■「内定への一言」バックナンバー編


「いまの子供たちは、

時代遅れの教育システムの中で、

将来決して使うことのない知識を学び、

もはや存在しない世界で生きるための準備をして、

何年もの時をむだに過ごしている」

(『金持ち父さん貧乏父さん』ロバート・キヨサキ 筑摩書房 P一六)




FUNは「就活のサークル」と去年は思われていたようですが、今では「お金についても学べるサークル」と思っている人もいるでしょう。


「世の中、お金が全てじゃない」という時代遅れの反論も、今まで幾つか寄せられてきました。そんなことは、分かりきったことです。FUNでも全く同じで、「世の中、お金が全てじゃない」と教えています。


そして同時に、それは「稼いだ者だけが言える言葉である」ということも、教えています。「お金で幸せは買えない」とはよく聞く言葉で、確かにその通りです。


しかし何事も、一面的な理解に終わっては事の本質を見誤ります。FUNでは同時に、「お金で回避できる不幸もたくさんある」と教え、その具体的事例を紹介することで、現実から目を背けずに、起こりうるリスクや既に原因が生じかけているリスクを想定し、スムーズな回避を図ったり、将来起こさないようにするための方法も紹介しています。


僕は数年前まで経済誌の記者として、企業経営者の取材や営業を担当していた経験から、経済や金融、及び資金調達方法や税金対策については多少の知識があり、また、自身が前年に創業して資金的にも苦労を味わったことから、本業の社会人の転職支援でも、経済教育を最も重視しています。


フリーターの方々の就職相談や生活相談で最も多く寄せられる悩みは、細かいものも入れれば人間関係、年齢、能力、経験、実績、恋愛、趣味など多様なものがありますが、九○%は実に、「お金」の悩み。

プライバシーに支障のない範囲で原因や現状を伺ってみると、「なぜ、こうなるまで気付かなかったのか」、「なぜ、近くにいる人の誰一人として、改善策を提案しなかったのか」と、社会のあり方に憤りを感じることもあります。



さらに驚いたことには、この人たちの約半数は、地区最低レベルの高校を卒業し、大学を中退した僕には、選択肢に入れることもできなかった進学校や有名大学の出身である、という事実です。もちろん、勉強が嫌いで単に世間の知識が少ない、という方もおられます。


FUNができたのは、ちょうど二○○三年の春。正確に言えば、二○○二年の冬に大濠公園前のミスタードーナツでの不定期の集まりをやっていて、それが母体です。



創業の苦境から脱し、ようやく自分の企画した商品のメリットや売り方を、実体験を持って覚え始めていた僕に、同じ西南の後輩がある日、「こんなこと(ミスドで話していたようなこと)が学べるサークルを作りたい!顧問になってくれ」と言ってきたのが始まりでした。僕は「週に一回くらいならいいよ」と返事をし、数ヵ月後の春、FUNが発足しました。

最初は、学生と何を話題にしてよいかも分からず、毎週自作のレジュメや近況を話題にして話していたのですが、七年ぶりに接する学生の知識のなさに唖然とし、また、彼らが繰り出す質問の幼稚さに驚きました。


それから、自分が学生に対する説明に全く慣れておらず、何をどう伝えればよいかも分からないことが分かりました。

そして、日頃接しているフリーターや転職希望の社会人と、大学生の姿がつながったのです。



「もし彼らの学生時代に、このような知識や考え方を学ぶ機会がなかったら、いつ、どのような形で時間を取り戻すことができるのか?これは大変な役を引き受けたぞ」と思った僕は、それ以来、FUNには休まず参加し、学生の就職相談や生活相談に乗ってきました。


もちろん本業の傍らの役割なので、当時の顧問謝礼は資料コピー代とささやかな謝礼を合わせた、月額五○○円でした。(今は月千円です)

初年度は、僕が学生たちと語り合いたいと思っていた話題を一%程度しか共有することができず、三年生以外の部員も入部せず、ほとんど全ての話題が、「就活」と呼ばれるようになっていた就職活動関連のものでした。



人は合計四十人ほど集まったものの、就活以外に話題もなし。日頃担当している社会人やフリーターの「一発必中型・採用枠なし」の採用支援に比べれば、適性と見込みだけでアピールでき、選択肢も膨大に与えられる学生の就職はまさに「学割」で、FUNの学生はみな、志望業界に複数の内定を決めました。


僕にとって、内定などはファミコンのようなものなので、そのようなものには全く価値を感じていなかったのですが、なぜか「これから」という時に、内定をもらってさっさとサークルを辞めてしまう学生たちを見ては、「なぜ、ベンツを捨ててカローラに乗るような真似をするんだろう」と、その不可解な行動の原因を考える日々が続きました。



たかが内定した程度の知識で、しかもまだ学生の身分でありながら、卒業までの日々を「卒業旅行」、「バイト」、「恋愛」で予約して、それで社会で何とかやっていけると思っている…。不思議な思考回路でした。

確かに、「何とか」やっていくことはできます。しかし「何とか」のような場当たり発想こそ、根本的な心のガンなのです。「そのような中途半端が一番きついんだよ」と忠告しようと思いましたが、僕は単なる外部の一社会人で、サークルの運営に口出しするような立場でも、学生の時間の使い方に立ち入った提案ができる立場でもなかったため、「学生って、こんなものなのかなぁ」と初年度の役割を終えました。

しかし五人だけは、新四年生となってサークルに残りました。彼女たちは生き方や考え方を学びたいと、内定後のFUNの勉強にこそやりがいを見出し、残る卒業までの日々、自分の可能性の開花を求めて挑戦したい、と望む学生たちでした。


僕が待っていたのはこのような学生たちで、「後輩たちのためにも頑張りたい」という言葉を聞いて、大変嬉しく思ったのを覚えています。僕も「就職の先生」といった、考えても望んでもいなかったような役割を一日も早く捨て、実務知識や独立のスキルについて学びたいと思っていたからです。

昨年(二○○四年)の春、就職活動に一定の成果が出揃い、毎週土曜日に開催している自由参加の勉強会「Business Café」で、どんな内容を学んでいくかを学生たちと話し合った時、当時のFUNは九五%が英文、国文、法律、栄養関連学科の女子大生だったためか、「お金や経済のことが知りたい」という要望が多数寄せられました。



それが嬉しかったため、彼女たちが今、どの程度の知識や理解を持っているかを聞いてみたところ、驚くべき情報不足、知識不足の状態でした。それはまだ若いからいいとして、問題だと思ったのは「お金に対する考え方」です。


「自分には及びもつかないような進学校を出た子たちばかりなのに、この古すぎる発想は、一体何なんだ?」と、危機感を持ちました。仕事や将来について、とても、まともに考えられるような状態ではなかったのです。



しかし彼女たちには、それを補って余りある財産である「素直さ」がありました。自分も持つのに苦労した「素直さ」を、この年齢にして立派に備えていることに希望を感じた僕は、「FUN 経済学部」と題して、四月と五月の毎週土曜日に、毎回七十分の講義を行いました。



内容はHPで「二○○四年の講義内容」の項目を見てもらえば分かりますが、学生がイメージする就職活動では、通常は見聞きしない言葉ばかりです。

しかし僕は、こういうことこそ教える必要があると思ったので、週末の朝という何の強制もない時間に、あえて受講料二○○円で開きました。


この二ヶ月で、部員数は実に二十三人増え、全学年の学生がFUNに揃いました。開始後、感想を見ると、「こんなことが勉強したかった!」、「どこで学べるのかと思っていたので、嬉しい」といった声が毎週続々と寄せられ、中には「大学ではこんな勉強もできるなんてすごい」と書いている入学直後の1年生もいて、僕は確かな手応えを感じました。



さらに進むと、「世の中の仕組みが見えてきた」、「行動が変わった」、「○○が貧乏になったわけが分かった」、「このまま就職しなくてよかった」と言った声も続々と聞かれ、これらは全て、女子大FUNの部室に保存していますが、とにかく学生たちには、少なからず「カルチャーショック」だったようです。

今(○五年四月)、続々と選考を通過し、「また受かってしまい、どっちか辞退しないといけなくなった」と言っている現四年生たちに、FUNのこのような勉強がどのように役に立っているか、見学に来た人は聞いてみるといいでしょう。



土曜の早朝、別に義務でも正規の活動でもないのに、北九州、久留米、前原、粕屋郡から、はるばる学生たちが香椎や西新で開催されている、有料の勉強会に来るのです。こういうことが、あなたの所属している学科の勉強で起こっていますか?


命令も強制もなく、参加したからといって単位がもらえるわけでもない勉強なのに、継続的にお金を払って参加するということは、どのような動機が働いているかお分かりでしょう。「お金を知らずに、仕事や将来を考えることはできない」と、心から思っているのです。

僕は、最初から安全な未来や安定した居場所を得ることがいいとは思っていません。誰でも多少は、人生において足腰の強さを試されるような出来事に遭います。


中には激震もあるでしょう。しかしそれも、全ては「自分が同意して受け入れた未来」だから起こること。FUNで提供し、学生たちと共有しているのは、そういう、「本気が試される時に、最高の自分が発揮できる勉強」なのです。


人生をそうやって力強く切り拓き、不屈の忍耐力と尽きせぬ明るさを両立させて生きていくためには、お金や経済の知識が必要で、いつでも「次」を考えられる独立起業の知識も必要です。


あなたが女性なら、結婚した途端に収入の道を断たれ、たとえ愛情を抱いていたとしても、ご主人の許可なしに働くこともできないような人生を、果たして受け入れることができますか?


お小遣いが欲しいと思っても、プー太郎から高齢者まで、誰でもできるような仕事しか手段がない「タダのヒマな主婦」としての人生を、受け入れることはできますか?


きっと、即座に「そんなの嫌だ」と答えるでしょう。


しかし、バイトだろうが正社員だろうが公務員だろうが、人が作ったシステムの中で時間を束縛され、月当たりの値段を決められている点では、全く同じ。業界や職種が何であろうが、そんなことは全く意味のない要素です。

また、あなたが男性なら、学生時代は顔やファッションが異性を惹き付ける手段かもしれませんが、社会に出て奥さんのパートに家計の一部を依存するような「情けない主人」になりたいですか?


「オレは○○の社員だ」とは、学生に向かっては自己紹介のセリフくらいにはなるでしょうが、成果主義が浸透する企業社会の中で、常に奥さんと子供が安心して将来を考えられるような経済的裏付けを、提供し続けることができますか?


あなたが今やっている勉強は、将来起こりうる事態に、どれだけ対応していますか?「そんなの知るか」と現実から目を背けるのは簡単ですが、社会に出たら、「実力」や「収入」、「人望」が異性や仲間、人脈を惹き付ける手段になるのです。



そしてあなたも、放っておいても数年後は、自動的にそんな社会の一員になるのです。「家族のためだ」と自分を誤魔化しながら、実態は「借金返済人生」を歩んでいるエリートや元・優等生君は、その辺にもうじゃうじゃ、腐るほどいます。

あなたもきっと、硬直した直線的な人生は、歩みたくないでしょう。しかし、そういう人生を送った人たちのアドバイスに従えば、必ずそうなります。


人生、誰を相談相手にするかがとても大事です。就職してからの生き方を真面目に考えたい人は、「金持ち父さん貧乏父さん」(ロバート・キヨサキ 筑摩書房)を読んでみるといいでしょう。FUNでは去年の春にほぼ全員が読んだ本ですが、今も来年も、きっと参考になる本ですよ。「合格コミュニケーション講座」も参加者が増えてきましたね。



今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門43位、就職・アルバイト部門27位です。

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◆今日の一言
No.420(07/4/7)

『会計的視点なくして、良い仕事は不可能だ』






来月発刊のデビュー作。学生さんからの期待はさておき、企業の人事担当者からの評価が高く、既に数社から予約が集まりつつあります。

ということで、タイトルが、

◆旧バージョン
若者が燃えた 仕事の「とらえ方」
~仕事が楽しくないのは、「会社のせい」じゃない~

から、

◆新バージョン
イマドキの若いモンは 会社の宝だ!
~若者が燃え、経営者が歓喜した 仕事の本質と感動のとらえ方~

に変わりました。



「うちの仕事をこのように理解してくれている新卒なら、ぜひ採用したい」

「人手不足で焦って忘れていた採用の本質が、しっかりと書かれてある」

「新卒採用どころか、社員研修の資料としても活用させてほしい」

おおよそ、こんな感想を数社の人事担当者からもらいました。もっとも、実際に早いうちから業界ゼミやビジネス塾、マネー塾を受けてきた学生さんたちの実績を見てもらえれば、それが何よりの証明だと思います。



デビュー作の狙いを一言で言えば…

「仕事の味覚障害を治す」に尽きます。

その治療薬は、「会計」と「感動」です。

本書では「仕事」を「料理」に見立て、その栄養の成分とおいしさの秘密に、楽しくまじめに迫ります。



「会計的視点」って、一体何なんでしょうか。

それは、「情報に属性を与えて思考や理解を行うこと」と呼び替えてもよいでしょう。「属性」とは、「情報の国籍」とでも考えれば分かりやすいです。

どういうことか、以下、考えてみましょう。会計的視点の有無が、就職や仕事、収入においていかに決定的な格差を生むかを。



例えばここに、「昨日さぁ~、朝はマックでえびフィレオ食べて、昼は吉野家で牛丼食べて、夜はちょっとリッチに一蘭でラーメン食べたよ」と言う学生さんがいるとしましょう。

これは、別にどうってことはない「最近の食事履歴」の話に過ぎません。

しかし、いくつかの「属性」を設定して情報を分解することで、いかようにも処理・理解することができます。



このような話を聞いて…

①「味」を基準に情報を処理し、「へぇ~、おいしいのばっかり食べてるね」とか「流行は押さえてるね」と答える人もいるでしょう。

②「値段」を基準に情報を処理し、「けっこう節約してるね」とか「夜は800円を超えることもあるよね」と答える人もいるでしょう。

③「スピード」を基準に情報を処理し、「速く出てくる店ばかりだね」とか「なかなか忙しいんだね」と答える人もいるでしょう。

話し手はなんとなく考え、しゃべっていても、聞き手に何らかの基準があれば、それに応じた属性分類がなされ、「コメント」として返ってくるものです。



「えび」という情報は「動物性」という国籍を持っており、「牛肉」という情報は「塩分増加」のサインでもあり、「とんこつラーメン」にはコラーゲンとかコレステロールとか調味料増加というサインがあります。

情報は発せられた瞬間から、何らかの「籍」を持っているもので、外国語マニアとして数ヶ国語を身につけてきた僕などは、特に、日本語の会話でも様々な基準を設定して話を分析し、要約するのが好きです。

言語には文法がありますが、情報の属性から見れば、思考や行動にも文法があるもので、その人の行動がいかなる文法に基づいているかを観察すれば、だいたい、就活の結果も予測することができます。



ところで、「食物摂取」の最も根本的な目的は、「栄養の確保」にあります。もしここに、栄養学の知識を持つ人がいれば、おそらく…

「コレステロールが多いから、そのまま行くと来年は5キロ増えるね」とか、「塩分が多すぎるみたいだから、野菜も取らないと血圧が上がるよ」とか、「宣伝されたものばかり食べないで、家庭料理も大事にした方がいいよ」とか答えるでしょう。

栄養という食事の本質的分類基準を知らない人にとっての基準は、「おいしさ」、「安さ」、「有名さ」、「速さ」といった要素でしょう。そして、その判断基準に基づいて日々の食生活を推進し、しかるべき結果を迎えるでしょう。



ここで、「いい食事」について考えてみましょう。

僕が学生さんと話していて気付くのは、物事を説明する際の語彙が極端に少なく、同一の言葉で複数の意見や感情を表現しようとすることです。何を見聞きして、何を感じても、「いい」、「すごい」、「楽しい」が多いようです。


「いい食事とは?」と聞かれると、人前では一応栄養を気にしているふりをして、「栄養のある食事」と答える人もいるでしょうが、おそらく、実際の生活では、「いい=安い」、「いい=おいしい」、「いい=速い」と思ってその通りに実践している学生さんも多いのではないでしょうか。



「いい」と言っても、実にこれだけの基準があり、それは、人によって大きく異なるもの。もし栄養学の知識を持っている人が現代人の食生活を見れば、それは「緩慢なる自殺行為」か「肉体の長期虐待」にしか見えないでしょう。



では、これが「仕事」だとどうなるか。

若者に「いい仕事って、どんな仕事?」と聞いてみるとしましょう。会計的視点を持つ学生なら、正しく判断できますが、そのような知識、視点を持っていない若者のコメントは、まさに「味覚障害」です。

「いい仕事」と聞かれて、「楽な仕事」、「楽しい仕事」、「時給が高い仕事」、「人間関係がいい仕事」、「やりがいのある仕事」というふうに、まるで食事の場合の「味」、「安さ」、「スピード」、「知名度」を基準に語る若者の数は、あまりにも多すぎます。



会計的視点なくして考えたところで、いくら頑張っても、「やりたいことをさせてもらえる」、「福利厚生が充実している」、「有名で潰れず、給料もそこそこいい」程度の答えしか思い浮かばないでしょう。

なんせ、彼らにとっての「いい仕事」とは、自分たちの好みに応じた狭い範囲で設定された属性に基づいて想像・計画されるからです。

そして、そのような狭い了見と自己満足の動機に基づいた就活は、やる前から、既に失敗しているわけです。別に内定くらいはできるでしょうが、「志望動機が味覚障害」だった若者は、すぐにボロボロ退職するものです。



退職の際の決まり文句は、いつも「思っていた仕事と違っていた」。

しかし、これは実は「思っていた仕事が違っていた」であるため、次に選ぶ仕事もほぼ確実に、同じコメントで退職するのは目に見えています。

今の仕事が嫌でたまらない人には、別の仕事の全てが良く見えるもので、冷静な判断は難しいものです。そういう人の転職では、「ワニの口から逃げ出して、虎の口に飛び込む」(マレーシアのことわざ)のようなことが起こります。

「ヤミ金から逃げ出して、サラ金から借りる」と同じですね。


会計的視点がないと、このように、課題の特定と問題解決手法の設定さえ、間違うようになっていきます。

頭に入れた理論の方が間違ったまま行動し、それが習慣化すると、最後は「現実がおかしい」とか「世の中がおかしい」とか言い始め、最後は「自分の理性」に従って判断が狂ってくるものです。

ニーチェは「理性を失った者が狂人となるのではない。理性しか信じない者が狂人となるのだ」と言っていることは、『マネー塾』の第①回で説明したことですが、これと同じような倒錯心理と思考の混乱が、仕事選びでも起こるのです。


要するに、「思考の中に相手が存在しない」となるわけです。

大半の若者は、「自分のやりたいことを決める」というプロセスが終われば、それが「志望動機」になると思っています。

冗談じゃない。それは「就活を始める動機」に過ぎないのであって、それでやっと「ゼロ」、そこからやっと業界や企業、仕事と向き合う活動がスタートするのです。



「いい」は、自分、企業、お客様に共有された時に初めてそう言えるのであって、自分の中で何かが決まって喜ぶというのは、そうなるまでに時間がかかりすぎて、単に焦っているだけのことです。

お客様の「いい仕事」、会社の「いい仕事」、自分の「いい仕事」というふうに、みんなの「いい」をくっつけていくことを「コミュニケーション」と呼んでいるのであって、自分だけの利己的な動機を説明することがコミュニケーションではありません。

仕事の栄養は「利益」と「感動」です。

その人の思考や判断が、ちゃんとした栄養バランスに基づいているか、それとも表面的な情報に振り回されてカッコつけているだけなのかは、会計が分かる人が聞けば、先ほどの「食事の例」と同様に、くっきりと見えてくるものです。


例えば、客室乗務員を目指す人がいるとしましょう。

「世界ナンバーワンを目指す御社の熱い理念に惹かれました!出張で疲れたビジネスマンのお客様や、旅にワクワクするお客様の期待に応えるため、最新の設備を持つ御社で、最高のサービスを学び、最上の思い出をプレゼントしたいです!

エコノミークラスでも上質のシートを導入した御社の配慮にも感動しました!国際化、グローバル化の時代を控え、研修施設の充実した御社で、世界に向かって羽ばたきたいです!」



なるほどねぇ…。確かに、勢いだけはありそうです。勢いだけ、は。

しかし、会計的に見れば、この志望動機は、何ら重要なことを説明していません。

それどころか、「経費」ばかりに着目して褒め称えるという悪循環を起こし、景気のいい言葉を多用している分、余計に「やれやれ」という読後の疲れを誘います。

どうせ、「服」だけに憧れているんでしょう。なら、服だけ買って別の仕事をしたらどうでしょうか。



こういう志望動機は、えびフィレオのように華やかに宣伝され、演出たっぷりのコレステロール仕立てで、「選ばれた人々」のような希少性に見事にひっかかった点では「おいしい」、「安い」、「速い」という基準は満たしているのかもしれません。

しかし、「栄養」、つまり「会計的視点」の基準から見れば、「で、うちに何しに来るの?」としか思えません。

客室乗務員は特に分かりやすいケースなので事例に挙げましたが、他にも、商社、広告、マスコミ、音楽、映画など、学生のイメージが偏りやすい業種では、毎年、おびただしい数の「味覚障害エントリーシート」が送りつけられます。



学生だって、やる気はあります。自分にとって「いい」と思う基準に則り、「いい」と思う書き方で懸命に書き、伝えます。

しかし、その「いい」は自分だけにとっての「いい」であって、そこに相手の業務やお客様の喜びは想定されておらず、もし想定されていても、それはきわめて抽象的、かつ理想的です。



気持ちを正しい知識で説明できないばかりに「連戦連敗」を繰り返し、最後は完全に自信を喪失して、「どうせ私なんて」、「人生終わった」と勝手に決めつけ、落ち込んでいく若者たち…。

ないのは「能力」じゃなくて「知識」なのに、欠落要素まで「味覚障害」を起こし、さらに間違った課題を設定して、「専門学校に行けばいい」とか、「大学院に行けばいい」、「留学しよう」などと考えるのも、当然のことでしょう。

味覚がずれたら、食事もずれます。食事がずれれば、栄養も、従って自分が獲得する体型や健康状態もずれます。「考え方」がずれた人に、人生の成功や正解は訪れないものです。



僕は長年、こういう若者たちを見ていて、どうにかしてあげられないかと思い、本業やサークルで、特に「会計的職業観」の説明に力を入れてきました。

また、採用や育成に悩む人事部長や経営者と接し、「できる人材の見極め方」や、「誰が来ても育成できる方法」を説明してきました。

その集大成の前半が、今度のデビュー作です。

周りに就職や転職、人生設計で悩んでいるお友達がいたら、ぜひ紹介してあげてほしいです。きっと、「ありがとう」と喜ばれるプレゼントになるでしょうから。



人生を誤らせる恐るべき「仕事の味覚障害」を除去し、正しく職業観と人生観を打ち立てていくのに、会計やお金の知識、センスは欠かせません。

僕はこの分野で、20代を通じて7,840ページ、合計31冊分の原稿を書き貯めてきたので、これから2年をかけて、全国販売していきます。

もちろん、本にしていないような着想も多数あるので、その時は出版プロデュース会社を設立し、企画やプロモーションを行ってくれる社員を募集する予定です。



僕がFUNを応援し、このようなメルマガを出し続けている根本的な狙いは、「将来一緒に事業を行う人材を採用すること」ですから、その時が来たら社員募集のお知らせをします。

僕の会社で働きたい人、僕と働きたい人が何人いるかは分かりませんが、将来はそのようなPRを行うことも、今のうちにお知らせしておきますね。



今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門43位、就職・アルバイト部門27位です。

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◆今日の一言
No.419(07/4/5)

『最初の一行は神から来る。二行目からは人が作る』(ボードレール)






本題に入る前に、緊急連絡。

FUNでは長年、「内定」や「選考通過」のお礼として、「たけのこの里」か「カゴメトマトジュース」を謝礼としていただいてきました。

しかし、現在、わが家には「たけのこの山」と「トマトジュースの森」ができつつあります…。



元はといえば、「どうしてもお礼がしたいんです」という学生さんの熱意に負け
、金品を受け取るわけにもいかないため、思い付きで「たけのこの里でいいよ」と言ってしまったことから、2003年、「FUN・たけのこ伝説」が生まれたのでした…。

ということで、勝手ながら、2007年4月からは、たけのこではなく、「おにぎりせんべい」に統一することにしました。

理由は、「懐かしい」から。


ちなみに、「探したけど、見つからない」という場合は、臨時措置として「うまい棒」でも構いませんよ。ジュースについては、トマトジュースでも、野菜ジュースでも構いません。

「小島さんには、世話になった。あの人は今年から作家だから、リコピンで癒すしかない」と思った心優しい方は、有り難く頂戴いたします。

以上、緊急連絡でした。



さて、FUNにはHPやブログを持っている学生さんも多く、また、企業を取材して雑誌を発刊するサークルであることから、部員の学生さんは日常的に「書くこと」を身近に体験しています。

また、今は就職活動中であることもあって、特に書類選考で字数や期限の限られた文章を書く機会も多いことでしょう。

文章執筆で一番時間がかかるのは、どこのステップなのでしょうか。書き慣れた人は「推敲」でしょうが、書き慣れていない人には、おそらく「書き始め」なのではないでしょうか。


このメルマガやFUNの講義に対しても、内容はもとより、どうやって毎日、これだけの量を執筆しているのか、その方法や準備の仕方を聞かれることもあります。

もし大量・継続執筆に「秘訣」なるものがあるとすれば、それは「頑張らないこと」だと言えるかもしれません。

「頑張らない」とは、「家に帰ってゼロからやる」というような「一発逆転」型の努力を生活から排除する、ということです。


いわば、日々テーマを持って生き、いつも「若者に役立つことはないだろうか」とあれこれ思索をめぐらせて生活する、ということです。

そうすれば、ふとした立ち話や街の風景から、「こ、これは!」というひらめきが訪れます。それは次に「メモ」になり、メモがいくつか集まると、「短文」になって携帯に記録されます。

その短文がいくつかまとまったら、見出しを付けて自宅のPCに続々送信し、帰宅して、その日に感じたテーマに合うものから短文を選び、肉付けしてメルマガや講義の形に整えていくわけです。


ということで、こういう作業を習慣化すれば、歩行時間や喫茶店での待ち時間が全て「準備」になり、家に帰ってやることは、「整理」と「校正」だけになります。

僕がよく、散歩中にいきなり立ち止まり、携帯でピコピコやっているのは、よく一緒にいる大月さんや隈本さんはご存知でしょうが、あれは「ひらめき」を短文化してメモしているのです。

ベローチェで水色の古いノートに線を引いたり短文のメモを残しているのも、同様です。



一つの作業で全てを終えようと欲張るのは、本人は「私、頑張ってる」といい気持ちになれるかもしれませんが、要するに計画性がなく意志が弱いだけの話で、本当の集中力とは、そんな爆発的なものではなく、安定的・持続的でなくては意味がありません。

期限に迫られる前に、自分から期限を決めてコツコツ努力を重ね、日々想像力を成長させて、少しでもプロセスを改善していく資質が集中力です。

集中の対象は「目の前の作業」ではなく「将来の目標」ですから、毎日の作業に目立った成果は出ませんが、後から振り返ってみると、方向性も正しいおびただしい量の成果が生まれているものです。


生活や仕事に「ハプニング」や「ドラマ」があるのは、計画の失敗といってよいでしょう。ハプニングとは想像力の欠如、ドラマとは実力の過大評価から起こる無茶に過ぎないからです。

力不足を美称すると、後から痛い目に遭うものです。実践は、想像と現実のズレを認識させてくれるものであり、この意味で、全ての本番は「確認作業」です。

「やってみないと分からない」を「やる前から成功を描く」に変えていかなければ、まともな成功は期待できません。


文章執筆も、わざわざ時間を設けて無理な緊張を強制するのではなく、平素から心を広く持ち、ゆったりとした気持ちで構想を練り、構成を考えることが大切です。

そんな気持ちで生活していると、あるとき、ふとしたきっかけから「書きたいテーマ」が生まれるものです。

フランスの作家・ボードレールは、このプロセスを「最初の一行は神から来る。二行目からは人が作る」と言っていますが、言いえて妙だとは思いませんか。



文章執筆において、焦りから生まれた逆境で「書き始め」を迎えると、どうしても自己中心的な課題を選んでしまい、「始まりから誤り」になりかねません。

素材選びは、やはりゆったりとした心持ちの時に生まれたインスピレーションに頼ったほうが間違いも少ないものです。

生活や仕事の中で、日常のある時間帯を強制的、機械的にある作業のための時間と決めてしまう計画力や継続力も大事ですが、同時に、生活と仕事の全てを「価値ある何かのための準備」ととらえ、生活の全てを表現の材料として見つめる観察力も大切です。


それに、ふとひらめいたインスピレーションに恵まれると、「書きたくてたまらない」という自然なモチベーションが生まれ、作業もスムーズに進むものです。

文章執筆も、就活も、基本は「貯金」と同じで、「焦らず急がず、毎日コツコツ」が大切です。当たり前の素朴な心掛けを「そんなの、分かってるんだよ!」と言っているうちは、人は全く成長しないものです。

皆さんも、日々そのような作業の練習をするため、年度始めのこの時期に、メルマガやブログを始めてみてはいかがでしょうか。



今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門50位、就職・アルバイト部門34位です。参考になった方は応援クリックお願い致します(^^)/


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