■「内定への一言」バックナンバー編


「我々は自分の持てるものの価値や恩恵を忘れて、

それより劣ったものに飛びつくことがよくある」

(渡部昇一)



今日は大濠公園でボートに乗って、ちょっと筋肉痛です。家から近いので、もう何回乗ったか分かりません。亀やカモを近くで見ると、すごくかわいいですよ。30500円なので、大学の授業の半額以下です。ぜひ乗ってみてはいかがでしょう。



さて、ご存知かもしれませんが、FUNは「酒なし、コンパなし」のサークルです。別に禁じているわけではありませんが、そういう内容が話題に上ることは滅多にありません。



みんな、夢の方が酒よりアルコール度が強いのを知っているのでしょう。あるいは、コンパなどで出会う人よりも、輝いている社会人の方が数倍カッコいいのを、知ってしまったのでしょう。



そのためか、「実家に帰って同級生と話すと、友達がえらく幼く感じた」とか、「親から、そういう勉強をしてほしかったと喜ばれた」といったコメントを、毎年のお盆明けに聞きます。


そんなFUNで、学生の皆さんが特に興味があることを挙げてみると、語学、教育、会計の3つに集約されるでしょう。とにかく、この3つのどれかに関心を持つ学生さんが多くいます。



その中で、特に語学に興味を持つ学生さんにいつも紹介しているのが、「英語教育大論争」平泉渉・渡部昇一/文春文庫)です。この本を読み終わった学生さんからは、まるでお盆に帰省した後のように、「社会人との英語教育の議論で負けなかった」とか、「友達の話が幼く感じた」といった感想を聞きます。



英会話学校の営業を論破するくらい、わけなくできるでしょう。逆に、この本を読めば、大抵の人を生徒にできるでしょう。語学教室系の会社に内定をもらった方は、読まれてはいかがでしょうか。鹿児島にいるOさん、高知大学のEさん、おすすめの一冊ですよ。



本書は、自民党の政務調査委員だった平泉さんと、上智大学教授の渡部さんとが、「話す英語vs読む英語」について行った大激論の成果を、時系列に従って詳細に収録した作品です。



今から30年も前に行われ、参議院での参考人招致まで進むほどの国民的ディベートとなり、英語教育に関するあらゆる論点が網羅された一冊として、語学に携わる人には必読の書と言えます。


朝日や毎日が送り出す論客を次々と論破し、生涯、議論において負けなかった山本七平さんも、二人の議論を「近年まれに見る好論戦」と評し、英語教育でそれなりの評判を得ている学者や教育者の本にも、時々引用されています。


今、フィンランドに研修旅行に行っている福岡女子大・英文3年のTさんにも、1年生の時に紹介したのですが、「めちゃめちゃ面白かったです!」という感想でした。現在、鉄鋼商社で働いている西南商卒のK君も、「お互いの議論が深くて勉強になりました」という感想でした。


西南4年のI君、この前のブックオフツアーで探しまくった絶版の本書が、探したらうちに2冊あったので、今度差し上げますね。


平泉渉(わたる)さんと言えば、Business Cafeで紹介した「物語日本史」(講談社学術文庫)の著者である平泉澄(きよし)さんの息子です。福井の名門・平泉家は、ゼネコン大手・鹿島建設の創業家とも姻戚関係にあります(「閨閥」神一行/講談社文庫)。



そんなわけで息子の渉さんは、東大法卒、在学中に外交官試験合格、背が高い、ハンサム、スポーツ万能、社交的、超お金持ち、名門大学留学、政府与党のホープと、日本社会で羨まれる全ての要素を備えて論壇に登場し


「日本人は中学校から何年も英語を学んでいるのに、全く話せないではないか。このような英語教育は間違っている。会話重視の教育方針に切り替えるべきだ」という持論を展開しました。

この「平泉試案」については、本の中で確認していただくと分かりますが、日本人が英語教育や受験に対して感じる複雑な思いを、ほぼ全て代弁した企画書だと言えます。これを、受験に敗れた学生や、英語が苦手だったおじさんが言っても、誰も聞かないでしょう。


しかし、誰もが感じていた「恨み」と「疑問」を、自民党の若手エリートが取り上げたのですから、その反響や効果は大きなものでした。「そうだそうだ、会話を重視しろ」という声が、あちこちから上がり始めました。


それに対して、「平泉試案は、始めから終わりまでことごとく間違っている」と反論したのが、ノーベル経済学賞を受賞した学者の通訳をこなすほど英語ができ、英語教育に関しても膨大な著作がある、上智大学の渡部教授でした。



この、アメリカ人よりも英語が出来る二人の日本人が、英語教育の未来について語ったわけですから、面白くないはずがありません。「議論は明解、論点は単純、誰でも実感と経験がある話題」という条件を備えた一大ディベートの結果は、ここでは書きません。ぜひ本で実際に味わって下さい。

今回のメルマガでは、「読み書き重視の英語教育」を主張する渡部教授の意見を紹介するにとどめておきます。


会話ができなければ「学習成果」とは呼べないと言うが、それでは英会話に全く不自由しない東南アジアやアフリカ諸国は、なぜあんなに教育レベルが低く貧しいのか。

旅先の会話や留学の用を足すことなど、語学の目的からすれば微々たる部分を占めるに過ぎない。いっぱしの内容がある小説や論文を母国語に翻訳できる語学力の方が、学校での語学教育では優先すべき目標である。


なるほど。言われてみれば、ペラペラと英語を話すのが巧みで、ハリウッドスターのようなあいさつをこなせても、話の内容は全然面白くないという外人には、僕も海外勤務時代に何度も会いました。


でも、学校でそこまでのレベルを要求するのはやや厳しいので、会話を取り入れてみてもいいのではと思いながら、次へ。


英語に対する劣等感を克服しようと、幼児期から英語ばかりを学んだ人間ほど、成長するにつれて英語同様、日本語まで駄目になる。国語や漢文の素養なしに外国語に習熟した大学者は一人もいない。


読み応えのある国語論や文学作品を発表した人は、「英文学科」の出身であって、「英語学科」の出身はいない。


確かに、卓抜な日本論を展開した山本七平は英語とヘブライ語、戦後日本の世論をリードした清水幾太郎は独・仏・露・英語、著書600冊を超える竹村健一は英語、仏教戯曲を残した倉田百三は英語などなど、戦前も戦後も、外国語を極めた人ほど、日本語に精通しているようです。


植民地の語学教育の目的は「進駐軍や欧米人から仕事をもらうこと」だが、独立国家の語学教育は「原典を正確に理解し、母国語に吸収すること」である。


日本では聖徳太子以来、「原典精読」こそが語学学習の王道であり、西欧で強国となったイギリス、ドイツ、フランスも全て、ラテン語かギリシャ語の原典精読の経験を伝統として持っている。


文化吸収や国民教育の視点から考えれば、文化や思想の精髄である文学作品、学術書を母国語で国民に普及させる方がよっぽど貢献度は大きく、英会話など補足的な目的に過ぎない。


「長い間勉強したのに話せない」という悔しさは分かるが、わが国の外国語教育はそもそも、「話す」などという低い目標のために行われているのではないので、大衆に迎合して英語教育の主眼を見失わないことだ。



アフリカや東南アジア、南アジアの国々は、母国語に優先させて英語を公用語にしましたが、その結果は見るも無残な母国語の衰退でした。


確かに、「会話」は顕在的な能力の発露で、視覚的にも体験的にも「成長」が確認しやすい目的ですが、会話で得られるものは「個人的体験」の域を出ず、訳読や精読とは区別するべき、というのもよく分かります。


これはつまり、「日本人ほど外国語ができる国民はいない」ということにもなり、面白い意見です。


渡部教授のこのような、歴史や語学教育史を踏まえた詳細な議論に、平泉さんは再度、詳細な反駁を加えます。それもまた、見所満載です。そして、渡部さんがその反論に対し、また応えます。


大論戦は双方譲らず、日本古来の教育や文化史、世論、エピソードを交え、とめどなく広いものに展開していきます。最後は、英文学者の鈴木孝夫氏が司会者となって「公開討論」が行われ、その成果を振り返って、平泉さん渡部さんが「後日談」を寄せる形で、本書は終了します。


結果は本で確認してもらうほかないのですが、僕は本書の意義は、日本古来の語学学習法を現代に紹介した点にもあるのではないか、と感じました。


僕は訳読も会話も好きで、双方の議論のいちいちに「なるほどなぁ」と納得しながら、だいぶ前に読んだのですが、どちらかというと20歳で海外勤務を経験しただけに、若干「会話主義者」でした。でも本書を読んで、「英会話だけが英語の目的じゃないんだ」と、はっきりと分かりました。


特に印象的だったのが、「我々は自分の持てるものの価値や恩恵を忘れて、それより劣ったものに飛びつくことがよくある」という渡部教授の言葉でした。


内定をもらった後にFUNを無言でやめ、時を惜しんでくだらない遊びに熱中する学生も、その例の一つだと感じました。まるで「新車のベンツを捨てて、ポンコツカローラに乗り換える」みたいなことを、実際にやる学生がいるのです。本人の目には、ボロ車の方がカッコよく見えるなら、それでいいんでしょうが


転職や結婚で同じパターンを繰り返さないよう、祈るばかりです。



さて、その「価値や恩恵」とは、どういうものに込められていたのか?聖徳太子菅原道真法然親鸞荻生徂徠伊藤仁斎山崎闇斎などなど、日本の行く末を決定した政治家や思想家、学者は、並々ならぬ苦労を経て中国文化を吸収し、中には本家の中国に逆輸入されるほどの作品を残した人物もいます。


そのような人たちは、会話は達者でなかったかもしれませんが、中国人より深く中国文化の本質を見極め、そのエッセンスを日本語に結晶させているのです。

このような学問的伝統があったからこそ、明治維新ではそれと同じ態度を西洋に対して発揮し、開国後数十年で、名だたる大国の学術書や文学作品の全集をことごとく揃えるまでになったのでしょう。


これは、考えてみれば、なんと巨大な文化的遺産でしょうか。日本以外の国で、どこかこういう偉業を達成できた途上国があったでしょうか。他国は留学生は送り込んだものの、期待のエリートたちは特権階級となって無国籍化しただけです。


二人とも、議論の立場は違えど、このような文化的背景を踏まえ、敬意を表して議論を進めているのは、立派な態度だと敬服しました。そのような二人が行った論争だったからこそ、国民的関心を集めたのでしょう。


春からFUNに入部した西南法4・I君は、マネー塾で得たヒントを生かして、この夏からミニ事業を始めました。英会話に関するプチ・ビジネスです。まだI君も事業案を模索中のようで、詳細は今後詰めていくのでしょうが、心がけと熱意が立派なので、「そうだ、あの本を紹介してみよう」と思ったことから、最近また読んでみました。


読み進めるうちに、その雑感を今日のメルマガで書いてみたわけですが、僕はちょっと、ある案を思いつきました。


それは「語学(教育)に関する名文の読み合わせ&語り合い」です。僕も4ヶ国語が話せて、今はサークル内で「韓国語塾」をやっています。語学に関する本も、趣味ながら割合多く読んできました。


その中で特に深い洞察を得た本や論文を選んで、ぜひ学生の皆さんと読み合わせてみたい、と思った次第です(=絶版)。


『英語教育考』『腐敗の時代』渡部昇一/PHP文庫に収録)
『日本漢語と中国』鈴木修次/中公新書

『私の國語敎室』福田恒存/新潮文庫改定・削減前の初版)

『論文の書き方』清水幾太郎/岩波新書

『読書と或る人生』福原麟太郎/新潮選書

他にもご紹介したい名著はいくつかありますが、この5冊は、語学と関わっていく上で外せない視点を与えてくれると思うので、もし「読んで語り合いたい」という学生さんがおられたら、ぜひメールにてご一報下さい。


参加費はコピー代だけで、1日かけて全部を読み込み、みんなで語り合える機会が持てたらと思います。では、長くなりましたが、今日はこのへんで。I君、事業の発展に期待していますよ

■「内定への一言」バックナンバー編


「人が事故に遭うのではなく、事故が人を探す」(エルマー・ホイラー)



さてさて、今日から再びエッセイ形式に戻ります。ここ数日は、「営業塾」のレジュメ作成で、毎回のテーマ別に選定した本を要約し、自分の体験もまじえて下書きを作っていました。



その中でも、特に参考になるのが、全米のセールス史上最も有名な一人である、エルマー・ホイラーの著書です。特に『自分を売り込む法』(ダイヤモンド社/1947年)は、久しぶりにじっくり読んで、大変勉強になりました。


昔読んだ吉田松陰の本に、「環境は人を作るのではない。ただ、その人柄を顕在化させるだけだ」といった意味の言葉がありました。現代の私たちは、環境が人を決めると思っていて、自分がうまくいかなかったりしたら、それは環境や他人のせいだと決め付けて不満を言います。原因を特定したら、それはもう、評論家気取りです。



でもそんなのは嘘で、それは、その人は「逆境」に遭遇したら弱音を吐く人間だった、という事実が顕在化されたに過ぎない、と先人は喝破しているんですね。


「仕事が多い会社に入ったから、きつい」と言うのは、仕事の大変さを嫌がる人間だった、という事実が顕在化されただけ。「経済的に苦しい家庭に育ったから、勉強できなかった」と言うのは、経済的事情を限界にする人間だった、という事実が顕在化されただけ。



なるほど。確かに環境は人を作りません。前進、停滞、後退の理由を作るのは、いつも環境ではなく人の方にあるんですね。


という内容は、二年半前くらいのメルマガで既に紹介しましたが、ホイラーの言葉はこれをさらに具体化していて、「人が事故に遭うのではなく、事故が人を探す」と言っています。



これは、一体、どういうことなんでしょうか。僕は、以前に仕事で接し、この言葉を紹介したある人のことを思い出しました。


その人は僕のお客さんで、28歳までに仕事を8回近くも替わった、という人でした。大卒でしたから、新卒の22歳から考えると合計6年で、毎年一回以上替わっている計算になります。僕は職務経歴書と履歴書を見て、「よく8回も就職できたものだ」と驚きました。そんな人には、会ったこともありませんでした。



しかしさらに驚いたのは、全ての退職事由に「一身上の都合により」と併記してあったことです。「一身上の都合って、そんなに毎年定期的に起こるものなのか?」と不思議に思ったので、「何があったんですか?」と聞いてみると。一社一社、詳しく教えてくれました。


一社目就職活動の時に描いたイメージと、実際の仕事が違っていた。
二社目残業は少ないと聞いて入ったのに、毎日夜中まで働いた。
三社目仲良くなったと思った同僚が、自分の悪口を言っていた。
四社目させてもらえる予定だった仕事を、全くさせてもらえなかった。
五社目企画で入社したのに、営業職に回された。
六社目社長と専務の派閥争いに巻き込まれて、嫌になった。
七社目社内に気が合う人ができなくて、孤立して働きにくくなった。
八社目これからの人生を考えると、希望が持てなくなって辞めた。


大体、こんな感じの退職事由でした。


本人は前職の悪口を言う訳にもいかなかったので、よくある「一身上の都合」と書いていたそうですが、それにしてもすごいペースでした。そのお客さんは、間が空くたびにため息をついては、「はぁ~私って、運が悪いみたいです」と自分の職歴を嘆いていました。


しかし、6年といえば72ヶ月です。72ヶ月で8回転職したということは、9ヶ月に1回、会社を辞めたという計算になります。期間に若干の差はあるにせよ、9ヶ月に1回とは、携帯電話の機種変更より速いペースです。



いくらなんでも、そんなに正確なペースで「災難」が降りかかってくるなんてことは、ありえません。そこから先は細かいので省きますが、要するに、このようなことが「事故が人を探す」なんだと、僕はその時感じました。このお客さんは、それから仕事を続けています。


世の中には、様々な問題があります。お金、人間関係、愛情、信頼、貸し借り、約束などを巡って、ほんのちょっとの「つもり」が誤解を招き、意地を張って認めなかったり、訂正すべき所で黙りこんだりすると、問題は拡大します。



このように、トラブルとはどこにでも潜んでいるものですが、その発生を察知して事前に手を打つ人には、起こりません。しかし、放置したり油を注ぐ人には、何倍も厄介になって襲い掛かります。


例えて言えば「アルコール」のようなもので、ほどほどに控えておけば、友達との時間を楽しく彩ってくれますが、度を越して飲みすぎる人を見つけると、アルコールは命を脅かすほどの凶暴さを持ちます。



アルコールそのものに意思や感情があるわけでもなく、それ自体は液体に過ぎませんが、その効用を過剰に利用しようとする人には、アルコールの方が意思を持って、その人を圧倒してしまうこともあります。


こういう顛末が、結果的には「事故」と呼ばれる現象を引き起こすわけですが、これは「人と仕事の出会い方」にも、十分当てはまることです。仕事そのものは、何らの性質も持たず、ただ「処理されるべき行為」として、組織内に存在しているだけです。



しかし、それを放置したり、甘く見たり、先延ばしにしたりすると、突如として仕事や組織が「意思」めいたものを備え、軽視した人にトラブルとなって襲い掛かるわけです。


例えば、僕のところに相談に来るフリーターの方で、最も多い悩みは「人間関係がうまくいかない」というものです。次は「給料が安い」、「先が見えない」、「やりがいが感じられない」といったところでしょうか。他にも、「残業が多い」というのも、よくあります。



これらの理由に共通する要因がお分かりでしょうか。それは、「外部に原因を求めた発想だ」ということです。


一つとして「自分が暗い」、「自分の働きが悪い」、「先を見ようとしない」、「やりがいを作ろうとしていない」、「仕事が遅い」という、自分に原因を求めた発想ではないのが、見事に共通しています。



世代、性別、経験を問わず。これはもう、トラブルの方がそのような人を探し、いじめるのを楽しんでいるとしか思えません。つまり、仕事を辞めたいと思っている人は、「トラブルのカモ」になってしまったわけです。



その証拠に、同じ会社で同じ仕事をしていて、「楽しくてたまらん」と言っている人もいます。別に、仕事に差別があるわけでもないのですが、ただ受け止め方が違うだけで、時間がたつとものすごい差になるものです。


昔のFUNには、入部の時だけ礼儀正しくて、就活が終わると部費も払わず、連絡も取らず、後輩を見捨ててひたすら「居留守」を決め込む学生がいました。そういう人は「急に忙しくなった」とか言っていたようですが、その人を知る他の人や、昔同級生だったという学生さんに聞いてみると、「ああ、そういうやめ方しそうですね」と言います。



つまり、どこに行こうが「去り際が下手」というパターンを繰り返し、自らトラブルに捕獲される仕掛けを作っているわけです。まず、今の自分を取り巻く環境は、何から何まで「全て正しい」と覚悟を決めるのが大事ですね。


今の大学は、第一志望じゃなかった?本当は、別の学部に行くはずだった?もっと別の業界に進むはずだった?「だけん何?」ってことです。



それは、その人の夢がその程度だったということを示すだけでしょう。あるいは、その程度で諦める人間だった、ということが早めに分かっただけです。


思い通りにいかなかったなら、また思えばいいだけのこと。また思うか、もう思わないかしか、差はありません。そこが、「トラブルに捕獲されるかどうか」の分かれ目で、「問題解決能力」と「問題複雑化能力」の分岐点でもあります。



いくら勉強しても、「中断する理由」や「できない理由」を高速検索するだけなら、偏差値が高いほど有害な頭脳です。そういうのは、頭がいいとは言わないでしょう。



賢明な学生の皆さんには、「進む理由」を考える時に頭を働かせ、あとは思い切って体でぶつかって、全ての経験を心で味わってほしいと願っています

■「内定への一言」バックナンバー編


「集中とは、持続的な決断である」



帰宅してPCを立ち上げたら、続々と「就活アンケート」が。特に、FUNを引っ張る西南4年のI君の回答は、エントリーシートより長く、丁寧なものでした。ご協力して下さった皆さん、本当にありがとうございます。まだ受け付けているので、後輩に感動や経験を伝えたい方は、ぜひ送って下さいね。


さて、僕は平素、「フリーターの再就職」を応援する仕事をやっています。最近ではめっきり仕事の量も減って、悠々自適の生活を送っていますが、この不思議な仕事についての質問も受けます。


ということで、今日はフリーターについて考えてみましょう。

「フリーター」という言葉は、リクルートが作った言葉で、1994年に新語として定着したそうです。それまでは「プー太郎」とか「プー子」、「無職」、「就職浪人」などと呼ばれていました。


要するに、集団化するまでは、その属性の特徴から寄生虫扱いされていたのですが、数が80万人を超えるとさすがに無視できなくなり、この特異な生き方を総称する呼び方が生まれたわけです。

これまでも、我々日本人はドイツ語の「働く」をアルバイト(非正規雇用)の意味で、フランス語の「働く」を転職(トラバーユ)の意味で使いこなしてきました。


ドイツ人が「アルバイト」と言っても、バイトではなく、正規の雇用という意味です。フランス人が「トラバーユ」と言っても、別に転職したという意味ではありません。ドイツ人には、いい迷惑ですね。

同様に日本で使い分けがなされている「カード、カルテ、カルタ」では、ドイツ語の「カルテ」は医療分野の言葉なのに、仕事では「副業」扱いされるなんて。


しかし、今までこのように諸外国語を絶妙なセンスで使い分けてきた日本人も、「フリーター」には悩みました。外国にはない勤務形態だったからです。

だから、「フリーアルバイター」を縮めて、「フリーター」になりました。和製英語っぽい名称です。今では、バラエティ番組や若者向け雑誌でも、平気で肩書きに「フリーター」と書かれています。


このフリーターに職業教育と経済教育を提供し、正社員にするのが僕の仕事です。ちなみに、企業から見れば、採用支援です。


人材派遣、旅行代理店、ベンチャーキャピタル、証券会社の仕組みが複雑にからみあい、シンプルなシステムになった仕事を、24歳の時に発明しました。


もっとも、主要顧客がフリーターになるとは、全く予想外だったのですが。皆さんは、フリーターと聞いたら、何を連想しますか?


「なりたくない」、「軽そう」、「貧乏そう」、「気楽そう」といったお決まりのイメージから、「夢を追っているから仕方ない」、「ちゃんと稼いでいる」、「ニートよりマシだ」といった肯定的な印象まで、様々だと思います。


ただ、どのイメージも、「まじめな働き方ではない」という印象は共通しているようです。さて、実際はどうなのでしょうか?


若年社会人やフリーターの「再就職」を応援するようになったのは、全くの偶然からでした。前職が経済誌の記者だったため、経営者と会うことが多く、既に23歳で二つ目の会社で働いていた僕は、新卒で入社し、バタバタと退職していく同級生を幾人も見ました。


あるいは、大学卒業まで就職が決まらず、未就職のまま卒業し、ダラダラと過ごしている同級生もいました。


「仕事が楽しくない!」
「会社なんて大嫌いだ!」
「会社辞めたい!」
「上司がムカつく!」
「金がない!」
「正社員になりたい!」
「就職しとけばよかった!」


仕事帰りに会えば、彼らの大半は1時間に5回くらい、こういうことを言っていました。 しかも、毎回同じ内容でした。昔から仲の良かった友人たちが、日に日にふがいない状態に陥っていくのを見て、「何か力になれないか」と、仕事の後に相談に乗っていたら


「小島君に聞くと、どんな仕事も面白そうに思えるよ」「君の友達は有望な人材が多いようだね」と、フリーター、企業双方から言ってもらい、「こりゃ、仕事になるかもしれんぞ?」とひらめいたわけです。


そのフリーターですが、大半は「時間的自由」と「束縛の緩さ」を優先して、仕事を辞めています。


あるいは、普通の正社員の道を選びませんでした。「やりたいことがあるから、今は時間が欲しい」「色々考える時間を取りたいから、正社員にはなりたくない」だいたい、フリーターの道は、このような気分から始まっています。「収入の低さ」は織り込み済みですから、やはり時間が欲しかったんでしょう。

しかし、驚いたことに、わずか1~2年で、彼らの目論見は崩れています。どう崩れたかと言えば、「掛け持ち」で正社員以上に長く働き、安い給料でヒイヒイ言っているのです。


なぜ、このような「誤算」が、全員に起きたのでしょうか。


まだ彼らが学生だった頃、彼らは「フリーター」という人々を見て、「ヒマそう」と思っていました。会えばいつも忙しそうで、残業や付き合いに忙殺されている先輩と比べて、「フリーターは自由そうだなぁ」と見えたわけです。


だから、彼らもきつそうな正社員より、フリーターの道を選びました。しかし、それは事実を無視した「勝手な願望」に過ぎませんでした。

フリーターがヒマに見えるのは、ただ単に「お金がない」からです。だから、家でゲームでもするか、安いカラオケで数時間歌いまくるか、ファミレスでしゃべりまくるか、そのような時間消費しかできないのです。


しかし、忙しい人の後にフリーターを見れば、時間だけは「豊か」だと錯覚してしまうでしょう。確かに、時間は有り余っているように見えますが、ただ余っているだけで、生産的に埋めているわけではありません。

それでも、フリーターのこの「仮のゆとり」に憧れた若者たちが、続々と「貧困の玄関」をくぐっていきます。今や、その数200万人。


福岡市、春日市、大野城市、筑紫野市、太宰府市全てを合わせた人口が、全部「フリーター」だったと考えてみて下さい。いかに巨大な層であるか、イメージしやすいはずです。


「入るは易く、出るは難し」の、まるでギャンブルのような世界に足を踏み入れた彼らは、徹底的に酷使されます。

当初、「責任の軽さ」は「束縛の少なさ」を意味し、魅力の一つにさえ映りました。指示・命令されるのが嫌いな彼らは、時給労働で気楽に生活できるフリーターに、自由すら感じていたのです。


でも、そんな安易な状態は、長くは続きません。アルバイトなら、自分より若い大学生や高校生が続々と入ってきます。

学生は、入試や就職活動、留学などで、長期休暇を取ったり、あるいは退学したりします。でも、フリーターだけはずっといます。バイト学生が辞めても、います。高校生が入ってきても、います。


自分より若い人たちが、人生の予定に合わせて勤務時間や所属を変更するのにも拘らず、自分だけは、いつも「バイト一本」の生活。そしていつしか年を重ね、気付いたら25歳になっていました。この年齢をもって、フリーターは「定年」を迎えます。

どういうことかと言えば、店長からは「おまえの代わりはいくらでもいる」と言われ、親からは「いい加減にして」、周囲からは「まだバイト?」と言われ始めるのです。


数年前は、「周囲なんて気にしない」と豪語していたフリーターは、明らかに周囲の視線が冷たくなってきたのを感じ、自分が貯金も未来の予定もなく、期待も尊敬もされていない事実を、受け入れ始めるわけです。


「責任の軽さ」とは、「軽視されている度合い」でもあったということに、今さら気付いたわけです。そのうち、いかにもおつむの弱そうな女子大生にまで、「理想のカレシィ~?ってかさぁ、とりあえず、フリーターだけはカンベンしてほしいよね~」などと言われるのを聞いて、片身の狭さを感じるようになります。

傷付いたプライドを埋めるため、とりあえずは外見だけでも立派にしようと思った彼らは、借金を重ね、服や車になけなしの金を注ぎ込みます。


買い物をしている時だけは、「お客様」という名の王様になれるわけですから、彼らの浪費癖はエスカレートするばかり。フリーターにとって、滅多に行けない買い物ほど、ストレスを解消してくれる手段はありません。

しかし、楽に楽しめるものほど、しっぺ返しは辛いもの。いよいよ支払いが苦しくなった彼らは、一番優先していた「時間的余裕」をやむなく放棄し、「掛け持ち生活」に浸り、「自分の人生って、何なんだ」と、夜中に一人、悩むようになるわけです。


憧れていた「時間の多さ」も、義務や責任が伴わない状態では、単なる退屈の原因となっただけで、いくら時間を使っても、夢などは一向に見つかりませんでした。信じていた仲間は、一人去り、また一人去り、自分だけが残されて、若き日の「気軽な選択」の恐ろしさを実感した彼らは、履歴書を送るも、「フリーターお断り」と、書類すら受け付けてもらえません。

当然です。バイトを何年続けても、何の経歴にもなりません。野球のプロテストに、「ファミスタ(往年の野球ゲーム)なら負けません!」と書くようなものです。


義務の伴わない生活を送っている人間を、半人前と言います。半人前の人間には責任などありませんから、当然評価も低く、転職や再就職では苦労の連続です。


フリーターの90%は、なって3年以内に、皆こういうパターンでもがき苦しむようになります。

そして、わが社に相談に来るわけです。随分多くのフリーターを見てきて感じるのは、とにかく説明が下手なこと。


対立や妨害のない人間関係だけを選んで生活してきたのですから、日本語が話せないのも当然ですが、言語能力の低さで蒙っている損失を知ると、かわいそうに思えてきます。

でも、性格はたいていが「お人好し」です。別に、性根の悪い若者などいません。ただ、ちょっと抜けていて、要領が悪くて、悪習慣を断ち切る意志力が、少し弱いだけです。


ほとんどは、「いつの間に、自分はこうなってしまったんだ?」と反省し、後悔しています。ここ2~3年は、なぜかFUNの学生さんからもフリーターを紹介され、数人会いましたが、フリーターが特別劣っているという印象は、特にありません。

彼らの多くは、「会社」は嫌いでも、「仕事」は好きです。熱中できる仕事があるのなら、最低レベルからでもいいから、正社員として挑戦したい。そういう願いを持っています。


僕の仕事は、こういう若者の言語を「社長語」に翻訳し、持続的な通訳を行うことですが、本当に根気が要る仕事です。で、吸い取られるエネルギーが多すぎるために、最近は休業しているわけです。

それにしても、フリーターと正社員の、何が一番違うのか。答えは多数あるでしょうが、僕は「集中力」だと感じています。この集中力がないために、いつも刹那的な楽しさばかりを求め、上の段階の刺激や感動に到達できないのです。


カラオケやボーリング、ゲームが楽しいのは、それが「未経験」か「久しぶり」である時だけです。だからこそ、「アミューズメント」と呼んで、スポーツや他の趣味と区別しているわけです。

大学生の皆さんも、試験が終わった後などはカラオケにでも行きたくなるでしょうが、3日も行くことは不可能でしょう。インターネットがいくら楽しいと言っても、1日もネットサーフィンをしていたら、大概のサイトには飽きてしまって、体でも動かしたくなるでしょう。


フリーターの多くは、これらのアミューズメントを取り替えながら、適度に「久しぶり」の状態でローテーション化し、日々を過ごしています。いずれ生きがいがなくなり、退屈になって当然です。

こういうフリーターに、僕は様々な能力の定義を説明し、「すでに、君の中にある」ということを実践をもって知らせているわけですが、「集中」とは、「持続的な決断」だと説明しています。


始めて1分で襲い掛かる誘惑を払いのけ、「自分がやるべきこと」を思い出して、作業に戻る。またしばらくして襲い掛かる誘惑を押しのけ、「いいや、今は○○の時間だ!」と続ける。こういうプロセスを続けると、「ありきたり」と決め付けていたことから、今まで得られなかったような面白さを味わえるようになります。

フリーターはただ、「背中を少し押してあげる人」がいればよく、僕はその役割を引き受けているけです。


コツコツと会計や業界の勉強を続け、1ヶ月くらいして、「小島さん、会社の仕組みって、面白いですね」と言う時の彼らの顔は、まるで少年のようです。


ふてくされて、強がっていた横着な若者とは、全く別人のような表情です。このように、集中は若者を変えます。

こうして再度、「社会人」としての心構えが生まれた若者が、再起の始まりから無視されるような社会は、やはり寂しいと思ったので、僕は代理人となって、売り込み代行をやっています。


ただ、僕一人では足りないくらい、フリーターはビッグマーケットになりました。皆さんの周りにフリーターがいたら、ぜひ「信じて背中を押してあげる人」になってあげて下さいね。集中を応援しさえすれば、友達はまた、にっこり笑ってくれることでしょう。




「新卒無業」(大久保幸夫/リクルートワークス研究所)

フリーターの実態を解明した、5年前の力作です。「フリーターは善か悪か」のような、単純な二元論で語られがちの若年者の雇用問題について、正確な事実の裏づけや、具体的な解決策を知るには、適切な本といえるでしょう。

「営業」よりも「企画」がカッコいいと思っていた京都大学の学生たちに、営業の魅力を説明したら、途端に「営業がやりたいです」と言い始め、「この程度の職業教育でいいのだろうか」と苦笑する場面などもあります。「フリーター製造装置」となっている大学の「就職課」への具体的な提言もあり、人材関連業界や、「人と仕事」の問題を考えたい方には、お奨めの一冊です。



「独立しようと思った時、壁はなかったのか?」(西南3年Nさん)

って、どんな壁でしょう。僕が独立する時には、追い風しかありませんでした。そのような準備を十二分に整えて独立を語り、実行したので、始まりはスムーズでした。


もちろん、創業数ヶ月は、人間関係や資金繰りで大変苦労し、何度も屈辱や見込み違いの苦労を味わいましたが、何をどの程度やれば安定するかは分かっていたので、取り乱すこともなく、軌道に乗せることができました。

環境的に言っても、母は「公務員だけには絶対ならないで」という教育だったし、弟も社長で、独立するのは当たり前の選択肢でした。仮に反対を受けるなら、それは「君にはムリだ」と思われているからです。僕にもそういう声はありました。


だから、独立前に「できる」という根拠や実績を示すことには、それなりの努力をしました。そして、「君ならできる」、「君なら何でもやれそうだ」と言ってもらえるようになってから、満を持して独立しました。決意の甘さも味わいましたが、差し引き、プラスの方が圧倒的に多かったです。Nさんも、いつかは独立の道を目指してみては?無料でコンサルティングしますよ