わたしは、20才になるまで、アメリカ航空留学で格安の価格で飛行機のパイロットになることができるという事実を知らなかった。それに、目が悪くてもライセンスの取得が可能だという事実も・・・
もう少し早く知っていれば、わたしの人生が変わっていたかもしれない。
「目が悪いから」とか、「お金がないから」なんていうつまらない理由で、夢を諦めてしまうのは、本当にもったいないことだ!
とにかく、やってみれば道が拓けるはずだ。
☆☆☆☆☆☆☆
なぜ、日本ではなく、アメリカでパイロットライセンスを取得しようと思ったのか?
それは、パイロットを目指したことのある人ならみんな知っているだろうが、アメリカは格安でライセンスが取得できるからだ。アメリカなら、日本のおよそ1/10の授業料で済む。
機体レンタル料やガソリン代が安いという事は、もちろんだけど、何よりもアメリカのカリフォルニアなどの地域は1年を通して天気が安定しており、晴れる日が圧倒的に多く、日本とは比べ物にならないくらいのペースで訓練を進められるということが、結果的にライセンス取得までの経費を極端に押さえられる要因となっている。
■ 飛行機まめ知識 ■
パイロットのライセンスには、大きくわけて2種類ある。
固定翼(飛行機)と回転翼(ヘリコプター)。
わたしが訓練したのは、固定翼のライセンスだ。
また、固定翼のライセンスには自家用ライセンス(プライベート)、事業用ライセンス(コマーシャル)という自動車でいう1種免許や2種免許みたいなものがあり、プロペラが1枚のもの(シングルエンジン)と2枚のもの(マルチエンジン)、あるいは地上に着陸する普通の飛行機と、水上飛行機という機体の種類によっても取得するライセンスが異なっている。
正式には、『自家用固定翼操縦士ライセンス』という長ったらしい名前のライセンスをわたしは目指した。
ライセンス取得にかかる経費は、スクールや訓練の時期、個人差もあるが、およそ、120万~200万円ぐらい。車を買うお金があれば、飛行機の操縦ライセンスが取れるということだ。
もっと、夢のある話をすると、アメリカでは、300万円ぐらいでセスナが1機、購入できる。
男のロマンだねぇ~ ぅん~ん・・・
☆☆☆☆☆☆☆
...つづく
カリフォルニアの夜は長い。
実際に体験してみると、サマータイムという考え方にも妙に納得してしまう。
サンノゼで迎える2回目の夜、
もう7時だというのに太陽がまだサンサンと輝いている。
カリフォルニア州のちょうど真ん中に位置するサンノゼは、シリコンバレーとしても知られる世界のIT都市である。わたしが生活するドミトリーのある場所は、立派な邸宅が立ち並ぶとても治安が良い所で、夜もとっても静かだった。
フライトスクールでの初日の授業を終え、ドミトリーに戻ってきたわたしは、テラスでホッと一息つきながら、その日体験した興奮をジンワリと思い返していた・・・・・
☆☆☆☆☆☆☆
いよいよ、わたしの挑戦が始まった!!
プライベート パイロット ライセンスを取得に向けてのカリキュラムが始まったのだ!!
朝目覚めると、窓の外は既に太陽がギラギラしており、もう何人かのルームメイトの声がテラスに響いていた。すっかり熟睡していたわたしは、起き上がるなり体中に力がみなぎり、幸福感と満足感、期待感と開放感が入り交じったような不思議な清々しい感覚に包みこまれた。
昨日着いたばかりなのに、もうずっと前からここにいたような気がして、気持ちがとても落ち着いている自分にちょっと驚いた。
朝食を終えると、ランチボックスにベーグルとハンバーグ、目玉焼きを詰め込んだ。授業の準備を整え、バスのように大きなワゴン車に乗り込むと、バスはすぐさまスクールに向かって出発した。まだ打ち解けていないパイロット仲間と一言二言会話をしながら、わたしは、サンノゼの街の様子を眺めていた。
フライトスクールは、リード ヒル ビュー空港という小規模の空港内にある。小ぶりだけど、ちゃんとしたタワー(管制塔)がある空港で、飛行訓練には本当に最高のロケーションだといえるだろう。
スクールに着くと、担当の教官Hさんが、これからのカリキュラムの説明や学校の設備の説明をしてくれた。わたしは、説明よりも何よりも早く空を飛びたかったので、さっそくフライトの予約を取りに行った。2時からのフライトが取れたが、まだまだ時間があるためリード ヒル ビュー空港の周りや、スクールの中を散策して、時間を潰していた。
そして、初飛行の時間になった。40分余りの飛行時間だったけど、あっという間の出来事だった。
テイクオフ(離陸)の瞬間は、もう涙が出るぐらい感動した。
だって、この日を20年以上も夢に見てきたんだから・・・
夢が現実になった瞬間を味あわずして、人生なんの為に生きているんだろう?
最高!!!
・・・・・・・・・・・・・・・
☆☆☆☆☆☆☆
カリフォルニアの風と一緒に、ユッタリと夜が更けて行った。
...つづく
実際に体験してみると、サマータイムという考え方にも妙に納得してしまう。
サンノゼで迎える2回目の夜、
もう7時だというのに太陽がまだサンサンと輝いている。
カリフォルニア州のちょうど真ん中に位置するサンノゼは、シリコンバレーとしても知られる世界のIT都市である。わたしが生活するドミトリーのある場所は、立派な邸宅が立ち並ぶとても治安が良い所で、夜もとっても静かだった。
フライトスクールでの初日の授業を終え、ドミトリーに戻ってきたわたしは、テラスでホッと一息つきながら、その日体験した興奮をジンワリと思い返していた・・・・・
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いよいよ、わたしの挑戦が始まった!!
プライベート パイロット ライセンスを取得に向けてのカリキュラムが始まったのだ!!
朝目覚めると、窓の外は既に太陽がギラギラしており、もう何人かのルームメイトの声がテラスに響いていた。すっかり熟睡していたわたしは、起き上がるなり体中に力がみなぎり、幸福感と満足感、期待感と開放感が入り交じったような不思議な清々しい感覚に包みこまれた。
昨日着いたばかりなのに、もうずっと前からここにいたような気がして、気持ちがとても落ち着いている自分にちょっと驚いた。
朝食を終えると、ランチボックスにベーグルとハンバーグ、目玉焼きを詰め込んだ。授業の準備を整え、バスのように大きなワゴン車に乗り込むと、バスはすぐさまスクールに向かって出発した。まだ打ち解けていないパイロット仲間と一言二言会話をしながら、わたしは、サンノゼの街の様子を眺めていた。
フライトスクールは、リード ヒル ビュー空港という小規模の空港内にある。小ぶりだけど、ちゃんとしたタワー(管制塔)がある空港で、飛行訓練には本当に最高のロケーションだといえるだろう。
スクールに着くと、担当の教官Hさんが、これからのカリキュラムの説明や学校の設備の説明をしてくれた。わたしは、説明よりも何よりも早く空を飛びたかったので、さっそくフライトの予約を取りに行った。2時からのフライトが取れたが、まだまだ時間があるためリード ヒル ビュー空港の周りや、スクールの中を散策して、時間を潰していた。
そして、初飛行の時間になった。40分余りの飛行時間だったけど、あっという間の出来事だった。
テイクオフ(離陸)の瞬間は、もう涙が出るぐらい感動した。
だって、この日を20年以上も夢に見てきたんだから・・・
夢が現実になった瞬間を味あわずして、人生なんの為に生きているんだろう?
最高!!!
・・・・・・・・・・・・・・・
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カリフォルニアの風と一緒に、ユッタリと夜が更けて行った。
...つづく
私は眠りから覚め、
そっと窓の外に目をやった。
ギラギラと鋭い光がまぶたに差し込む。
小さな窓の外には、
バイオレットブルーの雲海が一面にひろがっている。
どこまでも続く青空を
私はしばらくボーッと見下ろしていた。
そうだ、
ついにオレは来たんだ!
子供のころからここに来る事は分かっていた。
何度も何度も、夢に見てきたんだ。
憧れの大地が、
すぐ目の前にある。
昨日から、ずっと鼓動が早い。
よし、やるぞ!
日付変更線を越え、
時間が巻きもどされた。
出発した日の朝が、もう一度やってきた。
1999年5月30日、
サンノゼ空港に着いたのは、もうお昼前だった。
緊張のせいか、お腹がなっている。
入国審査に少し手間どった。
私は、多額のトラベラーズチェックを持っていたため、
審査官に理由を聞かれ、「これは、授業料だ。」と説明したが、
なかなかうまく英語が通じなかった。
ついには日本語が話せる審査官が出てきたので、
もう一度事情を話すと、やっと通してもらえた。
--- 日本語を話せる審査官がいるなんて、さすが、シリコンバレーだな...
ロビーに着くと、今日からお世話になるTさんが、
ウェルカムプレートを持って、もう待っていてくれた。
黒いサングラスの奥に笑顔がこぼれ、
白い歯が褐色の肌をより強調していた。
先輩パイロットでもあるTさんは、やけにカッコ良かった。
軽く挨拶を交わし、さっそくTさんの車に乗り込んだ。
ドミトリー(寮)で荷物をおろし、フライトスクールに向かった。
私は一刻も早くお目当てのセスナに乗りたかったが、
今日はドミトリー(寮)の仲間と一緒にサンタクルーズへ行く事になった。
ドミトリー仲間みんなで野球をするらしい・・・
訳も分からないまま、私はスクール仲間のM君の車に乗せられ、
サンタクルーズに連れ去られた。
白い砂浜、肌を刺すような日ざし、
カリフォルニアの涼しい風が、心地よく頬を撫でて行った。
わたしは、野球をやりながら思った。
『なんで、着いた初日からオレは浜辺でボールを追い掛けているんだよ?』
時差ボケで頭が割れるように痛かった。
『あ~っ、早くドミトリー帰って寝た~い (×.×)』
そして、延々と続いた野球もやっと終わり、
もうろうとした意識の中、車の中で見た景色は最高だった。
ちれーだにゃ~♪ ラリホーッ♪ ラッリホー♪
初めて見るカリフォルニアの夕日は、
日焼けでヒリヒリ痛む私の腕をより一層赤く染めていた。
PS: 次の日、私は全身筋肉痛になっていた。 うぅ~っ!
...つづく
そっと窓の外に目をやった。
ギラギラと鋭い光がまぶたに差し込む。
小さな窓の外には、
バイオレットブルーの雲海が一面にひろがっている。
どこまでも続く青空を
私はしばらくボーッと見下ろしていた。
そうだ、
ついにオレは来たんだ!
子供のころからここに来る事は分かっていた。
何度も何度も、夢に見てきたんだ。
憧れの大地が、
すぐ目の前にある。
昨日から、ずっと鼓動が早い。
よし、やるぞ!
日付変更線を越え、
時間が巻きもどされた。
出発した日の朝が、もう一度やってきた。
1999年5月30日、
サンノゼ空港に着いたのは、もうお昼前だった。
緊張のせいか、お腹がなっている。
入国審査に少し手間どった。
私は、多額のトラベラーズチェックを持っていたため、
審査官に理由を聞かれ、「これは、授業料だ。」と説明したが、
なかなかうまく英語が通じなかった。
ついには日本語が話せる審査官が出てきたので、
もう一度事情を話すと、やっと通してもらえた。
--- 日本語を話せる審査官がいるなんて、さすが、シリコンバレーだな...
ロビーに着くと、今日からお世話になるTさんが、
ウェルカムプレートを持って、もう待っていてくれた。
黒いサングラスの奥に笑顔がこぼれ、
白い歯が褐色の肌をより強調していた。
先輩パイロットでもあるTさんは、やけにカッコ良かった。
軽く挨拶を交わし、さっそくTさんの車に乗り込んだ。
ドミトリー(寮)で荷物をおろし、フライトスクールに向かった。
私は一刻も早くお目当てのセスナに乗りたかったが、
今日はドミトリー(寮)の仲間と一緒にサンタクルーズへ行く事になった。
ドミトリー仲間みんなで野球をするらしい・・・
訳も分からないまま、私はスクール仲間のM君の車に乗せられ、
サンタクルーズに連れ去られた。
白い砂浜、肌を刺すような日ざし、
カリフォルニアの涼しい風が、心地よく頬を撫でて行った。
わたしは、野球をやりながら思った。
『なんで、着いた初日からオレは浜辺でボールを追い掛けているんだよ?』
時差ボケで頭が割れるように痛かった。
『あ~っ、早くドミトリー帰って寝た~い (×.×)』
そして、延々と続いた野球もやっと終わり、
もうろうとした意識の中、車の中で見た景色は最高だった。
ちれーだにゃ~♪ ラリホーッ♪ ラッリホー♪
初めて見るカリフォルニアの夕日は、
日焼けでヒリヒリ痛む私の腕をより一層赤く染めていた。
PS: 次の日、私は全身筋肉痛になっていた。 うぅ~っ!
...つづく
ここまで書いてきて、パパが、日頃考えている事が、
たぶん、Show8にも少し分かってくれたことだろう。
それじゃあ、今日からしばらくは、
パパの過去にタイムスリップしてみようと思う。
さあ、
机の引き出しを開けてごらん...
ほら、
Show8くん、こっちこっち~っ(ドラ声で...(^^;)
♪~ こんなこっと、い~いな
でっきたらい~いなっ...
ジャン♪
パパえ~もん~ ♪
...つづく
たぶん、Show8にも少し分かってくれたことだろう。
それじゃあ、今日からしばらくは、
パパの過去にタイムスリップしてみようと思う。
さあ、
机の引き出しを開けてごらん...
ほら、
Show8くん、こっちこっち~っ(ドラ声で...(^^;)
♪~ こんなこっと、い~いな
でっきたらい~いなっ...
ジャン♪
パパえ~もん~ ♪
...つづく
お金
名誉
ブランド品
賞賛
プライド
・・・
大事にしていた宝ものすべて
次の世界へ持って行けない
持って行けるのは、
思想
満足感
幸福感
思い出
愛情
情動
・・・
すべて形にならないものばかり
人は何のために生まれ、
何のために生きているのか?
時々、
立ち止まって
想いをめぐらせる
私は何を残せるだろう・・・
ただ、私にもわかること
それは、
宝物は目に見えないということだ
名誉
ブランド品
賞賛
プライド
・・・
大事にしていた宝ものすべて
次の世界へ持って行けない
持って行けるのは、
思想
満足感
幸福感
思い出
愛情
情動
・・・
すべて形にならないものばかり
人は何のために生まれ、
何のために生きているのか?
時々、
立ち止まって
想いをめぐらせる
私は何を残せるだろう・・・
ただ、私にもわかること
それは、
宝物は目に見えないということだ