◆今日の一言
No.418(07/4/4)


「千人の中のたった一人が分かってくれたらという気持ちで、

演技しています」





日曜の昼から3日間…長い打ち合わせでした。締めくくりは、天神のシダックスでforFUNの「取材」。シダックスのVIPルームを、「カラオケ」ではなく「取材」で使うなんて、なんとも贅沢なひと時でした。

東京の出版社の方とデビュー作の打ち合わせを続け、今日、あらかたの内容が決定しました。

打ち合わせの中で、信じられないようなビッグニュースもありましたが、これはメルマガで書いてもどうせ信じてもらえないだろうと思うくらいすごいので、後日、改めてお知らせします。



編集長直々に、3日も割いて福岡にご出張ということで、僕の方でもストック原稿やその他の資料を完備して臨みました。

今までFUNで作成してきた講座、メルマガのテキストデータを、「四六版」の装丁で再度整理し、項目別に分けてみた結果、その分量は、「WORD」形式で…

7,741ページ。

この三年半、仕事の傍ら、毎月「文庫本1冊」を執筆し続けているという分量に匹敵するペースでした。


「なんでそこまでやるの?」

「学生サークルくらいで、そこまでしなくていいんじゃないの」

「結婚すればいいのに」

「たまには遊ばなきゃ」

そういうことも、幾度となく言われてきました。


「じゃあ、おまえが遊んでおけばいい」

というのが、僕の答えです。

こっちは好きでやってるのに、できない奴がいちいち口出すんじゃねー、って思います。自分のやっていることに自信がないから、いちいち他人の様子を見て口出ししてるだけだろうが、って。


何が「学生サークルくらい」だ。

「あんたらのイメージするサークルと、FUNを一緒にしてほしくない」と思います。

学生たちがどれほどの決意と興味を持って時間を空けてくれているのか、それを知ってしまった今、なぜ手が抜けるというのか。

できそこないの無学歴人間の僕だって、若い人から頼られれば、生きがいくらい感じます。

思い起こせば、大学を中退する時も、

「なんだかんだ言ったって、世の中、まだ学歴社会だよ」

「せっかく入ったのに、もったいない」

「立命館蹴ってまで入学したのに」

「せめて卒業だけでもしたらいいのに」

などと言われたものでした。



その時も、「そんなに大学ってものが大事なら、おまえが真面目に行けばいい」の一言で終わりました。

ほんと、「世間は五人」というのは真実を突いています。

何かひとかどのことをやろうと思ったら、「ただのいい人」とか「できない人」の意見だけは、絶対に聞き入れないことが大切だと、改めて感じます。

しかし僕も、大学を中退した頃は、まだ甘かったものです。

「いつかどこかで、分かってくれる人に会える」なんて考えていました。

そう考えているうちは、相手に依存し過ぎて、どこかで気疲れしていたものです。少なくとも、20代前半では、自分が相手に期待するほど、相手を分かろうとする余裕はなかったと感じています。

でも今では、「頑張ったら、人は必ず分かってくれる」と思うようになりました。つまり、自分の態度を反省するようになりました。


そんなこんなで26歳の時に独立し、人生最大の苦労を味わいました。

海外勤務で前近代的な生活をした時よりも、マニラで所持金全額を盗まれて四日間ホームレのような生活をした時よりも、出版社で給料未払いを食らった時よりも、段違いに苦しい時期でした。

さかのぼれば全て「自業自得」ですが、自分のアイデアで生計を立て、人に給料を払うのは、ここまで大変なことなのかと感じ、自分の甘さを痛感した時期でもありました。



先日、西南国際文化3年のH田さんとお話した時、「小島さんって、最近泣いたことありますか?」と聞かれました。

Hさんは僕と同じ中学、部活のせいか、それともそういう性格なのか、部員の学生さんがあまり聞かないことも、よく聞いてくれる学生さんです。

「泣いたこと、ねぇ…」。

僕はしばらく、考えこんでしまいました。

ありました。26歳の冬です。



見通しが甘く、準備不足だった独立のあおりで収益が全く立たず、保険を解約し、良くないところから個人保証で借り入れてまで経費を支払ったのに、それでも売上が立たないまま、年末、大濠のオフィスで途方に暮れていた時期。

「絶対にこれだけはやらない」と決めていた最後の考えを試すべく、僕は弟に電話してみました。

「○○で、十万円足りない」と。


弟は当時、建設会社の専務を任され、公共工事が減って苦しい経営を建て直すべく、奮闘している時期でした。考えようによっては、自業自得の僕なんかより、段違いに大変な状態でした。

しかも、二人目の赤ちゃんの出産費用を切り詰めて生活していることも知っていました。


そんな状態なのに、僕は資金援助を頼んでみたのです。

弟は「分かった」と言って電話を切り、翌日、「二十万円」を振り込んでくれました。


額に驚いた僕が「本当にいいのか?」と聞くと…。

「そんな小銭、いつでも振り込んでやる。その代わり、絶対に事業をやめるなよ!辞めたら許さん!自信を失った若者を助けるため、絶対に諦めるな!」と一言。


さすがに、涙が止まりませんでした。申し訳ないのと嬉しいので、一体、起こったことをどう処理して良いか分かりませんでした。

僕は自分が泣いたところは、小さい頃から誰にも見せたことがなかったのですが、当時、大学生ながら創業を手伝ってくれた安田君には、このことを話しました。

安田君にも全く手当ては出せなかったのですが、それでも、「小島さん、絶対にやり抜きましょう!」と言ってくれました。

僕は、その時もまだ払える余裕など全くなかったのですが、それでも「この男のためには、将来、何だって恩返しをしてやる!」と決意しました。



それからです。事業が軌道に乗ったのは。

なんだか、つまらんことばかり考えていたんでしょう。それまでは。

冬の住宅街を、ビラ2,000枚を目安に配り歩き、深夜も、足が棒のようになるまで歩き続けました。


正月明けの天神でビラを配り、若い人がいそうなところではありとあらゆる手段を試し、完全にふっきれました。

何日も、そういう修行を続けました。今では、「2006年の冬」は、僕の人生最大の思い出の一つになってさえいます。

目の前で捨てられるビラを見ても、「手に取ってくれてありがとうございます」とさえ思えました。カバンに入れる人を見ては、かすかな期待を託したものの、連絡がなくても、「いつか来る」と信じる余裕が生まれていました。

そういう大恩があるからこそ、4年生になった安田君が「サークルを作りたい」と言った時、僕は仕事がいかに忙しかろうが、絶対に応援すると誓い、即、実践したわけでした。

その頃は、デビューして間もない頃、理解されずにいたクイーンやブライアン・セッツァーの話をしながら、「オレたちも絶対できる」などと夜を徹して語り合ったものです。

また、新聞で読んだ歌舞伎役者の記事に、「千人の中のたった一人が分かってくれたらという気持ちで、演技しています」とあったことにも、なぜか勝手に励ましを感じたりしたものです。


芸に慣れてきた頃が、役者には一番危ない。

有名になると、有名なだけで、有名な人の演技を見たことだけに満足する人がいるが、お客さんとは恐ろしいもので、千人のうち一人は、役者よりも厳しい審美眼をもって、芸を眺めているものだ。

そういう「歌舞伎の真実」を知る人が、「あいつ、やっぱり分かっているな」と喜んでくれれば、それは満員とは違った意味で感動すべきことだ。


それが誰だかは、分からない。

それがどの劇で起こるかは、分からない。

それが劇のいつに訪れるかは、分からない。

だからこそ、一瞬、一人一人と接する時に手を抜かず、自分は「千人の中のたった一人」の確信と共感のために演技をするのだ…。

そういう役者さんの決意が表れたインタビュー記事でしたが、誰だったかは忘れました。


素晴らしい心構えに接し、誰にも知られていなかった僕も、「社長たる者、こうあらねば」と元気をもらったものです。

お金とは不思議なもので、それを気にしないほど本気になると、いつの間にか続々と集まってくるものです。創業の数年、友人にもずいぶん不義理を働いたので、これから少しずつ恩返しをしてくのも、僕の夢の一つです。


本メルマガ「内定への一言」も、もうすぐ読者が1,000人を迎えます。

全国各地からまめに感想を下さる方も、20名ほどいます。

なんとありがたいことでしょうか。

どぎつい内容や気の利かない内容に、どこかで誰かの気持ちを傷つけたこともあるかもしれません。また、どこかで誰かを勇気付けたこともあるかもしれません。

「たった一人でも、元気になってくれれば」という動機も、長年の執筆を続ける支えになっています。


「誰も見ていないから」ということはありえず、それは勝手な思い込みに過ぎません。


仮に誰も近くにいなくても、そう思った瞬間から、行動と結果がボロボロと崩れていきます。

誰も注目していなくても、「誰かが見てくれている」と思っていたほうが、まだ人間らしい努力ができるものです。


僕は、フリーターには、心の奥底で「この人なら応援してくれる」という支えになりたいと思って接してきました。

「どうせ、誰もオレのことなんて考えていない」と諦めた彼らを勇気付けるのは、知識や考え方以前に、「一人じゃない」という安心感だと思っています。

相手が待ちわびて、待ちすぎて忘れてしまっていた「分かってくれる人」に僕がなれたらと思った時から、仕事もうまくいくようになりました。


あれから5年…。

僕の著作は全国一斉発売されることになり、しかも、今回は、著作発刊のさらに何倍もスケールの大きい話もいただきました。

冬の夜、支払いのため、ビラ配りで当てもなく歩き回っていた頃の僕と安田君には考えられないほどの進展です。

FUNの講義や活動の意義、価値を、誰よりも大きな可能性とともに想像してくれた出版社の方々に感謝するばかりです。


さて、「一瞬の共感」のための「長期の努力」といえば、僕が最近、改めてこの素晴らしさを感じたのは、冬に見に行った西南演劇部さんの公演でした。

劇中の学生さんの熱演もさることながら、僕がとりわけ印象深く記憶しているのは、退場の通路に並んだ演劇部の皆さんの、礼儀正しく明るいあいさつです。

冬の「スナフキンの手紙」は、FUNからは十数人が見に行きましたが、皆、「あいさつが気持ちよかった」、「やっぱり歴史のある部活はすごい」と感動し、「また行こう」と口々に行っていたものです。



僕も、あればかりは、昔、韓国政府主催の教育セミナーで、来年の韓国大統領選挙に出る朴正熙大統領のお嬢様の前で韓国語で講演し、それを終えて「ありがとうございました」、「お疲れ様でした」と言われた時よりも気持ちよかったです。

「一人でも多くの人に感動が伝わったら」という思いで演出を担当されるJさんは、国際文化学科の新3年生で、メルマガにもよく丁寧な感想を下さる学生さんです。


今回の「フローズン・ビーチ」は…

「四人の女達が繰り広げるサスペンスコメディ」で、「とある海の上のとある島の上にたつ家の三階リビングで起こる、16年を経た女達の物語」ということです。

来週の週末は、西南に行かないといけませんね。興味がある方は、今日の号の冒頭のリンクから詳しい予告をご覧下さい。


今日のメルマガも、執筆作業のかたわら、思いつくままに綴ってきましたが、皆様の中で何か気付きなどあれば、と思います。

今後は学生さんのアドバイスもあって、

①短く、
②明るく、
③楽しく

をコンセプトにしていきますので、今後もどうぞよろしくお願いします。




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■「内定への一言」バックナンバー編


「何もやっていない人間ほど、いつも疲れている」(コナン・ドイル)


学生さんから時々、「毎日あれだけの量を書いて、よくネタが尽きませんね」と言われます。別にこのメルマガは、「ネタ」というほどの話題でもないと思うんですが…。


過去から話題を探す人はすぐにネタ切れになりますが、僕は未来を話題にしているので、ネタは尽きません。就活と同じです。

量が多いとか、タイトルにムカついたという時は、読まなくていいんですよ。僕は「やる気がある時」に合わせて書いているのであって、後ろを向いている学生に迎合しようとかいう考えはさらさらありません。それでは、頑張ろうと思った時に手抜きの内容を読まされることになるので、失礼でしょう。


本気を茶化すほど人をバカにする行為はありません。僕はそんなメルマガは書きたくありません。嫌われるのは慣れているし、本気を貫いた方が、いずれ深い信頼関係を築けます。


叱らなくていいほど完璧な学生は一人もいないし、応援しなくていいほどダメな学生も一人もいません。相手の良心を信じ、愛情と誠意を込めて書く。今すぐ分かってもらえなくても、可能性を信じて書く。誰にも言えない心の声を受け止めるような気持ちで書く。そういう思いで、日々配信しています。

大半の人は、「就活」と聞いても、意識的に「まだ始めなくていい」と自分の無為を正当化しようとするでしょう。そういう人には、このメルマガは苦しいのです。


追い風も、後ろを向く人には向かい風です。そして、「まだやらなくていい」と思う期間が長引くほど、小さな「未来の圧迫」をどんどん恐れるようになり、何も始めないうちから萎縮していくわけです。


でも、あと40日ほどで就活に突入し、バックナンバーを読み返した時、「なるほど!」と思う作品がいくつもあるはずです。そういう時に役に立たねば、何のためのメルマガなんでしょうか。それが、執筆者たる僕の意見です。


皆さんの周りには、自分に期待してくれている人が何人いますか?自分以上に自分を大切に思ってくれる人は、何人いますか?


僕は仕事でフリーターに会いますが、いつも感じるのは、「もう誰も助けてくれなくなったのか」という悲しさです。周囲がよっぽど冷たく見捨てないと、あんなに自暴自棄で惰性的な生活は、しないはずです。

持っている時間とお金は全て「今」のために投じ、健康を害するのが特権だと思い、肉体的な快楽ばかり求めては、起きるまで寝て、寝るまで起きる日々の繰り返し…。


親だって、初めてわが子がこうなった時は、ものすごく悲しかったはずです。友達も、寂しかったはずです。


そういう小さな裏切りから来る失望や軽蔑が、少しずつ今までの信頼や愛情を押しのけ、最後は「こいつは元々、こういう奴だったんだ」という諦めに行き着く。

周囲がそう思えば思うほど、フリーターはそのセルフイメージを自ら強化するように振る舞い、そのうちに、本当にそういう人間になってしまいます。


頑張っていた自分や、応援してくれた人も、過去、いるにはいたのでしょうが、そういう宝物は、自分一人の努力では到底想起できないほど、彼らの頭脳と環境は「今の楽しみ」と「借金」というウイルスに侵食されています。



だから、僕はそんなフリーターにとって「初めて自分を信じてくれた人」になるべく、こういう仕事を選んだわけです。学生と接する僕が仏なら、フリーターと会う時は鬼です。


しかし、一人として中途半端で見捨てたことはありません。

それは、高校1年の時、自暴自棄で反抗的だった僕を、一人の先生が心から支え、変えてくれたからです。人から期待され、信じてもらえるということが、こんなにすごい力を生み出すのかと、我ながら驚くほどでした。


K先生は2年の時は担任になり、担当は日本史でしたが、文学にも大変詳しく、高校の近くの「浜勝」に連れて行ってもらっては、色々な話を聞かせてもらったものです。その時、車の中で流れていた話がすごく面白くて、ラジオかと思ったら「小林秀雄」という人の講演録でした。「話が面白すぎて、時々信号を見忘れるんだよ」と言われていましたが、それくらい面白い話でした。

早速その人の本を読みたいと言ったら、そこで紹介してもらった本が「考えるヒント3」(文春文庫)だったわけです。「美を求める心」は中学生にも分かる名文で、僕にはそういう思い出がある作品です。


「徂徠」や「学問」、「福沢諭吉」、「ヒットラーと悪魔」なども、時間を忘れて読みふけりました。夏には先生のお宅にも遊びに行き、巨大な書斎を見せてもらいました。こんな書斎を増築した先生に教えてもらえるのが、幸運だと思いました。


ちなみに、学生時代に遊びに行った時、「うちの長女だ」と中学生の娘さんとお会いしたんですが、そのお子さんが、僕が2003年に初めて福岡女子大に行った時、大月さんや吉谷さんと同じ学年・クラスだったことに、驚いた次第です。


「あの頃の中学生が、もう大学生になっているのか」と考えると、とても不思議でした。さらに、その大月さんが今、FUNのインストラクターとして学生のお手伝いをしているのも、不思議な感覚です。


もっと不思議なのは、毎週土曜に学生さんたちと集まり、僕が昔読んでいた本を一緒に読んでいること。「導かれる者」から「導く者」へと立場が変わったのだと思うと、大きな責任を感じます。


先生がお持ちだった、新潮社から出ている『小林秀雄講演集』の第3巻の「本居宣長」には、こういう言葉があります。

「うひ山ぶみ」って本は寛政十年に書いたんです。宣長は。書き終わった所に、歌が一首出てきます。


「いかならむ うひ山ぶみの あさごろも 浅きすそ野の しるべばかりも」


っていう歌があります。


大概の人はこんな歌なんか読みとばしちゃうんです。なぜ読みとばすんですか。いったい宣長の文章ってものは無駄なんてものはひとつもないです。


非常にあの人は文章に注意した人で、こんな歌だってしゃれに書いてんじゃないんです。こりゃ結論なんです。


学びようの法なんかは、どうこういうのは、そんなことは末のことであって、一番肝要なのは、倦まず、怠らず、年月かけて、励みつとむるぞ肝要である、と。


学問てものは、一生懸命に、怠らず努める、それだけが肝要だと。わかりきったことじゃないですか。このわかりきったことを、誰もないがしろにしてるんです。それで学びようの法をみんな聞きたがるんだ。


先生どうしたら、うまく学問が出来るでしょうか。その法を、教えていただきたい。だから、癪にさわったんですよ。宣長は。


だけど、あんまり弟子たちに乞われるからやむを得ず、俺は書くのだ、という自分の心持ちはわかっておくれよ、っていうのが、この歌なんです。


ところがその歌をみんな読みとばしちゃうんです。~



本気で集中する前に、すぐに「いいやり方はありませんか」とか「どうやって勉強したらいいですか」と聞いてくる不甲斐ない弟子たちに失望しつつも、一抹の希望を託して和歌を詠んだ宣長の気持ちを、よく捉えているではありませんか。


やり方や時間を忘れるほど没頭して、寝食を忘れて学んで、分からなくてもとにかく続けて、その結果、「最後」に発見されるのが「学び方」なのに、弟子たちはそれを「最初」に求めたがる。


その情けない根性に、宣長は「そういうものではない!」と言ったのです。そして、小林さんはそういう宣長の気迫を、現代人に「批評」という手段で伝えたのです。


また、新潮社から出ている全集・第4巻所収の『作家志願者への助言』には、こういう一節があります。


~世間で影響を受けたとか受けないとかいっているような生やさしい事情に影響の真意はない。そういうものは、単なる多少は複雑な模倣の問題に過ぎぬ。


真の影響とは文句なしにガアンとやられることだ。心を掻き廻されて手も足も出なくなることだ。こういう機会を恐れずに掴まなければ名作から血になるものも肉になるものも貰えやしない。


ただ小ざかしい批評などして名作の前を素通りする。~


これは、先月のBusiness Cafe『兄小林秀雄との対話』高見沢潤子/講談社現代新書※絶版)を読んだ方は、思い出すことがあるのではないでしょうか。


若者の中には、「影響を受けること」を忌避したがる流行が、どの時代にも発生します。すごいものを見ても、ケチを付けたがる。良い話を聞いても、名作を読んでも、素直に認めたがらない。自分はそういう、他人が影響されたようなものには影響されないぞ、という精神的頑迷さをもって一つの自己確認を行いたがる、あの心情です。


「自分は簡単には影響されないぞ」という、全てに懐疑的な習慣です。

しかし、そのような非生産的な頑固さこそ、「無知」の影響を受けている証拠です。良いものを素直に認めないということは、それより劣ったものに精神が囚われている証拠でなくて、一体何なんでしょうか。


「頭では分かった」などという現代の流行語は、そもそも成り立たない言葉の組み合わせです。そういう中途半端な認識は「模倣」に過ぎず、感動を恐れて自らチャンスを叩き返し、知ったような言葉を吐いて名作の前を通過しているだけだ、というメッセージです。


要するに、影響されるのを怖がるという形で、その恐怖に影響されているわけです。本物の感動は、出会った瞬間に自分の全てがなくなり、全てが作り変えられるほどの衝撃をもたらす、と言っているんですね。


小林さんのこういう言葉は、僕が高校時代に好きだったゲーテの考え方とすごく似ていて、僕はとても惹かれました。この小林秀雄さんという方は、「分かる」ということを誰よりも深く真剣に考えた人なんだなと、K先生が勧めて下さったわけが分かりました。


このK先生と、3年から赴任されたK先生の大先輩のU先生のおかげで、僕の高校時代は、『放課後個別ゼミ』の機会に恵まれ、本当に幸せな時間を過ごすことができました。

簡単に「分かった」と言わないという、たったこれだけの習慣を得ただけで、僕のその後の人生は、一体どれだけ変わったことか。自分の頭で考えるなんて、こんな楽しいことがこの世にあったのかと、新鮮な感動でした。


来、この性格で損したり得したり、いろんな経験を重ねてきましたが、今では損得など考えないほど、考え抜くことは大事だと確信しています。

皆さんも、色々なことをすぐに「分かり」たいでしょう。学生の質問はいつも、「社会で一番大切なことは」とか、「仕事で一番重要なことは」などと、「一番」ばかり聞いてきますから、手っ取り早い解決策を求めているんだろうな、と感じます。


しかし、手っ取り早い解決策ほど「遠回り」を余儀なくされる手段はありません。学生の実力では、「一番」どころか、「百番」くらいから始めた方が妥当だからです。

まぁしかし、そういう「退屈な基本」を言うと、学生さんはゲンナリして、「なんだ、それくらい分かってる」という顔をしますね。分かっていようがいまいが、そうできているようには到底見えないのに。


「高層ビルがいきなり建つか?」と聞くと、そんなことはないのは、誰でも分かります。見えない基礎工事どころか、地質調査や環境調査といった、後になればビルとは何も関係ない部分の地道な作業ばかりが、最初は続きます。

大半の学生は、それを「ムダ」と切り捨てます。想像力がないからです。そして、「ムダなことはやるまい」と考えて、先へ先へと進みたがり、基礎工事のない工事に時間をつぎ込んでは、作る先からボロボロ壊し、何か微細なハプニングに遭遇すると、すぐ「ヘコんだ」と言います。そりゃへこむでしょう。起こったことが悪いのではなく、基礎工事を馬鹿にして手を抜いたから、当然です。


そういう人は、豆腐に当たってもヘコむでしょう。ヘコむ人間は、だからよっぽどのヒマ人か手抜き人間です。やるべきことを忘れない人間は、へこんでもすぐに次を考えます。


人の価値はへこみ方ではなく、立ち上がり方にあります。僕は、学生にはそういうことは言いませんが、隈本さんやお客さんが「ヘコんでました」とか言ってきたら、「ふ~ん、ヒマやね。自分のことしか考えてないから、ヘコむようなヒマがあるんだ。負け犬はそうやって一生へこんどけ」と言うことにしています。

簡単に「分かった」と言う癖が自分の愚かさを加速させていくように、簡単に「ヘコんだ」と言う癖もまた、自分の卑屈さを加速させていきます。口癖は心の動き方の癖ですから、言っていることはいつしか現実になり、その人の血肉、習慣となって頭脳を支配し、いずれは過去と未来を覆い尽くしてしまうものです。


だから、すぐに「ヘコんだ」とか言わないことですね。そう言っているうちは、まだへこんだと言えるような状態とは無縁で、自分を客観的かつ冷笑的に見ているだけでしょう。

本当に落ち込んだら、そんなふざけた流行語では説明できないような怒りや悲しみがあってしかるべきです。観察や批判が働いているうちは、言葉は理性の領域にあります。


最近の学生さんは、僕たちの世代とは違って、ごく小さなことでもC級映画のように「最悪」とか「最低」とすぐに言いますが、これなども下流人間の口癖で、言うほど知能を疑われますから、すぐに止めた方がいいですよ。


昔、インチキ教祖が逮捕された宗教団体で「最高ですか~!」と言う光景が放送されていましたが、学生の間では「最低ですか~!」とあいさつする宗教でも流行しているのかと思ってしまいます。


なぜこうも、金太郎飴のように皆が似通った口ぐせなのか、文化麺類学ならぬ文化人類学のテーマとして、研究してみたいところです。

何にしろ、現実が言葉になるのではなく、言葉が現実になるのです。「へこんだ」、「サイテー」、「疲れた」とすぐに言う人は、すぐにそういう人間になるでしょう。だって、全ての現実をそう処理するんですから。

ぜひ皆さんも、そういう言葉が口を突きそうになったら、意識して止めてみて下さい。おそらく難しいはずです。いかに自分の思考が無意識の潜在心理に影響されているか、よく分かるでしょう。


そして同時に、そういう言葉を吐けば吐くほど、自分の可能性が次々に廃棄処分されているのが、よく分かるでしょう。世間も社会も政府も景気も、誰も学生を邪魔しないのに、自分が両手いっぱいで自分に「通せんぼ」をする姿が見えてくるはずです。ちょっと注意してみれば、日頃の口ぐせがいかに恐ろしい威力を持っているか、よく実感できます。

やろうと思っている、しないといけないのは分かっている。だけど、やらない。この間に介在する要因は「恐怖」です。そして、この恐怖ほど人を疲れさせるものはありません。試してさえいない可能性を想像の中で打ち砕き、自分はダメな人間だと証明する精神的作業は、大濠公園を全力疾走する以上に疲れます。


いつか紹介したように、「諦めは日常的な自殺」(バルザック)だからです。想像の中で毎日何度も自殺していては、それは体力のある若者でも、体がいくつあっても持たないでしょう。日々確実に自分の選択肢を減らし、自ら狭く暗い隘路に未来の姿を押し込んでいくんですから。

かくして、「無為」ほど疲れることはなく、シャーロック・ホームズを書いたコナン・ドイルも、「何もやっていない人間ほど、いつも疲れている」という言葉を残しています。「疲れているから、何もやっていない」のではありません。


何もやらないとは、「やる」という想像を自ら否定することで、中断は着手よりエネルギーがいるものです。何もやらない、何も予定がない、何もしようとしない…これこそ、真夏の百道浜を走る以上に疲れることです。2年前くらいには「本気は疲れない」という言葉を紹介しましたが、その逆ですね。

今日書いてきた内容には、読んでいて腹が立つこともあったかもしれません。おそらく、学生同士では「大したことない」と思って、話題にすらならないくらい、当たり前の言葉ばかりでしょう。


ですが、そういう言葉が「当たり前」だなんて、本当に恐ろしいことです。学生は「どうでもいい」と思います。学生同士だから、変えようとしません。


しかし僕たち経営者は、そういう若者を見て、老人以上に老化している事実を見て取るのです。

そして皆さんは、もうすぐ「社会人」になるわけです。面接ですぐに口ぐせを直すわけにもいきませんから、半年くらいかけて完治させたほうがいいですよ。じゃないと、ちょっと面接で落ちただけで


すぐに「最悪」とか「疲れた」と言ってしまい、自らチャンスを放棄してしまいかねません。


最初から良いことを積み重ねなくてもいいんです。まず「悪いこと」を取り除くのも、立派な将来の準備です。今からでもできることを探しているなら、そういう「無料の努力」から始めてみるのも、いいかもしれませんね


■「内定への一言」バックナンバー編


「随所に主となれば立所皆真なり」(禅語)


筑女のIさん、広島大のSさん、立命館大のTさん、メルマガ296号への温かいご感想、どうもありがとうございます。ぜひ、これからも歴史の勉強を深めていきましょうね。


どういう意見や立場であれ、「生まれた国を良くしたい」という目標以上に、自分の可能性を大きく引き出してくれる夢はないのですから。


さて、今日はインストラクターの大月さんと、久しぶりにゆっくり話しました。ベローチェで会うと、いつも大月さんが3年生の頃、初めて見学(?)に来た時を思い出します。


話題はいつも、FUNの学生たちにどうチャンスを作るか。それから、サポート役としてどういう勉強をしていくべきか、です。


他には「ブログの盛り上げ方」も話しましたが、僕はブログを持っていないので、とりあえず勝手ながら、「クマモト伝説」を連載したらどうかとだけ提案しました。

責任感が強いだけに、一人で作業や悩みを抱え込んでしまうこともあるようですが、後輩思いで優しい先輩だから、学生の皆さん、ぜひ大月さんを応援してあげて下さいね。


あの頃から3年、大月さんも随分と成長したなぁと頼もしく感じた時間でした。牛尾さん、隈本さんと、社会に出ても後輩の応援に努力を惜しまない先輩がいて、本当に心強いですね。


最近の僕は、もっぱら日中は家に引きこもり、「メルマガ300号・総集編」の再編集作業に没頭しています。僕のHPや講義録(240講座)のタイトル編集はお盆前に終わったんですが…。


メルマガは、ワード807枚(79万字!)。まさか、こんなにかかるとは思っていませんでした。2003年秋の携帯メルマガ時代からの作品と、PC配信になってからの3年間、300号の記録を、6分野・26項目に分類しています。

さらに、全作品の中の①人物、②専門用語、③書籍のインデックスを作り、用途別に検索できるようにして、学生さんの理解の便宜を図れるように編集しています。


作成に当たっては、辞書編集の天才・ウェブスターの評伝を読んで手法を参考にしました。きっと、使いやすく役立つ「夢の事典」になると思うので、完成をどうぞお楽しみに。


ちなみに、現段階は「未だ道半ば」なので、もし「私も編集を手伝いたい!」という方がおられたら、ご協力いただけると嬉しいです。希望される方は、メールにてお知らせ下さい。



さて、松原泰道さんの「禅語百選」(祥伝社)といえば、ここ1ヶ月、ずっと僕のカバンの中に入っている一冊で、何人かには紹介した本です。


僕の父方の実家は熊本の禅寺らしく、僕も父も、祖父も曽祖父も、出家したら改名せずにお坊さんになれそうな、他に同じ組み合わせの人を見ない名前です。


ということで、僕も小さい頃から「ウチは元が寺やけんね」くらいのことは聞いていたんですが、それも随分昔のことで、僕も学生くらいまでは、「禅」と聞いても「ただ座るだけやんか」くらいしか思っていませんでした。


それが変わったのが、井上靖さんの名作「天平の甍」(新潮文庫)を学生時代に読んだ時。日本最初の留学生の挑戦を描いた本作品は、海外に夢を描く人の必読書とも言え、とにかく悲しいほど感動的です。


井上作品は、遊牧民族や少数民族のドラマを扱ったものが多く、「蒼き狼」「敦煌」「おろしや国酔夢譚」(いずれも新潮文庫)などは、司馬遼太郎作品と同じくらい好きです。


また、「楊貴妃伝」「氷壁」なども、女性心理を艶やかに彩っていて、そのまま大河ドラマかホームドラマになりそうな作品です。ちなみに、これらの作品は全部、ブックオフで\105で売っていますよ。


でも僕は、やっぱり「天平の甍」がお気に入り。この作品を読んで、聖武天皇の東大寺建立や、太宰府に観世音寺や戒壇院が設立された経緯を知り、太宰府で少年時代を過ごした僕は、なんだか嬉しくなったものです。


鑑真和上をお呼びするまでの、普照栄叡の執念、確執、努力はすさまじいもので、体を張った真剣な学び方に、学生時代の自分を大いに反省したのも懐かしい思い出です。


そんな経験もあって、僕は年に似合わず、仏像を見たりお経を聞いたりすると落ち着くという、あまり友達ができにくい学生になってしまいました。


それから10年、海外で働いたり記者をしたり、自営で食べたり会社を設立したりと、慌しく過ごしてきました。半年ほど前に30歳になり、今では学生さんのサークルをお手伝いするという幸運も、毎週いただいています。


学生さんと向き合うのは、年上の人を相手にするのとはまた違った緊張があって、知識や情報に伝え違いがないかを確認するため、以前よりも注意深く本を読むようになりました。


そんな中で、自分の心を落ち着けようと、昨年ブックオフで手に取ったのが、前出の「禅語百選」でした。


本書は難解で多岐にわたる禅の教えを、一般人にも分かるように懇切丁寧に解説した本で、松原さんの作品を読んでいつも思うように、「例え話の宝庫」です。


なぜ禅が比喩に満ちているかというと、唐~宋王朝から弾圧を受けて修行者たちが山にこもった際、紙や言葉で教えを残すと発覚する恐れがあったことから、草花や空、水、星などに託して仏さまの教えを説明したから、なんだそうですよ。なんだか、歴史を感じませんか。


今、この本を読むのは買ってから4回目なんですが、読んでみると文学、歴史学、地理学、物理学、生物学、天文学などが一つの教えに一体化されたような、奇妙な印象を禁じえません。



京セラの稲盛和夫さん、出光の出光佐三さん、ダスキンの鈴木清一さん、ダイエーの中内功さんなど、老年期を迎えて禅の思想を終生の教えと仰いだ創業者は数知れませんが、会計なども禅の世界の末端にあるような気がしてきます。


松下幸之助さん稲盛さん(ご健在ですよ)の70歳以降の著作を読むと、あちこちに「宇宙の法則」、「万物流転」、「自然の英知」などという言葉が散見されますが、未熟な僕には関係が分かりそうで分からないような、そんな感想のままです。ということで、分からないことを話題にするわけにもいかないので、本書の中で特に学生さんに役立ちそうな言葉を一つ、ご紹介しますね。


それは、「随所に主となれば立所皆真なり(ずいしょにしゅとなれば、たちどころみなしんなり)」という一言です。


「今いる場所で主人となれば、立っている場所全てに真実が溢れてくる」という意味です。


本メルマガを配信してまだ数週間の頃、「今いる場所で努力できない者は、場所を変えても成功しない」という一言をご紹介しました。


それは、試験や面接などでうまくいかなかったり、あるいは準備で明らかに手を抜いたりしている学生さんが、「次はやるよ」とか「今度は違うけん」などと言って、結局いつまでたってもその思考が抜けず、最後は「社会人になったら…」とか言うのを聞いて、「それは違うぞ」と思ったからです。


「いつ訪れるか分からない完璧なチャンス」を待ち呆けながら、現在に対しては「様子見」でいつまでも手を抜く。そんな態度で内定しても、仕事を始めたらオドオドするだけだろう、と思ったわけです。


第一志望の大学じゃないと、学びたいことは学べないんでしょうか。希望の学部じゃないから、今は頑張らなくていいんでしょうか。志望業界じゃないから、真剣に働かなくていいんでしょうか。欠格条件とは、待てば満たされるものなのでしょうか。必要な前提が揃っていないことは、本気を遠慮する理由になるんでしょうか。落ちた大学が模試ではA判定だったと言って、何か免除、正当化されるのでしょうか。


禅では、そのような甘えた思考に対して、皆さんもご存知の「喝!」を食らわせ、肩に痛い一発を見舞うそうです。


「随所に主となれば立所皆真なり」の「随所」とは、「今いる場所」のこと。それは、自分の部屋やバイト先、あるいは教室だったりします。その、普段から慣れすぎていて、自分が100%に近い「受身」になっているような環境の中で「主」となれば、人生に必要なことは全て学べる、と言っているわけです。


ふがいない友達がいるから…「仕方ない」ではなく、「応援しよう!」と考えて「主」となれば、そこではコミュニケーションに欠かせない極意が、無限に学べるでしょう。慣れきって退屈なバイトだから…「テキトーでいいか」ではなく、「面白くしてやろう!」と考えて「主」となれば、そこには経営や会計の秘訣が眠っていることでしょう。単調で先が見えた授業だから…「単位取れればいいか」ではなく、「深めてやろう!」と考えて「主」となれば、そこには底知れぬ深さを持った学問の世界が待っていることでしょう。


つまり、これが「立所皆真なり」ですね。「立っているところは、全て正しい場所となる」と解してもよいでしょう。「必要なことは、今ここに、全てあるじゃないか。眼を開きなさい」というのが、1,000年以上も前の時代のメッセージです。


しかし、現代人は今いる場所で努力を尽くさず、すぐに甘えて「環境が変われば」、「この会社じゃなければ」、「この人じゃなければ」、「秋になれば」などと妄想に走るもの。


そして、そのような妄想に逃避し続ける限り、何年たっても本質的な成長は得られず、お金と時間、健康を少しずつ害していき、最後はじいさん、ばあさんになってしまうというわけです。


足りないのは、条件や設備ではありません。ましてや、お金や時間、協力でもありません。不足しているのはいつも、集中力や想像力、あるいは感謝の心です。


「もっといいもの」は、待っても来ません。就活でも、「運命の出会い」めいたものを期待して、今出会っている会社をきちんと見つめない学生さんもいますが、それではいつまでたっても「なんか違うよね」と言うだけでしょう。


恋愛だってそうです。テレビの影響で「理想のタイプ」とかいう考え方が定着し、誰でも聞かれると「きむたく」とか「小雪」とか言い、あるいは「背が高くてお金持ちで優しい人」と言ったりします。


別に、友達同士ではこれで構いませんが、人生態度までそれだと、またもや「愚か者!身の程を知れ!」と喝を食らうのが、厳しい禅の教えです。


最高の理想のタイプとは、「一緒に理想を描ける人(会社)」ではないでしょうか?その人や会社を信じ、心から愛するがために、一緒に欠点と向き合い、克服し、成長して幸せになっていきたい。


そういうのが、本当の理想じゃないでしょうか。そういう本気の学生には、むしろ会社の短所こそ、志望動機になるものです。

どうも最近の学生さんには、「世の中のどこかに、自分だけのために待ってくれている完全パッケージ化された夢がある」と根拠なしに信じている人も多いようで、僕はそのたびに、「そんなのないよ。でも、今本気になればあるよ」と言って、嫌われています。


そういうのは昔、「シンデレラ・シンドローム」と呼ばれました。景気が上昇基調に入ると、若者の間に広がる群集心理ですよね。


たとえ、完全に理想に近いものと遭遇しても、こちらにそれだけの資質が伴っていなければ、モノにすることはできません。その自分の不足を無視して、対象にだけ一方的に願うのは、支離滅裂な発想だと思います。


つまり、裏を返せば、「随所に手を抜けば、立所皆虚なり」とでも言うべきで、「今ここで頑張らない人は、居場所で余計なトラブルばかり抱え込む」となりがちです。足りないことは、恥ずかしいことではありません。強がって現状を認めず、逃げたり延期したりするのが恥ずかしいのです。


求めていることは全て、学生の今、ここで学べます。そう考えると、なんだか嬉しくなってきませんか?そう信じて、夏の学びに燃えていきましょう