最近、なぜか私は「ドラ焼き」づいています(笑)。


先日、知り合いが「ドラ焼き」を持ってきてくれて、すごく久しぶりに「ドラ焼き」を口にしました。
自由が丘の有名なお店の「ドラ焼き」だったらしく、更にお腹が空いていたこともあって、私の中で「「ドラ焼き」はおいしいもの」と再認識されました。


そんな中、先日「ドラ焼き」の携帯ストラップを見つけたときに購入するのは、自然な流れでした。


そして、一昨日、空港で朝ご飯に何かお腹に入れようと思って、お店に入ったらレジ横に「特大ドラ焼き」が並んでいて、思わず手が出ていました。
(もっともこちらのお味の方はイマイチでした(^^;))



中国が大好きな社長のブログ


すると、今度は飛行機の中の機内食で、なぜか「ドラ焼き」がデザートについているではありませんか?


なんか、最近ドラえもんになった気分です(笑)。


ところで「ドラ焼き」はドラえもんが好きな食べ物で有名ですが、「ドラ焼き」の名前からドラえもんに結びつけたのか、ドラえもんから「ドラ焼き」という名前が付いたのか、子供の頃に疑問に思いました。


皆さんは「ドラ焼き」の名前の由来は知っていますか?

私も後で分かったのですが、「ドラ焼き」の名称は、その形が打楽器の銅鑼(ドラ)に似ていることからついたと言われています。
やっぱりドラえもんから来たわけではなかったのです・・・。


ちなみに、私はあまり餡子が得意ではないこともあり、「どら焼き」の中では、中にお餅が入った亜流のものが好きです(^^;)。


どら焼きネタで、1日分のブログを書ける私は、少し変かも知れません・・・。

以前『hirog』で触れたことがありますが、中国には省と名前がつくものは23ですが、他に自治区が5つと直轄市が4つ、そして特別行政区が2つあるので、日本で言う都道府県の数に対応する数で言うと34つあります。


そもそも中国の民族の数は、伝統的には5族とされてきたようなのですが、民族識別工作によって1935年には400の民族が認識され、その後統合推進で現在の56になったそうです。


中国の92%を占める漢族以外の民族は、その集住する地域を自治区と指定され、その中では「民族の文字・言語を使用する権利」、「一定の財産を管理する権利」、「一定規模の警察・民兵舞台を組織する権利」、「区域内の単行法令を定める権利」などが保証されています。


冒頭で述べたとおり、今この自治区は5つありますが、内モンゴル自治区、広西チワン族自治区、チベット自治区、新疆ウイグル自治区、寧夏回族自治区です。


内モンゴルは、モンゴルと間違えられることが少ないないのですが、チンギス・ハーンで知られるモンゴルは別の国で、内モンゴルは中国です。

ただ、モンゴル国のモンゴル族は260万人しかいないのに対して、内モンゴルのモンゴル族は400万人います(^^;)。


もともとは、そういう思想で出来た自治区ですが、昨日触れたように、ウイグル自治区では漢族が40%(ウイグル族は45%)に達しており、内モンゴルでは80%(モンゴル族は17%)、回族自治区では79%(回族は20%)、チワン族自治区では61%(チワン族は33%)と漢族が既に少数民族を上回っています。
唯一チベット自治区のみチベット族が93%(漢族は6%)となっています。


少数民族の中でも比較的人口が多いのは、チワン族(1560万人)、満族(1000万人)、回族(860万人)、ミャオ族(740万人)、ウイグル族(720万人)、イ族(650万人)、トゥチャ族(570万人)などです。


我々に馴染みが深いところでいうと、昔の満州があった東北三県(黒龍江省、遼寧省、吉林省)に比較的多く住んでいる朝鮮族でしょうか。
うちの会社にもかつて朝鮮族のスタッフが何名かいました。


たまたま昨日は、貴州省のミャオ族の方とお会いする機会がありました(^^)。


私の経験上だけでも、民族間の考え方や文化の違いをかなり感じるので、同じ国として統治していくのは容易ではないと思います。

中国において、新疆ウイグル自治区で起きた暴動が大きな問題になりつつあります。


5日の夜にウイグル族が暴動を起こしたのに対して今度は7日に漢族がデモ行進、暴徒化し、合わせて150人以上の死者を出しています。


この暴動は、もともと広東省の工場において漢族にウイグル族の従業員が殺された事件がきっかけで漢族への不満が高まったといわれています。


ウイグル自治区は、中国西端にある中国の自治区で、面積は中国全土の1/6を占めていますが、2/3が砂漠の地域です。

少数民族であるウイグル族が最も多く、もともと漢族は1割しかいなかった地域ですが、政府の介入もあって現在は4割が漢族と言われています。
過去も何度か独立運動が起こっている地域です。


中国は漢族がメインの国ですが、55の少数民族がいます。


私が以前雲南省に行ったときに、少数民族村みたいなところに行ったのですが、そこには各民族の衣装と生活が再現されていて、とても興味深く、そのときの少数民族のガイドさんとは未だに連絡を取ったりしていますが、漢族とは考え方がだいぶ違うなーと思います。


また、漢族と少数民族の間では、婚姻上の制約があったり、就職上の格差があったりというのが現実です。


話は戻りますが、今回の暴動で、ラクイラ・サミットに出席を予定していた胡錦涛国家主席は中国に緊急帰国をしました。


世界各国からはこの行動を疑問視する声も出ていますが、中国にとってはそれだけ軽視できない事件だということもできると思います。


昨年は、チベットにおいて暴動 がありましたが、経済成長の裏側では、ずっとこのようなリスクを背負っているのが実情です。

昨日(一昨日)は七夕でしたが、満月とも重なっていて、七夕で満月は19年ぶりのことだそうです。


短冊に願い事を書いて笹に吊るすというのは、皆さん知っていると思うのですが、そのほかに「笹を満月に向かって振る」、「冷やしそうめんを食べる」というのがあり、これら3つをすると願い事がかなうそうです。


さて、話は変わりますが、皆さんは「ひらめき」の経験はどれぐらいありますか?


「ひらめき」とひと言で言っても、目的達成の手段、問題解決の方法、ビジネスアイデアなど色々あると思いますし、何か目的があってそれを考えていてひらめくこともあれば、ふと何かの瞬間に突然何かを思いつくこともあると思います。


何か目的があって、それに対してひらめくこともあれば、漠然と何かを思い立つこともあると思います。

ところで、「ひらめく瞬間」は人それぞれだと思います。


アルキメデスは、お風呂で湯船から水がおふれるのを見て、いわゆる「アルキメデスの原理」を発見したと言い伝えがありますし、ニュートンは、リンゴが木から落ちるのを見て、万有引力を発見したとの逸話は有名です。


昨日届いたメルマガに、フェイス総研の小倉社長の話が載っていました。
「どうしたらいい企画が生まれるか?」という質問に対しての彼の答えは、

第1:明確な目標をもつ
第2:目標に関連する知識、知見に触れまくる
第3:神が降りてくるのを待つ
第4:神が降りてこないときは才能が無いと諦める

だそうで、この「神が降りる」というのが「ひらめき」のことを指しています。


彼の場合は、車の運転中、お風呂に入っているとき、布団の中、が神が降りてくる頻度の高い順番だそうです(笑)。


私に神が降りてくるのは・・・、

「電車の中」、「布団の中」、「人と話しているとき」でしょうか。
以前は「ネットカフェ」もありましたが、最近行ってないので(^^;)。


「ひらめき」には、環境が変わる、ということが大事ですが、私の場合でいえば、電車の中の中吊り広告とか、人と話しているときの話題やキーワードに反応するとか、情報やヒントがある、というのが必要条件なような気がします。


ちなみに、寝る前に布団の中でひらめくことも多いのですが、この場合は、そのときにひらめきだと思っても、次の日とか冷静なときに見てみるとそうでもないということもありがちです(笑)。

最近、昔の話や自分のカミングアウトの話が続いていてすいません(^^;)。


私が昔ゲーマーだったこと は意外と知られていない事実です(笑)。


私はゲームが好きなので、私の性格的に好きなものから遠ざけないと節操がなくなってしまうので、あえて手を出していません。

特に最近はオンラインゲームが流行っていますが、あれはゲームに加えてコミュニティがあります。


私は一時期「World Chat」 というコミュニティスペースにはまっていたこともあり、おそらくオンラインゲームにそまってしまったら、年中寝不足状態になってしまうでしょう。


というわけで、最近のゲームのことはさっぱりですが、昔のゲームはいくつか知っています。

でも、私の好みは特殊らしく、必ずしもスタンダードなゲームが好きだったわけではないようです。


先日何かのホームページで、80年代のゲームを紹介しているものを見かけました。


一般的に有名なものとしては、

グラディウス、ギャラガ、クレイマークレイマー、スーパーマリオ、ゼビウス、ゼルダの伝説、ダービースタリオン、ツインビー、ディグダグ、テトリス、ドラゴンクエスト、ドンキーコング、ハイパーオリンピック、バトルシティ、ファイナルファンタジー、ファミリースタジアム、メタルギア、桃太郎伝説、パックマン、ロードランナー

などがあります。


でもこれらの中で、私がやったことのあるのは、グラディウス、ギャラガ、スーパーマリオ、ゼビウス、ドラゴンクエスト、ドンキーコング、ハイパーオリンピック、ファミリースタジアム、パックマン、ロードランナーぐらいですし、この中で好きだったものは・・・、ありません(笑)。


ちなみに、80年代に限らないのですが、好きなゲームは、以前の『hirog』に書いた「ボンジャック」「CIVILIZATION」「ギャラクシーウォーズ」などです。


そして、私にとって、ゲームの映像、音楽はとても重要な要素です。

昨夜は、どうしても甘いものが食べたくなり、パフェを食べてしまいました。
しかも、メニューにあって興味が引かれた特大パフェです(笑)。

値段的にある程度大きいのだろうとは想像していたのですが、想像を超える大きさでした。

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多分、カップの部分で高さ30cm、フルーツ串の部分を含めると50cmはあったと思います。

もちろん、完食はできませんでした(完食どころか実は1/3も食べれてません)。

私は甘いものが好きです。

でも今でこそ、こうやって宣言していますが、以前は躊躇がありました。
なんとなく、男性が甘いものが好きというのが恥ずかしい感じがしていたからです。

甘いものは、疲れを取ったり、頭を活性化させたりする効果もあるようです。
というか、そう自分に言い聞かせて甘いものを摂取しています(笑)。

甘いものと言っても、お菓子から缶ジュースまで色々ですが、私がコンビニでよく購入する甘いものシリーズは以下のものです。

・板チョコ(明治が多い)
・麦チョコ
・オレオ
・キャンディー(大玉系)
・ソフトクリーム(mini stop)
・ゼリー
・シュークリーム

喫茶店ではクリームソーダかパフェをオーダーしますが、昔は「プリン・ア・ラ・モード」ばかりを注文していました。
「プリン・ア・ラ・モード」はプリン、ソフトクリーム、フルーツが入った贅沢極まりないデザートでしたが、最近、見かけなくなってしまいました。
クレーム・ブリュレがあるとオーダーするのですが、お店によっては「クリーム・ブリュレ」っていう名称にしていて、たまに混乱します(笑)

皆さん、甘いものでおいしいお店があったら、教えてください。

ちなみに甘いもの好きな私ですが、なぜか和菓子はあまり好きではありません(^^;)。
以前の『hirog』 で、自分に自信を持つ方法の一つとして「思い込むこと」を紹介したことがあります。
「自分は出来る、自分はすごい人間だ、と思い込むこと」で、本当に自信を持ってくるというものです。

ちなみに、他にも先入観に近い概念での「思い込み」もあると思いますが、ここでは自己暗示に近い「思い込み」についてのお話です。

自分に自信を持つためだけではなく、自分のモチベーション維持や感情移入をするときにおいても、この「思い込み」は有効だと思います。

例えばですが「あまり好きではない仕事を「楽しい」とか「自分に有益だ」と思って一生懸命にやる」、とか「嫌いな人を「良い人」とか「良いところを見つけよう」と考えるようにして接するようにする」とか・・・。

つまり、良い意味で自分を騙すことです。
これは、特に自分では変えることのできない環境下(生活のためにやる仕事、嫌な上司のもとで働く)でやる気をもって生きるための術でもあると思います。

人は、自分を納得させて、はじめて意味のある行動ができる生き物です。
そのためには、何かするための理由、動機付けが必要であり、それが無い場合は意図的に作るということも生きていくうえで時には必要なことではないかと思います。

これは、決して自分に偽って生活するということではありません。
例えば、悪いことを良いことだと自分に言い聞かせて行うなどは、悪い意味で自分を騙すことになるので、これは悪い思い込みです。

私は、「人を好き」ということ自体、思い込みのケースが少なくないと思います。
逆を言えば、人を好きになったり嫌いになったりすることは、自分でコントロールすることは不可能ではないかも知れません。
そう考えると、気が楽になる部分もあるのではないでしょうか?

話は変わりますが、「思い込んだら命がけ」という言葉がありますが、この場合の「思い込み」は、「深く心に思う。固く心に決める」という意味合いで使う言葉です。
いまでは「決意したら命がけ」の方がしっくりくる表現かも知れません。

私は本屋に行くと、必ず「ベストセラー」や「ランキング」のコーナーを覗いて、何が流行っているのかを確認するとともに、自分が関心がある本を見つけると購入しています。


先日、仕事の合間に渋谷のブックファーストのランキングコーナーで見つけたビジネス書が気になっていたのですが、題名も出版社も覚えておらず、インターネットや他の書店で探していても見つかりませんでした。


仕方が無いので本日渋谷のブックファーストへ行って、「2週間ほど前にランキングされていたビジネス書で、こうこう、こういう感じのものがあったのですが、分かりますか?」と、まさに困ったお客ベスト10に入りそうな抽象的な質問をしてしまいました。


まず、過去のランキングのデータを見せてもらえないかと聞いてみたところ、ログは残していないとのこと。
それでは探しようがないなと諦めかけました。


ところが、そのスタッフの方は親身になって、内容をメモってくれ、本部のビジネス書に詳しい方を探してくれて、その方に聞いてくれました。
10分ほど経って、本部から折り返しの電話があり、「これではないか?」と一冊の本を指定してくれたのですが、それがまさに私が気になっていた一冊でした。


ちょっと感心しました。


もう一つ感心したことが・・・。

本屋のレジの隣にチラシがおいてありました。

そのチラシとは「思い出を残しませんか?」というもの。


商品はTEAC社のCDレコーダーでした。
ターンテーブルとカセットが付いたもので、つまり昔の「レコード」や「カセット」の曲を、劣化しないようにCDに録音して保存するための機械です。


私は学生の頃によく聞いていた「レコード」や「カセット」を、今になって聞くとかなり音質が劣化していて(というかプレイヤーも無い(^^;))、なんとか永久保存できないものかと思っていました。


私たちの世代には、目からウロコの一品ではないでしょうか。
お値段は6万~7万円と多少高額ですが、確実に市場はあるのではないかと思いました。


本屋での、「ソフト」と「ハード」それぞれに感心した出来事のご紹介でした。

なんか、変な題名ですいませんm(_ _)m。

普段の生活の中で、今日はヤケに滞るなーと思うときってありませんか?
モタモタすると言い換えてもいいかも知れません。
それがテーマの「障害」へとつながりました。

私のとある1日をモデルケースとして紹介です。

朝・・・、目覚ましで起きれず、気がついたらもう遅刻しそうな時間でした。
シャワーを浴びようとしたら、なかなか水が暖かくなりません。

仕方が無いので、半分水のシャワーを浴びます。
冷たいのを我慢して髪を洗っていると、目にヘアシャンプーが入り、次に洗うべき身体のボディシャンプーが手探りで見つかりません。
慌てていると、三角コーナーが崩れて、シャンプーやボディスポンジやせっけんがすべて床に落ちてしまいました。

髪を乾かして、ヘアワックスをつけます。
ところがその日に限って、フォーム(形)がうまくつくれません。
納得がいかないまま途中で諦めて洗面所を後にします。

すると今度は、シャワーを浴びながら考えていた今日着て行く服が見つかりません。
仕方が無いので、その辺にあった違う服を着て、社員証とパスネット・・・、と思いきや、パスネットが見つかりません。
パスネット諦め発車寸前のバス停に走ると1万円札しかない。

駅につくと、電車が遅れています。
深呼吸をして、リモートメールでメールチェック・・・。
すると充電器のコンセントが外れていたようで、電池切れ(涙)。

電車を降りて、オフィスへ走るのですが、なぜかその日に限って向こう側から来る人とよける方向が一緒で何度もぶつかりそうになります。

交差点では信号がちょうど赤になり、ビルのエレベーターはなかなか来ない。
やっと来たと思ったら、さんざん待ったため乗り込む人が多く、各フロアーで停止します。

会社についた頃には、見事に気力を吸い取ってくれていました。

皆さんは、こんな日ってありませんか?

人間って不思議な生き物で、誰しもが温度差こそあれ「あまのじゃく」的な要素を持っているように思います。


ここの「あまのじゃく」というのは、「人から何かを言われると反発したり、逆のことをしたくなってしまう性質」という意味です。


今日、ネットを見ていたら「ブルーマンを見ていない人は決してクリックしないでください」という広告が・・・。

間に受ければ、私はブルーマンを見ていないので、クリックしてはいけないわけですが、ついクリックしてしまいました。
もちろん、広告主はその心理を見込んでクリックする方も騙されていることを分かっていてクリックしているわけですが・・・(笑)。


鶴の恩返しで、絶対見るな、と言われていたのに鶴が着物を織っているのを見てしまって鶴が去っていってしまう有名な物語がありますが、「見るなと言われると見たくなる」や「やるなと言われるとしたくなる」という気持ちは理解できます。


逆に「勉強しろと言われるとしたくなくなる」とか「結婚しろと言われるとしたくなくなる」ことってありますよね?

そういう意味では、私自身、あまのじゃく的要素はあります。

特に「自分で認識していること」や「ちょうどやろうと思っていたこと」を指摘されたりすると、逆にやる気が失せてしまうことがあります。

両親はそれを知ってか知らずか、私は一度も「勉強しろ」と言われたことがなく 、そのお陰で志望校に入ることができたと信じています。


もっとも、同じことを言われるにしても、
・その日の自分の気分
・シチュエーション(周りに人がいるとか)
・言われる相手
・言い方
などによって、だいぶ感情や反応は変わると思います。


言いかえれば、人に分かってもらいたい、人を動かそうというときには、相手の気分とか周りの環境とか言い方とかをじっくり考えて言った方が成功確率は格段にあがると思います。


以前『hirog』 で紹介した「いつも綺麗にご利用いただき、ありがとうございます」というトイレの看板などのも、そう言われると逆に汚せない気がするし、「いつも禁煙にご協力いただきありがとうございます」とあれば、そこでタバコを吸うのは相当勇気が要ります。


それが人間の心理だと思います・・・。