◆「内定への一言」バックナンバー編

「学生は未来からの留学生だ」





おはようございます。毎日の業界ゼミで新しい学生さんとの出会いを楽しんでいる小島です。特に今日の「先物取引」は、非常に勉強になりますから、どうぞお楽しみに。

それにしても、『タイムマネジメント塾』は皆さん予想以上の反響があったようで、自己満足ではなく、時間を大切にし、よく観察してきた成果を伝えられてよかったなぁと感じています。

まだまだあと3回続きますから、「最もよく時間を生かす者は、時間を忘れて没頭する者だ」という真実に到達できるよう、しっかりと勉強していきましょう。



さて、来月から僕が5年前にベイサイドプレイスで主宰していた異業種交流会「一土会」を復活させることになりました。目下、再開のためのプログラムを作っているところです。

これは、一緒に会社を作ったOさんと、現在は外資系生命保険会社で活躍するTさんのたっての願いとお手伝いを頂き、僕も久しぶりに営業マンや独立起業者が集まる会を持ちたいと思ったことから、5年ぶりに幹事を引き受けることにしたわけです。

本メルマガの読者の方で、営業先を見つけるのに苦労していたり、販売成績が伸びずに奮闘していたりする方がおられたら、役立つ場になるのは間違いないので、楽しみにしておいて下さいね。


さて、今年は業界ゼミやその他の場、そしてもちろん本メルマガを通じて、今まで以上に広範な地域の学生さんと交流する機会が広がりつつあります。

FUNも僕も、まあ、有名になったものだと感じます。

FUNのツールでは、forFUNを抜いて本メルマガが一番広範な情報発信をしているし、講座の99%はなぜか僕が作っているし、取材も雑誌も広告も僕の発案だし、メルマガも僕が一番頻繁に配信しているので、「FUN=小島ゼミ」と言った創設者の安田君の予言は、的中したことになります。

そうやって毎日ちょこちょこ講座やメルマガを作っているせいか、時々、学生さんから「どうして学生を応援するんですか」とか、「学生を応援して、何かメリットがあるんですか」などと聞かれたりします。

こういう質問は、毎年増えてきた気がするので、今日は「学生さんをどう思っているか」、「何を考えて学生さんと付き合っているか」をお話しましょう。

まず、現在皆さんは学生ですが、僕は全面的に皆さんを学生だとは考えていません。時間が経過すれば、皆さんの全員が間違いなく、僕と同じ「社会人」になります。

僕が学生に戻ったり、あるいは学校に行ったりすることは絶対にないので、それは100%確実なことです。

そして、僕の統計では、社会に出て貧しくなった人やうまくいっていない人の9割以上は、「学生時代はヒマ人だった」ということです。ヒマな学生は、貧乏社会人の「稚魚」なのです。

しかし、立派に大成し、今では部下や年少者の信頼を集め、堂々たる仕事ぶりで社内でも社外からも慕われている社会人の友人もいます。

その人たちは、社会に出てからそうなったのかというと、もちろん実社会で叱責や失敗、屈辱を味わって大成した人もいますが、基本的に、人間の基盤を形成する習慣では似通った点を持っています。

それは、FUNの部員の皆さんにはいつも言っていることですが、「自由時間を未来のために使う」、「一人の時間に手を抜かない」という習慣、というより行動特性を持っている、という共通点です。

学生時代なら、「ブログ頑張ります!」とか「金持ちになります!」、「就活、頑張ります!」と言えば、それだけで初々しくてかわいいものです。

特に、内定してから業務を勉強する4年生の口からは、僕の世代ではそういう機会がなければ思い出さないような初歩的な言葉がたくさん聞けて、そういう意味では非常に懐かしいものです。

しかし、社会人になると、誰も動機では評価しません。「分かった分かった。頑張る、は聞き飽きたから、やってから言いに来い」。

学生さんは「いろんなことにチャレンジする力」を行動力と言うようですが、我々経営者は「着手したことに結果が出るまで継続する力」を行動力と見なすので、「色々挑戦する人」ほど行動力がない人はいません。

また、学生が学校に行ったり、社会人が会社に行ったりするのは「当たり前」のことです。

それは歯磨きやトイレと変わらないくらい、日常的なこと。やっても褒められることでもありません。

だからこそ、「一人の時」にどれだけのプラスαを生み出せるか、それをもって人を判定した方が正確です。

率直に言って、FUNの「顧問謝礼」は一人当たり、月額600円ですから、これが「収益目的」であるとは言えず、採算の面から考えても、僕はすぐに大月さんや学生さんにおごるし、毎月20冊前後の本をプレゼントしたりするので、プラスとは言えません。

「学生から得たものは学生に還元する」。

こういう姿勢で与えまくっていたら、いつの間にか巨大組織になっていた…というのが、「最古参部員」でもある僕の素直な実感です。

ならば、何を目的に毎週律儀に学生サークルを応援しているかといえば、それは「将来の事業パートナー確保」にほかなりません。

はっきりいって、僕にとって、就職は楽勝過ぎることです。数百人の経営者と会って鍛えてきた営業力や、筋金入りのネガティブ根性を持つフリーターを更正させてきた説明能力をもってすれば、僕自身をそこそこの会社に内定させるのは、わけなくできるでしょう。

しかし僕は、「美人投票」の考え方が好きですから、その就職能力を自分のためには活かさず、多くの他人、それも自分より若い人々のために役立てよう、そう思っているのです。

就職は、それを経験する前は非常に気になる人生の一大事ですが、終われば受験と同じで、さほど気になりません。

しかし、就職・転職が受験と違うのは、発生回数が受験より多く、受験の結果よりも就職の結果の方が、より切実な意味をもって人生を決定づけることです。

つまり、僕が就職に関心を持つ以上に、一般社会の人が就職に関心を持つ度合いの方が広く、深く、多いということです。

一般に、事業家は「自分が興味があること」よりも「人々が興味があること」を事業内容にします。

僕はフリーターには関心がなく、なりたいとも思いませんが、この市場が急拡大しており、日本経済に深刻な影響をもたらす「時限爆弾」であることは知っています。

だから、うまい投資家が「伸びそうな株」よりも「多くの人が買いたいと思うであろう株」を買うように、僕も「やりたいこと」よりも「多くの人が関心を持つであろう話題」を扱った方が人材、資金、情報をより効率的・効果的に集められると思って、異業種交流会などを担当してきたわけです。

その「成長株」としての話題が、就職、というわけです。就職なら、僕に興味がない人でも興味を持つ話題でしょう。僕はそこにくっついておけば、ついでに自分の存在も知ってもらえて効率的です。

人生で最も繊細な選択を強いられるこの話題を前にして、人は保有する中で最も重要で長期的な情報を拠出し、全人格をもって向き合うものです。いわば、「良い関係」が作りやすい話題なのです。

FUNのお手伝いをしているのも、僕の前職が経済誌の記者で、普通の人より経済知識や会計知識に強いということもあり、または単純に世話好きであるという性格も理由ですが、それ以上に大きいのは「学生時代に頑張れる人間は、必ず大成する」という経験的確信のためです。

考えてもみて下さい。

世の中の多くのトップ営業マンやユニークな創業社長は、そのほとんどが学生時代から積極的で、一人の時間をもてあますことを許せず、何かに挑戦したり、友達を応援したりしてきたような人ばかりなのです。

そういう人ともし、社会人になってから出会おうとしたら、一体どれだけの時間とお金、そして信用構築のためのステップが必要になるでしょうか。


トップ営業マンになれば、放っておいてもあっちから多くの人が出会いを求めてやってきます。その中で、僕が「一社会人」としてその若き逸材に近付いても、僕は「今年会ったうちの一人」としか見なされないでしょう。

しかし、誰も目を付けず、誰も応援せず、「タダの学生やろ」と思っているうちからまじめに接し、誠実な姿と継続をもって僕を知ってもらえたら?

「小島さんだけは、私が学生のうちから、君はできる!と応援してくれました。小島さんだけは、他の社会人とは違います」となるでしょう。というか、もう実際に、そうなっています。

これが「信用」というものでしょう。いわば、有望な人材を未公開の状態で発掘し、言葉は物騒ですが「人材のインサイダー取引」を行うことで、他の人では実現不可能な「特別な関係」を構築できるのです。

結果を出した人を認め、くっつくのは簡単です。僕はそんなふうに「既に高値を付けた株」などには、何の興味もありません。高値で株を買うのは、「今年の業績がいいから」と行ってエントリーする愚かな学生と変わりません。

僕が興味があるのは、「今は小さいけど、将来大成しそうな未公開株」をしっかりと買い、育てることです。

どんな状態で学生さんが訪れても、必要な経験と人脈、知識、考え方を手に入れて大きく成長し、続々と夢に向かって「上場」できる、夢と挑戦の証券市場…それが、僕にとってのFUNの位置付けです。

だからこそ、仕事が終わっても宴会や遊びには行かず、古本屋で貴重な文献を買い占めて入念に資料を作り、毎週、様々な形の講座に変身させて、コツコツとレジュメやメルマガを作っているわけです。

つまり、僕は皆さんの「現在」ではなく「未来の可能性」と付き合っているからこそ、毎週続けて、ちっとも飽きないのです。要するに、皆さんは「未来からの留学生」ということです。

FUNゼミでも時々、「僕がやっているのは先物取引だから、将来は大きく成長して、ぜひ僕を株主に加えてくれ」などと言っていますが、あれは本気でそう言っているのです。

僕にとって、今もらえる月600円の謝礼や一講座数千円の手数料よりも、将来皆さんが成長してともに実現できる喜びや収益の方が、段違いに魅力があります。

それでも「タダ」にしないのは、学ぶものは支払えというのが僕のポリシーでもあり、タダにするとお互いに尊敬と緊張を失って、結局はどうでもいい人間が集まるどうでもいい時間になり、無駄になるからです。

本メルマガの読者の皆様は、大半が卒業されても継続配信を希望されています。いわば、僕が一番欲しい人脈である「学生時代から存在を知っていて、今は社会人となった友人」が全国各地に、毎年数百人規模でうまれている、ということです。

ですから、「毎日よく頑張って配信しますね」とか「マメですね」とか、「よく続きますね」と言われたりもしますが、僕は10年後、20年後を考えてやっているだけで、結局は「上手に怠けている」のです。

あと10年もたてば、本メルマガやFUNが、どれだけ絶大な「時間節約・創造効果」をもたらしたか、恐ろしいほどの勢いで実感することになります。僕はそれが楽しみで、今の毎時間を楽しんでいるだけのことです。

だから、週にたった1回とはいえ、2時間足らずのFUNゼミは、僕にとっては絶対に外せない「資産運用」の時間だということです。

一人一人の学生さんの未来を信じ、全力で見識と情報をぶつけ、毎週に小さな共感と発見を積み重ねていけば、それはきっと、大きな果実となって、将来に実ることでしょう。

僕は皆さんの中に発見した可能性を見捨てず、否定せず、ただその顕現を信じて、自分にできることを継続するのみです。それが顧問の仕事です。

今皆さんが何をしているかが、「自分の未来をどう考えているか」です。

「将来どうにかなるやろ」なんてことは絶対にありえず、「今の自分=卒業後の自分」です。これは鉄則です。突然変異なんてことは社会にはありえず、突然変異は「悪くなる」という方向でのみ起こります。

勉強第一の学生時代に勉強できない者が、社会に出て勉強するはずがありません。やったとしても、どうせやらされる勉強だけで、そこには何ら、当事者意識は介在していないでしょう。

若者を見て「ただの学生」と思う社会人は、自分の過去や経験を信頼せず、自信がないだけです。

僕は皆さん全員に「無限の可能性がある」とは言いません。可能性だけはあっても、行動し、継続し、感謝しなければ、ただの可能性に過ぎません。

可能性、可能性と何かあるたびに未来に逃げ、結局はただの可能性に終わっただけの人間が、この社会にはどれだけいることか。

それで終わるにはあまりに惜しいほど、仕事と人生は楽しいものです。だからこそ、若者を甘やかさず、無意味に批判せず、あるがままの姿でぶつかりあい、そういう思い出を未来の信頼の根拠として育て、一緒に目指した未来に到達したいのです。

ということで、「未来からの留学生」である皆様の今後の活躍に、いくらかのお役に立てば、ということで、本メルマガも頑張って配信していきます。

10年後。楽しみにしておきましょうね。

◆「内定への一言」バックナンバー編

「決断力がある人は、先に結果を決めている人だ」




こんにちは。昨日は一気に4人もの方の入部ラッシュに、今年のFUNの間違いない躍進を感じて喜びいっぱいの小島です。久留米大1年のIさんも、毎週新しい先輩が増えて本当に嬉しそうです。

西南3年のH山君、女子大3年のF津さん、筑女2年のH川さん、H田さん、これからは「自分のすごさにたまげてしまった」と言える時間を一緒に過ごしていきましょう。

九大2年のM川君、男子部員が増えて本当によかったですね。でも、初年度は安田君を除いて、「23人中22人」が女子大生だったんですよ。もっとも、就活コースでは、九大2年のT中君が今もこれと似た状態で毎週つつかれてますが…。

また、社会人としてFUNゼミに参加されたOさん、本当にありがとうございました。

「土曜の朝からやる気爆発!」の学生たちと触れ合って、お互いに充実した時間を過ごされたようで、見ていて嬉しかったです。

それにしても…これはもう、西南会館では、開催場所がなくなるのでは?中央市民センターも狭くなりつつあるし、次はアクロスか国際会議場でしょうか。とにかく、大きな夢を持って小さな行動を大事にしていきたいものですね。

本題に入る前にもう一つ嬉しいのは、久留米大学4年のY君が、毎日友達や後輩を応援しているという話を聞かせてくれることです。メルマガを紹介してくれるのはもちろん、少しでも友達にチャンスを届けようと、色んなことを教えてくれます。

業界ゼミも、なぜか3年生より4年生の方が多い勉強会になりましたが、理由を聞いてみると、「取引先をよく知りたいから」、「後輩を応援したいから」と、感心せずにはいられない動機ばかりです。

Y君も、みんなの前でどんどん発言する学生さんではありませんが、心中深く秘めた熱い気持ちは同じで、その真剣な参加姿勢や、日々「今日も何かを掴むぞ」と学ぶ態度を見ていると、将来の成長を確信せずにはおれません。素晴らしい先輩ですね。


さて、昨日の『タイムマネジメント塾①』は、今までの講座とは違うテーマを題材にしたせいか、マネー塾やスピーチ塾とは違った形の反響が得られ、楽しい講座になりそうだと感じました。

あの中で、「決断力をつけるには、どうしたらいいか」という話を少しだけしましたが、今日はそれについて、ちょっと付け加えておきましょう。

決断力とは、「決断する力」、つまり「思い切る潔さ」や「楽天的な考え方」が支えると思われがちですが、ただ「やるぞ」と思うだけなら、誰でもできます。

昨日も言いましたが、全ての能力は「動機」ではなく「結果」から測定・定義されねば、次の発揮はおぼつきません。

動機や過程から見れば、「何もせずブラブラと時間を持て余している人」や、「自分には認められない行動で時間を使っている人」が「ヒマ人」だと思いがちです。

しかし、「結果」から見れば、「結果を出せない人」がヒマ人です。たとえ忙しく立ち回っていようが、必死に作業に取り組んでいようが、肝心のことから逃げ、結局は中断してしまえば、それも「ヒマ人」です。

「結果が出なかった」ということは、「大事なことだけ、やらなかった」という証拠であり、それは「目標と関係ある決断だけ、逃げた」という証拠でもあります。

関係ないことばかりやるから、体だけ忙しくなるわけですが、別に毎時間バタバタ頑張っていようが、それを「行動力」と言う必要はありません。

目標と関係ない行動は、全て「ヒマ潰し」に過ぎないからです。人間、人にはどう説明していようと、心の中では、今自分がやっていることがプラスなのかマイナスなのか、よく分かっているものです。

ということで、「決断力」とは、目指す結果との関連性を想像し、行動に移す力のことです。

「望む結果が出た」ということは、「結果に関係ある行動を積み重ねた」ということであり、それは「結果と関係ある行動を想像した」ということです。

従って、決断力が発揮されるか否かは、「先に結果を決めているか」が大事な要因になるのがよく分かります。

昨日は決断力の発揮過程を、身近な「横断歩道」を使ってご説明しました。毎年、同じ例え話です。

例えば、天神の「天神コア前」の横断歩道は、福岡県民であれば、月に何度かは、必ず使う横断歩道でしょう。

九州で一番「路線価」が高い道路に設置された横断歩道だけに、あそこを通っていると、思いがけない「懐かしい出会い」に出くわすことがあります。


Aさんがある日、その横断歩道を渡ろうとしていました。目指すは「ジュンク堂」です。

そこに、あちらから歩いてくる人の顔を見て、「どこかで見たような…う~ん、誰だっけ…?」と思いながら近付いてみると…。

なんと、それは小学生の頃仲の良かった、Bさんでした。

「ねえねえ、Bじゃない?私、Aだけど、分かる?」

「…あ~!Aちゃん!懐かしいね!今何してるの?」

「え、今ね、大学行ってるよ。今年シューカツなんだけどね」

こんな話に熱中しているうちに、信号は赤に変わってしまい、二人は「クラクション鳴らされまくり」に。

「ププーッ!」という音を聞いて、「やばい!渡らなきゃ」と走り、なんとか「向こう岸」である天神コア側に渡りました。

もしここで、AさんかBさんが、「私は横断歩道を渡ろうとしていたのだ」という目標を忘れていなければ、懐かしい再会の喜びはさておき、「まず渡ろう」と先に渡ったことでしょう。

「渡る」という目標の過程で起こった「再会」という予想外の出来事に対しても、「渡る」という目標を忘れなければ、「友達を連れてどちらかの歩道に移動する」という決断ができたはずです。

しかし、人の行動は「目標を忘れた時点」からずれていくもの。これは、日常ありがちな「再会」ですから、そこまでストイックに考える必要はありませんが、人生の課題となると、「出会った瞬間に目標を忘れる」というミスを繰り返す人が少なくありません。

学生さんは「どの業界に行く」とか「どの職種を志望する」という形式的な目標には大変こだわりますが、「どんな人になる」という最も大事な目標に関しては、全く話題に上りません。

夢を叶えるのは、どんな業界に行くかとか、どんな職種に就くかではなく、どんな人間になるかによって可能になるのに、最も大事な目標だけは、最初から存在していない場合が多いようです。

だから、業界や会社ばかりを比較し、その選択が自分の一生を決定的に分けてしまうと過剰な不安を持つのでしょう。

例えば、「私は30歳までにグローバルな人脈と、5ヶ国語を操る語学力と、どんな会社でも黒字に変える会計センス、コンサルティング能力を持った人材になる」とでも決めておけばいいのです。

あとは、あちらから降りかかってくる情報が、どれだけ自分の夢と関係あるかを判定しながら、さっさと振り分けていけばいいでしょう。

目標を先に決めていない人は、「なんとなく」とか「一応」といった決め方しかできないため、たとえその選択肢を受け入れても、自信をもって行動を進めることができず、中断したりすれば、「最初からそう思っていた」などと言い訳をするものです。

じゃあ、その「先見性」を生かして、その時にやめておけばよかったのに。

いつも心に「目指す自分」を描いていない人は、何も決断できず、何も達成できないものです。要するに、20代の全ての時間は、「色々やった」かもしれませんが、結局は全てが「ヒマ」だったということです。

渡部昇一さんが、ある本の中で「人は必ず年を取るのだから、老いて暗いのは人生が失敗だったということである」と言っているのを見て、その通りだなあと感じました。

学生なら、「学生は必ず学年が上がって卒業するのだから、就活や卒業を迎えて暗いのは、学生時代が失敗だったということである」と置き換えられるでしょう。

要するに、「その場で楽しいこと」はいくらかやったかもしれないし、宴会もコンパも旅行もそこそこ楽しんだかもしれませんが、「将来のために重要なこと」をやらなければ、それは数百万円をつぎ込んだ「壮大なヒマ」であるに過ぎません。

目指す自分を決めておけば、学生時代にも十分な「成長できる体験」が起こるものです。目指す自分を決めていない人からは、目標を持った人が「運がいい人」に見えますが、そうではありません。

目標を決めていない人には、目の前にあるチャンスが見えず、何ら価値ある行動ができないだけです。要するに、目標がない人には「決断」、そして「成長」が存在しないということです。

就活中、いろいろと迷うことも多いでしょう。しかしその時は、迷っている人には絶対相談しないことです。それよりも、「どういう人になりたくて取った行動なのか」という初心を思い出して決断しましょう。

「本当にそうなるだろうか」と対象を疑うのではなく、そうすると思って決断、行動すれば必ずそうなるのですから、信頼や疑念はあくまで自分に対して持ち、そうして不足や過剰な期待を取りはらい、対象を正確に見つめるべきです。


でなければ、人や環境のせいにする理屈ばかり発達して、肝心の想像力や決断力は一向に育たず、貴重な時間を無駄にしてしまいかねません。

大事なのは、現状や今の能力がどうであるかを無視して、まずは将来を描くことです。その夢から逆算した計画を一日一日、たゆまず実践していけば、必ず十分な能力が自分の中から引き出され、そうして目標も必ず達成されます。

「決断力が欲しければ、目標をしっかり定めること」が重要ですよ。

「過去が未来を作るのではなく、未来が過去を作る」というCNN創業者・テッド・ターナーの言葉は、この意味でも真実を語っているいい言葉です。

皆さんが「自己分析」などで振り返る過去は、皆さんの「未来」が作ったものです。ならばこれからの「過去」も、今描いている「未来」が作るということ。しっかりと目標を決め、貴重な決断を重ねていきましょう。

◆「内定への一言」バックナンバー編

「能力は、あると思ったらある」





読者の皆様、こんばんは。

メルマガを一日休んだ昨日、九州工業大学大学院のNさんからお友達3人、西南卒のkumamotoさんからまたまた9人のお友達をご紹介いただき、毎日の読者増加が嬉しい小島です。

主に口コミ重視でコツコツ配信してきましたが、1,000人到達もこの冬には達成できそうです。数が変わると、書きたい話題や書く意識も微妙に変化してくるものですね。



さて、僕は最近、もっぱら「業界ゼミ」の講義(全108回)の準備に没頭しているのですが、その感想を一言で言うと…。

「大変だ」。

というものです。

僕は個人的には、「疲れた」、「きつい」、「そのうち」といった言葉は「自殺の呪文」だと思っているので、強がってでも絶対に「できる!やる!」と思い切って何事も進めてきたんですが…。

それでも心の底では、初めて「なんだ、この作業量は」と思わずにはいられないほどのスケジュールです。

少しでも進めておかないと、FUNゼミや就活コース、近現代史勉強会のレジュメ作成に影響するし、メルマガも書き続けたいし、かといって学生さんの相談を断るのは申し訳ないし、「なかなか鍛えられるな」と思ってしまいます。

毎日最低3冊は実務書を読み、昔の記者時代のノートや、各業界で働く友人からもらった資料などを整理しつつ、喫茶店で2ページの下書きを作り、帰ってからはふとんの中で「携帯で下書き作成」。

PCに送信したものを、翌日はレジュメのフォームに当てはめて、細かい文案を調整し、外に出てじっとレジュメを眺め、軽くイメージトレーニングをして、やっと一つの講義が終わります。

部屋をちょっと模様替えしたので、布団の横には年末にFUNの皆さんから頂いた文集を置き、それに目を通しながらやる気をふるい起こして、今のところは「4講義」分だけ、予定を先取りしています。

この差を増やしていくことが、僕の能率改善の尺度になり、新たな時間創造につながるわけですが、ちょうど講義数が「108回」なので、除夜の鐘をつくつもりで、黙々とこなしているところです。

どんなに大変だろうが、内容に手抜きするつもりはなく、受けた学生さんのほぼ全員が、受講後に「興味が出た」、「目からウロコ」、「志望業界が増えた」と言ってくれるのを聞くと、疲れもどこへやら…。


僕は4/6までは自分の仕事をせず、あらゆる若者と会社が、正しい可能性の認識と相手の評価にもとづいて関係を構築できる「仕事事典」を作ろうと決意したのです。

学生さんの「来てよかった!」、「他のも受けたい!」、「視野が広がった!」という感想を聞くたび、「だからやめられんのだ」と心地よい疲れの中、幸せに浸っています。

僕が企画・資料整理・執筆・講義に安心して集中できるのも、大月さんや前迫さんがそれ以外の作業を進んで、きっちりとこなしてくれるからです。本当に有り難いことです。皆様、ありがとうございます。

こういう、「毎週卒論執筆」みたいな作業をこなしていると、「小島さんだからできる」とか「集中力と継続力がありますね」と言われたりすることもあります。

「その通り!おれだからできる」。

こう答えると、相手は不思議そうな、「ちょっとは謙遜しろよ」といった表情になります。しかし、僕は「自分だからできる」と思っているのだから、事実を答えているだけです。

実際、僕に継続力や集中力があるのかは、全く分からないことです。他の能力についても、本当にあるのか、どの程度なのかも分かりません。

しかし、だから何だっていうんでしょうか。

能力なんてものは、事前にあるかないかを判定するような対象ではなく、「ある」と信じて動けば自覚でき、「ない」と心配して動けばそういう思いが強まるだけの要素に過ぎません。

よって、人は全ての能力を、「ある」と思えば保有できるのです。



ちょっと例を出して考えてみましょう。


ある学生さんが「10万円貯金しよう!」と思ったとします。

しかし、手にしたことのない金額であるため、目標の大きさに圧倒されて、「できるかなぁ…私、継続力ないし」と思ったとしましょう。

初日は1,000円、貯金箱に入れました。翌日も、また1,000円入れました。しかし3日目は、貯金できませんでした。

「やっぱダメだ。私には、継続力はないんだ」。

最後に証明されたのは、こんな事実でした。要するに、自分でそうだと決め付けたわけです。なぜ決め付けるほどの確信を持って、「ない、継続力がない、誰が何と言おうとない!」と言えたかと言えば…

事前に「ない」と思い、発揮できないことを不安に思ったから。

それが理由です。



しかし、本当にそうなのでしょうか。

「ない」と思っていたからこそ、ないと思えるような行動や過程に意識を奪われていただけで、実は「ある」という事実に気付けなかった、というのが本当ではないのでしょうか。

問題は、「本当に継続力という力があるかないか」ではなく、最初に「ない」と思ってしまう、その臆病な自己不信にあるのではないでしょうか。

仮に、さっきの学生さんが「10万円貯めるぞ!私には継続力があるから、きっとできる」と思ったとしましょう。

1日目は1,000円貯金し、「あと99,000円しかない!」と思いました。

そして2日目も1,000円貯金し、「よしよし、継続したぞ!」と思いました。

3日目も1,000円貯金し、「私って、もしかして天才かも?」と喜びました。

たかが3,000円でこう考えるのは、馬鹿馬鹿しいことでしょうか。

そんなことはありません。「その気になること」は最初の最大の才能です。

それは、あらゆる能力を発揮させる「自信」という根本的才能なのです。

貯めたのがまだ3,000円でしかないことや、あと97,000円の落差があるという事実は、この自信の前にはどうでもいいことです。

この学生さんは、「ある」と信じた継続力を毎日発揮して、発揮するたびに結果からより強い確信を得て、日々1,000円を夢に向かって積み立てていくことでしょう。

そして見事、100日目で「10万円」の目標を達成するのです。

「ある」と思って取り組んで、行動や結果を観察して「ある」と思える根拠を探し、拡大・継続していく。これが「能力」の正体ではないでしょうか。


ある学生さんが「英単語のテスト」のために、3日ほど、合計5時間ほど勉強しないといけない場面にあるとしましょう。

「私には集中力がある」と最初に思って取り組めば、たった10分ほど勉強しただけで、「よしよし、乗ってきた!」と思え、そのまま1時間続けて、ある課の単語を全て復習できるでしょう。

反対に「集中力がない」と思って着手すれば、10分たった時点で他のことを考えている自分に気づき、「いかん」と思いながら、目の前の携帯電話を手に取り、作業は終わっていることでしょう。

家に帰って「私って、ほんと集中力がないなぁ」と言うのは、分かりきったことです。

それは、実際に集中力がないことではなく、「ない」と思って取り掛かったからこそ、望みどおりの「中断」、「延期」という結果を手に入れただけなのに、「能力がない」と自覚してしまうのは、なんともったいない過ちでしょうか。

本当にあるかどうかなどを不安がらず、「ある」と信じて取り組むだけで、「ある」と思える自分を自覚し、自信が付いていたはずなのに…。惜しいことです。

毎年、1月末くらいから、FUNでも「模擬面接」をやります。この時期に「受験者」になる学生さんは、ほとんどといっていいほど、最初に…

「私、考えをまとめるの苦手なんです」

「多分かみます」

「全然業界のこと、理解してません」

などと、自らの失敗で味わう「恥」に保険をかけるような発言をします。別に「何が下手?」と聞いたりしていないのに。

僕はその学生さんの知識よりも、むしろ最初からそうやって腰が引けている臆病さこそ根本的に除去すべき問題だと思うので、学生さんのそういう言葉は無視します。

そして、実際に面接を見ると…。

「なんだ、これはぁ~!」と思うほどのひどさです。まぁ、受からないのは間違いありません。

しかし、ここからが大事なのです。

「やっぱだめやった」
「志望動機を忘れてしまった」
「自己分析が足りん」

などと、またもや聞いてもいないのに、弁解を口にする学生さんの自己評価を無視して、「想像力があるね!」、「思いやりが素晴らしい!」、「仕事の仕組み
をしっかり見てるね!」などと僕が言うと…

「ほんとっすか?」
「初めて言われました」
「考えてもいませんでした」

といった答えが返ってきます。

そりゃ、そうでしょう。そんな能力は、「ない」と思っていたからこそ、終わっても決して見えることはないのです。


だから…

「君は質問者の意図を考えて、具体例を含めた丁寧な答え方をした。そのチャンスを見抜く力こそ、想像力だ」

「相手の気持ちを考えて、少しでも役に立とうという思いがにじみ出てたね。思いやりが素晴らしい」

「声が大きくて良かった!細かい部分はまだ勉強が必要だけど、この時期でそこまで基礎的な理解ができているなんて、素晴らしい!この調子でいけば絶対大丈夫!」

などと、学生さんが自分が見えないところで発揮していた能力を列挙して、それが「ある」と決めつけ、「絶対にできる!」と断言すると…。

次の面接は、もはや別人の出来栄えです。想像力、思いやり、業務理解という能力が何であるか、そして自分にはそれがあることを信じて臨んだ学生さんは…

「さっきのは明らかに手抜きだっただろ。罰としてたけのこの里を買ってきなさい」

と言いたくなるほどの熱意と努力を振り絞って、面接に臨みます。

そんなこんなで、3、4回も練習を繰り返し、僕が発見した能力を次々と指摘し、「すごい」、「内定当たり前」、「レベルアップした」などと言おうものなら…

お調子者の学生さんたちは、なんと、エントリーシートに「私の長所は想像力」などと書いているではありませんか。まったく、なんという素晴らしい「その気になる才能」でしょうか。

話が違うぞ、君たち。その能力は、君が1、2週間前までは「ない」と言っていた、その能力じゃないか…。

このように、能力とは「定義」によってより良く自覚され、反復、再生が容易になって、磨き上げられていくのです。

最も大事なのは「ある」と信じること、というのが、よくお分かりになったことでしょう。あると思えば「発揮」に気付け、それをより良い形で反復、継続できるようになる、それだけのことです。

能力とは、持続・再生可能な性格なのですから。



ということで、ぜひ皆さんも、どの能力でもいいですから、「ある」と思って何らかの作業に着手し、さらに「ある」と思えるように、色々工夫しながら継続してみましょう。

きっと、エントリーシートに書ききれないくらいの「宝物」としての能力が、まるで保管場所を忘れていた預金通帳の中の現金のように、湧き出てくるでしょう。

大事なのは「あるかないか」ではなく、やる前に「ある」と思うこと。あると思えば、その能力は誰にでもあるのです。その小さな積み重ねを「自信」と呼んでいるだけのことです。

ということで、僕が冒頭に書いたようなスケジュールをこなしているのも、「おれは天才だから、90日で180冊の本を読んで、336枚のレジュメを作るくらいのことは、楽勝だ!」と最初に思って取り組んでいるからです。

「またできてしまった…」
「今日も先取りしてしまった…」
「今日はブックオフにまで行ってしまった…」
「子供の頃から薄々気付いてはいたが、おれはやっぱり天才なんだ」

それは別にいやみでも何でもなく、「ある」と思うからこそその計画を作ったのだし、実際にあるからこそ、膨大な作業を質を落とさず、楽しくこなせているのです。

週末から始まる『FUNタイムマネジメント塾』では、より具体的で実用的な「時間創造」の考え方と技術を教えますから、部員の方はぜひお楽しみに。

見学に来たいという方も、ぜひどうぞ。

皆さんには、既に、欲しいと思っている全ての能力がありますよ。あとは、それを発揮できる予定を入れるのみ。

FUNで発足以来、「毎日は夢との待ち合わせ」と言っているのも、予定(前もって
決めた出来事)こそ、自分の力を引き出してくれる「仲間」だからです。

自分を信じれば、「おまえはもう、できている」ということです。

自分で自分の邪魔をして、自分の裁判官にならないよう、気を付けましょうね。集中、継続なんて、「楽勝だ」と思えば楽勝です。