■「内定への一言」バックナンバー編


『友を選ばば書を読みて六分の侠気四分の熱』(与謝野鉄幹)




昨夜配信のメルマガがお気に召さなかったのか、無記名で6人の方から「登録解除」メールが。過去最多です。



「小島さんの考えは間違っています。日本は永久に謝罪を続けないといけません。それだけの過ちを犯しています。」…無記名だけに勇ましいですね。

「昨日のメールだけは賛同できませんでした。今までお世話になりました」…他にも賛同できないのがあったんでしょうか。なら早く言ってほしいものです。

「気持ちは分かりますが、賛成しかねる内容でした。長い間、配信ありがとうございました」…別に賛成しなくていいんですけどね。僕は考えるきっかけを提供しているに過ぎません。



うぅ…毎日頑張って書いてるのに、かわいそうな僕。しくしく。実名を公表して書いている僕の意見を言わせてもらうと…。「文句言うなら、名前書け」。ハンドルネームとか子供じみたコミュニケーションに慣れると、ロクなことはありませんね。やれやれ…。



僕は別に、学生の機嫌を取ろうなんて考えは全くありません。それより、葛藤が起こるくらいの問題を提起するのが本当の情報だと思うし、学生はそのような複雑さに耐えて思考を鍛えるべきだと思います。



パッケージ化された便利な「幕の内情報」を求めているなら、最初からこんなメルマガは読まないことですね。頭脳レベルに合わせて「みんなの就活日記」でも読んで、オドオドしておけばよいでしょう。



ザコにはザコにふさわしい、「便所の落書き」のような情報だって大量にある時代です。学生が自己責任で考え、導き出した結論が本当の判断であり、情報なんですから。



過ち?過ちとは何を言うんでしょうか。戦争に突入したことでしょうか。あるいは、無様な敗戦を喫したことでしょうか。



もちろん、その中には数え切れない要因があり、「自伝的日本海軍始末記」(高木惣吉/光人社)などを読むと、祖国と海軍を愛してやまない著者が、心を込めて軍隊を批判している「涙の提言」に反省を禁じえなくなります。



山本七平さんのデビュー作「一下級将校の見た帝国陸軍」(朝日新聞社)を読めば、末端の兵士の苦悩と司令部のすれ違いに腹が立ち、同時に祖父たちの苦闘に頭が下がる思いになります。



しかし、そのような反省、失敗、苦悩はなぜ生じたのかを考えると、それはひとえに「未来の日本のため」であることに気付かざるをえないのです。



だから、僕はマスコミが垂れ流す紋切り型のフレーズに影響を受け、「日本はアジアに迷惑をかけた国だから嫌いだ」というのは、浅すぎる無責任な認識だと思います。



戦争をした、不景気だ、家族が崩壊している、年金がもらえない、治安が悪化した、格差が開いてきた…。



確かに問題は山積しています。だからこそ、本当の日本人なら国を愛し、欠点の克服や伝統の回復のために奮闘すべきじゃないでしょうか。



少なくとも、僕は「欠点があるから付き合わない」、「あの人は苦手だから付き合わない」といった幼稚な価値観で生きたくはありません。



会社でも、倒産の危機に瀕し、資金的余裕もなく、商品開発のアイデアも尽きながら、それでも社長と社員が希望を持っているような無名会社が、僕は好きです。学生なんて、僕たちから見れば短所と無知の塊で、人脈もお金もなく、意志も弱く、付き合っていて実利的なメリットはゼロに等しい存在ですが、僕は学生の「今」と付き合っているのではありません。



FUNでいつも言っているように、僕は学生の「未来」と付き合っているのです。今感動し、行動に移し、成長と達成を通じて変化を遂げれば掴める若者の将来…それを信じているからこそ、自らの時間を捧げて全く悔いがないのです。



怠惰に流れ、蓄積すれば不安と恐怖にしかならない若者の「今」を惜しむからこそ、持っている経験や知識のうちで、役立つものがあれば全て提供したい、と思っているわけです。「一緒にいれば、おのずと短所と向き合う勇気が出てくる」。



そういうのが、大人の関係ではないかと思いますが、いかがでしょうか?賛同できない皆さん。そっか…もう配信リストから除名したんだった。



僕だって、学生時代にそのような厳しい方々の時間を頂いて、必死に耕してきたからこそ、今があるのです。だったら、自分より若い人たちにも、そう接してあげるのが礼儀だと思います。



若いうちはバカ騒ぎもやるでしょう。アホさを競い合うこともあるでしょう。それはそれで、大いに結構なことです。一度、全力で虚しさを味わうのも必要な経験です。



そして、虚しさに徹しきった時、ふと「先輩」の声が心に響いてきます。あるいは余生が少ない人、自力では生きられない人から「生かされている」という真実を教えてもらった時、初めて他者を思って生きる意味が分かります。



そうして、それまでは一番価値があると思っていた「自分のための人生」が、実は一番価値がない生き方だった、と悟ります。



僕は太宰府から西新まで、毎日自転車で通っていましたが、大学1年の時に祖母が突然亡くなって、自分が通学と勉強で「忙しい」と言っていたのが、全くの嘘っぱちだったと涙を流して悔やみました。



やろうと思えば、些細なことを含め、どれだけの孝行ができたことか。でも、そうなるまでは気付きませんでした。だって、考えようともしなかったのですから。



病室で意識なく機械に囲まれている祖母を見て、いくらごめん、孝行するよと誓ってみても始まりませんでした。そして、その時から、先祖の志が自分に引き継がれて心の支えになったのです。



先輩や年長者に叱られ、励まされると、自分がどれだけ大切な人間か、痛いほど分かるでしょう。そして、どれだけの時間を空費してきたか、痛切な反省をもって自分を振り返るでしょう。



僕は、そのような素直な感動が、歴史の学びにあると確信しています。「私は大切な人なんだ」と思えない若者が、どうして勉強する気になれるのか。



だから、一緒にいて心がチクチクするような人と付き合うのは、気心の知れた友人といるのと同じくらい大切なことなんですよ。



僕は、自分がサークルにいる意味は、「君たちは大事な人間なんだ!」と実感してもらうお手伝いをすることにあると思っています。昨日のメルマガも、そういうつもりで配信したんですが…。




さて、昨日の話題にしてもそうですが、僕がなぜ古いものが好きかというと、品格があるからです。



もちろん、ただ古いだけで全てが良いとは思いませんが、古典的な価値を持つものは、どんな分野においても好きです。



本にしても、古い名作は安心して付き合えます。僕のような凡人では及びも付かないような卓見が素朴に述べられ、多くの人に、広い範囲で、長い間「肯定」されてきただけの何かが、必ずあります。



「あらゆる偉大なものは、触れるやいなや我々を形成する」とはゲーテの名言(「いきいきと生きよ」手塚富雄/講談社現代新書)ですが、若いうちは偉大なものにどれだけ多く、深く触れるかが何より大切です。



だって、触れて感動したところに「自分」がいるのですから。我々が感動を形成し、感動が我々を形成する。これこそ、最高のタイミングで行われるコミュニケーションですね。



また同時に「古人恐るべし。我の思ひしを全て言ふ」(頼山陽)という言葉もあります。僕たちがどれだけ新しい発想だ、新しい言葉だと調子に乗ったところで、そんなものは全て、既に何百年も前に古人が悟りきっているものです。



僕は最近、多くの偉大な創業者が慕った道元や親鸞の本ばかり買い、禅の初歩の初歩、というより、入口のさらに遠くの暗がりをウロウロしています。



「正法眼蔵随聞記」や「歎異抄」(ともに岩波文庫)を読むと、恐ろしいほどの洞察に冷や汗が流れます。はっきり言って、自分ごときの人間が吸収できる本ではありませんでした。



祖母や父が「観音さま」が大好きで、僕を叱る時に「観音さまのバチが当たるぞ」と言ってくれた意味を理解しようと、手始めにこの分野で記録的なロングセラーを書いた松原泰道さん(99歳の今も現役!)の本を数冊、読んでみたのですが…。



全編、「申し訳ありませんでした、ご先祖様…」と反省しきりです。全く、自分の未熟ぶりに心が寒くなり、頭が痛くなるお盆休みでした。これは、日々修行と心得てかからねば…。



このように、自分を自分たらしめてくれる反省付きの感動の底にあるのが、「品格」と考えてもよいでしょう。



僕は人を見る時も、買い物をする時も、本を選ぶ時も、あるいは女性を選ぶ時も、この「品格」を大事にしています。



それは、ただ「高い」とか「有名」という意味ではありません。そこに「誇り」や「思い」が込められていること、そしてその精神が、その人や本を貫いていることが大切です。そういう人や物を前にすると、自分の欠点や未熟さが顕在化され、自然と意欲が湧いてきます。



考えが違う人、生き方が違う人、信条が異なる人…社会に出れば、そういう人に毎日会います。



そんな時でも、自ら信ずるところに誇りを持ち、堂々と生きている人を見ると、それはとても立派だと感じます。



このように、僕も付き合ってきた友人や先輩、後輩を振り返りながら、自分の性格を反省したり、達成を回想したりしているのですが、FUNの学生さんにもよく言うように、「相談相手や友達の選び方」ほど重要なものも、なかなかないものだと感じます。



なぜなら人は、自分の意見や得た情報を「親しい人」が肯定するか、あるいは否定するかで行動と結果が全て決まってしまうからです。



友達には、客観的に見て明らかに「プラス」のことを肯定し、応援する人もいれば、否定し、批判する人もいます。



では一体、「良き友達」はどう選べばいいんでしょうか。これについては、去年のBusiness Cafeで橋本左内の「啓発録」(講談社学術文庫)を読んだ際、「損友」と「益友」の見分け方を勉強しましたよね。



あれはなんと、左内が14歳の時に書いた文章だと知った時は、参加していた学生さんも大いに驚き、発奮したようでした。今日は、もしかしたらご存知かもしれない歌から「友の選び方」を考えてみましょう。



与謝野晶子と言えば、日教組の教育では「ただの反戦歌人」に祭り上げられていますが、その作品を見れば、心から日本の歴史と風土、平和を愛する女性だったことが分かります。



その夫といえば与謝野鉄幹で、彼が残した歌に「人を恋うる歌」があります。結婚式などで、僕も昔、少しだけ聞いたことがあります。



今はドリカムとかサザンを歌う人もいますが、昔の結婚式は「パーティー」ではなく「儀式」だったので、もうちょっと文学的でまともな歌が好まれたようです。



これは非常に長い歌で、一番が特に有名です。その歌詞は…。「妻をめとらば才たけて 眉目(みめ)麗しく情ある 友を選ばば書を読みて 六分(りくぶ)の侠気四分(しぶ)の熱」で始まります。



「妻をめとるなら、才知に長けていて美しく、情け深い女性を選ぼう。友達を選ぶなら、読書好きで六分の侠気があり、四分の情熱がある人を選ぼう」といったほどの意味でしょうか。



リズムが良く、言葉も格調高いので、結婚と関係ない文学作品やエッセイにもよく引用されていて、ご存知の方もおられるでしょう。



中でも有名なのは、「友を選ばば書を読みて」の部分ですよね。おじいちゃんかお父さんに聞いてみて下さい。きっとご存知だと思いますよ。



昔の人は、友達を選ぶ第一条件に「本好きであること」を置いていたんですね。もちろん、場合によって他の条件もたくさんあるでしょうが、昔は若者がこの歌を好んで歌い継いだことからも分かるように、「読書好き」は良い友達そのものだったんでしょう。



昔の本を読んでみると、小説やエッセイで人物が紹介される時は、「漱石が好きな男であった」とか、「芥川には一家言ある奴だった」、「谷崎を語らせれば時間を忘れる友だった」という表現が頻繁に出てきます。



あるいは「脇にはいつも分厚い法律書を抱えていた」とか、「ロシア語の辞典を枕に寝る奴」、「部屋はさながら、ゲーテの本に囲まれた城であった」とか出てきます。「本=人格」だったんですね。



僕も人に会うと、よく「好きな本は何ですか?」とか「誰の本をよく読みますか?」と聞きます。学生さんにもよく聞きます。まぁ、それで共通の本や人が出てきたことは、同世代であればまずなく、僕の好きな本は60歳以上の方々や社長さんなら知っているような本ばかりで、いつも自分の時代錯誤ぶりを実感しているわけでもあります。



Business Cafeでは、基本的で読みやすい本ばかり紹介しており、FUNに読書好きの学生さんが多いのは、何より幸せなことです。「お金が余ったら…本を買う」、「時間が空いたら…本を読む」という若者は、まず安定した成長を期待して間違いないからです。



読書の効用は、本メルマガでも何度もお話してきた通りですが、まとめると以下のようになります。


①他の娯楽や趣味と比べて、圧倒的にコストが安い。
②自分一人だけでも楽しめ、最高に有効な時間活用方法である。
③時空を超えて、相談相手や憧れの人を持つことができる。
④世界一周旅行よりも広い旅行が、自宅にいて可能になる。


といったところでしょうか。



まず、読書は自分の努力がないと実現しない趣味ですから、読書ができる人に精神薄弱な人は少なく、頭が悪い人も少なく、会うたびに何かしら成長が期待できます。



さらに言えば、同じ本や同じ作家の本を読んで、その内容や感想を語り合える友達を持てれば、なお良いです。



友達の中でも悪友に位置するのは、①カネをかけないと時間が消費できない人間、②困った時だけ相談してくる人間、③「ヒマやね」が合言葉の人間、でしょう。同じものが嫌いで、会えば悪口で共感するとか、過去か他人、あるいはドラマしか話題がないとなれば、左内の言葉で言う「損友」です。



このような人が周りにいるなら、切り捨てろとは言わないまでも、優先順位を最低に引き下げ、しばらく「冷凍庫」に入れておくのが身のためです。そして、悪影響に動じない意志力が身に付いたら、助けてあげましょう。



選ぶなら、やっぱり読書好きです。同じ本を愛し、語り合える友達は最高です。また、夢を話題にできる友達も素晴らしいものです。学生の皆さんには、ぜひそういう良き友人をたくさん作ってほしいものです。



また、FUNでも友達に惜しみなくチャンスを提供し、見学に連れてくる西南のM君、久留米大のMさん、筑女のKさんなどを見ていると、その優しさや侠気に感心します。



中には、「こんないいサークル、人に教えるのはもったいない」と、こっそりと一人で来ている学生さんもいるようですが、それはどうでしょうね。与える人ほど、多く与えられるものです。友達と一緒に本を読むように、友達をFUNに連れてくると、きっと感謝してもらえ、今まで以上に良い関係になるというのが、発足以来変わらぬ姿だと実感しています。



なぜなら…学生時代もまた、一冊の本だからです。今、皆さんは、毎日に何かを書き残しているわけです。登場人物が多い方がにぎやかだし、出来事がいっぱいある方が楽しいですよね。



今日は誰と、何を書き残した一日でしたか?ドラマチックな物語を書き始めたい方は、そろそろFUNを先物予約する時ですよ。だって、今年の広がりは、4年間で一番すごいからです。


今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門41位、就職・アルバイト部門22位です。

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■「内定への一言」バックナンバー編


『どんな素人でも、1年間集中してそのテーマを学べば、

何がしかの仕事ができるようになります』

(杉浦英一)




大橋文庫(南区大橋※駅の西口を出て安永病院そば)はすごい…。僕が昔から欲しかった本や、ブックオフでは「断裁処理(ゴミ扱い)」になる古書が続々出てきます。



・「美に生きる」(林武/講談社現代新書/1965)⇒80円
・「ケーベル博士随筆集」(ラファエル・ケーベル/岩波文庫/1918)⇒60円
・「平生の心がけ」(小泉信三/講談社/1950)⇒100円
・「海軍主計大尉小泉信吉」(小泉信三/新潮社/1946)⇒60円
・「宋名臣言行録」(朱熹註解/徳間書店)⇒300円
・「法然と親鸞の信仰」(倉田百三/講談社学術文庫/1938)⇒上下で300円


などなど…。あまりの嬉しさに、昨日はこれらの本を、全部枕元に置いて寝ました。


地震が起きても、あれより探しにくい並び方にはならないだろう、と思われるほどの陳列(重なり方?)で、レジの前の歴史関連図書、学術書の隣には、よりによって「成人向けコーナー」が。



女性の方には、少しばかり、入りにくい店かもしれません。でも、そんなことは気にせず、昨日は2回も行きました。ブックオフツアーでも、1回行きました。



「褐色の弾丸」こと、九大2年・M君の母校の近くにあるこの古本屋で、M君は「小島さん、こんなのがありました」と、わざわざビニール入りの漫画雑誌を見せてくれました。



見てみると、「新連載!ゲタバキ甲子園」。うっ!なんだ…。この時代錯誤っぷり全開のタイトルと絵は…(唖然)。



すかさず、M君が「これ、1975年だそうですよ。生まれてない…」と一言。1975年は僕が生まれた年ですが、自分の生まれた年の「新連載」が古く思えるなんて、これも時代の流れというものでしょう。



M君は、面白い本を見つけるのが得意です。そんなこんなで、ブックオフツアーの時は大の男5人で狭い洞窟のような店内を、まるで「倉庫番」のゲームのように巡回したのですが、その時に、実は店主が中年客とこんな話をしていたそうです。



おじさん「今日は多いね」
店主「若いお客さんがこんなに来たの、何年ぶりやろ」
おじさん「近頃はおらんとね」
店主「全然来んね」



取材や営業で、企業やお店の話には敏感になる習慣ができているFUNの学生さんが、この話を聞き逃すはずはありませんでした。(僕は本探しに熱中して聞こえてもいませんでしたが…)



さらに、お店というお店に入ると、営業の臨戦態勢ができてしまうK君は、細かに聞いていた上に「再訪問の際はどんな話をするか」を考えていたそうです。(僕は本探しに夢中で考えてもいませんでした…)



ということで、昨日もK君と行ってきましたよ。「大橋文庫」。お目当ての本を数冊買った後、K君が店主に話しかけました。


隈本「こちらは、若い方も来られるんですか」
店主「いいや、全然来んねえ」
隈本「何年くらい、こちらでお店をされているんですか」
店主「そうやねえ。かれこれ20年以上かなぁ」
隈本「文庫や新書では、古い名作もたくさん置いてますね。それでも学生さんは来ないんですか」
店主「近頃の若いのは、本とか読まんやろ。ああいうの置いとっても、知らんやろ。大学の先生とかは、よく来るね」
隈本「じゃあ、若い方は、成人向けなどを買うんですか」
店主「いいや。最近の若い人はエロ本も買わん。インターネットとかあるけんやろ」
隈本「若い人、来ないんですね。僕たちは昨日のお昼過ぎ、5人くらいで来たんですが」
店主「あ~、あんたたちやったとね。お客さんと、若い人が来るのは何年ぶりやろ、って話しよったとよ」



古本屋のおやじさんにありがちな、「ムダな話はやめて、買ったらとっとと帰れ」みたいな頑固な表情から始まったものの、最後はニコニコと嬉しそうな顔でした。やっぱり、若いお客さんが来ると嬉しいんですね。



ネット通販では売れているそうですが、傍から見ていて、「こんな状態じゃ悔しいだろうなぁ。本当は、若い人に良い本を勧めたいんだろうな」と感じずにはいられませんでした。



戦記、歴史、評伝、評論、芸術、文学に興味がある方は、ブックオフでは実現しえない在庫の質・量なので、ぜひ足を運んでみてはどうでしょうか。



お店の中には3列の通路がありますが、行き違いが不可能なほど狭く、スペースというスペースには本が積み重なっているので、行くときは3人以内がよいでしょう。



カバンがあると本の山に当たってコロコロ落ちるので、できるだけ小さなカバンで行くといいですよ。本好きにはたまらない「宝の山」です。ちなみに、入店前に「NHKラジオ体操第二」を軽くやっておくと、スムーズに探せるかもしれません。




さて、なぜいつもメルマガで、学生さんに本を紹介しているかというと、本の情報は他の媒体と違って、深く実用的だからです。読書嫌いで成功している人はほとんどいません。



それは、読書という作業が「選択、集中、表現」という情報理解の最も基本的な過程を自ずから備えているからです。テレビをいくら見ても、頭が良くなることはありません。テレビやラジオの情報は、最初から加工されていて、処理しやすい形で一方的に流されてくるからです。



つまり、本だけは唯一「摂取のための自発的な努力が必要な媒体」だと言えます。テレビを見ている人を見ても、その人の性格や習慣はあまり分かりませんが、本を読ませてみると、よく分かります。



すぐに投げ出す人、浅い理解で済ます人、買っただけで読んだ気になっている人…もいれば、熟読する人、線を引いてメモを残す人、ブログを作る人…もいます。



ブックオフツアーに参加する学生さんの半分以上は、HPかブログを持っている学生です。表現が好きな人は、読書も好きだといってよいでしょう。



時々、「でも、テレビの情報はビット数に直すと活字の数万倍だ」と反論する人がいます。確かに、デジタルデータに変換すればそうかもしれません。が、そんな当たり前の知識は、反論にもなりません。



テレビやラジオで、生の映像や声に触れることは、「鑑賞力」を鍛える点では大切です。それがテレビやラジオの特性です。しかし、だからといって、情報の量や質が読書に比べると圧倒的に劣るという事実は変わりません。



そもそも、「活字に直すと○万倍」とか言う人に限って、活字に直せないではありませんか。感じたことを文章にしろと言っても、「すごい」、「楽しい」、「感動した」などと、幼稚園児と変わらないコメントです。



そんな「活字に直せない人」が「デジタルデータなら○万倍」などと言っても、何の意味もありません。テレビは、その誕生当時「白痴メディア」とも言われたように、教育がない人間でも一定の情報が取れる伝達が可能なメディアです。



しかし、演出や加工は、人にやってもらうよりも、自分の想像力を使ってやる方が何倍も大事。それを「集中力」とか「連想力」、「理解力」と言うのではないでしょうか。そういう地道な反復、継続に耐えた人だけが、人に伝えられるだけの価値を持つ、何がしかの意味ある表現に到達しうるのです。



FUNでも創業小説で特に人気がある城山三郎さんは、海軍の航空部隊で終戦を迎えています。戦記や航空小説でも、優れた著作の多い方です。



「一歩の距離」(文春文庫)などは、特に感動しますよね。城山三郎さんのお父さんは、渋沢栄一を崇拝していた商人だったため、子供にも「渋沢栄一にあやかって立派な人間になってほしい」との願いを込め、しかし「同じじゃ畏れ多い」と、一字変えて「英一」という名前を付けました。



杉浦英一さんは、のちに愛知学芸大学で講師となり、自分の名前のルーツになった渋沢栄一に興味を持ち始め、手始めに中京地域の経済史の研究を始めました。



この連載の研究手法が緻密で、事実の再現方法が小説のようにリアルだったため、杉浦英一さんは連載をまとめ、「創意に生きる」(文春文庫)という作品を発表しました。この時に使ったペンネームが「城山三郎」だったとは、知る人ぞ知る話です。



トヨタの成功で、一人当たり所得が東京よりも高い「日本一のお金持ち県・愛知」の経済史がよく分かり、当時の人々が甦ったような気分になる名作です。



また、名前のルーツになった渋沢栄一の半生を感動的な筆致で綴った「雄気堂々」(新潮文庫)は、発表から40年近くたった今も版を重ね、多くの実業家や若者を勇気付けている傑作です。



僕は、作家の作風や仕込み、顔にとても興味があります。人の顔を見て人生観や性格を想像するのが、けっこう好きです。



やはり名作を書く人は、どう見ても「作家」としか思えない風貌や目つきをしていて、顔つきから文筆家の気風がただよっています。



司馬遼太郎さんは、一冊の小説を書くのに2,000~3,000冊の文献を読み、山崎豊子さんは世界中の僻地に取材旅行に行って登場人物と同じ生活を体験し、塩野七生さんは戦跡を回って、顔写真や銅像をじっくり眺める…。



というふうに、独特の作風を持つ作家は、準備段階から個性溢れるエピソードに包まれているものです。



では、城山三郎さんは、どうなのでしょうか。城山さんは、やはり大学の教員が出発点だけに、基本に忠実です。こちらも愛知出身の深田祐介さんと同じで、登場人物にゆかりのある人や関係者、場所、資料、事件を徹底的に調べ、ストーリーを再発見して構築していく、という手法だそうです。



読めば分かると思いますが、

①戦後の国鉄の事件を扱ったかと思うと、

②江戸時代の蝦夷開発の悲劇の歴史を書いた作品があり、

③東京裁判で処刑された文官を主人公にしたかと思うと、名もない中小企業の社史をテーマにした小説があったりします。


※上記はそれぞれ①「粗にして野だが卑ではない」(文春文庫)、②「冬の派閥」(新潮文庫)、③「落日燃ゆ」(新潮文庫)です。


とにかく、守備範囲が広いし、内容が深い。



こんなにテーマが飛んで、知識のバラつきや重複はないのだろうか…と心配してみても、どの作品も独立した作品として完結していて、安っぽい借り物の知識や、底が見える重複などはありません。



それどころか、「あまり知らない方が、素直に感動できる」といった姿勢すらお持ちです。毎年他人の同じテキストを使って大金をぼったくっている、どこぞの大学教授に聞かせてやりたい言葉です。



そんな城山さんは、「どんな素人でも、1年間集中してそのテーマを学べば、何がしかの仕事ができるようになります」と語っています。



もちろんこれは、1年間で専門家になれる、という意味ではありません。1年集中すれば、自分なりの意見や価値観が持てる、という程度の意味でしょう。



作家ごとに意見の違いはありますが、大体以下のような区分が成り立つようです。「書きたいテーマ」に関連して読む本の質と量の関係は…


・~5冊⇒素人の趣味どまり
・~20冊⇒仲間内のコメンテーター
・~50冊⇒関連分野の知識がお金になる
・~100冊⇒専門家の意見を自分なりに批評できる
・~200冊⇒大学教授レベル
・~500冊⇒大作家
・~1,000冊⇒歴史に残る作品が書ける



といった区分です。ちなみに、僕がFUNで行っている講義は、参考文献の数がだいたい40~150冊です。あとは「実務経験」で補強しています。



このうち、毎週土曜のFUN Business Cafeで紹介している作品の著者は、ほとんどがいずれも大作家の作品や歴史的作品ばかりで、学生さんは名前すら知らない人ばかりです。



でも…お気付きですか?来週でBCの本は、「40冊」に到達することを。最近はそろそろ、書店で新刊を手に取ってみても、「なんだか浅い」と思えるようになってきたのではないでしょうか。それは、皆さんの中に「良いもの」を識別する目が育ってきた、というサインです。



今は、読書歴の浅い大学生でも読める簡単な名作ばかりを選んでいますが、これからはどんどん、古い名作を紹介していきますから、楽しみにしておいて下さいね。



大作家や歴史に残る人物が読んだ作品を、心を同じくして読んでいくのが、僕の夢の一つです。



有望な学生の皆さんには、系統的に名著に触れ、しっかりとした知的基盤を確立してほしいと願っています。そのため、「1年間、テーマを決めてしっかり読む」という環境を、福岡の地に実現したいと考えています。



なぜ、我が家にそういう蔵書があるかというと、祖父が大蔵省の官僚で文献整理を担当し、清水幾太郎ゼミ出身の叔父が産能大に勤務して、篠田雄次郎さんや渡部昇一さんと友人で、その後30年間、経営書や歴史書の出版社で編集長をしていたからです。



ブックオフの経営書のコーナーに、時々「マネジメント社」が出している大前研一さんや長島茂雄さん、大橋武夫さん、篠田雄次郎さんの本があるでしょう。それらの本の「まえがき」や「あとがき」には、「小島編集長の協力で」とか書いてあります。あれが叔父です。



この叔父から、「来年70歳になるから、あとは畑でも耕しながら余生を過ごしたい」との連絡があり、蔵書2万2千冊を、僕が譲り受けることになりました。



大月さんの好きな坂本藤良さんの師である馬場敬治さんの著作や、福原麟太郎、河合栄治郎、小泉信三、林房雄、浜尾新、内藤湖南といった、名だたる学者の絶版の著作も、どっさりあるとか…。



他にも、さすが僕の叔父だけあってマメですから、国会図書館や東大図書館、衆議院図書館、電通図書館、野村證券資料室が「見切り本」として処分した本も、せっせと40年間、買い集めてきたそうです。



マネジメント社といえば、産能大出版部と並んで、経営書や実務書では一流の文献が多い出版社ですが、そこで「編集コンサル」をしていた責任者の蔵書が、全部僕の手元に流れてくることになるわけです。



つまり、東京でも再現不可能な「名著の洞窟」が、福岡で再現される…。そして、それはそっくりそのまま、「FUN図書館」に…。



ということで、FUNの学生、および卒業生の皆さん、「FUN図書館」の完成まで、あと少しだけお待ち下さいね。最近は、新しい家探しや部屋のレイアウト、あるいは活用方法を模索しているところです。



最近見つけた家は、リビングが24帖で総面積が102㎡、家賃が25万円でした。場所も赤坂駅から、徒歩1分。今は、毎月メルマガだけで、通販や公開講座の副収入が月額50万円近くコンスタントに入っているので、そこにしようかなぁと考えています。



投資は副収入で行うものなので、その意味でも理想的であり、現実的です。まだ部屋は空いていないそうですが、学生さんをお手伝いして得た副収入は、学生さんのために還元するのが、最も理想的な再投資の方法でしょう。



ということで、2日ぶりの配信になりましたが、この間は書斎の整理や「メルマガ総集編」の編集(ワードで800枚以上…)をやっていたので、少し配信が遅くなりました。最近は数人から、「ネットで小遣いを作りたいんですけど」という質問を受けたので、次の話題はこれにしましょうかねぇ。



でもその前に、ちゃんと大橋文庫に行って下さいね。古本屋との良い付き合いなしに、ネットで副収入なんてのは、ムリな話なんですから…。



ついでに、おやじさんにも、「隈本さんのブログを見て来ました」と一言お願いしますね。
http://kumamoto1979.blog58.fc2.com/
では、お盆前最後の「韓国語塾」に行ってきます。それにしても、僕って何者なんでしょう…。


今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門41位、就職・アルバイト部門22位です。

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■「内定への一言」バックナンバー編


『すぐ役立つ本は、すぐ役立たなくなる本だ』




携帯メルマガから始まり、こうしてPCでの配信になって、そろそろ合計1,300号…。1週間もサボることなく、コツコツとメルマガを配信していると、時々、思わぬメールが来たりするものです。



・「先週、内定をもらいました。残りの大学生活で、どんな本を読んだらいいでしょうか」(その前に、まず名前を書きましょう)

・「恋愛と就職は、どちらが大事でしょうか」(政治、恋愛、宗教、思想については、本メルマガで扱うところではありません…)

・「今から就活って、キビシイですか」(その前に、何年生ですか?)



僕の本業は、社会人とフリーターの転職・再就職支援です。何度も言ってきたように、FUNを通じての学生さんのお手伝いは、個人的な社会奉仕の一環で取り組んでいるのであって、僕は別に全ての専門家ではありません。



だから、経験して基準が分かるようなことは自己責任でご説明しますが、知らないことは扱わないことにしています。



代わりに、メルマガで特に人気があるのは「本の紹介」なので、こちらについては、できるだけ多くの良書をご紹介するようにしています。



最近は、読者の方が増えてきたせいか、ご紹介した本があまり見当たらなくなりました。 それを感じるのは、ある本を紹介した号を配信した後に、ブックオフに行った時です。


僕は、特に品揃えが良いと思っている、
①博多店(新書と文庫の数が豊富で、とにかく規模が大きい)
②長住店(ビジネス書や小説の名作が安い)
③大橋店(経済・経営関係の掘り出し物が多い)
④水谷店(新書やビジネス書の品揃えが良い)
⑤大野城店(文学作品や文庫で掘り出し物がある)
⑥野多目店(文庫、学術書で珍しい本が見つかることも)
⑦春日店(僕の小学校の近くなので寄ることが多い)


は、毎月1~2回、夜中にでも必ず回るようにしています。家から近い天神店、六本松店、西新店などは、帰宅の途中に週1回は行きます。


こういう時のバイクは実に便利で、もし「夜中の宝探し」に参加したい方は、迷わず「ミニバイクショップ・ビバ」さんで、2~3万円台のバイクを買うことをおすすめします(僕のタクトは37,000円でした)。


3万円なら、1年(12ヶ月)で割ると、月額2,500円。ガソリン代は月に1,000~2,000円。自賠責保険は年間約7,000円で、月額なら約600円。これにエンジンオイルなどを足しても、月5,000円ほどで自由度と時間が手に入ります。



エンジンの音もうるさくないし、ぜひ「夜中の知的プチ暴走族(?)」になって、宝物を探しに行きませんか?これは宣伝じゃなく、本当に役立つからそう言っているんです。他に気に入っているのは、大名の「入江書店」、「痛快洞」、草ヶ江の「葦書房」、空港付近の「ほんだらけ」などで、いずれも100円の「見切り本」の中に、宝物がこっそり隠れていたりします。



さて、前述のお店に、例えばメルマガで紹介した本が3冊あったとすると、配信直後(2~4日以内)に行った時に、1~2冊がなくなっています。そういうのを、今までに10回ほど、確認してみました。6~7回はそういうパターンが見られたので、これはメルマガの効果も多少あるのだろう、と思っています。



これは、ブックオフから「功労者賞」(※ありません)をもらえるのも、遠くないかも…。ということで、今日は「本の選び方」について、いくつかノウハウをまとめてみることにします。



まずは、「リストアップ」について。これは…

①ネットで著者、キーワード、タイトルなどで検索をかけ、メモ帳に写す。
②「文庫OFF」、「スーパー源氏」、「日本の古本屋」などで検索し、メモ帳に写す。
③丸善、ジュンク堂、紀伊国屋などの新刊コーナーを回り、欲しいと思った本を携帯でメモする。
④ブックオフの「半額コーナー」を先に回り、リストアップする。

という方法がいいです。僕の携帯のメモ帳には、こうして整理した「欲しい本リスト」に、常時30冊ほどの候補作が記録されていて、本探しに役立っています。通販も時々使いますが…。



次は、「選び方」について。これはとても大切なことで、リストアップの前にやってもいいことです。

①「すぐ役立つ本」より、「長期的に深めたい話題」の本を優先する。
②人物や企業の「解説書」を買うなら、同時に「本人が書いた本」も買う。
③「ベストセラー」よりも「ロングセラー」を優先する。


以上3つについて、詳しく説明します。


①情報には「フロー(流動的)」と「ストック(固定的)」とがあります。このうち、判断基準や価値観を形成するのは「ストック」で、ストックが充実すれば、反応できるフローも変わります。



つまり、「その日の感情」や「最近の悩み」、「短期的課題」に基づいた本を優先すると、「ストックが、過度なフローに影響される」という状態になって、「1度(ちょっと)しか読まなかった本」が部屋に溢れることになります。



気分のように変わりやすいものを基準にすると、損が増えます。ですから、本を買う前はじっくり人生を考え、遠い見通しや広い視野を持って、自分がどんな人間を目指すのかしっかりと見極めたうえで、落ち着いた心で書店に向かうのが大切です。



②評論や評伝にも名作は多いですが、ある人が語った記録だけを読んで、本人の本を読まないのは、裁判で弁護士や検察官の話だけを聞いて、原告や被告の発言を無視するようなものです。



さらに、評伝や人物論は、選挙や社長交代、業績悪化の際に多く発刊されることもあり、あるいは提灯記事(イメージアップのために裏でお金を払って書いてもらう記事)でしかない場合も多いので、当事者の発言と照合しないと、偏狭な理解に陥ることがあります。



例えば、「漱石論」をいくら読んだところで、漱石の自著を読んでいないのであれば、それは何も読んでいないことに等しく、良質な読書とは言えません。原著を読んでこそ、解説書に健全な批評感覚が作動するようになります。



③ベストセラーは、広告宣伝の影響を受け、その当時のブームや時代背景などを追い風に、大量に発刊される本です。もちろん、それなりの質は保っていますが、本の本当の価値は「宣伝されなくても売れる」という点にあります。



要するに、「これは役立つから、ぜひ人に紹介したい」と思われれば、景気や時代背景、社会情勢の影響に左右されず、売れ続けるのです。ですから、30年とか80年、あるいは100年、500年とたっても売れている本は、まず選んで間違いありません。世代や時代が変わっても読まれるのは、それだけ本質的な内容を書いた本だという証拠でもあります。



さらに、最も大事な「在庫処分(効果的な読み方)」について。いくら買っても、本が単なるインテリアに終わっては、日増しに負担感が募っていきます。ということで、「熟読、精読、再読」という本来の目的を果たす方法について。



①毎日「読書時間」を設け、喫茶店などに行って時間を買う。
②ブログなどで「表現の場」を確保し、アウトプットを前提として、メモを取りながら読む。
③最初は集中できなくてもいいから、まずは習慣を作る。



学生さんの中には、手っ取り早く成果を求めようとするあまり、最初から「完成形」を望んで、実際にやってみた時に想像とのギャップで「中断」、「挫折」に陥る人もいますが、物事には段階や順序があります。



それまであまり本を読んだことがない人は、「1時間、ぐっと集中する」ことだけでも、立派な成長です。読了した経験に乏しい方は、「最後までとにかく読む」だけでもいいのです。



さらに、「読んだだけで自己満足に陥っていた」という方は、表現の場をもって、友人や知人の批評に応えるのもよいでしょう。人に説明してみれば、自分の理解度もよく分かります。というふうに、読書においては、まずは「型」から入ることが大事です。



友達と同じ本を買い、お互いに感想を語り合うことを一つの目標とするのも、モチベーションを上げる方法になります。最初から過度に「質」を求めると疲れやすくなるので、ほどよく続き、発展していくように、決めたペースをコツコツ守っていけば、誰しも上達するものです。



目標と行動の関係は、いつも「最初からできる」ではなく、「最後にそうなる」という基準で測るのが健全です。



さらに、これは読書だけではなく、人生全般において大切なことですが、「発想は、生後1分が勝負」を心得ておくのも大事です。



世の中、伸びる人と「あと一歩で負ける人」の差は、様々な面に原因がありますが、最も分かりやすい例の一つとしては、「二度寝しない人」が伸びます。



誰も干渉しない「起床」で、起きたのに時計をずらし、また眠るようなパターンが染み付いた人は、自分の良いアイデアをわざわざ悪いアイデアに取り替えて、先延ばしにしているも同然だと言えます。



「この本は、自分が求めていたものかもしれない!」と興奮して、ある本との出会いから自分の成長をワクワクしながら想像し、買って読んだとしましょう。その人は、本を手に取った時に想像した以上の自分になっているでしょう。


反対に、「でも…難しそうだし、別に今じゃなくてもいいか」と思った人は、別の軽い本を買い、軽い人間になるでしょう。また、そういう本を再読することは、まずないでしょう。



「すぐ役立つ本は、すぐ役立たなくなる本だ」とは、こういうことです。人生の深い目的や長期的な展望に基づかない行動は、継続されることがありません。よって、モノになることはありません。



読書も、九大のM君が好きな「筋トレ」と同じで、すぐには効果が分からないような地道な努力が大切です。最初からムリをしても体中が痛くなるだけで、まずはその習慣を作ることを目標とするのも大切です。



今すぐやせるようなトレーニングは、筋肉や習慣に頼らずに行うものですから、表面的な改善(フローの変化)にとどまります。そんなものにお金をかけるより、太らない習慣を作ってしまえば、根本的に解決できるもの。読書も、心の筋トレとしてじっくり慣れていきましょう。



さて、あと5時間で、3ヶ月ぶりの第④回「ブックオフツアー」が始まります。今日は、どんな名作との出会いが待っているのでしょうか。楽しみですね。夕方は空港のカフェで、飛行機を眺めながら語り合いましょう。


今日もお読みいただき、ありがとうございます。

ただ今、教育・学校部門41位、就職・アルバイト部門22位です。

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