉庫とレジの役割しか果たしていない。
③広告代理店と先物取引会社を足すと、○○というビジネスが生まれる。
④ネットカフェとコンテナハウスは○○という収益方法が同じだ。

というようなものです。僕の頭の中には、ここ何年も、このような式が無限に展開され、将来やりたい事業のアイデアが既に50個以上も生まれました。

…と、湯冷めもあってやや話題が間延びしましたが、今日の結論は、

①志望業界はどんどん増やそう。そして、共通点を探して統合しよう。
②共通点を探したら、自分の性格的傾向と照合してみよう。
③今果たせない条件は、入社後に果たせるものだと受け止めよう。
④会計を学び、お金の流れや問題解決手法から仕事を観察しよう。

ということです。

「幸せな悩み」と「健全な混乱」を経て、皆様の想像力、集中力、決断力が高まっていくよう、今後はそういう話題を増やしていくので、どうぞお楽しみに。

今しっかり悩んだ人には、将来もれなく「同じことで時間を浪費しない」というプレゼントがついてきますよ。

ついでに、来週火曜から始まる『FUN業界ゼミ』も、どうぞよろしくお願いします。

◆「内定への一言」バックナンバー編


「扁界、かつて蔵さず」(道元)





こんばんは。今日は愛媛から帰省した西南卒のSさんとお会いし、四国名物のカステラをいただいて、夜が楽しみな小島です。

ここ数日、部屋の中は、多くの方々から頂いたおみやげや食べ物でいっぱいです。今月は、贈り物だけで食べていけるのではないでしょうか…。

誕生日と創業記念日以外は酒を飲まない僕は、アサヒスーパードライはY君に全部あげることにしましたが、珍しいお菓子は全部自分でいただこうとワクワクしています。

ここ数日は、来週から始まる「業界ゼミ」の準備に加え、「タイムマネジメント塾」の下書きや就活コースのレジュメ作りに没頭しています。今年は皆さんとどんな勉強ができるのか、今から楽しみです。

それで、時間が空いた時はいつものように本を持ち歩いているので、のんびりと読みふけるわけです。誰にも邪魔されない読書ほどの快感はありませんね。

今日じっくり読んだのは、去年読んで非常に心が落ち着いた『道元入門』(秋月龍民/講談社現代新書)です。残念ながら、既に絶版の名作です。



毎年、1月は歴史大作や思想的な本を特に読みたくなりますが、それも長期的展望を再確認し、来し方や行く先をじっくり見つめなおしたいからでしょう。

数千年、数百年も前の名作や言葉に触れると、人間が真の意味で成長するのは、なんと難しいことかと思いやられることも多く、気持ちを謙虚に保ち、今をしっかりと生きるには、やはり古典が最適です。

その中で、今日皆さんにご紹介したい言葉は、「扁界、かつて蔵さず」というものです。

「扁」の字は本当は「ぎょうにんべん」が付く「扁」なんですが、PCでは出ないので、「扁」の字を当てています。

「扁界、かつて蔵さず」は、「へんかい、かつてかくさず」と読み、「この世界は、未だかつて何かを隠したことなど一度もない」という意味です。

皇族の血筋を引いて生まれ、絶世の美女を母に持つも、悲しい生い立ちから7歳で出家を決意した道元が、12歳で比叡山にこもり、17歳で下山して以来、深い悟りを求めようと23歳で宋の国の地を踏んだ時の言葉です。

道元は才知と容貌を兼ね備えた天才少年で、4歳で読み書きをこなし、7歳で多くの古典を読みました。しかし、あまりに優れた才能と恵まれすぎた家柄から、道元を利用して家運を盛り上げようとする人々が近付いてきます。

道元が敬愛した母は、権力争いの道具にされて非業の死を遂げ、道元はわずか7歳で人の世のはかなさを嘆き、出家を決意します。

そして、当代第一の総合大学であった比叡山に入山するも、政治的利益や派閥の主導権を巡って争っていた当時の天台宗に愛想を尽かし、17歳の時、世界に真の幸福をもたらす教えを求めて下山します。

人生を捧げる教えを授けてくれる師を求めて修行を開始した道元が出会ったのは、当時もう70歳を過ぎていた臨済宗の開祖・栄西(ようさい)でした。

道元は栄西から禅の本質を教わり、本当の悟りを得たいなら、大宋国に留学して研鑽を積むが良かろう、と助言を受けます。

22歳まで栄西の下で修行した道元は、23歳の時、憧れの宋に留学し、そこで生涯の師となる如浄禅師と出会うのです。

道元は宋に着いた後、すぐには入国せず、30日間ほどは船の中で黙々と思索に耽っていました。そこに、「日本産のまつたけ」を買いに来た宋の老人が登場し、そこでいくらかの禅問答めいた話がなされます。

老人でありながら港まで買い物に来た様子を見て、道元は青年らしい正義感から、「買い物などは、若者に任せたらよいではありませんか」と老人を気遣います。

しかし老人は、「若い日本のお方。私は有り難い修行の一環でまつたけを買いに来たのです。私は自分のつとめを果たせていることが嬉しくてたまらないのです」と答えます。

その頃の道元は、猛烈な修行に耐えた日本の超エリートとして宋に留学していたわけですから、「修行」と聞くと「座禅」だけだと思っていました。

しかし、禅の道に修行の区別はなく、「生活の中のあらゆる行い(作務=さむ)が修行なのだ」と聞かされ、道元は驚きます。

老人はあるお祭りのお供え物を担当することになり、その料理のためには日本産のまつたけが良いと聞いて、はるばる買いに来たわけですが、道元はそれまでも修行だとは考えなかったため、そういう「雑用」めいた作業は若者にやらせてはどうか、と言ったわけです。

老人は、裏方の裏方とも呼べる役割を担当しており、切り刻んで皿に並べれば、もとが何なのか分からなくなるような素材にさえ、最大限の気持ちを込めて臨んでいたのでした。

老人は「一瞬の作業でも、小さな料理でも、心を込めて最初から最後まで行えば、そこには大きな悟りの道が開けているのじゃ。修行とは、まさに自分の務めを日々黙々とこなすことにほかならないのじゃ」と言いました。

若い道元は、何か偉大な悟りの道に到達したり、世の中で貴重とされるものを学んだりするのなら、それ相当の修行や珍しい行い、あるいは煩雑な手続を踏まねばならない、と考えていました。

ちょうど、英語力をつけようと思えば、それなりに名の知れた外国の大学に留学するか、大金を払って英会話学校の所定のコースを受講しなければならない、と考える現代の学生のように。

しかし、老体でありながら修行を楽しみ、小さなことに喜びを見出していた老人の意見はそれとは逆で、「平素の生活の中で学べない者が、修行したとて、いかほど成長できようか」というものでした。

なるほど、学習のための最高の環境が用意され、それなりの覚悟を経て参加できる場所であれば、確かに普段生活や勉強をしている場所よりは、幾分すごい学びもできるだろう。

しかし、そこまでの決意や覚悟、資金や時間的犠牲を払わねば本気になれないおまえとは、一体何なのだ。

留学したり、大金を払ったりした人間が頑張るのは当然だ。本当に難しいのは、平素の生活を修行に変え、誰も見ていないところ、誰も強制しないところであれ、本気で生きられるようになることなのだ。

おまえがどこでどんな貴重な学びをしようが、平素の生活で禅の思想を実行できないようなら、そんな学びには何の意味もないのじゃ…。


今の大学生のように、「良い大学に行けば良い教えが得られる」、「留学すれば自分の価値も上がる」と半ば盲目的に考えていた道元は、「一本取られた」と素直に自分の未熟さを認めました。

そして、「扁界、かつて蔵さず」という言葉を記録したのです。

大自然が、今まで何かを隠したことがあろうか。天地の営みが間違ったことがあろうか。間違っているのはいつも人間の行いだけだ。

強欲で傲慢な人間が「今、目の前にある自然」から学ぼうとしないから、いつまでも悲しみや過ちを繰り返しているだけなのだ…。

23歳の道元は、そう悟ったのでした。


これは、『マネー塾⑩』で紹介したライト兄弟の話とも似通っています。

ライト兄弟以前にも、「空」に憧れ、「征服」しようとした男たちは大勢いました。

ある者は腕力を頼んで崖から飛び降りて死に、ある者は走力を頼んで草原を走って骨折し、ある者は筋力を頼んで羽ばたいて力尽き、ある者は「人間凧揚げ」に失敗して墜落死しました。

皆、人間より前に空を飛んでいた「鳥」のマネをして、あのように風の強い場所で翼をバタバタさせれば飛べるのだ、と考え、走力や気圧、腕力によって擬似的な条件を作り出そうと悪戦苦闘した結果でした。

その期間、実に300年。

300年間、人間は空に挑戦し、そして、その数だけ失敗や悲劇が繰り返されてきました。


数々の事例を研究したライト兄弟は、「有人継続飛行」という目標を絶対に見失わなかったため、腕力や自走力、引力や風力に頼るようなことは考えず、黙々と研究に励みました。

そして、空には「空気」が存在しており、その働きに合わせれば、「揚力」という力が生まれることを「発見」したのでした。

初飛行に成功した兄弟に駆け寄った新聞記者が「おい、よく空を征服したな!」と言った時、兄弟が「冗談じゃない。我々が空に合わせて変わったんだ」と言ったエピソードは、2年ほど前の本メルマガでもご紹介した通りです。

300年前、それどころか数百年、数千年前だって、大気中にはちゃんと「空気」が存在していました。多くの男たちが空に挑戦し、死んでいった時にも、もちろん空気は存在していました。

しかし、「オレには腕力がある」、「自分の走る速さは人には負けない」などと過信していた人間には、「その時も、ちゃんと目の前にあった」という空気が見えなかったのです。

無色透明だったから見えなかった、というのではありません。慢心して自然の働きを捨象し、「そんなものは関係ない」と最初から考慮に入れなかったからこそ、人類は300年も飛べなかったのです。

素直な気持ちで自然の営みを観察し、そこに公平に働いてきた力を信じて自らを合わせれば、もっと前にも飛べていたかもしれないのに、ライト兄弟以前に「空に合わせよう」と考えた人は、いなかったのでした。

ライト兄弟の時だけ空気が発生したのではありません。「非力な我々人間は、空に飛ばせてもらうほかないのだ」と謙虚な気持ちを持てなかった人には、空気はあっても見えなかったのだ、ということです。

大自然は、それまで一度も、人間に対して「空気があるよ」ということを隠したりはしなかったのに、自らの力を盲信した人間は、自らの暗さによって大事な要素を隠してしまっていたのでした。

若い道元が「修行における悟りのきっかけ」は、生活や仕事の全ての場に用意されており、それに気付くか気付かないかは、ひとえに修行を行う者の謙虚さや素直さによる、と悟ったのも、これと同じとはいえないでしょうか。

ニュートンがリンゴが落ちる様子を見て「万有引力」の存在を想像したのも、彼が謙虚だったからです。

彼は何も大掛かりな研究施設を作ったり、複雑多岐な学説を解明したりして引力を証明したのではなく、至って静かな瞑想中に、ふと「気付いた」のでした。

湯川秀樹博士の発見も、岡潔博士の発見も、さかのぼってはアルキメデスの発見も、全てそのきっかけは「研究室の外」、つまり「修行外の場」で達成されているのは、誰しもよく知っている通りです。

人は案外、対象そのものに没頭している間は、本質から遠ざかってしまうこともあるものなのです。

だからといって没頭を遠慮し、万事適当に済ませるのが良いかというと、そうではありません。平素の集中が潜在意識にまで影響を与えた時、ふとしたきっかけで大きな発見や悟りを得られることもある、ということです。

風呂から溢れる水、昆虫の営み、竹の仕組み、木から落ちるリンゴなどは、相手を選んでそうなる、という類のイベントではありません。

なんとなれば、地球が誕生して以来、世界中のあちこちで、何億回と無限に繰り返されてきた、ありきたりの出来事です。

それは「隠す」どころか「ありふれている」と言った方がよいくらいの出来事で、それにいちいち何かの真理が秘められているかなど、考える人の方がおかしい、と言われそうなくらい、普通の出来事です。

しかし、こちらがその気になれば、そのようなありふれた自然現象や生物の営みの中に、不易の真理が蔵されているのだ。だから人間がどれだけ素直に自然や歴史と接するかが大事なのだ…

というのが、「扁界、かつて蔵さず」の意味です。

世界や自然は何も隠していたりはしない。隠れているのは、自分の心や目が曇っているからなのだ、という23歳の道元の偉大な悟りです。

さて、毎年面接でもライト兄弟の話はご説明しています。営業塾でも少し紹介しました。


企業が選考、採用を行うのは、なぜでしょうか。それは「良い人材を採用して一緒に働き、より多くのお客様の喜びのために事業を成長させたい」と望んでいるからです。

この企業の「採りたい」という気持ちは、大空を飛ぶのに欠かせない「揚力」と同質の存在だといえるでしょう。

なのに多くの学生さんは、「自己分析が勝負!」、「メイクが大事らしいよ」、「やっぱりマナーだって」、「資格もあった方がアピールするらしい」…

などと、「君と一緒に働きたい!」という企業の最も根本的な気持ちだけは無視して、どうでもいいような小手先の努力を「情報」と称して重宝し、腕力や自走力、風力を頼んで死んでいった人と同じようなことをしたがります。

一度、無責任な大衆から「留学が大事」、「TOEICは使える」、「バイトは半年以上なら言え」などと有害な情報を仕入れると、その瞬間から「本来の仕事」に対する興味や愛情はどこへやら…。

「とにかく内定しさえすりゃいい」と愚かな努力が始まり、小手先のテクニックや見せ方で競う、醜悪な自己PRが始まります。

本メルマガの読者にもおられる企業の皆さんも、こういう学生は一皮むけば、業務への愛情やお客さんへの当事者意識などはゼロに等しいですから、問答無用で不採用にしてあげた方が身のためですよ。

格好だけ付けていっちょ前のことを口走る学生には、「わが社が根本的に提供している問題解決を、会計的視点から1分以内で説明せよ」とでも聞けば、あっちから撃沈してくれるものです。

こういうミーハー受験者は選考するだけ時間のムダですから、さっさと不採用にした方が会社のためです。あんまり簡単に受からせると、調子に乗って雑務を軽視しますから、おとなしくても実直で言葉を大事にする学生を採用するようご提案します。

「扁界、かつて蔵さず」。

我々経営者は、ともに働く同士を得たいから、採用活動をするのです。

裏側から見れば「就職活動」とも呼ばれるこの活動は、大気の力と翼の仕組みが相乗効果を発揮せねば、成功しないのです。

翼の可能性を無視する採用担当者にもなりたくないし、大気の力を無視して自分のことばかりしゃべる求職者にもなりたくないものです。

内定は「共同作業」なのですから、そこに働く「企業側の思い」を汲み取り、今まで積み上げてきた財産を資産・負債の別なく尊重し、その上に新たな歴史を築く仲間になりたい、という気持ちこそ、学生さんの中に確認したいものです。

内定のために必要なものもまた、既に、皆さんの生活や勉強の中に全て用意されています。

それに気付くためにこそ、集中や継続が大事なのです。内定をもらうまでは熱意を、もらってからは感謝を持てる活動こそ、未来に生きる良き財産だと言えるでしょう。

◆「内定への一言」バックナンバー編

「一灯照隅」(最澄)





皆様、新年明けましておめでとうございます。

企業取材サークルFUN顧問、(有)フューチャー・アテンダント社長、異業種交流会「一土会」幹事の小島尚貴です。

昨年は仕事、サークル、プライベートで色々とお世話になり、大変感謝しております。「恩は倍にして返せ」をモットーに、この平成19年はさらなる躍進を約束しますので、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

また、大晦日は僕の31歳の誕生日ということもあり、皆様から抱えきれないほどのプレゼントを頂いたうえ、学生の皆様からは「一生の家宝」になる素敵なメッセージ集を頂き、重ねて感謝申し上げます。

さらに、年末の数日間で個別にメッセージを頂いた学生さんから、新たに6人の新しい読者の方々をご紹介いただき、こちらにも感謝しております。

加えて、31日にはわが社の出資者、取引先、個人的な仕事仲間、同級生の方々に多数お集まりいただき、ご紹介も含めて新たに63人が「そのメルマガ、読んでみたい」ということで、読者数が831人になりました。

本メルマガ『内定への一言』は、表向きは学生さんの就職活動における「採用決定」を意味する「内定」をテーマにしてはいますが、目標がある人間には、必ず何らかの形で未来に内定し続ける必要があるでしょう。

そのようなチャレンジの過程で、未熟な私の日々の挑戦と達成、そして反省と計画の中から悟った哲学や先人の英知を発信していくのが、本メルマガの使命です。

創刊以来、その方針に変わりはなく、今後も変わることはありません。変わらぬ姿勢の継続が新しい自分を作るからです。ということで、今年も『内定への一言』、および企業取材サークルFUNをよろしくお願いします。

新しく読者になられた社会人の皆様にFUNのことを説明しておくと、このサークルは母校の後輩・Y君が在学中に「夢を茶化さず、本気で語り合え、なおかつ形にしていける学びの場を作りたい!」との思いからたった1人で立ち上がり、築き上げたサークルです。

僕は発足前から、普通の人よりちょっと早く社会に出て蓄えた経験や知識を学生さんにお届けする、「顧問」という大層な肩書きの役割を引き受けていますが、別段、何かすごいことをやっているわけでもありません。

サークルでは企業取材や雑誌発刊、ビジネス学習などを継続しており、部員数や発行部数、メルマガ読者数は毎年「前年比2倍」で増えていますが、やっていることは至って地道な活動の継続です。

我々社会人は何かあると「学生時代に勉強しておけばよかった」などと屁理屈をこねますが、そういう輩に限って、生活の中での空き時間を浪費しているものです。

本気の人間が「忙しい」などと言うわけがありません。真に創意溢れる人間なら、学生時代を悔やまずとも、今の生活の中に改善の工夫を創出していけるものです。

悲しいことに、半数近くの学生は、働く前から「働きたくない」、「できるだけ学生でいたい」などという考えを持って生活していますが、僕はそういうのは、「まだ学生生活すら始めていない」と考えています。

なぜなら、未来を歓迎できず、今の楽しみや単位のためだけになされる勉強は、動機からして間違っており、やる意味もないからです。

そんな学びをいくら続けたところで、「大卒」の肩書きは得られるかもしれませんが、肝心の自信やビジョンは一向に育たないでしょう。

将来の価値ある社会貢献を想定してこそ、学生時代も輝くもの。ならば、少しでも多くの「考える材料」や「立派な社会人の姿」を学生時代に知り、良きモデルとの接触の中で積極果敢に将来を描く学びができないか…。

FUNの活動は週にたった1回ですが、決して「居心地の良い場所」だけで終わることなく、必ず「成長した自分」で集まり、新たな課題と目標を持ってそれぞれの居場所に戻ろう、という方針で行っています。

その意味では「一人の場所」、「一人の時間」こそ活動場所、活動時間であり、我々社会人の本当の成長が「社外の時間」、「社外の場所」でどれだけ勉強に励んだか、で決まるのと同じです。

学生が授業に出る。社会人が会社に行く。そんなのは当たり前で、「毎日歯を磨く」、「毎朝トイレに行く」のと同じです。毎朝トイレに行く人間を、誰が尊敬し、誰が余計な給料を払うのでしょうか。

それよりも「+α」で人生の勝負は決まるというのは、社会人の方なら等しく実感しておられることでしょう。勝つのはいつも「一人の時に強い人」です。

我々社会人も、「仕事は大変なんだぞ」、「会社には色々あるんだ」などと、未熟な学生を前に威張るような愚かな行いは避けたいものですね。

本気の勉強は、怠けてばかりの仕事なんかより、よっぽど価値があるのです。経済的価値を生み出していないからと「学問」を「仕事」より下に置くのは、本気の勉強をしたことがない貧乏社会人だけです。

そういう人間は「仕事は大変なんだ」と言いますが、数年前は同じように「勉強も大変だった」のを思い出すでしょう。無能でやる気がない人間には、何でも大変なだけ、というありきたりな事実です。

ですから、今後学生さんに会ったら、「何を勉強してるの?」、「どういうふうに生かしたいの?」と優しく聞き、持てる知識や情報の一端でも与えていきましょう。そうすれば、学生さんは素直に喜んでくれます。

ということで、我々社会人が「こういう教育があれば」、「今ならこういうことを勉強する」、「社会で大切なことはこれだ」と今になって心から賛同できるような内容の基本をソフト化し、毎週「講義」の形で届けるのが、FUNでの僕の仕事です。

天神山小学校、春日南中学校、太宰府高校、西南学院大学の同級生の皆さん、僕が「ここ数年熱中している社会奉仕」と言っていたのは、この「サークルのお手伝い」のことです。

秘密にしていたわけではありませんが、何事も3年続けるまでは人に言うべきではないし、社会人として当たり前のことをやっているだけなので、別に人に誇る必要もなかっただけです。

「最近の若者は」などという年寄りの繰言はやめたいものです。そんなのは、我々もかつて上の世代に勝手にそう決め付けられて不快な思いをしたのを、下の世代にぶつけているだけに過ぎません。

自ら若者の中に飛び込み、彼らの声にならない声を聞き、その行動をつぶさに観察すれば、我々の時代より真剣な熱意と素直な向上心で頑張っている若者は、いくらでもいることに気が付きます。

彼らに経験や知識が少ないからと、我々が尊大な態度を取る必要などありません。真の経験や知性を持つ人であれば、若さを尊重し、若者を応援できねばおかしいでしょう。

なぜなら、今の自分が「過去の教育の結果」であることを認め、感謝できる社会人なら、若者をただ「若いから」といって批判するようなことは、考えもつかないからです。

ちょっと頭の悪い人間は「オレってアホやね」と言いますが、本当に頭が悪い人間は、「自分は間違っていないのに教育が悪い」などと言うものです。人間、こうなったら終わりですね。

まあ、教育も悪いかもしれませんが、今の自分を受け入れがたいのは、それ以前に未来を描かなかったことと、長期的計画を持って継続しなかったことが最大の原因で、責任転嫁は怠け者と敗者の得意技です。

人の批判をするよりも、自らの身を正し、居場所で地道な努力を継続し、その姿をもって若者の尊敬と信頼を勝ち取っていける社会人になりたいものですね。

学生さんと一緒に学ぶと、想像以上にこちらが学ぶことが多く、若い頃はいかに表面的にしか物を見ていなかったか、いかに手っ取り早く結果を求めて愚かな過ちを繰り返してきたか、痛感します。

本メルマガでは、実社会を楽しく実況中継しながらも、同時に「今どきの若者」の素晴らしい行いや発見を伝え、読者の皆様を感動や信頼でつなぐお手伝いができれば、と考えております。

ということで、前置きが長くなりましたが、今日はやや年上の読者が多数増えたので、おめでたい新年号ながら、きっちりと趣旨と方針を説明させてもらいました。



さて、FUNの部員の皆様や去年直接お会いした読者の皆様、およびFUN主催の講座に参加された方々、メールを頂いた方々103名には、年末のお礼メールでお伝えしたことですが、平成19年の僕のテーマは「一灯照隅」です。

去年は、個人的には軍事思想と東洋哲学に没頭した一年で、関連文献を400冊ほど買い込みました。中でも特に「すごい」と感動しきりだったのが、「禅」を始めとする仏教の思想です。

「一灯照隅」は、正しくは「一灯照隅、万灯照国(いっとうしょうぐう ばんとうしょうこく)」と続く言葉の前半部分で、天台宗を開いた最澄の言葉です。

この言葉の意味は、「一人の人間が灯火を掲げ、自分の居場所(隅)を照らす。この灯火が少しずつ広がって千万の灯火になれば、ゆくゆくは一国を照らすほどの明かりになる」というものです。

インストラクターの大月さんや女子大3年のTさんの愛読書で、西南演劇部のJさんが年末に買ったという『上杉鷹山の経営学』(童門冬二/PHP文庫)にあった「火種を移す」という思想と似通った精神です。


FUNの発足時、まだ3年生だった大月さんに本書を紹介し、「要するに、大学をこうしたいということだ」と説明したのが懐かしいです。

一人の人間の居場所は「大学の教室」、「バイト先のレジ」、「会社の中の自分の職場」、「営業先の会社」などと、狭く小さいものです。

しかし、そういう狭隘な空間であれ、一人の人間が本気で想像力を駆使し、関わる人々に思いやりを発揮して、居場所に存在する様々な雑多な課題を「掃除」していけば、その及ぼす効果は実に偉大なものです。

また、「灯火」のすごいところは、「与えても減らない」ということ。一本のろうそくの火は小さくても、他のろうそくに少しずつ火を移していけば、最初のろうそくの火も消えないどころか、どんどん燃え広がっていきます。

こうして、「たった一人」の思いから始まった良い行いが人々に広がり、それぞれの心を照らしていけば、社会も国もきっと明るくなる…という、理想と現実を見事に調和させた先人の言葉が「一灯照隅、万灯照国」です。

ということで、31歳になった僕も、20代は人様にお世話になってばかりで、海外勤務時代、記者時代、翻訳家時代、創業時代と、失敗と再挑戦ばかり繰り返してきたので、ここらで「火付け役」に転身していこう、と考えています。

たかが31歳の社長にできることなど、最初から高が知れていますが、それでも週5回の講義、週4通のメルマガ、週10回の個別相談くらいなら、働きながらでも可能です。

だから今年も、欲張らず遠慮せず、倦まず弛まず、己に与えられた課題と寄せられた期待に基づいて、日々堅忍不抜の精神で継続を重ね、ともに味わえる感動を極大化させていきたいと願うだけです。

皆様は新しい一年に、どのようなテーマを設定したでしょうか?

テーマパークというと、人々は分かりやすいディズニーランドやスペースワールドばかりを想像します。

確かにそれらには、アニメや宇宙など、商業的に分かりやすいテーマが設定されています。

しかし実は、学生生活こそ最も偉大なテーマパークなのです。

この4年間に「挑戦と感動」というテーマを持った人は、出会う全ての出来事がそのように位置付けられ、結果的には多くの財産をもって卒業するでしょう。

逆に、「今しか遊べん」というテーマを持った人は、そのように遊びまくり、社会への準備を怠って、時間なし、金なし、信用なしの「トリプル安」を達成するでしょう。こういう人は、社会人になれば「貧乏三冠王」です。

「出会いと感謝」というテーマを設定した人は、一生を豊かに彩る素敵な仲間を得て、後の人生をさらに実り多いものにしていけるでしょう。

要するに、皆さんの「居場所の照らし方」は、自分が決めたテーマにもとづいて作られる、ということです。

新しい一年、照らされることを待たず、弱い光でも小さな光でもいいので、まずはちょこっと光ってみましょう。そうすれば他の灯火が見えてきます。

僕も小さい灯火ながら、居場所で光を失わず、少しでも灯火の及ぶ範囲を広く、灯火の温度をさらに熱くし、関わる皆様に少しでも良い影響を与えて、感謝と感動で締めくくれる一年にしていきますので、今年もどうぞよろしくお願いいたします。