何百年もの間、人間は自分の外部にあるものばかり見つめ、外的な状況によって一喜一憂してきた。

 

自分の幸福も悩みも、自分以外のものによって決められると信じていたので、環境や条件が変わる度に恨んだり、妬んだり、怖がったり、がっかりしてきたのだ。

しかし人間は創造的な考えをもっているので、考え次第で幸福にも不幸にもなるのが真実なのだ。

 

自分の生き方は、全て外部からの力に左右されるなどという間違った概念を完全に捨て去って、今ここの天国(調和と平和)をつくるのも、地獄(苦難と悲惨)をつくるのも、まったく自分自身の力なのだと言う事を悟るべきだ。

 

★★★

人には考え方の癖がある。

私は、常に肯定的に捉えようと思っているが、つい否定的な見方をする。

最近は、その場で、否定的な考えだと気づくことも多い。

それが第一歩だろう。

外的なものでなく、自分の力で天国を創りあげれる日が来るだろう。

 

柔らかく、しなやかな心で生きよう。

 

心身共に、一切の束縛から解き放たれて状態。

 

人との対立を減らし、自分と違う意見も「こんな考えもあるのか」と受け入れる。

 

自分に執着せず、柔らかな心で物事を見る。

 

★★★

柔軟心で、毎日笑顔でいたい。

物事を常に善か悪か、正か否かに分別しなくなれば、意識はもっと穏やかになってくる。

 

ジャッジ(判断)と言う重荷を捨て去った瞬間、心の中で交わされる対話はもっと穏やかになり、無心の境地(思考と思考の合間)にずっと簡単に入っていけるようになる。

 

定義、レッテル張り、説明、解釈、評価、分析、ジャッジ(判断)などを止めることが大切だ。

このようなことをすれば、心の中で騒がしい対話が始まってしまう。

 

★★★

原文では、ジャッジではなく、判断と言う言葉になっている。

(英文ではJudgement is unnecessary になっている)

私はジャッジというと、「決めつけ」とか「第三者からの見解・意見」

という感じでとっている。

 

この文は、アドバイスや説明などもジャッジの仲間だという。

私は全く気づいていなかった。

私は、目の前の人の為になると思いクドクド自分の意見を述べていた。

身内に対しては、特に自分の100%正しいと意見を押し付けていた。

なんと傲慢なんだろう。

 

これを読み、目が覚めた気がした。

 

 

 

ジョセフ・マーフィー「人生は思うように変えられる」より

 

私は、自分の考えや感じ方を根本的に叩き直そうと思う。

 

私に必要なのは、これ以上に多くの信念を持つことでなく、

今持っている信念を正しい方向へ向け、適用していくことなのだ。

 

私の潜在意識は、私が信じるように反応してくれる。

 

私の心の中にある神を信じる。

神は私を成功に導いてくれる。

神の知恵は必ず新しいチャンスを与えてくれると信じる。

私は今、自信に満ち、安定した気持ちであらゆる仕事にぶつかっていく。

これからは全てが私に有利に動き、喜びにあふれる日々が迎えられることだろう。

自分に良いことがやってくると信じていない人は、他人の良い事に嫉妬する。

嫉妬する人は、宇宙には一定の豊かさしかなく、誰かが受け取ると、自分の受け取る分が減ると思い込んでいる。
その根底にあるのは、欠乏感、恐怖心、喪失感だ。

しかし、幸福で満足で満たされていると、皆に与えるようになっていく。

誰かや何かにたいしてうらやましいと思った時には、自分の元にもその豊かさがあることを思い出すようにしよう。

人をうらやむのではなく、そんな時こそ愛と祝福を送れる自分でいよう。

 

★★★

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