BLOGカンパニー に参加。架空会社として、ブログ内容によって配属先を決められ、更新回数によって昇進する。怠れば降格もあるらしい。エンタメ部に配属された。サイドバーへの設置ができず。サイバーエージェントは自らが関わっていないブログアクセサリーに優しくない。


かなりサイドバーが騒がしくなってきた。ランキングに躍起になっている僕がいる。節度を設け、自分はその縛りの範疇でクリーンに活動している、のだろうか。男子に備わる原始的な競争意識や出世欲が、露骨に露呈されるのは本意でないと翻意して自分本位を改めるよう心がける。

階級社会が根強く残るイギリスにはさらに、北アイルランド、スコットランド、ウェールズ、イングランドと4つの連合からなる。それぞれの文化や風習がある。スコットランドの労働者階級の若者の、もがきながらも抜け出せない姿が描かれる。

服役中の母親、姉とその小さな息子と家族で一つの家に住むことを願う少年リアム。キャラバン購入のために、小銭しか稼げないタバコ売りを辞めて犯罪に手を染めていく。彼の環境は厳しい。自分の父親ラブと恋人スタンが手を組んでドラッグを売りさばいている母ジーンは、スタンをかばって刑務所に入り、今もなお片棒を担がされている。冒頭、いびつな家庭環境を理解するのに時間を要した。スタンとラブに連れられてジーンに会いにいくリアムだが、彼らと心が通っていない。しかしラブとは血が繋がっているという。リアムはジーンにだけ愛しいものを見る眼差しを送る。

リアムが愛情を渇望するのに対し、姉シャンテルはジーンを許さない。リアムの相棒ピンボールは状況がもっとひどく、身寄りがない。二人で犯罪に手を染め、リアムがのし上がるのを尻目に、無能な彼は破滅の道を辿る。幸せを掴めない彼らを、無駄な演出を省いてカメラは淡々と捉えた。警察に終われる身となったリアムの16歳の誕生日、シャンテルから電話が入った。弟を案ずるジーンに、リアムは「バッテリーが切れそうだ」と言って電源を切る。バッテリーとは、夢に奔走した自分を指しているように思えてならなかった。

RoyksoppとSpace Cowboyの新譜が近日に同日発売で頭を抱える。悩むと両方購入する悪い癖が出るが、それは抑えたい。どこかメランコリックなRoyksoppは前作で登場したキャラクター・レノ君がまた登場するのだろうか。そのキャッチーなメロディーには暗く厚い雲が立ち込める。カバーセンスが光るSpace Cowboyが次は何を元ネタに選ぶか。そのキャッチーなメロディーには底抜けに明るい光が射す。

ヘヴィーローテーションだったアルバムや生で体感したアーティストは、その当時を思い出して懐かしくなったりへこんだりする。双方に引っかかる箇所がある。

肌の隙間 ピンク四天王の一角を担った瀬々敬久が18禁映画を撮った。戻ってきたというのが適切だろうか。「MOONCHILD」は善し悪しは別にして少なからず思い入れがある作品だったので、これは見逃せない。

母親を殺した引きこもりの少年・秀則と、自閉症のその叔母・妙子が歩む当てのない旅を追う。二人で外国へ行こうとするが、外界に疎い彼らはその術を知らない。

道中で出会う妙子の母親、二人を拾うアイスクリーム屋、負傷した秀則を治療するホームレスが人間の欲望として描かれた。アイスクリーム屋とホームレスは性的欲求を満たすために二人を助ける。妙子の母は、妙子がゆきこを殺したと思い「おまえが死ねば良かったのに」と恨み節をぶつける。同じ娘でも健常な姉を愛し、精神を病む妹を嫌った母。さらに「おまえを生んだ私への仕返しか。子宮に帰ってよ」と掴み掛られた妙子は、涙を流しながらうなり声を上げるだけだった。

何もかもが剥きだしだった。トマトを食べるシーンが重なる。食しながら果汁が飛び散る模様と、その湿らす唇の動きがエロティックである。喰らいつつセックスをする、食欲と性欲を同時に満たすダイレクトな行為もした。セックスに関すると、秀則は妙子を拒む。妙子も挿入を試みると痛みで断念する。それが徐々にお互いをむさぼるようになった。生と死を捉え、それに直結するセックスと食が生々しい。

秀則が捕まえた川魚を石で叩き殺す。血で赤く染まる目や内臓が飛び散る。そのグロテスクでいたたまれない暴力が生の実感であり渇望だった。生き方や愛し方が不器用で好転しない。

今週から朝日新聞で連載されている、写真家・島尾伸三の脱力エッセイを楽しみに読んでいる。父親で作家の島尾敏雄のこと、「死の棘」で描かれた島尾ミホのこと、夫人で同じく写真家の瀬田登久子のこと、娘で漫画家のしまおまおのこと。いろいろとあったろうに、他愛もない風に装っている。

そういえば最近「死の棘日記」が出版されたり、高橋恵子主演で「死の棘」が舞台化されたりと、彼ら家族の周辺がにわかに活気づいている。「死の棘」は読破できなかった記憶がある。続編の「日記」やアレクサンドル・ソクーロフ監督作の映画「ドルチェ」が気にかかるのであれば、まず挫折したそれを手に取らざるを得ない。探してみよう。見つからなかったら諦めよう。


著者: 島尾 敏雄
タイトル: 「死の棘」日記

弘善湯 弘善湯 下馬2-36-15

縁側を眺めながら全裸になる。浴室にはスピーカーが備えられて、歌謡曲が流れている。つぶれた音がまた趣き深い。Four Seasonsなどオールディーズもかかってセンス抜群だ。

バイタル熱気浴と名付けられた湿室サウナが無料で楽しめる。注意書きに「サウナと水風呂を交互に利用すると良い」と書いてあったが水風呂は設置されていなかった。ジェットとバイブラの2槽の湯船がとにかく熱い。ジェットは勢いがすさまじく、湯の色が気泡で白く濁って見た目も熱さを助長する。

丸い腹にスキンヘッドの男が二人。お互い目を合わすでもなく全くの他人のようだが、頭の洗い方は一緒だった。洗顔のついでに石鹸のついた両手を後頭部まで回す。僕は我慢ができず口元がヒクヒクしていた。

気温が適度であるこの季節が銭湯日和のように思える。無精髭を蓄えタンクトップ、ハーフパンツ、サンダルという出で立ちにリュックを背負う。さながら裸の大将で、さらにタオルを頭に巻いて帰路に着く。

ワールドカップ予選に目もくれず楽天-中日戦を観戦したが連勝ストップ。川岸は良いピッチングが続いて、そろそろ勝ちゲームで起用されそうだっただけに残念な結果である。先発の川上、責任投手の川岸、サヨナラを打たれた高橋聡を攻めるつもりはない。若手投手の朝井に再び抑え込まれたことが腹立たしい。

物心がついた時に入団し、それからずっと第一線で活躍をしてきた立浪には思い入れが強い。長きに渡る僕のヒーローである。チームが低迷して優勝を諦めたシーズンなどは、立浪の打率だけが気がかりになる。足を痛めて守備と走塁が平均以下、小さい体で長打はないがチャンスにめっぽう強い。終盤、僅差、得点圏が揃えば十中八九タイムリーが出ていたようにも思える。その立浪の得点圏打率が2割5分。重用せずに見極めを。

調子が悪かったPCも助言を受けて直ったと思いきや、どうも起動したりしなかったりで、いよいよリカバリをしなければならない可能性が出てきた。バックアップに追われる。

起動やコピーの間に掃除をする。窓はいくら拭いてもヤニが取りきれず、いつまでも雑巾が濁る。布団はいくら叩いてもほこりが止まず、いつまでも周辺の空気が粉っぽい。よく見ると壁は黄色い。

オペレッタ狸御殿 1939年から続いた「狸御殿」シリーズの新作を御大・鈴木清順が撮りあげた。「時代劇は制約が多いが、それをどう利用するかが面白い」と言っていた清順独自のワールドと、歌と踊りを絡めたラブストーリーとのクロスオーヴァーは楽しみだ。

がさら城の城主である安土桃山は「生きとして生けるもので一番美しいもの」の座を、息子の雨千代に奪われることを恐れ、彼を快羅須山へ捨てようとした。その途中で雨千代は運良く難を逃れ、狸姫と出会う。二人は互いに惹かれ合うが、その恋の行く末には弊害があった。狸姫が住む狸ヶ森には「狸と人が恋に落ちてはいけない」という掟があった。乳母のお萩は「人は病」と言う。人と関わると災いが生じるとのことだが、この言葉は痛烈だ。人間以外にとって、人間は存在自体が悪だととれる。

セット、ロケ、CGがめまぐるしく入り混じる。文化が雑多に取り込まれたセット、平坦な2次元のCGが奇想天外な玉手箱のようだった。ミュージカルは娯楽満載。中でもびるぜん婆々を演じた由紀さおりの歌がとりわけ見事だった。ラップもこなす。お萩との対決にジャンケンで敗れて婆々は命を落とす。そのやり取りもまたコメディとして質が高いが、最期として披露する歌詞がまた笑う。「生まれ変わってもまたびるぜん婆々として100歳まで生きたい」。

エンドロールで狸楽団の永瀬正敏と田中要次の名前が目についた。東京スカパラダイスオーケストラの長身は気づいたのだが、その2人は全く分からなかった。木村恵吾、美空ひばりと偉大な故人も名を連ねる。

PCが言うことをきかない。以前にもあったが、どうも深刻なようだ。公私ともに困り果てる。毎日漫画喫茶に行くことになるのか。打開策を探す。 テキストだけアナログもしくは他ツールを使用して、しばらくは面倒なことになりそうだ。