夏に向かって、腕立て伏せをはじめた。
ここ一週間ほど、ヒマと場所さえあれば、腕立て伏せ。
最初のうちはつらかったけど、筋肉って熱を加えると自分の運動能力を思い出すのかな、たちまち苦にならなくなった。
うっかりサボると筋肉はすぐに冷めちゃうんで、勢い込んではじめたら、とにかく継続が大切。
腹筋はつづいたためしがないけど、プッシュアップは本当にこの人生を支えてくれてるくらいの相棒なんだよね。
半そでの季節が到来するまでまでつづけられるかな。
ピアノもまたはじめた(今さっきの話だけど)。
やっぱりたのしい。
楽譜を読み解くのは脳が沸騰するくらいの苦痛だけど、いったん指先にインプットしたら、あとはひたすら上達してく一方なんで、やめられなくなる。
春のしわざだなあ、このわくわく感。

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ビリー・ホリデイは、ぼくが最も敬愛する歌うたいさんです。
捨てられたり、犯されたり、からだを売ってみたり、さいなまれて飲んだくれてみたり、やりきれなくてドラッグに溺れてみたり・・・と、凄絶。
さらに、黒人だからと差別を受けつづけ、まったくこっぴどい人生ですが、彼女はすばらしい歌声を持ってたので、歌うことだけでいろんな過酷な試練を乗り越えていったのでした。
その彼女の、最晩年(44だけど)のレコーディングです。
薬と酒のせいで、声はもうざらざら。
むかし愛したレスター・ヤングという色男が後ろでテナーを吹いてますが、こちらもドラッグと病身とでヨボヨボ。
ラッパからは蚊の鳴くようなかすれ音しか出ません。
力の抜けたこの演奏が、実にもの悲しい。
ビリーの歌声にも張りはなく、死を予感させるまでに枯れてますが、いやむしろ、これは刈り込んでそぎ落として、達観して、ついに行き着いた境地の声なんじゃないの?というほどに心に染み入ります。
そしてふたりのお互いを見つめる瞳・・・(映像が残ってるのです)
命の最後のともしびがゆらゆら、てなもんで、なんだか解脱したような穏やかさ。
そしてこのすぐ後に、ビリーはボロ布のように道端で息絶え、レスターも力つき、そろって天に召されるわけです。
このレコーディング時、ふたりはそんな自分の行く末の姿を知ってたんだよなあ・・・
しみじみとおもむき深い、ファイン・アンド・メロウな一曲です。

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「ドローン」って、のぞきカメラのことだよね?
あかんでしょ、こんなんが自由に買えたら。
しかも、町なかで使えたら。
すごい市場が期待できる、みたいな話ばっか聞くけど、おっさんがそこいらでドローンを操ってる姿を見て気味悪く思わないひとっているのかな?
殺害に非常に便利って使い方もあるし、ちょっと下品なシロモノだと思うんだよね。
家中の窓を開けっ放しのうちとしても迷惑。
このへんの法的な処理をなんとかしてから売ってほしいよ。

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物理学、量子力学会の大スター、リチャード・ファインマンの、なんつーの?日常雑記、かな。
世界でいちばん頭のいい男、と言われるファインマン氏の、自伝というよりは、ものすごい出来事が起きつづけるその日常の記録。
すごく饒舌で、ユーモアにあふれてて、爆笑できます。
好奇心が半端じゃない人物で、金庫破りもできれば、打楽器の奏者でもあり、絵描きでもあり、んでもって原爆開発者でもありまして。
そして、なるほど彼が考え出した素粒子の振る舞いを示す図の形式(ファインマン・ダイアグラム)は、見た目もシンプルで、マンガ的なほどにゆるいにもかかわらず、素粒子間の相互作用を次元をまたいで示せるほどに劇的で(素粒子たちは過去と未来を行き来してる!)、しかも誰の目にもわかりやすく、彼の賢さの結晶とも言えます。
素粒子の崩壊プロセスを自分だけに分かる記号スタイルでメモのように書き留めてるうちに、この図式はなんとなく完成されたわけですが、このあたりの素っ気なさこそが彼の本質を物語ってます。
若くて、モテて、なんでもできて、ものすごく頭がいいのにひけらかさない彼の性格も、実にマンガ的。
頭の中はおもちゃ箱、そしてその人生はジェットコースター。
生まれて初めての講義の際、最前列に座ってたのがアインシュタインだったり、京都旅行の旅館の湯船で話しかけた相手が湯川秀樹だったり、そんなドラマの繰り返し。
なにも知らないひとが読んでも面白そうだけど、物理学の知識や、歴代の大物理学者の名前を知ってるひとが読めば、大興奮できる仕掛け(いや、これは事実なのだ)が満載で、一気に読んじゃえます。
ただ、科学的知識の吸収を期待すると、あまりそのへんには踏み込んでないんで、物足りないかも。
その分、よめはんにも楽しめる内容になってます。
次は彼が書いた専門的なものに挑戦してみようっと。
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なんとなく毎日を過ごしてしまってる。
この停滞感・・・まずい。
あっという間に一週間がたち、ぼんやりと休日をやり過ごし、また次の週へ突入。
陰鬱でもないが、高揚もない。
平坦。
マンネリってのかなあ。
ピアノでも学んだけど、アクセントって、重要だね。
とても安定してるけど、刺激がない。
こうして歳をとって、枯れてくのかな?
新しいことでもはじめないと。
・・・と考える間に、また一週間。
ひとはなんで一生を与えられてるのかなあ。
意味を見出さなきゃ。
・・・などと書きつけたのち、なんかをやったと安心して、再びぼんやりしてしまうんだった。

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現代のショッカー、だよね、イスラム国。
人類が叡智を出し合って築いた国際ルールがまるで通用しない、めちゃくちゃな組織だ。
だけど、若者たちのイスラム国に入りたい、って気持ちは、オレは割りとよく理解できるんだ。
シリアの壊滅した街なんかを見たらよくわかる。
誰が最初にルールを無視したのか、ってことが。
理不尽極まるサイクス・ピコ条約に、ブッシュのいちゃもんと一方的な暴力と略奪、そして問答無用の絨毯爆撃・・・
先進国は、絶対に銃弾が届かない場所からの攻撃(現代では、自国からの遠隔操作で、相手国を焼け野原にできる)で、周囲の被害もお構いなしに、いいやつも悪いやつも根こそぎにぶっ殺してく。
これじゃ、いいやつらまでが「あいつらに報復してやる」となるに決まってる。
そして相手国に銃弾が届かない以上、乗り込んでいって腹に巻いた爆弾を炸裂させる、って行為に及ばざるをえない。
彼らにとっては、当たり前のリング上で、当たり前のカウンターパンチを浴びせてるに過ぎない。
先進国にしてみると、自分たちには「げんこつで殴った感」がないために、なんてひどいことをするんだテロリストたちめ、となるけど、一網打尽の無差別殺人を働いてるのはどっちも同様(むしろ、先進国側の方がやり口がひどい)。
つまり要約すると、先進国側は「あの地に平和を」と思ってて、イスラム国側は「あいつらをぶっ殺してやる」と思ってるわけだけど、両者のやってることは、まるっきり等質かつ等価なんだった。
人類にはこん棒で殴り合って決着をつけてた時代があったんだけど、矢を射ることをはじめてから、手に「相手の痛み」「あるいは死」というものが感触できなくなった。
遠い敵に対して合理的な武器を用いれば用いるほど、殺す責任感、ってものが曖昧模糊となってくわけ。
近代兵器の使用に至っては、相手を殺すというよりは、自動的に死なせてく、って作業なんで、もうまるきり「的当てゲーム」になってて、こちらにもあちらにも魂が入ってない。
かくてそれが、「ベルギー、かわいそう」「シリア?どこそれ」の感覚になる。
戦争をしてるって覚悟、虐殺を働いてるって現実感がないんで、なんで相手がそんな振る舞いをするのかが理解できないわけだ。
ところが、世界は戦争をしてるんだった。
そして戦争とは、ぶっ殺したらぶっ殺され返すものなんだ。
先進国が一方的に合理的で卑怯な戦い方をやめないかぎり、死んでも死んでも後方から補充人員が供給されるイスラム国の根絶は不可能だよ。
先進国(アメリカのことだが)は、地上軍を出して現場でフェアにやり合うか、あるいはブッシュの無作法までさかのぼって頭を下げるべきだ。
あるいは、日本が太平洋戦争時の慰安婦問題までさかのぼって膝を折ったように、英仏も、あの無茶な条約と無法な振る舞いを取り消し、賠償するしかない。
でなきゃ、完全傍観者のオレの中でさえ、イスラム側のテロリズムは論理的に正当化ができてしまう。
ぶっ殺したがってる若者は無尽蔵にいるし、それを止めることはできない。
できるとすれば、ぶっ殺すことをやめるしかない。
と思うんだけど、どうなの?
ちなみに日本人にも、イスラム国に入りたい、ってやつが出てきたけど、あれはただのチャラ男でしょう。
趣味的に「ぶっ殺したい」と考える人物は、逆にゲームで発散してほしい。
どちらにしろ、同じようなものなんだから。

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大泉学園駅に、特急が停まってる。
ホームに轟き渡る警報音。
はて。


人身事故が、目の前で起こってるのでした。
わずか3分前の話。
この車両の下に、仏さん。
若い女性の上半身が見えてるけど、血まみれとかじゃなく、わりときれい。
もちろん動かない。
この後、レスキュー、救命。
しかし、手遅れ。
鑑識が終わって、やっと車両移動。


合掌の後、一応オレもジャーナリストの端くれなんで、一枚だけ失礼して撮っとく。
思ったほどに陰惨な現場じゃなく、血液はちょっとだけ。
財布や手帳なんかが散乱。
若い女性は、ひょいとホーム下に飛び降り(特急待ちだったのかなあ?)、枕木上に座り込んだらしい。
目撃者によると、止める間もなかったんだと。
それにしても、周囲の人垣の反応ときたら、「迷惑」の大合唱だった。
そういうものなんだなあ。
しかしまあ、女性の心中を慮ることも大切だけど、この場所でこの振る舞いはいかん、と思う。
巻き添えを出さないともかぎらないし、親愛なるサン=テグジュペリが言うように、この手の自死行為は「みっともない見せびらかし」と大した変わりはない。
その判断もできないほどに追い詰められてたんだろうけど、特急を待ってるところから見ても、これは企図されたもの。
やめてほしかった。
遺族に請求される鉄道会社からの損害賠償も相当な額だろうし。
社会に迷惑をかけ、親族をひどい目に遭わせたかったんだとしたら、彼女の死は成功だったと言えなくもないが。
そして、電車は再び何事もなかったかのように動き出すんだった。

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もうすぐ3、11ですね。
人類がこの世に出現して以来の最もひどい文明災をやらかしてから、五年です。
地震も津波もひどかったけど、原発を破裂させたことの災禍ときたら、比じゃありませんでした。
人類は勉強させられました。
勉強しないひと、原子力発電を今も動かしたいひとは、よく考えてみてちょうだい。
例のむき出しの核燃料ですけどね、あいつ、今もまだ生きてますよ。
そして、あいつはね、永遠に熱を発しつづけるのです。
地球を溶かし抜くくらいの熱を。
そしてとてつもない毒を、未来永劫と言っていい歳月の間、出しつづけます。
そこに触れて通り抜けた水は、必ず高度に(近づいただけでひとが死ぬくらいに)汚染され、そして永遠にきれいになることはありません。
それはとどまることなく増えつづます。
なにがアンダーコントロール?
あんたバカなの?(あ、安倍さんのことね)
今回は特別に、神様が執行猶予を与えてくれました。
すなわち、たまたまデブリ(メルトダウンで抜け落ちた核燃料)が落ち着いてくれました。
人間の手でどうやっても押しとどめることができなかったデブリが落ち着いてくれてるのは、理解を超えた奇跡が起きたってだけの話です。
でもね、あいつ、生きてますよ。
フクイチの水温計、見たことないでしょ?
今でも、上がったり、下がったりしてますよ。
あいつが脈動してるわけです。
んで、いつどのタイミングで暴走をはじめるかは、神のみぞ知るところ。
ただデブリの底の水が抜けるだけで、再臨界はたちまち起きます。
あいつが暴走をはじめたら、今度こそ絶対に止められませんよ。
だって、絶対に近づけないんだもの。
近づいたら、死ぬんだもの。
4号機のプールの温度が上がりはじめたとき、どうやって冷やしたか、知ってるでしょ?
ヘリコプターと消防車~・・・(ドラえもんの声で)
バカなの?(菅さんね)
ま、できうる処置といったらあんなもんですよ。
ぼくらには、すでに祈ることしか許されなくなってます。
祈ることも忘れて、あのときの恐怖も忘れて、別のを動かすって・・・ほんとにバカなの?(動かそうなんて言ってるお前だよ!)
忘れるべきは、原発に対する幻想のほうなんじゃないですかね。
そして忘れちゃいけないのは、今もなおおっそろしいことが福島の地下で進行してますよ、ってことだけでしょ。

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リベラルはどこにいったのかなあ?
既成政党がみんな自民党に見える。
公明党は、ほぼ昔の自民党中道って風態だね。
大阪維新もたたずまいはまるっきり自民党右派。
民主党と維新の党とは一緒になって「どうでもいいとこ牛っとバーガー」みたいな名前になるんだろうけど、これも中身は自民党左派(中道寄りかも)。
あとは、極右、極右、極右って趣きの小党。
逆に自民党は、今や完全な右翼思想に染まりきってるけど、右に切りすぎて一回転して、左曲がりの共産化しちゃってる。
統制経済、言論弾圧、軍備増強、一党独裁・・・やってることはまるっきり中国と一緒。
安倍さんたら、中国の政権運営にあこがれ過ぎ。
本家左の社民党と共産党は、党是をすっかり忘れつつあっても、まだなんとか左にいる。
リベラルが投票するとしたら、この「一度自民党と寝ちゃった党」と、破壊をもってのみ革命を成し遂げようとしてた「融通の利かない夢見る党」の二つしか選択肢がない。
国会前にリベラルはわんさと隊伍をなしてるのに、国会内にリベラルの受け皿は皆無なんだった。
いっそ「リベラルでーす」と手をあげる党が現れれば、ものすごい票が獲得できると思うんだけど、そうはならないのは歴史の陰謀なのかなあ?
それとも、本当にウケないの?リベラル。
そんなわけないよね?
盛り上がってるよね?
本当に不思議なんだ。
さあ、選挙だね。

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