楽天性が、ぼくの行動を支えてます。
人生を明るくしてくれるのはこののんきな性格のおかげ、と信じて疑わない。
笑顔でいさえすれば、いつまでもしあわせでいられるはず。
無理しても笑ってるべきです。
そしたら、いつの間にかほんとに笑ってる自分がいたり。
幸福感のまじないです。
悲観的な性格は、周囲に伝染して、場の空気を酸のように侵していきます。
彼らは、周りをどんよりさせているのが自分の仕業だと感じることができない。
その部分こそが、彼らにとってのいちばんの悲劇であるわけです。
逆に言えば、ひとのしあわせは自分をうれしくさせてくれるし、自分のしあわせ感も周囲に伝播し、明るさが満ちてく。
つらい顔をしちゃいけません。
な~んにもいいことない。
さて、松下幸之助さんは、「自分はまともに学校に行けなかったが、それがよかった。ひとの話を謙虚に聞こうという心持ちになることができたし、そのおかげでたくさんのひとの力を借りることができた」とかなんとかおっしゃってたそうです。
すべての不幸は、実は幸福と表裏一体なんであって、楽観がひとの心を前向きにさせてくれるのでした。
オーストラリアで大規模な森林火災が発生してますが、被災者さんたちの映像を見てると(失礼な話だが)興味深い。
「家も財産もすべてを失ってしまったわ、ああ」と悲観に暮れてるひともあれば、「いやー、家は燃えちまったけど、みんな生きててよかった、なんという幸運だ。神様ありがとう」と抱きしめ合う家族あり。
↑これは極端な例だけど、やはりコップの水を「まだこんなにある」と考えるか「もうこれだけしかない」と考えるかで、ひとはしあわせになったり不幸になったりするみたいです。
最後に、モーグルの上村愛子さん。
彼女はレース前、足がすくむようなコブ斜面を前にして、こうとなえるんだそうですよ。
「たのしいな、うれしいな、愛子は上手だな」
ちょっといい話ではないですか。
なるほど、うまく滑れるはずだぜ、愛ちゃん。
自分を前向きにしてくれるのは、自分の姿勢でしかないのでした。

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スコセッシが撮ったストーンズのライブ映画「Shine A Light」をちょっと前に観てきたんで、そのレビュー。
いいものを撮りたい巨匠の熱意と、そんなものをまったく意に介さずに自由に振る舞うストーンズのメンバーの対称が笑えます。
撮影をハナからバカバカしいものとして、メンバーはその日のライブの曲目すら教えず、スコセッシはひたすら低頭しつつ振り回されるという構図。
そんな位置関係を逆手に取って、自らを自虐的に描くスコセッシの冒頭の構成意図も、なるほど優れたもの。
どちらもプロフェッショナルです。
いやー、それにしてもかっこいいです、ミック。
還暦を過ぎても無駄な肉をそぎ落としたあのシャープなからだ。(「誰もがダイエットしたくなる映画」といううたい文句はわかる気がする)
なのに、わいせつでノリノリのあの腰のキレ。
ほぼ妖怪です。
感心したのが、声の伸び、張り、声量。
遊んでるようで、ぜんぜん禁欲的に鍛錬しまくってんじゃないですかね、このひと。
伝説を褪せさせない、という自尊心に生きてるのがわかります。
さて、このひとの歌唱は、ついに「吟ずる」という境地にまで達してしまいました。
つまりですね、このひとの歌は、すでにして音符をなぞってない。
「それを追うことになんの意味が?」という、いわば新観念の世界に突入してしまった感があります。
言葉で表現するのはむずかしいけど、わかりやすく言えば、ミックの歌は、わずかみっつの音階で事足りてます。
「ド」と「レ」と「ミ」さえあれば、持ち歌全部歌い上げられますよ、という、つまり「経」的達観。
なのにそれが、ちゃんとストーンズの音楽になってるから不思議。
オクターブの行き来なしに、伝えきり、見せきり、表現しきることができるわけ。
「スタート・ミー・アップ」はたったふたつの音階、「ブラウン・シュガー」に至っては、ただひとつの音階だけで歌い上げることができる、と言っても、理解してもらえるだろうか?
わからんひとは、映画観てみてください。(ライブに足を運ぶのもおすすめ)
キースは、一曲終わるたびに「神に祈りを捧げる」ようなたたずまいで、実はへたりこんで荒い息。
また、ミックの休憩中にヴォーカルをまかされるんだけど、ほんとに「歌わせてもらえるのがうれしい」感がありありとわかって、少々痛い。
まるで、カラオケでやっと順番がまわってきたひとのようです。
もう少し悪いひとでいてほしいのだが。
ミックも、キース・オン・ステージ中に楽屋に引き込んで、ドラッグでも吸っててくれたらうれしいんだけど、おそらく酸素を吸入されてるのでは?と想像される。
チャーリーの堅いドラムにはますます味が出てるし、このバンドはどこまでいくんだろう?
だけど「キースときみと、どっちがギターがうまいの?」と訊かれたロニーが、「オレさ」と言い放つのに対して、「ロニーときみとどっちが・・・」と訊かれたキースは、「どっちもヘタさ。ただし、ふたりそろったら最高だけどね」と答えるところに、なかなかの含蓄を感じましたな。
死ぬまでやるだろうなー、このひとたちなら。

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作務衣のあつらえを、いつも田舎の母ちゃんの知り合いの「作務衣屋さん」にお願いしてるのです。
こないだも新しいのを二着つくってもらいました。
そのときに発生した親子のケンカ腰のやり取りがおもしろかったので、ここに収録。
いつも作務衣の制作は母ちゃん経由でお願いしてるので、完成品は母ちゃんの元に届きます。
次に記すのは、母ちゃんとの電話でのやり取り。
オレ「領収書はオレの名前でもらっといて」
母「わかったわ」
翌日、早朝に電話がかかってくる。
母「『杉山カズコ』でもらってまったんやけど、これでえーかね?」
オレ「それじゃまずい。オレの名前でないと」
母「ほんなら『森田工房』でもらったらえーんかね?」
オレ「『森田』じゃなく、『森魚』なんだけど(いつもまちがう)。それよりも、ただの『杉山』でもらってくれたらいい」
母「『杉山』でえーなら、『杉山カズコ』でえーがね」
オレ「だから、それだと確定申告で使えんのよ」
母「じゃ、『カズコ』の部分だけ、横線で消しといたるわ」
オレ「そんなん、偽造文書になるがな・・・」
母「やったら、新しく『杉山佳隆』でもらったらえーんやね?」
オレ「『佳隆』いらんて。いつも『杉山』でもらっとるから、それだけでいい」
母「『杉山』でえーなら、『杉山カズコ』でもえーがね」
オレ「だから『杉山カズコ』は、オレとは別の人物でしょ?だから国家に提出する書類では効力がないの」
母「ほんならちゃんと『森田工房・杉山佳隆』としたらえーがね」
オレ「オレは『森魚工房』もしてるけど、別の名前で執筆活動もしてるから、工房に限定するわけにいかないの(もう『森田工房』にはツッコまない)」
母「んなら、『杉山佳隆』でえーんやね?」
オレ「『佳隆』いらんて。ただの『杉山』でえーから」
母「したら『杉山カズ・・・』」
オレ「『カズコ』ではダメ!それは経費と関係ないひとだから!」
母「やったら、ただの『杉山』でえーがね」
オレ「だから最初っからそう言ってんでしょ~が!」
実際には、この三倍量のやり取りが延々くり返されたのだが、いったいこのひとは相手の話を聞きながら会話というものをしてるんだろうか?
しかし、「杉山」だけじゃつまんないし、その宛名の周囲を装飾した方が息子の仕事が少しばかり華々しく見栄えするかも、という親心なのかもしれない。
だけど母ちゃん、息子はシンプルに生きてます。

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「風邪をこじらせる」と最初に表現したひとはすごいなあ、と、風邪をこじらせてあらためて思いますね。
「風邪がひどくなる」では、症状が単純巨大化した感じだし、「風邪が深刻になる」では、説明的すぎるわりに抽象的すぎるし、「風邪に攻め込まれる」では、浸透の深さは表現できても、多頭多足で執拗なあの諸症状の陰湿さにまで迫り切れない。
「風邪をこじらせる」・・・観念を画づらで見せるようなユーモア、そしてその描き出すところのリアリズム。
実にかゆいところに手が届いてます。
「風邪を」と、自分に主体を置いたのもすごい。
「夢をくじく」と同じひとがつくりあげた文体に違いありません。(うそ。たぶんちがう)
ひとが集中して耳を利かし、音を拾おうとつとめることを「耳を澄ます」と言うわけですが、これも美しい表現です。
聴覚が透明に澄む・・・
静謐の中に、いっこの音が生き生きと立ち上がってくるさまが見えてくるようではありませんか。
文学的表現が、いつの間にかひろく一般に使われるようになった例はたくさんあるけれど、こういう言葉をコレクションするのはたのしい作業です。
そして、自分でもつくってみたりするのは。
日本語のスタンダードは、どんどんクオリティの高いものへと(つまり、よりジャストフィットするものへと)変遷していくのです。

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「接近、展開、連続」は、早稲田ラグビー部監督だった大西てつのすけという人物が編みだした戦術理論です。
最近は日本サッカーもマネして使ってます。
覚えておきましょう。
ところで、ぼくが何度も申し上げてる通り、スーパーやコンビニのレジカウンターなどで店員さんと接触するときは、必ず最低限のコミュニケーションをとりたいものです。
彼女は、ぼくのために商品の計算をしてくれたうえ、親切にも買い物カゴの中に丁寧に商品を並べなおしてくれ、おまけに頭まで下げて「ありがとうございます」と言ってくれてるのです。
「あ、いえいえ」でも、「こちらこそありがとう」でも、「また来るぜ」でも、「どーも」のひと言でもいいのですよ。
それでその場の空気が、またお互いの心持ちが、どれだけ救われたものになるかわかりません。
このありふれた状況下で、しかし完全に無視を決め込んで立ち去るひとが、(殊に東京都では)ぼくが観察する中でも数十%の確率で存在します。
そう意味なく神経をささくれさせないで、相手をやさしい気持ちにさせることの幸福感を知っていただきたい、そう願うところであります。
ぼくは昨日、ある人物と連れ立って焼き肉屋にいったのです。
しかしそのお店は人気店なので、店先に行列ができてて、待てども待てども肉にありつけない。
たまりかねて「あとどれくらいですか?」と訊くと、「前に三組お待ちなので、少々かかってしまいます」という。
さらに「時間がきたらお呼びしますので、名前をお伺いします」と店員さん。
そこで「では結構です」と言い、ぼくらは店を後にしたわけですが、背後に「あ、お客様・・・」という戸惑いの声が聞こえている。
あのとき振り返り、「いや、怒って帰るわけじゃなくて、ぼくがただただせっかちなのです」と言えば、彼をおだやかな気分にさせることができたのにな、と直後に悔やんでみたわけですが、不覚にもタイミングを逸してしまいました。
幸福感をいっこロスト。
その後にいったイタ飯屋(安い)では、ワインを一本頼みました。
厳かな雰囲気でワインを手にしたギャルソン(のカッコした、おそらくバイトくん)が現れ、栓を抜きつつ、「テイスティングをされますか?」などと訊いてくる。
あんなバカバカしいマネをさせられるのはまっぴらごめんなので、「いえ、結構です」と言う。
しかし今度は失策を犯さない。
「おたくのワインを信頼してますから」とすかさず冗談まじりにエクスキューズ。
「ありがとうございます、おいしいですよ」と、彼もなめらかに応じ、ひとつのコミュニケーションが完結。
美しい出来事ではありませんか。
その後の食事もおいしくなろうというもの。
こないだなどは、ゆめりあの中のカルディというショップのレジで、ぼくの前に並んでたお客さん(若い女の子)の計算額が「776円」だったので、ぼくが思わず「うわっ、おしい・・・」とうめくと、その見も知らぬ女性は、首をガックシと落とし込み、残念無念のポーズを演じてくれる。
すぐさまカウンター内の店員さんが「次はがんばってください」と笑顔でつなぐ。
なんという当意即妙の連携。
レジ待ちの行列客全員が、うっとりとそのやり取りに聞き惚れてたに違いありません。
あるいは、バカなヒトビトだ、と苦笑いをしてくれてたかもしれない。
ただ、こうして少しずつ世間はつながっていき、小さな幸福感が積み重なり、一日はたのしくなっていくのです。
みなさん、ささやかなコミュニケーションをあきらめないようにしましょう。
などと。

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「アヤメの間」で浴衣に着替えたが、くつろぐことはできない。
薄闇の古い日本旅館にただひとりお留守番、という図は、気味のよいものではない。
からだも、夜道を歩く間にすっかり冷めてしまった。
(温泉に入りたい・・・)
温泉にきたのだからあたりまえの願望なのだが、これを実行するには少々の勇気が必要だ。
青白い蛍光灯が明滅する飴色の廊下を、人形たちに見守られながら、再び遠征しなければならないのだ。
殿様も浸かった源泉掛け流しの湯。
もう一度堪能したい。
時計はすでに午後11時を回っていたが、オレは首にタオルを巻き、再び闇の落ちる廊下に出た。
しかしその途端、市松人形たちのおびただしい瞳がこちらを見つめる。
身震いのしそうな静謐。
濃厚な異界の気配。
(朝にすればいっか・・・)
オレはあっさりとあきらめて後ずさり、障子戸をぴしゃりと閉めた。
こうなると、酒でも飲まなきゃ過ごせない。
ビールを並べ、ツマミを開いて、長い夜に備える。
室内の古いエアコンは、ゴンゴンゴンゴンと猛烈シャカリキに働くものの、部屋はなかなかあたたまらない。
浴衣一枚では寒いので、布団にくるまり、テレビをつける。
そこで、ある事態に気がついた。
廊下と室内とをへだてる障子戸。
この障子紙が、一区画(つまり四角いっこぶん)だけ破れて、素通しになっている。
まっ白な障子にうがたれたその穴からは、廊下の漆黒が漏れ入ってくる。
気にすまい、と思えば思うほど、その小さな暗闇が気になる。
穴の向こうには、市松人形の「動かぬ瞳」があるのだ。
魔が這い入る気配・・・
思わず布団を頭からかぶる。
しかし、こんなときに尿意をもよおすのが、人間の生理の酷なところ。
なんとこの旅館のトイレは、廊下の先に配置されてるのだった。
(あのババア、ぜんぶ計算ずくでやってんじゃねえかな・・・?)
はじめてその事実を理解したが、膀胱の許容量はのっぴきならないものとなっている。
やむを得ず、小走りに廊下を突っ切った。
トイレの水道からもチョロチョロと水が流れてて、なんの物音もない旅館内で、その音が実に薄気味悪い。
エイッと踏み入り、クモの巣の張る小便器で用を足す。
ほっと息をつき、便器を離れた、しかしその瞬後だった。
ジャジャジャー!!!
自動洗浄の水が流れる音に、心底驚いて、腰を抜かしそうになった。
(ここだけ最新テクノロジーかよ!)
二度と来るかバーロー、と便器に捨てゼリフを吐いて、部屋に駆け戻った。
しかし部屋で過ごす時間も狂おしい。
障子の穴・・・垣間見える廊下の魔の漆黒・・・こちらをのぞく市松人形の目・・・
早いとこ眠りに就きたいのだが、あいにく、ニラたっぷりのモツちゃんこと、ニンニクたっぷりの馬刺しが、精力にてきめんな効果をもたらし、目は冴えるばかり。
結局、長野の湯田中くんだりまで来て、誰とも知れないザコ俳優が鎌倉の古刹を巡る旅番組を延々明け方まで観るハメとなった。
ああ、朝よ。
そなたのなんと麗しいことよ。
ようやく眠りに落ちはじめた午前8時、部屋の電話の呼び出し音で目が覚める。
「あたしゃ10時に出かけたいから、その前に部屋を出てちょうだいね」
ババアの催促だった。
オレは暖簾をくぐって、雪の街角に生還した。
そして、この夜の得がたい経験から学んだひとつの真実を、そっと口にしてみたのだった。
「オレが戦うべき真の敵は、自分の心だった・・・」

おしまい

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窓の外が闇に包まれる頃、雪が小やみになってきたので、ここ幸いと街に出た。
まず、食事のできるところを探さなければならない。
しかし街角に人影はなく、看板に灯りもともらない。
さくさくとザラメの新雪を踏みしだき、昼間に吹雪に打たれた坂を下って、駅前に出た。
そこにようやく「ちゃんこ屋」の灯りを発見。
よろこび勇んで飛び込んだ。
待つことしばらく、盛大に湯気の立つモツちゃんこと、てんこ盛りの馬刺しが、デンと出てくる。
馬刺しは、これまで食べた中でいちばんの傑作だった。
ニンニクをからませて口に入れると、まず鼻につんと刺激がきて香りがひろがり、次の瞬間には舌の上で脂がとろけ、甘みが口蓋に染み渡る。
くみくみと二、三度噛めば、繊維がほどけて肉の姿は跡形もなくなり、フルーツのような芳香を残してのどをすべり落ちていくだけ。(このへん、開高健ふうね)
その余韻を、雪に冷やしたかと思えるようなキリンビールで流し込む。
ちゃんこをハフハフわしわしと食らい、キンキンのビール、馬刺しをはぐはぐペロリ、またキンキンのビール・・・
至福の時間を過ごした。
・・・しかし、旅館に帰り着くと、ほかほかと湯気立つようだった肩に、再び悪寒が這いのぼってくる。
暖簾をくぐって暗い玄関に足を踏み入れ、後ろ手に引き戸を閉めれば、薄闇の屋敷内にいるのは自分ひとりきりという事実が突きつけられる。
誰もいない・・・(人形以外は)
よせばいいのに、キングの「シャイニング」の場面が頭をよぎる。
誰もいないはずの雪に閉ざされたホテル、動きつづけるエレベータ、ボイラーの異音、死者たちの舞踏会、バスタブに浮かぶ少女の水死体・・・
しかし、オレは一晩をここで過ごさねばならんのだ。
飴色にツヤめく床板をキシキシと鳴らしつつ、二階「アヤメの間」を目指す。
ここでなぜか、出所不明の好奇心。
(館内を探険してみようかな・・・)
エッシャーの画のように入り組んだ階段はどこに続いているのか、突如としてオレは知りたくなったのだった。
昼間に何度か通った階段ではなく、オレは別の階段をチョイスし、進んでみた。
蛍光灯の軽薄な明かりに照らされた人形たちに見守られながら、階段を右に、左にと曲がり、薄暗い館内を散策。
階段は十字に交差してたり、枝分かれしてたりして、理解不能の構造になってる。
(空から見たら「呪」って字になるように配置されてたりして・・・)
バカなことを考えるもんだから、よけいに怖くなる。
さらに・・・
(「松の間」「月夜の間」・・・そのふすま戸の向こうに、もしも・・・もしも何かがいたら・・・?)
たとえば、その闇の中に「みどりの男がいたら」・・・
あるいは「落ち武者が呆然と立ってたら」・・・
そうでなくても、リアルに「誰もいない暗闇の中でテレビがついてたら」・・・
考えだすと、もうとまらない。
人間のイマジネーションは、自分を苦しませるために驚くべきポテンシャルを発揮する。
もう部屋に帰りたい・・・いま来た階段をもどろうかな・・・
そう考えるうちに、どうしたわけか「アヤメの間」に出てしまった。
オレは、はて?、と頭で階段の経路を図面化するうちに、気付いた。
つまり、(どの階段をどう通っても、アヤメの間に着くのではないか)。
ここの階段自体が、トマソン=創作意図の存在しない芸術、になってるのか?そうなのか?
そしてオレは、結論を得た。
この旅館をつくった人物は、あらかじめ階段を複雑に入り組ませてつくり、空いたすき間を利用して部屋としたに違いない。
つまり、「階段」そのものが好きだったのだろう。

つづきます

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「アヤメの間」はずいぶん使われてないらしく、座布団の上にキノコの胞子のようなホコリがこんもり。
すでに布団が敷かれてるが、センベイのような敷き布団に、掛け布団がなぜか二枚重ねという謎のサービス。
この思いやりが、かえって夜の冷え込みを予感させる。
部屋にひとりきり立ちつくし、耳を澄ませば、「ゴオオ・・・」「チョロチョロチョロ・・・」と妙な音がどこからか聞こえてくる。
はて、川でもあるのか?と窓を開けてみれば、そこには鼻先間近にとなりの建物の壁。
じゃ、どこから?と辺りを見回してみる。
ふと洗面所に目を移して、水道から少しずつ水が漏れてるのがわかった。
なんだよもう・・・と蛇口を締めようとしたその指先に、しかし張り紙。
「水道管が凍って破裂しますので、出しっぱなしにしておいてください」
・・・ったく、水音が耳に障って、気になることこの上ない。
さて、「チョロチョロ」の方は水道だったが、「ゴオオ」の方の正体は、エアコンだった。
アンティーク?と言いたくなるようなシロモノで、分厚いボディに茶色いカラーリングというたたずまいが、昭和的郷愁を漂わせる。
うるさいな、なんとかなんないのかな、だけどエアコン止めたら死ぬしな・・・と思ったその矢先、部屋の梁を見上げて驚いた。
最新式の薄型エアコン「エオリア」が設置してあるではないですか。
さてはババア、ここでもケチろうという浅はかな魂胆に違いない。(※新しいものの方がエコなんだよ)
そうは問屋が卸さないぜ。
こっちの新しいエアコンを作動させて、ぬくぬくと過ごしてやれ、とスイッチオン。
ところが電源が抜いてあって、動かない。
見ると、コードがエアコン本体からぶらぶらと吊り下がっている。
おっと、コンセントをささなきゃ、と思い、プラグを手にコンセントをさがす。
しかし、ここで驚愕の事実。
「プラグの届く距離に、コンセントがない!」
どういうことだ?設置の意図がわからん~!それともドッキリカメラ?
まったくわけが分からないままに、エオリアをあきらめ、テレビをつける。
これがまた、リモコンがどこをさがしても見つからない。
仕方なく、いちいちテレビ本体まで移動し、「↑↓」ボタンでチャンネル操作。
昭和式暖房機は、たまに「ふしゅ~・・・」とため息をついて消えてしまうので(よけいなタイマー機能はしっかり働く)、その度に立ち上がって、再始動。
そうこうしてるうちに、夕闇が迫り、やがてとっぷりと暮れ、夜気が魔物のように這い入ってきたのだった。

つづきます

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その古い旅館の暖簾をくぐると、歯がボロボロに抜けた腰曲がりのばあちゃんが出迎えてくれた。
「今日はお客さんはあんたひとりきりだから、食事つくらんでええよね?大変だし。素泊まりなら5000円にしとくよ」
ひどい物言いだが、こちらは泊めてもらうだけで大安堵。
コートに深くこびりつく雪を玄関先で払い落として、床や壁が飴色に光るその和旅館に上がり込んだ。
ばあちゃん(女将か?)の背後について、部屋に案内される。
昔、お殿様が本陣に用い、湯につかったという由緒正しき場所らしいが、薄暗い廊下のあちこちに市松人形が配され、少々背筋が寒い。
階段が迷路のように貼り巡らされ、奇妙にわかりにくい構造になっている。
「はい、ここね、アヤメの間。さっき5000円と言ったけど、入浴料や消費税入れて6000円ね」
おいおい。
「じゃ、玄関は明けっ放しにしとくから、湯巡りでもなんでもしておいで。今日は中居さんも誰もいないし、わたしゃ家に帰らせてもらうからね」
ちょっと待て、ババアよ。
ひとりきりかよ、今夜一晩、この大きな旅館に?
えらいところに放り込まれたもんだ。
とりあえず部屋に入って、浴衣に着替えてみる。
湯巡りといったって、外は猛吹雪だ。
移動する間に、スネが凍っちまうだろう。
仕方がないので、この旅館の風呂につかることにする。
しかし、さすがはお殿様が合戦の疲れを癒したというだけあって、湯はなかなか。
24時間こんこんと湧き出る温泉がかけ流しの風呂は、露天でないとはいえ、なかなかの風情。
芯まで冷えきったからだを温めることができた。
しかし、湯気立つからだに浴衣をまとって廊下に出ると、はて、先ほどよりさらに館内が暗くなってる気が・・・
ババアめ、ケチって電気を半分消しやがったか。
しかも要所要所で、蛍光灯が断末魔を待つ点滅中。
てらてらと黒光りする床の古材の質感と、廊下両サイドにびっしりと並んだ人形のきらりと光る瞳が、なかなかホラーじみている。
客を幻惑するため、という意図でつくられたとしか思えない迷路のような階段を、キシキシときしませながら「アヤメの間」を目指す。
空間認識能力抜群のオレでなければ、たどり着けはしなかっただろう。
ようやく部屋に戻るが、しかしあらためて見渡すと、この室内もヤレヤレと心安らげるような場所ではなかった。

つづきます

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ブンガクに そそのかされて 北の国
・・・でもないんだけど、井伏鱒二なんて読んでたのがまずかったのか、行き当たりばったりで、地吹雪舞う湯田中温泉に到着した師範。
それにしてもひとがいない!
考えてみれば、この日は世の中的三連休のその翌日。
温泉街も書き入れ時が一段落して、眠りに就く日なのだった。
それでもとりあえずの宿をさがさないと、このままじゃ凍え死んでしまう。
そのとき道端でバッタリ出くわしたおばちゃんに、「今夜、飛び込みで泊まれるとこありますかね?」と訊いてみる。
するとラッキー。
「あたしも旅館街の方にいきますから、ご一緒に」
と道案内をしてくださるという。
横殴りのガサ雪を、春物のコート(さびー!)の側面にはり付かせながら、えっちらおっちらと長い坂をのぼる。
5~6分も歩くと、由緒あるらしき宿が道の両サイドに現れはじめる。
おばちゃんはこの辺りにくわしいらしく、「ここがなんとかの湯ね」「こちらがなんとか年間に創業したお宿」などと説明してくれる。
「で、こちらがあたしんちでしてね」
そう言って、最後に案内してくれたのは、周辺でいちばん豪勢な、と思える大旅館。
こいつが鉄筋十階建てほどもある巨大建築物で、それが道をはさんで二棟もある。
ところが、だったらここに泊めてちょうだいよ、とお願いする機先を制しておばちゃん、「だけどあいにく、今日は本館も別館も全館、お休みでねえ」と。
吹雪はますますひどくなる。
しかしそんな中、かわりに知ってる宿を紹介したげますよ、と言ってくださる。
ありがたや。
薄手のセーターに春コート、下はペラペラのカーゴパンツに下ろしたての英国靴、という出で立ちのオレは、とっとと湯につかりたい一心で、菩薩さまの後ろに従う。
なのに、いく先々の旅館は、どこも暖簾をたたみ、カーテンをしめ、灯りをともさず、休業状態。
「昨日までにぎわってたのにねえ、えらい日に・・・」と同情される始末。
途方に暮れるオレに、しかしおばちゃん、最後の切り札。
「じゃ、うちの本館にたのんであげましょ」
なんだ、最初からそうしてくれたらいいのに。
オレはようやくホッとしつつ、スティーヴン・キングの「シャイニング」チックな幽霊屋敷とも知らされぬまま、その古い日本家屋に向かうのだった。

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