◆「内定への一言」バックナンバー編

「宗論はどっちが勝っても釈迦の恥」(川柳)





こんばんは。ここ数日で、西南卒のkumamotoさんが、新しい読者の方を35人も紹介してくれたことがとても嬉しい小島です。

最近は読者の方によるご紹介が増えましたが、執筆者としては、紹介や感想は何にも勝る喜びです。

皆さんももし、「あの友達に紹介してみよう」と思う方がおられたら、アドレスさえ送っていただければ、翌日から送信させていただきますから、ぜひ冬のギフトにどうぞ。



また、今日の「業界ゼミ」でお会いした西南のMさんやTさんのように、それまでは一読者としてしか知らなかった方と勉強会でお会いするのも、大変喜ばしいことです。皆さん素直で積極的で、本当に素晴らしいです。

知らない所で誰かに情報を届けることの責任や、真意が伝わっていた嬉しさ、思っていたのとは違う受け止め方を知った楽しさなどが分かり、読者の方とお会いするのは、ここ数年、冬のひそかな楽しみとなりつつあります。

いつもご声援を頂き、本当にありがとうございます。ご期待に沿えるよう、今後も頑張って書き続けていきます。



さて、世間に「人材派遣」という業種が定着し、派遣という働き方がメジャーになって数年たちますが、派遣会社で働く友人がいつも「これが問題」という話題があります。

それは、派遣会社ならどの会社も大なり小なり感じているとは思いますが、「定着率」の問題です。

派遣は求職者から見れば自由度が高く、時給もそこそこ高いようには見えますが、企業から見れば「正社員の半分以下」のコストで人材を活用できるので、目的としては「コストダウン」が最優先の採用方法です。

「初歩的な訓練の時間と費用を要せず、いくらか熟練した能力を採用初日から活用できる」。

そういう派遣のスタイルがアルバイトにも影響を与えたのか、「探す人」が自分から派遣会社に変わっただけなのに、アルバイトを「派遣」と呼んで気付かない学生も多いようです。

「派遣」とは、正式には派遣会社の社員となって依頼主の元に配属される働き方を言うのですが、「サイトに登録」しただけの状態を「派遣」と呼ぶのは、やや混乱を招くのではないかとも思います。

「働きたい時に、働きたい会社で、働きたい時間だけ働く」と言えば聞こえはいいですが、派遣はやはり「基幹戦力外」であることに変わりはないので、正社員のちょっとした言葉が感情を害することもあるようです。

しかし、僕の友人が「課題」と呼ぶのは、それとは別のところにあって、「他の派遣会社の方が時給が高いと知ったらすぐやめる」という問題に悩んでいるようでした。

派遣同士でおしゃべりをしていたら、必ず最初の方で「時給」の話になります。そこで、相手の方が自分よりも、同じ仕事をしているのに「時給が50円高い」と知ったら…。

「何ですって?てことは、8時間だと400円?一週間だと2,000円?1ヶ月だと8,000円?じゃあ、1日分、あんたの方が得してるってことじゃない」。

そう知って、登録会社を変更する派遣スタッフは後を絶ちません。

もちろん、登録してもらうという行為は、単に「頭数稼ぎ」の面もあるので、こういうケースで登録解消されるのは、それ以外の魅力を提供できなかった会社の責任ですが、それにしてもよく聞いてきた話です。

そんなこんなで、「あそこの派遣会社は悪いらしいよ」、「ああ、A社は紹介めちゃくちゃって聞くよね」、「B社?担当者最悪よね」、「C社がいいって言うよ」…

といった噂が流れ、それは数々の尾ひれを付けて増幅し、実態とはかけ離れた虚像を生んでいったりします。

その噂や根拠なき評判を打ち消すべく、派遣会社の人も「A社より当社の方が絶対お得です!」と言ったり、「B社の悪評は、同業としても悲しい限りです」などと乗ってしまうと「最後」です。

こういう「当事者」のコメントほど、噂好きな人々に歓迎される情報はありません。

そうなったら、「A社の人がB社の悪口言ってた」、「B社はC社だけはやめとけって言ってた」などと、さらに噂を増幅させる破目になるだけです。

そんなこんなで、同業他社をこきおろして「わが社のメリット」を伝えたつもりが、最後は業界全体の評判が悪くなって、結局はそこに属する多くの企業が悪評を蒙ることにもなってしまいます。

噂を信じる人、噂を好む人、噂を相手にする人…。

どの立場で噂と関わるにしろ、結局は噂に振り回されて余計な時間を浪費するだけで、何の意味もないのがよく分かります。

学習塾や保険会社でも、他社を批判したり、明らかにどこの会社か分かる比較広告めいた広告を出したり、生徒やお客の前であからさまに「うちの方がいい」と言ったりする会社がありますが、それも似たり寄ったりです。

そういう噂は時代を超えて回り回って、最後は「派遣会社では働きたくない」、「保険の営業は嫌だ」、「塾の先生は嫌だ」、「家電販売店では働きたくない」などと言われるようになり、結局は業界全体に影響を与えることもあるのです。

「人に勝ちたい」という思いが優越感への憧れを刺激し、思い余って他社を批判すると、それ以上の批判が返ってきて、さらに反撃を繰り返しているうちに、気付いてみれば所属する世界全体が沈んでいた…。

なんとも悲しいことです。しかし、視野が小さい人は、往々にしてこのような問題に陥ってしまうものです。

こういう「仲間内での仲違いが、結局は全体を沈没させる」という問題は昔からあったようで、江戸時代の川柳には、「宗論はどっちが勝っても釈迦の恥」というものがあったそうです。

「宗論」というのは、宗教論争です。

例えば、「わが禅宗が天台宗より優れていることは明らかだ」、「日蓮宗に比べれば他宗は邪教だ」、「浄土真宗はお釈迦様の教えを逸脱している」などと言い争うのが「宗論」です。

そういう「業界内」での優劣を競い合い、勢力争いや論争を繰り返し、一定の結果も出ることは出るのでしょう。

それで「うちが最大だ」、「我々が最高だ」、「あの教えが間違っていることは明らかだ」と言うのは、気持ちいいことでしょう。

しかし、それも所詮は、一つの分野の中での小さな争いに過ぎません。誰が勝とうが負けようが、分裂と対立、批判と中傷自体が、有り難い教えを生み出したお釈迦様から見れば、既に「恥」だということです。

僕の友人にも、様々な信仰を持つ人がいて、僕はそういう精神世界には興味があるし好きなので、様々な宗教や哲学の話を聞いたことがありますが、他の宗教の中傷を繰り返す人たちだけは、好きになれませんでした。

これは保険やパソコンなどでも同じで、商品内容がどうと言うより、「他社製品を批判する人」からは買わない、というのが僕のポリシーです。

機械も金融商品も本も、よく他者、他社を学び、良い所もよく知り抜いた人からの方が、安心して買えるものです。

「外資系の終身?あれだけはやめた方がいいですよ!だって、担当者がすぐやめますから!○○生命の○○保険?あれ、業界内でぼったくりって評判なんですよ!絶対ウチがいいですって!」

と言う営業マンよりも、

「○○生命さんの○○保険は、子供が多い方には非常に優れた商品ですし、○○生命さんの○○保険は、健康に自信がある方には合理的な商品です。だからこそ、子供が少なく風邪もよく引かれるお客様には、当社の○○が最適だと思います」

と言う営業マンの方が信頼できるでしょう。話を聞いていても、きっとこっちの方が安心できると思います。

大学のサークル勧誘でも、新入生が猛烈な勧誘を断ろうと、実はあまり興味がない部活やサークルの名前を口に出すと…

「○○部?やめとけ、あそこに入ったら授業どころじゃないぞ」

「○○研究会?あそこ男ばっかりで出会いないぜ。その点、ウチの飲み会とドライブの楽しさはダントツやね」

「○○部?あの練習のきつさは並じゃない。バイトも旅行もできんぜ」


などと言われたりした方も多いと思いますが、そんなのもまた、結局は「大学生の課外活動」全体の評判を貶めているだけの効果しか果たしていません。

結局、ここ15年ほどで部活やサークル自体に入る学生の数は激減し、代わって「ダブルスクール」という形式の学生生活が広がったのは、誰もが知る事実です。

得をした人がいるとすれば、それは学生が全く予想もしなかった「専門学校」や「資格学校」なのかもしれません。外から見ると、内側にいるよりもよく事情が分かることもあるんですね。


ですから、わがFUNでは、別の部活から見学に来られた学生さんにも、「○○部ですか。素晴らしいですね。運動に打ち込んだ方であれば就職も心配いりませんから、引退後はぜひ見学に来て下さいね」と、他の部活やサークルを尊重するようにしています。

というより、取材や日頃の勉強で「いいとこ探し」が習慣になっているので、部員全体が見学者や新入部員を温かく迎える雰囲気が出来上がっています。

僕も「バレー部の試合、頑張って下さいね!」とメールを出したり、演劇部さんの紹介を手伝ったりしていますが、それは、学生時代は「何に打ち込むか」よりも「本気かどうか」の方が重要だから、という単純な理由からです。

FUNは発足以来、一度も誰かに「入部してください」とお願いしたことはないサークルです。

いいかどうかは見学者が判断することで、説明する以前に本気の活動を見せることが大事です。

発足当初から、どんなに参加者が少なかろうと、「来てくれてありがとう!」と迎え、送る短い伝統を大切にしてきたので、「勧誘」や「コンパ」などはやったことがありません。

FUNを作った安田君は、初イベントの予定会場に誰も集まらなかった時、一言も嘆かずに、「小島さん、リハーサルしていいですか?」と志願し、一人で練習してきた司会あいさつや基調スピーチをやりました。

そして、2、3人が来てくれた時、70人ほども入る会場を見れば「閑古鳥」といってよいほどの風景だったのに、「今日はこんなにたくさん集まってくれてありがとう!」と堂々と話しました。

「真に求められる活動を続けていれば、きっと学生はFUNで学ばずにはいられなくなる。どんなに少なかろうが、気後れせず自分の力を出し切るのみ」。

その伝統を引き継いだ大月さんと牛尾さんは、2004年の冬に極寒の福岡ドームそばでビラを配り、一人、また一人と仲間を集めていきました。その次の代の隈本さんもまた、連日、たった一人でビラ配りを続けました。

わがFUNには、他のサークルの批判をしているヒマも、頭を下げて入部をお願いする卑屈さも不要です。

本気の姿勢はそれだけで、来た人の心の中に「今まで自分は何をしていたのか?」、「この場所こそ、自分が求めていた学びの場ではないか?」という問いを起こさせるもの。

そんなこんなで、今では、見学に来た人の85%が即入部する、というサークルになりました。ひとえに、「学生は授業やバイト以外でも成長できる場を作るべきだ!」という熱意の賜物に他なりません。

視野を広く持てば、大学生全体の積極性自体が本質的な問題だというのが、誰にでも分かります。

企業取材やビジネス学習は、別にやってもやらなくても単位や卒業には関係ありませんが、「本気で過ごしたかどうか」は未来を決定付ける要因ではないでしょうか。

大学生が「あいつA大?頭いいね」、「私は本当はB大に行くはずだった」などと話して、お互いの頭の良さを競い合ったり、自分はもっと賢い人間なんだとアピールしようとしていても、外から見れば、そんな話題自体が「悲劇的に小さい器」を証明しているだけにすぎない、と知るべきです。

本来は「夢で自己表現」すべき世代が、今やどうでもいい偏差値や進学先をいちいち気にし、誰がどの業界を目指しているとか、自分の先輩はどこに内定したとかいった瑣末な話題でしか時間を共有できないこと自体が、既に悲しむべき人格の低劣化現象なのです。

そんなのは、どっちがいい点数を取ろうが、どっちが議論に勝とうが、「学生全体の恥」だということです。

江戸時代の庶民の知恵は、たった17文字の川柳でありながら、本当に優れた洞察を今に伝えていますよね。

ということで、就活生の皆さんは、「目先の小さな話題」を針小棒大に解釈せず、ある会社が一方的に言う評判だけで判断せず、「業界全体を思っている会社か?」という本質的な前提を忘れずに情報収集をしましょうね。

噂を信じても「評論家」にしかなれません。小さな噂は、それに見合った小さな器を持つ人にだけ聞こえてくるものです。

そういうどうでもいい噂と有害情報に惑わされて、貴重な20代を棒に振ったまま、先を見ていないだけなのに「先が見えない」と嘆く社会人も多いのです。

どんなに詳しそうに見えても、秘密そうに聞こえても、それが「全体の低下」につながる「部分的中傷」であれば、そんなものには情報としての価値を認めないことが大事です。

大きなビジョンと野心的な意欲を持ち、「○○業界に○○あり!」と呼ばれるような壮大な働き方をイメージしてみれば、今皆さんが手に入れるべき情報が、きっと見えてくるでしょう。

他社の評価を聞いて、その会社が他社を褒めたり認めたりしていれば、そこには良い企業文化があると考える一因になります。他人や他社を語る時の姿勢で社会人を査定するのも、一つの役立つ手段です。

◆「内定への一言」バックナンバー編

「新たな価値は、創造的破壊から生まれる」(ドラッカー)





こんばんは。今日は西南卒のKさんから新たな読者の方を20人ご紹介いただき、Kさんの友達思いの姿勢に感動した小島です。これは、今まで以上に頑張って執筆しないと。

また、FUNのHPは、皆さんはご覧になりましたか?

インストラクターのO月さんと、女子大4年のMさんが、昼夜を徹して一つ一つ丁寧に作ってくれ、「これはサークルなのか?」というような驚きの情報量、質のページに生まれ変わっています…。

後で「号外」で詳しく更新箇所をご案内した方が分かりやすいと思うので、この後に簡単なご案内を送りますね。



さて、毎年学生さんに「業界研究って、どうやったらいいですか?」と聞かれるたびに、僕はドラッカーの本や城山三郎さんの創業小説を勧めています。

「友達は、そんなの読んでませんよ」とか言われますが、僕は「内定前も内定後も成功したかったら」という前提で紹介することにしています。

こういう骨太な本を読むと、自分の中で明らかに悩みのレベルが成長するのに気付き、一般的な学生が持つような「どこに行けばいいのか?」、「面接で何を言えばいいのか?」などという悩みを忘れ去ることができます。

まさに、昨日のBCで読んだ『論語物語』(下村湖人/講談社学術文庫)ではありませんが、「どの道を選ぶかより、選んだ道でどう努力するかがもっと大事」ということ。

本当に良い選択をしたいのなら、学生の皆さんには、「ここで最高の仕事をするには、どうしたらいいのか?」と自問したらいいですよ。

「選択」とは条件の比較ではなく、不利な条件でも有利なものに変えていくイノベーションを言うのです。「情報収集力」よりも大事なのは「決断力」で、決断力とは、生じた結果に文句を言わない忍耐力だと言えるでしょう。

では、「最高の仕事」とは何かと聞かれれば、それは「顧客、会社、自分にとっての付加価値を同時に創造していける働き方」だと言えます。

自分の行いがお客さんに「助かったよ!」と喜ばれ、会社には「君がいることを誇りに思う」と感謝され、自分では「この仕事で成長したな」と思える働き方…

最高です。

こういう仕事が待っているなら、頑張ってみてもいいと思いますよね。

FUNで目指すのは、そういう「問題解決(を通じた)自己表現(による)社会貢献(で自分を成長させる)」が三位一体となった就活です。

そういう視点で情報を集め、知識を見識に変えていくうえで、ドラッカーや城山三郎さんの作品が役立つと思っているので、毎回学生さんにご紹介してきたわけです。

社会には「お客からも感謝されず、社内でも尊重されず、自分でもやりがいを感じられない」という奴隷のような働きぶりで時間を浪費している社会人も多いのです。

皆さんも、たとえ内定したって、その後に不幸になるのは嫌ですよね。でも、「とにかく内定」と目先のことしか考えなかった人は、社会に出て皆「楽しみは来月の温泉か週末のカラオケだけ」みたいになっていきます。

さて、ドラッカー作品の中で「何がよいか?」と聞かれたら、経営者の方はもちろん、学生さんには特に、

①『イノベーションと起業家精神』
②『マネジメント』
③『チェンジ・リーダーの条件』

をご紹介しています。いずれもダイヤモンド社です。この三作品は人気なので、ブックオフでは大抵「半額」ですが、800~1,000円でも買う価値は十分あります。

入門編なら『ネクスト・ソサエティ』や『断絶の時代』などがいいですが、働き方や付加価値創出については、上記の三作品がおすすめです。

『イノベーションと起業家精神』で、ドラッカー博士は農機具販売会社の「マコーミック社」が割賦販売を生み出した事例を挙げ、割賦技術は資本主義を爆発的に推進させたイノベーションだと述べています。

「割賦」というのは、もはやこんな古い言葉は、アリのような小さな字で書かれた「契約書」にしか存在しませんが、要するに「クレジット(信用販売)」の仕組みです。

「先にモノをもらい、後から少しずつ支払う」という「買い方」の発明が、技術革新に匹敵するほどの社会的イノベーションだ、というのが本書の中での指摘です。

それは、今までの「買い物の常識」を破壊し、同時に「現金一括払いができる人にしか売らない」というビジネスモデルを破壊し、「消費者となる人々のターゲットが飛躍的に拡大した」という創造的破壊でした。

経済学部の方であれば、オーストリアの経済学者ヨーゼフ・アロイス・シュンペーターが「創造的破壊」という言葉を生み出したことを1年で習うでしょうが、それは具体的にどういう事例なのかは習わないでしょう。

「毎年同じ授業をしている教授の講義を録画し、教授を解雇してDVD形式で販売して授業料を100分の1に引き下げる」というような改革が「創造的破壊」です。


ドラッカーは、「自社の都合でコストを決める企業は滅び、顧客の事情に合わせて付加価値を決める企業は生き残る」と言っていますが、日本の学校や行政組織、不動産業界などは、頭が化石状態だと言えます。

世の中では、「それを通過せねば不利になるが、選択肢が一つしかない」という手続や商品では、社会主義国のように不合理なコストが発生します。

例えば、どう考えても「催眠術」としか思えない大学の授業が「90分=3,400円」もしたり、法人設立登記の際の「定款認証」でハンコを4つ打ってもらうだけで「94,500円」も取られたり…

それを持たねば自由度が制約される「運転免許」は、取得に30万円もかかったり、引越しの際は「敷金」という名の仕組みで入居者を「金主」扱いしたり、500円で済む「カギの交換」で15,000円も取ったり…

こういう「規制」や「代替手段なし」という状態で設定されている価値が「不合理なコスト」であり、これで儲けているのは、ビジネスセンスとは何も関係ありません。別に有能というわけではないのです。

もし皆さんが起業したいと思うなら、誰がどう考えても不満を持っている分野で「非・不・未・無」を探してみるとよいでしょう。

僕は公務員や大企業がのんびりと規制にあぐらをかいているところを狙い、「羊の群れ」を破壊してゲリラのようなビジネスを仕掛けるのが好きです。

FUNで紹介してきた数々の創業物語の中でも、男女を問わず毎年人気が高いのは、『風雲に乗る』(角川文庫)です。

日本信販(現:UFJニコス)の創業者・山田光成さんの伝記で、読まれた方も多いでしょう。

ダイエーの創業史である『価格破壊』、近畿日本ツーリストの『臨3311に乗れ』、ロイヤルの『外食王の飢え』、山種証券の『百戦百勝』、花王の『男たちの経営』なども、FUNでは4年生に人気です。

戦前、戦後と庶民の生活は貧しく、「農業を効率化するためにある農機具を買う」という目的であれ、庶民は長い間貯金して購入せねばなりませんでした。

お寿司屋さんが配達のために「自転車」が欲しいと思っても、当時高価だった自転車を買うには、長い間我慢してお金を貯め、設備投資を繰り返していかねばなりませんでした。

給料が少なく、雇用が不安定なサラリーマンは、こうして何を買うにも「全額揃うまで耐える」という選択肢しかなく、「割賦(月賦)」で買い物ができるのはお金持ちだけ、というのが戦後間もない日本の現状でした。

山田さんはここで、「庶民でも、それほど高価でない耐久消費財なら割賦で買えるはずだ。自分が信用を提供して仲介できないものだろうか」と考え、ビジネスのアイデアを練り上げていきます。

しかし、どの店に行っても「貧乏人に割賦で売るなんて、そんな危ないマネができるか」、「焦げ付いたらどうするんだ」と言われ、消費者からも「払えなくなったら怖い」、「どうせ高い手数料を取るんだろ」と言われ、山田さんは何度も壁にぶち当たります。

「こんなにいい制度なのに、なぜみんな分かってくれないのか…」と諦めかけた山田さんが、以前訪れた高島屋に行くと、「加盟しましょう」と待ちに待った返事が。

先行事例がないと疑うのに、一旦メジャーな人や組織が使うと、なだれを打って群集が集まるのが日本で、ここから続々と加盟企業が増え、それに従ってクーポン利用者も激増します。

「今は手元にお金がない人」たちは、山田さんが「信用販売」と名付けた割賦技術を生み出すまでは「眼中になし」という存在だったのが、たった一つの発明で、見込み客は数十倍の規模に広がったといいます。

これは電通の広告やトヨタの技術、あるいはインターネットの登場すらも超える、戦後経済最大級のイノベーションだったとも言えるでしょう。

いくら広告が面白くて分かりやすくても、安全で高性能の自動車を作っても、今それを買える裏付けがなければ、何の意味もありません。

その意味では、山田さんが作った「マーケット」は、どんなメーカーや広告代理店も作れないくらい大きな「未来」だったわけで、新事業において「着眼点」がいかに大事か、如実に示している事例だと言えます。

以上、あまりに簡単に説明したので、苦労や感動はほとんど省いています。詳しく知りたい方は、105円持ってブックオフに行き、『風雲に乗る』を買いましょう。

もし「割賦技術」がなければ、大学に進学できる人は人口の1割くらいで、本メルマガの読者の大半は、社会人か「貯金中の若者」になったことでしょう。

「学費が貯まるまで、点数は条件を満たしても進学できない」なら、どれだけ不合理な時間を強制されることか。

しかし皆さんは、親からの経済援助でなければ「奨学金」という借金によって先に「大学という商品」を購入し、卒業してから返済するという形で、知識を手に入れられるのです。実に合理的な発明です。

ドラッカーは『イノベーションと起業家精神』の中で、新たな事業を成功させる着眼点として、以下の7つの基準を挙げています。

①予期せぬ成功と失敗を利用する
②ギャップを探す
③ニーズを見つける
④産業構造の変化を知る
⑤人口構造の変化に着目する
⑥認識の変化を捉える
⑦新しい知識を活用する

マコーミック社が1840年代に発明し、日本で山田光成がさらに発展した形で完成させた「クレジット技術」は、以上7つの条件を全て満たしています。

さらには、ファミコンも携帯電話もインターネットも、爆発的に普及して消費者や社会の常識を変えたような発明は、全てこの7つの条件を満たしているのが分かります。

これが「創造的破壊」なんですね。素晴らしい…。

また、『マネジメント(1974)』では、世界で初めてマーケティングを開発したのは日本人だった、という三井の事例が述べられていますから、こちらもご覧になるといいでしょう。

「業界研究」というと、学生さんは個別に業界事情を研究し、資本金の額や売上高、業界内順位を比較・勘案して「安全そうで楽しそうな会社」を選ぶことだと思っているようですが、そんなのは表面の表面に過ぎません。

それよりも、時代や社会の動きを広く見渡し、来るべき未来に合わせて、どのような問題解決やイノベーションを提供するか、それを人間心理や会計の視点から観察してくのが、本当の業界研究です。

そのためには、各業種がどのような「創造的破壊」を行ってきて、また行っていくビジネスをしているのかを、具体的かつ現実的に捉えることが大事です。

この1月~4月は、ぜひ一緒に、そういう勉強をしていきたいものです。

「就活に役立つ」という勉強は、就活にも役立ちません。本当に役立つ勉強は、日々の生活や入社後の仕事にも役立つものでなければなりません。

目先の場当たり的対策ではなく、先を見通した本質的な対策によって、自分自身に「創造的破壊」を行っていく就活を、これからともに楽しんでいきましょう。

◆「内定への一言」バックナンバー編

「おごらずとても久しからず」(豊臣秀吉)





こんばんは。今日は久留米大1年のIさんの「インタビュー」にお付き合いし、世代の差を感じて帰ってきた小島です。

テーマは「バブル経済」。僕はバブル膨張時は中学生で、破裂とその後始末の頃に高校・大学に行ったので、話は主にエピソードや経済現象の説明みたいな雑談になってしまいました。

インタビューでは、熱心に聞く姿勢はもちろんのこと、Iさんが同じ大学の先輩・M利さんを心から慕う気持ちに、とても感動しました。

これは、FUNを作った安田君も昨日「福重の湯」で語っていましたが、後輩たちはきっと、先輩を自慢したいんです。

「他の社会人はどうだか知らないけど、私が尊敬する○○先輩はすごいんだ」と、確信と安心を持ちたいはずです。

サークルの中だけで目立つのではなく、社会に出てからも、やっぱりすごい。さすが、私の○○先輩だ…そう思える出会いがあるだけで、その学生さんの大学生活は、どれだけ実り多いものになるでしょうか。

自分のために頑張って内定をもらうなんて、当たり前のことです。

大事なのは「人のために頑張ること」で、誰かのために努力してこそ、初めて+αの力が生まれ、本当の意味で成長できます。

僕も、「やっぱり小島さんは、言ったことに必ず結果を出す人だ」と信頼してほしい、という思いで頑張っています。4年生の皆さん、残りの日々は後輩の「自慢の先輩」として大学生活を悔いなく過ごしたいものですね。



さて、社会における「成功」というと、その尺度は様々ですが、「経済的成功」の大切さを否定する人はいないでしょう。それを目指す強さには差はあっても、「私の収入を減らして下さい」と本気で考える人はいません。

別に年収数億とか月収数百万でなくても、やはり「稼げるなら稼ぎたい」とは、多くの人、とりわけ若者であれば一度ならず考えることでしょう。

「義務教育=社会主義思想注入」のわが国では、人前で「稼ぎたい」、「金持ちになりたい」と言うのは気が引ける「空気」がありますが、言いにくいためか、逆にお金儲けの本はよく売れます。

今日は、数年ぶりといっていいほど「満員電車」に乗ったのですが、カバーをかけた本の文字を見てみると、明らかに「お金儲けの本」と思える内容の本を読んでいる若者も見かけました。

いい本ならカバーなんて外して、堂々と読めばいいのに…とも思いました。

経済的成功の大切さと方法を学校で教えるようにならなければ、学校で教える知識の吸収度は永遠に「砂に水を蒔く作業」を脱しないでしょうが、わが国の先生にそれを求めるのは、あまりに酷というものです。

それにしても、なぜ日本では「お金持ち」に対する嫉妬と憧れが、これほど複雑怪奇に入り乱れているのでしょうか。

いつだったか忘れましたが、ある国政選挙で「減税」を公約に掲げた候補者が、なんと「落選」してしまいました。数ある政策の中でも、減税ほど有権者の支持を集める直接的材料は少ないのに…。

その理由はなんと、「金持ちが得をするのは許せない!自分たちが損してもいいから、金持ちにはもっと損してほしい」という群集心理のためでした。

このような「あいつが両足をなくすなら、オレは片足をなくしてもいい」というような異常な憎悪の発生事例は、『繁栄と衰退と』(岡崎久彦/文春文庫)で、イギリスとオランダの「航海条例」を巡る争いを通じて描かれています。

わが国でもこれと同じように、「自分がちょっと損しても、金持ちがもっと損するならそれでいい」という屈折した心理が存在しているため、政治家や役人にとっては、わが国は「増税しやすい」という非常にお得な国となっています。


テレビでも、金持ちが損した、失敗した、没落した…という構造を持つニュースや物語は、軒並み高視聴率を得ます。夢がない人間が見る番組に登場する「社長」は、強欲で好色な「悪人」でなければならない、という暗黙のルールがあります。

しかし、欲張りでケチで好色で意志が弱くて犯罪が多くて、「金さえあれば何でもできる」と考えているのは、実は貧乏人の方だ、とは、『マネー塾』で手を尽くして説明したことです。

FUNの皆さんなら、取材を通じて何度も経営者に会ったことがあるでしょうが、ドラマで見るような「愛人を連れて昼から出勤し、会社の経費でマンションや宝石を買って、金ぴかの飾り物を付けてベンツに乗っている」というような社長に、一度でも会ったことがあるでしょうか。

いないでしょう。そういう社長は、貧乏人の想像の世界の中にしか存在しないのです。

貧乏な人ほど「社長=腹黒い、金の亡者、欲丸出し」と思っており、それは「私は高潔な人間なのだ」という満足感を与えるテレビ局の心理操作です。

「存在しない架空の悪」を見て、「実現していない架空の善」に自己満足…まったく、馬鹿馬鹿しい限りです。数少ない名番組は別として、テレビほどの時間のムダ使いは、この世にほとんど存在しません。

皆さんが会った「実際の社長」は、質素で謙虚で、若者を心から応援してくれる立派な大人だったはずです。

世の中には「ヒマ人」が多いので、テレビ局はそういうヒマ人向けに、ヒマ人が好きそうな番組を創作するわけですが、そこでは極度にキャラクターをデフォルメ化しているのは、ご存知の通りです。

主人公は「凡人」であることが望まれ、ヒロインといじめっ子がいて、ちょっと羨ましい憎まれ役がいる…という構図は、マンガや時代劇、戦隊モノ、映画、ドラマなど全てに共通しています。

そうしなければ、視聴者の大半を占めるヒマ人が感情移入できないからです。感情移入できなければ、番組としての存続が危なくなるのです。

ですから、「ドラえもん」の主人公がジャイアンや出来杉君であってはならない、というのがこの国の掟です。

大人から子供まで、こうも「金持ち」や「優等生」を憎んで、架空の世界であれ叩き潰し、架空の快哉を叫んで憂さ晴らしをするために帰宅後の時間を浪費しているとは、不思議な社会心理です。

ということで去年、僕は社会主義関係の文献を買い漁り、「赤い十年」と呼ばれた1930~40年に学校教育や世論がどう社会主義化したか、色々と調べてみました。

しかし、その「赤い十年」は日本に根付く社会主義が市民権を得た「仕上げ」の時期で、原因はさらに遡らなければ見えない、ということが分かりました。


「一体いつから、わが日本では、経済的成功が蔑まれるようになったのか?」

その兆候は既に、大正時代や明治時代にもいくらか確認できます。さらに遡れば、江戸時代にも同様の風潮があり、寛政、享保、天保の三大改革は、全て「金持ち潰し」の社会主義政策と言ってよいでしょう(「江戸の改革について」『正義の時代』渡部昇一/PHP文庫所収)。

現代の公立高校は全て、江戸時代そのままの「士農工商」で、士=普通高校、農=農業高校、工=工業高校、商=商業高校なのは、学校名が変わったとは言え、大学生なら誰でも知っていることでしょう。

昭和に入って破壊的な影響力を誇り、わが国に軍国主義旋風を巻き起こした社会主義がどう受け入れられ、どう発展したか…近年の僕のこのテーマにしばらく満足な回答は得られないでしょうが、今日、ある面白い本を見つけて読みました。

それは、『カネが邪魔でしょうがない』(紀田順一郎/新潮選書)という、タイトルからして怪しい本です。

あまりに儲かりすぎて湯水のようにお金が貯まり、毎日道楽や余興のために数千万円使い続け、最後は破綻していった男たちの物語を集めた本です。

本書の面白いところは、お堅い「新潮選書」だけに、成功法や教訓などに重みをおかず、あくまで「栄枯盛衰」に的を絞り、現代では考えられないような非常識な放蕩ぶりを許容した社会心理や、没落者の共通点などを探っている点です。

ですから、お金持ちになりたいと思う人は、あまり読まなくてよい本です。それよりは、「金持ち父さん貧乏父さん」か「ユダヤ人大富豪の教え」などを読んでおけばいいでしょう。

しかし、金持ちを妬む不思議な群集心理や、妬まれても同時に尊敬や憧れを喚起する成功者の不思議な個性に興味がある方は、読まれたらよいでしょう。


本書のあとがきには、興味深いエピソードが紹介されています。著者があくまで「当時の伝説だろうが」と断った上での引用ですが…。

太閤となり、栄耀栄華を極めた豊臣秀吉が建造した広壮な「聚楽第」の門に、ある日、誰がやったのか、「おごれる者は久しからず」という貼り紙がくっつけられていました。

「なんだ、一農民が、ちょっと主君に気に入られたからと調子に乗って戦争を繰り返し、太閤になったからと、威張るなよ」。秀吉に対するそういうやっかみを持つ人がやったのでしょう。

しかし、幼い頃から苦労に耐えてきた秀吉は、その程度の貼り紙に怒るような人物ではありませんでした。秀吉は代わりに…

「おごらずとても久しからず」という貼り紙を、その場所にくっつけたそうです。

「おごらないといっても、それも久しくないよ」。つまり、「成功できないことを慎ましさとか清貧とか言い換える奴こそ、長続きしないだろ?」という強烈な皮肉でした。

その後どういうやり取りがあったのかについては、著者は触れていませんが、この貼り紙を見た当事者は、悔しさと情けなさで火が出るような思いになったのではないでしょうか。

おごれる者も長続きはしない…秀吉は、そんなことくらい知っていました。しかしそれは、貧しい人間には言う資格がないことです。

ただ勇気がなく、経済的成功の必要性を認めないなら、いちいち人の懐具合に文句を言ったり嫉妬したりするのではなく、大好きな清貧に甘んじておけばいいのです。

しかし、富を逃し、富を得る才能がないと自覚した人間ほど、心の中では憧れがいびつな形に増幅し、金持ちや成功者の失敗を願わずにはいられなくなる…なんと屈折した心理でしょうか。

わが国は昔から農村集落で稲作をやってきたためか、誰が何をやっているか、何を持っているかということに、極度に神経を尖らせる国民性も強いのかもしれません。

「人は人、我は我」と口では言っても、実際はなかなかそう割り切れるものではなく、逆に、そういう言い回しが多用されるほど、誰もがいつも誰かのことを気にしている、という証拠でもあるでしょう。

克己心と努力、才覚で富を築いたベンジャミン・フランクリンが、「金なんていつでも作れるさ」と言った友人に、「ならば、今こしらえてみたまえ」と言ったエピソードは、去年ご紹介しました。

「金が全てじゃない」などという言葉は、稼いで初めて言える言葉です。ない人は口にする資格もなく、言っても誰もまともに相手をしないでしょう。

そんなやせ我慢に無駄な時間を使い、架空の世界で金持ちを痛めつけて喜ぶくらいなら、お金を生かして使う道を学んでみたらどうなのか…。

仮に、あらゆる業界を受けて全ての選考に落ちた人が、「就職だけが全てじゃない」と言ってみたところで、負け惜しみか妬み、でなければ強がりか屁理屈にしか聞こえないでしょう。

まともに勉強せず、学校の成績も悪い人が、「偏差値で人は測れない」といっても、同じです。偏差値で人は「測れる」に決まっています。少なくとも、勉強を頑張れる人は、他の人より成功の確率は断然高いものです。

偏差値38だった僕は、到底、70以上の友達には勝てませんでした。勉強の量も質も負けていました。同様に、語学や会計、営業については大卒以上に学んだ僕が、大卒以上の結果を出せるのも、当然のことです。

世の中には、結果を出した人にして初めて言える言葉がたくさんありますが、発言だけは背伸びしようという大衆が多いのも事実です。

ということで、将来を決める大切な時期である今は、「人が何を言っているか」などは、いくら聞いても無視するようにしましょう。臆病者がどれだけまともなことを言おうと、それは所詮雑音に過ぎません。

聞くならやはり、自らの責任で行動し、実感を持って結果を受け入れている人の言葉に絞るべきです。

あなたがひとかどの人間になりたいなら、「単位さえ取れりゃーいーよ」と言っている100人の先輩が言う勉強法より、数百年前の偉人が古い本の中で書き残している勉強法を信じるべきです。

あなたが大学の浮ついた雰囲気に呑まれたくないなら、「学生ならカラオケっしょ」という100人の学生は無視して、「孤独は天才が通う学校である」といったエドワード・ギボンの信念を支えにしてもよいでしょう。

あなたが感動の内定を得たいなら、同じ業界を数十社回って「この業界面白くないよ」という先輩の言葉よりも、「この業界は最高に面白い」と断言するたった一人の社会人を信用したほうが、間違いありません。

大事なのはいつも、「誰が言っているか」です。人は「何を言っているか」では動かず、「誰が言っているか」で判断します。

ですから、信用してほしいと思ったら、カッコいい言葉を言ったり、もっともらしい知識をちりばめたりする前に、ありきたりの普通の言葉がカッコよく響く人間を目指すべきです。

普通の言葉で人の信頼を得られる人が、一番かっこいいのです。

フリーターは自己の現状を正当化するため、よく、民間企業に就職した同級生を引き合いに出して批判します。僕はその人が誰だか分からないので、一応聞くには聞きますが、同時に「かわいそうに」と思います。

「オレは、あんなふうには就職したくないっスね」
(安心しろ。おまえには無理だ)

「内定したって、別にそれが幸せってわけでもないっスよね」
(内定しなくても、それが幸せでないのは確実だ)

「私は、あんな会社で働くのは嫌ですね」
(喜べ。誰もおまえなど採用しない)

黙っておけば、ほんとよくしゃべる…。



「ベンチャーの経営者って、腹黒そうじゃないっスか」
(おまえが経営者に上り詰めるのは絶対に無理だ)

「就職したって、別に給料変わらないじゃないっスか」
(だが、プー太郎のおまえよりは確実に高いぞ)

「どこに内定したかで人の価値が決まるわけじゃないっスよね」
(どこにも内定できなかったことでも、人の価値は決まるぞ)

「本当の自分探しに妥協したくなかったんスよ」
(その、決断を引き伸ばして甘えるおまえが本当の自分だ)



何なんでしょう、この「相手不在」の異常な心理は。そこまで他人を否定すれば、自分の存在が正当化されるのでしょうか。

こういう若者と向き合うのは非常な根気が必要ですが、学校教育やマスコミがもたらした有害情報の深刻な影響に、この国の未来が心配になってきます。

秀吉が一発、強烈な皮肉を見舞った心理が、少しは分かるようです。

就職するまでもしてからも、経済センスが人生の判断にもたらす影響は大きなものです。

強がらず他人に合わせず、自分が本心から正しいと信じるのであれば、経済的成功を人格、教養、家庭の成功と同列に扱い、しかるべき準備をしていきましょう。

志望業界や志望職種を考えるのも大事ですが、収入をどう生み出すか、収入をどう維持して増やすか、それを考えるのはその何倍も大事です。

お金も仕事も、苦労も喜びも、素直な気持ちで見つめられる就活を楽しみたいものですね。