『食品業界ホントのところ』 -11ページ目

フグ ホントのところ

今回は、フグの話。


河豚は食いたし命は惜しし ・・・


ガンバ(有明海沿岸の方言 棺桶の意味)


フグというのは本当に美味しいもので、どの種類
のフグでも一般の魚と比べてもやはり格上の存在感を
表します。




トラフグさんゲットン。阪神優勝!
フグです。かわいいですけれど、肉食で結構アグレッシブな魚です


フグというと、毒を持っていてしかしながらおいしい魚
というイメージがあるかと思います。

フグについてのまことしやかなうわさが東京の
釣り道楽の間に広ま
っている、という話を
聞きました。


いわく、
『東京湾のフグには毒がないので
 さばいて食べられる』
と。


驚愕徐靖棠
えー!そんなバカなー!




ご丁寧にもさばいてくれる釣り小屋もあるのだとか。
本当だとしたら非常に危険です。



フグにはもともと毒を作る能力がありません。

フグ毒は、実は海にすむビブリオ属や
アルテロモナス属といわれる細菌が作っ

毒という事がわかっております。
それを食物連鎖によって体にため込むのです。

海底の泥を調べたところ、
なんとフグ毒が見つかったそうです。


フグは、泥を食べた小動物を食べたり、
泥を食べた小動物を食べた魚などを
食べることによって毒を溜め込むのです





毒
毒です




フグ毒は深海8000mの海底からも
東京湾からも見つかったそう
です。

という事は、
明らかに東京湾で釣れたフグにも
毒をもったものがいる
のです。




フグは季節によって、あるいは種類や
個体によって毒の濃さが違います。
あるとき食べて大丈夫だったとしても、
次回また大丈夫かどうかはわかりません。




また、フグによる中毒は毎年30件発生し、
約50名が中毒するそうです。そのうち
数名程
度が死亡し、日本で起こる
食中毒死亡者の過半を占めるそうです。




そして中毒者のほとんどは
素人なのにフグをさばいて食べた人たちです。
絶対にフグを家で調理してはいけません。

ちゃんとした調理店や、
免許を持った人に身
欠きにしてもらってから家で食べてください。 




フグ鍋は本当に美味しいですよね。しかし、
筆者はフグを本当に限られた回数しか
食べたことがありません。




                               
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講演して参りました

2月24日金曜日に、長崎県工業技術センターで、
機能性食品の現状と今後の動向についてと
製品のあり方についての講義を致しました。



長崎県内の食品大手T社から研究所長さんが、
工業技術センターからは食品系の研究員さん達が
ほぼ全員こられました




GAセミナー0630A
あくまでもイメージです




工業技術センターの所長さんは、流石に目の
つけどころが違い、最後の質疑応答は、
活発な意見交換の場となりました。




機能性食品は今華やかですが、
過当競争になっていますよね。


しっかりとした食品開発戦略もなく、機能性が
あるからといってホイホイ飛び込んで成功
できるほど甘くはありません



打って出てからでは取り返しがつきません。







今はどの業界も戦国時代のようなものです。安住の地はありません。




今回のお話で、研究開発者に現在の大局が
どうなっているのかについての視点を持つことで、
成功へ近づくことが出来れば幸いと思いました。


ご参加していただいた皆様には聞いていただき
本当にありがとうございました。



                               
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食育ホントのところ ~3~ 国の取り組み

前回までのお話です。
食育ホントのところ ~1~ とりあえず食育の意味とは?
食育ホントのところ ~2~ まだまだつかみかねる食育の意味とは?


前回までのお話としまして、
もともと『食育』という言葉は、石塚左玄という
明治時代の日本の軍医が1896年と1898年に
著作内で使ったのが始まりです。

ここ最近作ったわけでなく再利用というのがホントの
ところのようです。


また、 もともとの意味としては、
小さいころはカリウムから摂って、大人に
 なったらナトリウムを摂って強い精神と
 身体を作ろう』 
というものでした。一応注意してほしいのですが、
あくまでも提唱した説、という意味で本当に体に
いいというわけではありません。


ナトリウムは血圧を上げる(塩分を取りすぎては
いけないというのは、ナトリウムを摂りすぎては
いけないという意味とほぼ同意です)ので、
摂りすぎてはいけません。



そして、食育基本法の前文に書かれいている文章
『食育を、生きる上での基本であって、知育、
 徳育及び体育の基礎となるべきものと
 位置付ける』
、1903年に報知新聞編集長の村井弦斎が、
著作の中で書いた
『小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、
食育がさき。体育、徳育の根元も食育にある。』
の模倣しているのではないかというものでした。





似て…る…?



それはさておき、どうもこれだけでは要領を得ません。
というか、何やら後付けでいろいろと付け足し付け足し
しているようにしか見えないのです。私だけでしょうか。


一応、そのあとの部分を見ますと
『様々な経験を通じて「食」に関する知識と
 「食」を
選択する力を習得し、健全な
 食生活を実践することが
 できる人間を育てる』
と書いております。


これだけをみると、まあ、なんとなく良い事をしようとしているん
だろうなことは何とか読み取れます。ただ、ここから発展
飛躍させようとするからおかしくなっていくような気がします。


と言いますのも、
内閣府厚生労働省
農水省文科省
食品安全委員会消費者庁
それぞれの行政機関が独自に目標を掲げて
いますのでより一層混迷の度を深めております。




混乱、混沌




さらに、どの行政府も食育そのものの定義をしておらず、
何を意味しているのかがしっかりと定まっておりません。

まあ、食育基本法に定めるところの食育が定義
なのでしょうが、それならば6機関もかけて食育を
推進していく意味はあまりないような気がします。


広く国民に知らしめるためのホームページを見ますと、
農水省は
『農林水産省は、「食」の生産、流通の一連の工程を担う
 農林漁業、食品産業を振興する立場から、関係府省と
 連携し、また、農林漁業者、食品産業関係者の参画を
 得て、生産・流通・消費の各段階の関係者が参画する
 「食育」を推進する。』
と目標を掲げておりますが、どちらかというと、食育
そのものより、食育に付随する目標に重点を置いている
感じがします。



文科省でようやく基本理念を見る事が出来ます。
○国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成
○食に関する感謝の念と理解
○食育推進運動の展開
○子どもの食育における保護者、教育関係者等の役割
○食に関する体験活動と食育推進活動の実践
○伝統的な食文化、環境と調和した生産等への配慮および
 農山漁村の活性化と食料自給率の向上への貢献
○食品の安全性の確保等における食育の役割

立派な理念が7点挙げられております。
ただ、それぞれにベクトルが違い、食育で一つにまとめる
事に無理があるように見えます。


いつものように寝る
方向がばらばらのものを無理に一つにすれば疲れてしまいます



『食に関する感謝の念』
『理解や保護者、教育関係者等の役割』
は同一のものではありません



                               
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食育ホントのところ ~2~ まだまだつかみかねる食育の意味とは?

前回の記事です。 
前回の記事では、食育というのは、
実は
明治時代の軍医石塚氏の造語』
であること、そのころの意味としては
小さいころはカリウムを摂って、大人に
 なったらナトリウムを摂って強い精神と
 身体を作ろう』 
というものでした。

人のふんどしで何とやらですが、そもそもの
言葉の作り方選び方からして何やら問題が
あるように思われます。



烏相撲2006
相撲を取るなら正々堂々と



今回は、食育の目的が非常に分かり
にくい事を取り上げます。


なぜわかりにくいのか。それは国が
食育に対して重層的に目的を何個も
何個も詰め込んでいるからです。

いわゆる、お役所仕事というわけでは
ありませんが、国の主要な機関だけで、
内閣府厚生労働省
農水省文科省
食品安全委員会消費者庁
が挙げられます。

これに各地方局や地方自治体が
合わさるので、どれだけの機関と人間が
関わっているのかわかりません。



この機関それぞれがそれぞれの立場に立って
食育を推進するわけです。

だめですよ、省益のためなんて言っては。(笑)

それだけ国は食育に力を入れたい
のでしょうが、目的がそれぞれの機関で
違わなければ参加する必要は
ないわけで、その機関ごとの目的
が必要になってしまいます。

これが食育をわかりにくくしてしまう
もう一つの大きな要因です。




重層的でいいのはミルフィーユとかお菓子だけにしてほしいです




さて、国がその目的の根本としているものに
注目してみたいと思います。


食育を国が定めたものとして、食育基本法があげられます。
『え?法律で決められているんですか?』

はい、その通りです。
すでに食育は、法律で概念として、行動規範
として決められております。


この法律の第一条が目的となっており、
『この法律は、近年における国民の食生活を
めぐる環境の変化に伴い、国民が生涯に
わたって健全な心身を培い、豊かな人間性を
はぐくむための食育を推進することが
緊要な課題となっていることにかんがみ、
食育に関し、基本理念を定め、及び国、
地方公共団体等の責務を明らかにするとともに、
食育に関する施策の基本となる事項を
定めることにより、食育に関する施策を
総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び
将来にわたる健康で文化的な国民の生活と
豊かで活力ある社会の実現に寄与することを
目的とする。』

はい、すでに良くわかりません。(笑)

なぜよくわからないのか。それは、
文中の『食育』というものが何を指しているのか
曖昧模糊としている事。


後だしで申し訳ございませんが、この法律の
前文をよく読んでみると、
『食育を、生きる上での基本であって、知育、
 徳育及び体育の基礎となるべきものと
 位置付ける』
とかいてあります。

これは、1903年に報知新聞編集長の村井弦斎が、
著作の中で書いた
『小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも、
食育がさき。体育、徳育の根元も食育にある。』
の丸パクリ(失礼)であるような気がします。

食育そのものが石塚氏の造語の丸パクリ(続けて失礼)
ですから、やっつけにもほどがあると思います。



泥棒
泥棒?



このように、食育をちょっと調べただけでもなにやら
よくわからない行動のように見えてしまうのです。

他の施策については少なくとも目的について、
こういうあいまいさを含んだものはあまりありません。

なんだか、ある別の目的があって、それについて
別個の目的のものを立ち上げたのではないかと
見受けられるんです。

次回に続きます。



                               

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食育ホントのところ ~1~ とりあえず食育の意味とは?

私は常日頃、食育』ほどよくわからないものはないと
思っております。

『えー、なんでですか?いいことなんでしょ?』
いつもそう言われます。

でも、本当に意味がよくわからないんです。



困惑
頭を悩ませます。




もともと『食育』という言葉は、石塚左玄という
明治時代の日本の軍医が1896年と1898年に
著作内で使ったのが始まりとされております。


なんでも、「体育智育才育は即ち食育なり」と、
栄養学がまだ確立されていない時代に
玄米食と共に栄養をしっかりと摂ろう
という意味で提唱
したのだそうです。
(当時、ビタミンB1不足の脚気が大流行して
 いたころで、玄米は脚気には有効でした)

そういえば、本来は仏教用語だった
身土不二しんどふに。人自身や人の
今までの行為の結果とその人の風土や
環境とは切り離せないこと)』を実践的な食生活
身土不二 しんどふじ。地元の食品を食べると
身体に良いということ。)』に置き換えたのも
この石塚氏です。


栄養に対する知識は医学の一分野に
過ぎないものだったものを、栄養学として日本で
確立したと言われているのが1914年。

石塚氏が食育という言葉を作り
使い始めたのは1898年です。
何とも先進的です。


また、当時の栄養に対する見識は、
炭水化物、脂肪、たん白質を重要視していて、
ミネラルについてはあまり触れていなかった
そうです。


それに対して石塚氏は、食育を
『食品に含まれるミネラルのナトリウムと
 カリウムのバランスに注目し、幼い頃は
 カリウムの多い食事を摂って体と精神を作り、
 大人になるにつれバランスを取りつつ
 ナトリウムの多い食事にしていき才能と
 力を作ること』
として提唱したようです。



111215_015_IMG_0853
バランスを取ることは大事ですよね



このように食育というのは、ここ最近できた
ものではなく100年前にはすでにできた言葉
なのです。

もともとあった言葉に別の意味をかぶせようと
しているので、いろいろと軋轢が起こっている
面はあるんじゃないかと思います。


というか、造語の上にさらに意味乗せようと
していることから、無理が結構たたって
いる気がするのは私だけでしょうか。


次回は、国の今の動きについて追ってみます。



                               

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