ブログの更新が遅れてすいません。

昨夜から腹部下の痛みが続き、夜も寝つくことができなかったので、病院へ行ってみました。

2時間ほど検査を受けたのですが、どうやら黴菌が入ってしまったようで腫れもひどく、今日のところは点滴を受けて帰していただきました。

しばらく安静が必要なようなので若干更新が遅れるかも知れません。

慢性の病気ではなく一過性のものなので安心しましたが、以前の「尿道結石」、「帯状疱疹」に続くもので、どうしてこう「痛みが激しい」ものばかりなのかと残念になります。

自分がMとはいえ、こうも痛いのは考えものです(^^;)。

ところで、今回も病院に行こうと思い、自分なりに色々インターネットで調べてみたのですが、思ったのは「自分の希望と病院側の対応は一致していないことが多い」ことです。

今回は尿道結石の件もあったのでまずは「泌尿器科」へ行ってみようと思い、12時ぐらいに泌尿器科で近いところを探してみたのですが、休診日のところが多く、やっていても予約のみとか午前中のみで終わっているか。

やっと午後も診療しているところを発見したと思ったら、16時からしかやってないのです。

結局、たまたま千歳烏山に、逆に「泌尿器科の外来は木曜のみ」という変わった病院があって、そこに見てもらうことになったのですが、移動もままならない状態だったので、病院を探し当てて行きつくまでは、結構しんどかったです。

もちろん、救急で入ればどこか受け入れてくれたのだとは思いますが、それで救急車を呼ぶのも気がひけるし、日本の病院の診療時間は、もう少し増やすことができないのかな、と素朴に感じました。

大きな病院だと新患の場合、診療時間にいっても、1時間も2時間も待たされたりすることがある、と聞いています。

これもそうならないような受け入れ体制、もしくはその待ち時間が分かるシステムとかがあれば良いのに・・・と思います。

今日は何故か夜に腹痛があり、しばらくオフィスで安静にしていたのですが、肩まで凝ってきて具合が悪くなってきたので、マッサージに行ってきました。

私はマッサージをしているときも、急用のために携帯だけは荷物と一緒におかずに、枕元においています。

具体的には施術師からは嫌でも見える場所においています。

施術は「うつぶせ」で行うことが多いのと、私が通っているマッサージ屋は施術師が多いので、お互いに顔を覚えているということはないのですが、私の赤の携帯と色々な色のおはじきがつながったようなストラップは目立つので、一度この携帯を目にされた方は記憶に残っていて、二度目の施術を受けるときには、この携帯を見て以前施術をしたことがあると言われることがあります(^^;)。



今日の施術師の方はよく話をする男性の方だったのですが、「珍しい携帯ですね・・・」と言いながら、まじまじと見つめています。

そしてふと、「伊達家の家紋ですか?」と口にだされたのです。

実は、私の携帯には伊達政宗の家紋のシールを貼っているのです。

それを目にした人からよく(というよりも時には自分から)、「これは何のシールか分かりますか?」と質問していたのですが、赤の携帯にゴールドのシールだからか、「フェラーリ」などと言われるのが関の山で、誰ひとりとして分からなかったのです。

聞くところによると20代の方にもかかわらず、歴史が好きで家紋も研究したことがあるのだそう。

そしてこのことでお互い急に親近感が湧いて話があちこちに発展していったのですが、もう一つ驚くことが・・・。

オフィスの場所を聞かれて「八幡山」と答えたら、その方は八幡山に住んでいるというのです。

このあまりの偶然には驚きました。

思わず「今度八幡山でお食事しましょう」と誘っている自分がいました。
昨日菅新内閣が発足しました。

鳩山首相の退陣よりも、小沢氏が中枢から外れたことに関しての報道が圧倒的に多いのが不思議です。

それだけ存在感と力のある方なのだろうと思いますが、我々一般国民からみて、菅さんが会談依頼をしても返事がなかったり、両院議員総会にも欠席したり・・・というのを見ていると、少し残念に思われます。

今回の党役員人事では、以前『hirog』でご紹介した「細野豪志」 さんが、幹事
長代理に就任されました。

小沢幹事長のもとでも、副幹事長兼組織委員長として活躍されていた細野さんですが、今回は更に重責です。
執行部の年齢を見ていても、彼だけが38歳と飛び抜けて若く、それだけ期待されている民主党のホープなのでしょう。

秋の参議院選挙はどうなるのでしょう?
菅内閣が失態をおかさなければ、今の良い流れのまま民主党はそれなりの議席を獲得するような気がします。

自民党含む他野党は、いずれも決め手に欠けている感があるので、焦燥感にかられているのではないでしょうか。

話は変わるのですが、私がよく行くお寿司屋 では、お正月に来店した顧客への粗品として「歴代総理の湯飲み」を贈呈しています。

私はこれがとても気に入っていて、毎年楽しみにしているのですが、来年の年明けの湯飲みに、菅さんより後に別の総理の顔が載っていないことを期待したいと思います。

菅さんは、幕末の志士である高杉晋作を尊敬していて、今回の内閣も「奇兵隊内閣」と呼んでいるそうです。

「勇猛果敢に戦う」というコンセプトらしいのですが、経済は政治の影響も大き
く受けるので、是非経済成長へ向けて頑張ってほしいと思います。

先日の『hirog』でダイヤの鑑定 について書きましたが、ここ数日のメディアでダイヤモンドの鑑定が甘く見積もられ、価値がかさあげされていたという問題が取り上げられていました。


具体的には全国宝石学協会がダイヤのカラーを1段階甘く鑑定していたというもの。

鑑定を甘くすれば、宝石販売業者の利幅が増えて、鑑定も増えるという業界内部者の利益だけを考えたもので、その皺寄せは一般消費者に来るものです。

鑑定業は専門知識が必要な職業ですから、一般消費者は信じるしかないわけで、許しがたい行為だと思います。


さて、話は変わりますが、民主党代表、首相に管直人氏が選出されました。


民主党代表に選出されてからの管首相の晴れ晴れとした表情や世論調査を見ていると、もしかしたら長期政権になるかも知れない、という期待もでてきました。


組閣・党人事について連日のようにニュースが流れていますが、今朝私が驚く記事がありました。


中国大使に民間人を起用するというのです。


白羽の矢が立てられたのは、伊藤忠商事元社長の丹羽宇一郎氏。
現在も取締役相談役として経営陣に名を連ねています。


経済界の重鎮として、自民党政権下で経済財政諮問会議の民間議員を務めたり、「地方分権改革推進委員会」の委員長も務めていたこともあり、政府との関係も近かったわけですが、中国との結びつきも深いということで候補にあがったようです。


これまでは外務省の中国語研修を受けた経験のある人間が選ばれていたので、政府主導を印象づけるとともに、中国に対しても対中関係を重視していることの意思表示も狙っていると思われます。


実現したら、個人的には今後の日中のやり取りにどういう変化が起こるのか、かなり興味津々です。

「天地明察」 の中に出てくる一つの神社があります。


主人公である「渋川春海」氏が、和算の開祖とも言われる「関孝和」氏が回答した「算額(絵馬)」、そして春海氏の縁ある女性である「えん」さんと出会う場所。


私は算数も大好きだったし、歴史も好きだし、この小説にも惚れ込んだので、この神社がとても気になってしまいました。

さすれば、神社のことを調べていたら、この神社が現存していることが分かったので、早速昨日訪問してきました。


この「金王八幡宮」は、渋谷駅から徒歩5分ほどのところにあります。
ろくに場所を調べず初めて行ったのに、全く遠回りもせずに鳥居に辿り着いたのは何かに導かれていたのかも知れません。


天気が良かったからか、境内に設置されたベンチに腰を掛けている人達が何人かいて、のどかで不思議な雰囲気を感じたのですが、その原因はすぐに分かりました。


社務所に行って「天地明察に出てくる神社ですよね?」と尋ねると、「算額をご覧になりますか?」とのこと。
「算額」とは、考案した算数の問題を描いた絵馬のことを指します。

締まっていた宝物館の扉をご丁寧に開けていただき、中に通してくださいました。



中国が大好きな社長のブログ


その親切な対応、そして思いもかけなかった「算額」との突然の出会いに、とても嬉しくなりました。


当時は「算額」の絵馬があったようですが、今日絵馬掛けを覗いてみると、意外にも「タレント志望祈願」が多くて驚きました。
場所的なものでしょうか。


購入した「お守り」を、春海さんの精神を思い出すモノとして、大事にしたいと思います。

皆さんは「蕎麦派」ですか、それとも「うどん派」ですか?

私の場合は、その日の気分によります。
ただ、夏は「冷たいそば」、冬は「暖かいうどん」を食べることが多いです。

蕎麦については、私の中で以前いくつかの謎がありました。

一つは「二八蕎麦」の由来。
蕎麦は「蕎麦粉」で作られますが、小麦粉を混ぜたものも多く、小麦と蕎麦粉の割合が2:8のものを「二八蕎麦」と呼ぶそうです。

もうひとつは「ざる」と「もり」の違い。
元々は容器とつゆが異なっていた(ざるは竹ざるに載せる、ざるの方がつゆが濃い)ようなのですが、今では「ざる」には「海苔」を入れて、「もり」は何も載せないものを指しているようです。

蕎麦は、他にも「アレルギー」の人がいたり、「蕎麦湯」という独特の付加価値があったり深いですよね。

個人的には、調布の「深大蕎麦」と大晦日に食べる「年越し蕎麦」が大好きです(^^)。

うどんというと、「讃岐うどん」が有名ですが、うどんの不思議は、関東と関西で「つゆ」の味が違うこと。
関東は濃く、関西は薄味です。
この境界線にはいくつかの説があるようです。

「udon」という映画を見たことがありますが、うどんも奥が深いですよね。

個人的には、「味の民芸」と最近新宿の東口と西口にオープンした「楽釜製麺所」が好きですが、インスタントの「どん兵衛」には中学校の頃からお世話になっています(^^;)。

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ところで、蕎麦屋で「お酒」を飲むという習慣はありますが、うどん屋でというのは無い気がするのですが、これはどうしてでしょうね?
蕎麦屋の方がサイドメニューというかツマミが充実しているからでしょうか?

昨夜、会食が終わってから会社でやりたいことがあったのでオフィスに戻ろうと思い、22時半ごろにオフィスビルの裏口からいつものようにセキュリティコードを入力して入ろうとしました。

ところが何度コードを入れてみても開きません。
表示は「YES」、つまり暗証番号が正しい、と出ているのにロックが外れないのです。

外は雨が降ってきていてどうしようかと思ったのですが、せっかくオフィスまで戻ってきたこともあるので、会社の総務やオフィスビル管理会社など見当がつくところに一通り電話をかけてみました。

時間が遅かったこともあってかどこにも連絡がつかず、そのうちに携帯の電池があとわずかに・・・。

ちょうど隣のビル(オーナーは一緒)の会社の方が出てきたので、セキュリティを管理しているSECOMの電話番号を教えていただき、そこへ連絡してみました。

オフィスや住宅で異常があると数分で到着する、と聞いて期待して掛けたSECOMですが、サポートセンターで電話を受けた方は、担当から掛けなおします、との返事。

そんなうちにも電池が消耗してくるので連絡がつながらなくなることを懸念しつつ待つこと30分、やっと電話がありました。

「20分ほどで担当者が着きます」とのこと。
結局トータル1時間後にSECOM到着です。

ベテランとは言えない方だったので、少し不安を抱きつつも、任せるしか方法がないのでお任せしていたのですが、いつになっても開きません。

聞いてみて分かったのですが、オフィスビルの鍵を持っていないし、セキュリティコードを外すこともできないのです。

半分呆れた私が「どうするですか?」と尋ねると、「一度事務所に戻ります」と言って帰られました。

そして、戻ってきたときには時計の針は夜中の1時を回っていました。

しかし、鍵を持参したわけでも、ソリューションを持って帰ってきたわけでもなく、結局それから更に30分、意味のない時間が過ぎて行きました。

1時半ぐらいに本部から連絡があったらしく、本部からのアドバイスでようやく鍵を開けることができたのですが、私にしてみれば雨の中3時間も待たされた挙句、帰る電車もない状態。

ほとほと脱力してしまいました。

SECOMさん、プロなんですから、緊急時の対応はきちんとやってください・・・。

今日のブログはほとんど愚痴でした、すいません。

食事中や移動中も目を通していたら「天地明察」 を完読しました(笑)。


読んでいて思ったことがあります。


それは昔の先人達は、お互いに察することでコミュニケーションを取っていた要素が大きいんだなーということ。
ひと言でいうと「コミュニケーション手法の深さ」に感心しました。


今に分かったことではないのですが、あらためて現代と比較してそう感じました。


「天地明察」は、江戸時代の小説ですが、その中には主人公が直接会わずして相手のことを察したり、気配ったり、思いやる気持ちや行動が多く出てきます。
言わずして行動のみ起こすことも・・・。


もちろん、相手によっては会うことがままならなかったり、通信手段も今のように携帯電話やメールなんてなかった時代ですから、物理的にも難しいこともあったのでしょうが、それを考慮したとしても感情の表し方や気持ちの伝え方に大きな違いがあったのでしょう。


時には相手の面子や立場を考え、あるときには相手の成長や利益を考えて、あえて叱咤する、あえて言わない、直接的に伝えない・・・、そういうコミュニケーション観です。


そして、大事なことを話したり、切りだしたりする時期やタイミングを意図的に計っている。
機が熟すまでは真髄には触れない。


日本人の気質である、謙虚さ、本音と建前、礼儀ただしさ、真面目さ、義理人情・・・、そんなものが組み合わさったのでしょう。
人間の器の大きさを表しているとも言うことができるかも知れません。


現代は、いつでも、どこでも、簡単に声や言葉を伝えることができます。
そして、よりストレートな表現が増えています。


そういう意味では「もどかしさ」が無くなった半面、そういった言葉に対して、早計に怒ったり、傷ついたり、誤解したり、という反応をしてしまうケースが増えているように思います。


相手のことを思いやり、気遣い、察する気持ち・・・。


昔の人達を見習う部分があっても良いな・・・と素直に感じました。

そして、誰かとお互い察することでコミュニケーションが取れる関係が構築することができたら、それは素晴らしいことだな、と思います。

鳩山首相と小沢幹事長が辞任しましたね。


ここ数日の報道を観ていて予想はできたものの、少し驚きました。


続投なら民主党は参議院選で苦戦したでしょうが、この退陣は国内外を含めた政治不安を招きかねない状況です。


次の代表は9月の代表選までの一時的なリリーフと言われていますが、難なくこなせば継続の可能性もあると思います。


支持政党では「みんなの党」が支持率をあげているようですが、どうも積極的というよりは自民党も民主党も頼りないから、という消去法に近い感じの雰囲気も感じます。
今の危機を救えるような大志をもった政治家や政党が出てくることを期待します。


大志といえば、最近2010年本屋大賞を受賞したという「天地明察」という本を読み始めました。


題名を見ても、目次を見ても、何の本なのかサッパリわからなかったのですが、気が付いたら手に取ってレジに並んでいました。

これも縁なのかも知れません。


「天地明察」の「明察」とは数学の問題への「正解」からきているようです。
「天地明察」は、江戸時代に日本独自の暦をつくった人物についてつづった小説なのですが、自分の本当に関心のあること、やるべきこと、に目覚めて、それに一生を捧げる壮大な姿が描かれています。


ある意味「ベンチャー精神の塊」であり、今の世の中にない「熱いもの」を感じざるを得ません。


まだ読み終わっていませんが、読んでいるうちについつい夢中になってしまう本に久しぶりに出逢えた感じです。


世の中、歴史には、見習うべき人々がたくさんいますね。


元気づけられます。

市場では時折価格競争の域を一気に超えた「価格破壊」が起きることがあります。


もちろん、企業の戦略上そのような価格を設定するわけなので、勝算あっての話ではあるのですが、我々消費者からみると急にモノの値段が下がるので驚くことがあります。


私が印象に残っているのは、80年代後半のハンバーガーの価格破壊。

マクドナルドのハンバーガーと飲み物とポテトがセットで「390円」と、ロッテリアの同じようなセットの「380円」。
これは驚いたし、これによって相当ファーストフードの顧客が増えたと思います。

そして、しばらくして登場した100円バーガー。
これまたこれまでの常識では考えられない値段でした。


もっともハンバーガーでの利益というよりも、100円ハンバーガーを目当てに来店した顧客にと一緒に何かを買ってもらうことで利益を上げるという戦略ですが、私も社会人になりたての頃は大変お世話になりました。


あとは思い起こすのは「回転寿司」でしょうか。

それまで一般家庭にとって「お寿司」は贅沢品であり、たまにしか食べないもの、というイメージがありました。
ところが回転寿司の登場で、寿司の価格が1/2~1/3まで下がりました。


最初は「安かろうまずかろう」のイメージもあった回転寿司ですが、現在では気楽に食べれるおいしい寿司として、すっかり市民権を得ていると思います。


価格破壊の典型としては「100円ショップ」がありましたね。
あれは、見事にモノの価値をあらためて考えさせられるパラダイムシフトを起こしてくれました。


最近では、980円でクォリティも悪くない「ユニクロ」のジーンズ、「幸楽苑」の304円ラーメンなどなど。


サービス業においても、10分1000円でカットしてくれる「QBハウス」、飲み物代だけで楽しめるガールズバー。

私が通っている「リラックス24」は、業界標準の半値で同じマッサージを受けることができます。


現在のTV-CMでグリーが無料ゲームの宣伝をしていますが、もともとは携帯ゲームは公式サイトであれば有料がスタンダードでした。

それが無料の一般サイトができて、そのクォリティがあがって広告ビジネスモデルが生まれ、今やユーザーは無料で高いクォリティのゲームを楽しむことができます。


安過ぎると「大丈夫なのかな?」とむしろ不安になることもありますが、これまでの商品やサービス対価が妥当だったのか、無駄なマージンはなかったのか、などを考えてみると、意外とリーズナブルな価格なのだということが分かります。


これからは、どんな価格破壊が起こるのでしょうか・・・。