以前にも増して酒に弱くなっている。少量で酔いが回ってしまう。トイレなどで席を立ったときにまわっていることに気づき、そこから急速に気分が悪くなることが多い。健康診断でガンマGTPというものが適値とかけ離れていると判明した。肝臓に注意せねば。

反してタバコの量は増えている。煙を吐くとき輪っかを作れるようになった。嬉しくなったがすぐに「だからなんなんだ」と自問し、むなしくなる。肺はもう諦めた。
腰のリハビリも兼ねて、新宿LOFTで行われたライブ“RHYTHM OF FEAR”で踊る。痛みはなくて安心した。

メインを勤めたFLYNIG RHYTHMSの最近リリースされたデビューアルバムが良かったので期待していた。日本で最も忙しいエンジニアと言われるダブ・ミキサー内田直之とドラム&パーカッションの原始リズムが、CDでは非常にトランシーかつスペーシーかつダンシー(HPより引用)で魅力を感じていたのだが、ライブはオーディエンスを意識しない自愛に満ちたパフォーマンスだった。部分部分でノせてくれても気持ち良さを長続きさせてくれない。惜しい感じで残念だ。

54-71は3ピースになり装いがかなり変わった。昔の曲は一切やらない。ただ、上半身裸でチンピラ風情のボーカル、ゴリラなベース、エルトン・ジョンのTシャツを着たドラムは噂にたがわぬ大道芸人ぶりだ。レゲエバンドのDUBSENSEMANIA、ムーディーなGROUPは個人的にあまりピンと来ず。全ての間を繋いだDJ HIKARUは、次のパフォーマーをしっかり意識したセレクションでプロフェッショナルだった。それなりに楽しめたライブだったが消化不良の感は否めず、付き合わせた[ウチシバクン]に少しだけ申し訳ない。
映画を見に行こうとしたが、上映時間のタイミングが合わず断念する。変わりにブンレツグランマが以前から見たいと連呼していた「秘密の花園」のビデオで借りてくる。彼女はなぜかこの「秘密の花園」を「小公女」と言う。どんな映画かを僕に説明すると、内容がどうにも「秘密の花園」なのに「小公女」だと言って聞かない。調べてみると原作者が同じフランシス・ホジソン・バーネットだった。それで間違えていたようだ。危うく「小公女」を借りるところだった。訂正するのも面倒なのでこれを「小公女」にすることにした。よほど気に入ったらしく、2回観賞していた。

フランシス・ホジソン・バーネット
秘密の花園
[ウチシバクン]にはいつも急に呼び出される。また映画や音楽の話に終始した。居酒屋でコーンバターを頼む。二人で一心不乱にコーンをつまむ姿がつぼに入った。なかなか間抜けだ。あまりに面白かったのでもう1回同じメニューを注文する。なかなか出てこないので「すいません、頼んだコーンバターがまだ来ないんですけど」と催促した。すると在日中国人と思われる店員がテーブルに落ちていたコーンを見つけ「コレハ?」と聞いてきた。多分、君たちさっきコーンを食べたのではないか?食べたことを忘れたのか?という含みがあったのだと思う。「いや、もう一品頼んだのです」と答えながらまたつぼに入った。これがもし日本人の店員ならテーブルにコーンが落ちていても聞き返さないだろう。その潔さというか、素朴な疑問をぶつける姿に感心した。素敵だ。彼女たちの名札にはミドリやナミといった明らかな源氏名が付いている。普通の居酒屋なのだが、そのような名前を付けるのは店側としてどんな意図があるのだろうか。
中学からの友人[ダーチャン]と会う。彼も変わらないが、僕のほうが変わってないかと思われる。なにぶん成長しない。最近気付いたのだが、僕はまじめな話や込み入った話が苦手なようだ。薄っぺらく生きているのだからしょうがない。考慮を怠るとろくなことがない。車を運転し、酒を酌み交わし、家に招かれるなど、想像もつかない頃からの付き合いなわけで、当時を思い返してみて懐かしむ。

同棲中の彼女がアメブロをやっていて仰天した。こういうプライベートはばらさないほうが良いのだろうか。怒られたら消そう。夜遅くにお邪魔し、持て成されて申し訳なく思いつつもふんぞり返っていると、あまり飲んでいないのに気分が悪くなり、危うく二人の住まいで吐くところだった。すぐに持ち直して安堵する。久しぶりの再会で気を良くして帰りの車は熱唱、独唱、飲酒運転。後ろにパトカーがいても気にしない。ように装いながらシートベルトを付ける。
長く座っていると、たまにピキッと痛みが走る。まだ本調子には至らない。いつまでも腰痛と隣り合わせということになりそうだ。もうそれはそれとして仕方がないので腹を括った。久しぶりに携帯電話が鳴ったことで、そろそろ対外活動を始めようとする。最近は携帯の使用頻度が減って料金も激減。経済的でそれも良しとする。毎日のように魚を食べているせいかカルシウムが足りているようだ。
ドラフト会議終了。僕にとっては毎年の一大行事になる。そのドラマ性に魅せられて10年以上が経つ。中日のドラフトは早くから指名を発表して他球団を牽制する、ここ最近に見られる堅実さが出た。変化といえば高校生主体から連覇のための即戦力固めに移行した点。僕は高校生主体論だったが、自分が年をとるに連れて紆余曲折がある選手が好きになってきた。中日では渡辺、大西、仲沢など。

 自由枠:樋口龍美・投手・左投げ・JR九州・28歳
中日が初めて自由枠を行使した即戦力左腕。妻子持ちの28歳ということで1年目からの活躍が使命課題。野口のトレードが噂されているので、山本昌に次ぐ左のローテーションとして新人王争いに絡めるか。

 2巡目:中田賢一・投手・右投げ・北九州市大
学生時代は怪我に泣いたが150キロのストレートを投げる素材抜群の速球派。高校時は全くの無名ながら急成長を遂げた。まだ使い減りしていない強みがある。数年後の先発の柱に。

 4巡目:川井進・投手・左投げ・日本通運・24歳
先発、中継ぎをこなせるサウスポー。柔らかい肩と長いリーチからキレのある速球とスライダー、カーブを放る。ローテの谷間やセットアッパーとして重宝する存在になり得る。

 5巡目:鈴木義広・投手・右投げ・中部大
地元から指名を受ける。恵まれた体躯から威力抜群の球を投げる大型サイドハンド。同じ横手投げの正津・川岸としのぎを削る。リリーフよりスターター向きの声も。

 6巡目:石井裕也・投手・左投げ・三菱重工横浜クラブ・23歳
難聴で左耳が聞こえない「サイレントK」の異名を持つ社会人屈指の左腕。横浜の指名が濃厚だっただけに意外だった。中継ぎで30試合以上を期待。入団拒否が懸念材料。

 7巡目:中村一生:外野手・右打ち・国際武道大
ノーマークだったパワーヒッター。今年代打の切り札として活躍した高橋光信の大学の後輩にあたる。ライバルになれるか。

 8巡目:小山良男:捕手・右打ち・JR西日本
中学、高校、大学で全国制覇の経験を持つアマチュアのサラブレッド。松坂・木佐貫らとバッテリーを組み、経験豊富でリードに定評がある。引退後は指導者としても一花咲かせそう。

 9巡目:金剛弘樹:投手・右投げ・日本通運・25歳
毎年ドラフト候補に挙がっていた右腕がついに指名。強い精神力を持ち、樋口に次ぐ即戦力か。右のセットアッパーが高齢化している現状を打破してほしい。

 10巡目:鎌田圭司・内野手・左打ち・トヨタ自動車・25歳
160cmの小兵内野手。おそらく現在の日本プロ野球界で最小の選手になる。俊足、好守で鉄壁の二遊間・井端、荒木のスーパーサブに。

 11巡目:沢井道久・内野手・両打ち・東海理化・25歳
中村一生と同様に詳細が分からず。スイッチヒッターは貴重な存在。手薄な内野陣だけに守備要員として開幕一軍も。

 12巡目:普久原淳一・外野手・左打ち・法大
六大学屈指の守備力を誇る俊足外野手。早くから指名を予想されていた一人。左の英智になれるか。

ほぼ受け売り。それなりに楽しめたドラフトだった。日ハムが獲得した上武大投手の菊池をスルーしたことが意外だ。あとは中村、沢井の隠し玉。セ・リーグは実力が拮抗して連覇が非常に難しくなっている。そんな中で即戦力候補のみを指名したのは意思が明確で好感が持てる。

現段階で勝ち組とされるのは横浜だろう。那須野や染田、藤田などネームバリューの高い選手を多く獲得している。涌井・星指名の西武と江川・高橋徹指名のダイエーも相変わらずうまかった。巨人とロッテもまあまあか。日ハムは来年よりも3年後が非常に楽しみだ。楽天の即戦力偏重はチームの余裕のなさがうかがえる。全体的に高校生の指名が少ないのは、日本プロ野球界の現状に対する危惧のあらわれかもしれない。

今年のペナントレースは一軍二軍の入れ替えが激しかった中日。新人の中で少なくとも半数以上が一軍の試合を経験することを願う。入団間もない選手が早く引退するケースも目立つので、早めに結果を出さないと厳しいだろう。レギュラー、主戦級の活躍を見込むよりも、戦力の厚みを増す王者のドラフトといえるかもしれない。ただ、このようなドラフトが毎年のようだと危うくなる。チームの顔となるべくスター選手は最短距離の高卒が多い。底上げがある程度になれば、以前のドラフト姿勢に戻してほしい。
僕は病院で名前を呼ばれるのを待っていた。一組の男女が受付で看護婦に話しかけている。女性のほうは青の長いガウンのようなものをすっぽり被っている。長身、鼻がスッと高く、黒髪を後ろで束ね凛々しい顔立ちをしていた。縁の眼鏡がよく似合う。しかしどこかアンバランスだ。ガウンの下から覗くスニーカーが厚底で子どもじみているせいか。男性のほうは口ひげを蓄えた齢40前後で、柄のパンツに自己主張が見られる。仕事に家庭に充実していそう。診られるのは女で、男は付き添いのようだ。二人は一旦レントゲン室へ向かった。凝視していると、彼女はこちらにチラリと視線を向けすぐに反らし、次いで僕も反らした。

数十分が経っても僕の名前は呼ばれない。その間に二人が戻ってきて、診察室の前の椅子に座った。そして彼女はおもむろにガウンを脱ぐ。上は赤と黄色のカットソーで、下はジャージを着ていた。僕が想像していたより遥かに若かった。高校生、もしかしたら中学生といえるような服装だ。二人は親子なのだろう。エキゾチックな顔と長い足は、あるいはハーフなのかもしれない。自分と同年代とふんでいた女性が干支一回り違うと分かり、まあ勝手な妄想なのだが、一層に掻き立てられてなお視姦する。

看護婦に呼ばれた。そうだここは病院だったと、本来の目的を思い出す。
ニュー・ジャーマン・シネマ絡みで「ブリキの太鼓」と共に借りた。「ブリキの太鼓」フォルナー・シュレンドルフ監督と本作のヴェルナー・ヘルツォークが「10ミニッツ・オールダー」で競演していたことに、見ていながら今さら気づいた。ドイツはサッカーや観光業、ゲルマン民族をみると愚直で地味さが拭えない。この「カスパー・ハウザーの謎」で登場する人物や、台詞回しも無駄を嫌っている。ドイツ人と日本人の国際結婚は長続きするらしく、相性の良さがうかがえた。

実在の人物カスパー・ハウザーの数奇な人生を辿る。塔の中で知性を育まぬまま生活していたカスパー・ハウザーは、喋れなく歩けない。まるで狼少女のようだ。そんな彼が青年期に街の広場に投げ出され、そこの人間に拾われて初めて教育が施される。成長過程でアイデンティティーが芽生え、片言で屈辱を語る姿が印象に残った。ドキュメンタリーでディレクションを培ったヘルツォークのリアリズムは説得力がある。知識と言葉を身につけたカスパー・ハウザーは、“地下牢は外よりましだ”“聖歌に吐き気がした”と世界を痛烈に批判する。そんな彼を異端児とみなす正常な人間社会こそが異常だと言いたかったのだろう。実際カスパー・ハウザーに移入した。それを踏まえた上で、この社会に生きる論理や道徳を肯定する。
夕方、自転車で芦花公園まで走る。暮れるのが早くなってきた。手と耳が冷たく感覚が鈍る。自転車は良い。ほぼ無心になれ、心地よく汗をかける。流れる景色のスピードも適当だ。途中で家の屋上で佇む犬がいた。まるで物思いにふけっているよう。ふけることのない僕は犬にも劣る何畜生だ。