電車には、渋谷・池尻大橋・駒場東大前・下北沢・三軒茶屋から乗る。行き先や天候によって駅を変える。近場へは無論愚問で自転車のみ、電車を使用する日は週の半分もない。何が言いたいのかというと、月極の駐輪場は利用しないということだ。駅前に放置することが良くないなんて百も承知だが、うるさいと。ちょくちょく駐禁していれば、そのうちしょっ引かれるのも時間の問題である。
地下鉄を降りて地上に上がると土砂降りだった。びあんち号
を止めた場所に自転車は一切ない。撤去先が書かれた張り紙がそこにあった。何もかもずぶ濡れだ。何もかも。
下目黒集積所の営業時間は平日の場合15時から18時。明日は引き取りに行けない。しばしの別れだ。すまない。愛している。
「野球好き」でセ・パ交流戦を見ていると、スポンサーである日本生命のCMを必ず目にする。保険会社の広告など古今、総じて酷い、見るに耐えないが、谷川俊太郎を起用してこれが大当たり。野球でいうところの“起死回生の一発”だった。
小学生時分は谷川俊太郎の詩が好きで、彼の詩集をたくさん買い与えられた。講演会にも足を運んだ記憶があるのだが、その内容はもとより、一つの詩も思い出せない。僕は何をやっているのだ。読もう読もうと思って本がなかなか読めない。眠い。朝には忘れる。
- 谷川 俊太郎
- みみをすます
曽我部恵一がステージに立っていることに気づかなかった。太っていたのだ。音合わせをして、円陣を組んで、やっと存在を知る。彼ら自身が音楽を楽しんでいて、それが伝染する。5歳になるという、おそらく溺愛しているだろう彼の愛娘が作った歌を歌った。その詩は、もちろん彼の手が加えていられると思われるが、ストレートかつウィットに富む。“テレフォン・ラブ”でオーディエンスをあおって合唱、一体感がすがすがしい。
キセルの1曲目“ベガ”は、彼らの中で僕が最も好きな曲の1つで、個人的にこれ以上はないすべり出し。ステージ真ん中にいるなで肩の男に見覚えがあると思ったらエマーソン北村だった。カバー“鮪に鰯”で締める。辻村兄弟の声に高田渡の歌がはまるとは。浮遊感が漂う。30分が短く、ワンマンも行こうか知らん。
友人と相撲観戦。初めて両国国技館に足を踏み入れた。といいうか大相撲を生で見ることが初体験で興奮する。和服を召した方が多い中、外国人も多く見る。観客も関取も邦人とのシェアは同じくらいだろうか。
幕下上位の取り組みから見始めた。十両に入ると力士の体つきが変わる。肉の張り、とりわけ背中の美しさが際立つ。両手を挙げてそんきょをすると、背筋のなだらかな曲線が見事だ。その力士たちの名前を叫ぶ、常連客の掛け声もまた見事。タイミングや声のとおりに粋を感じる。
幕内の優勝争いには大関・白鵬、関脇・雅山、新入幕の把瑠都が残って、雅山と把瑠都の対戦が今日のハイライトだった。快進撃を続ける把瑠都だったが上位との差はあるようで結果、雅山と白鵬に絞られた。我らが普天王
は二桁勝利に王手をかける。名古屋は三役復帰をかける大事な場所になりそうだ。
観戦後にディナーは新宿で良さげな店を紹介してもらいつつ。彼とは10年近い付き合いだが、パスタを取り分ける際、スプーンとフォークを使ってスープまできれいにすくい取り、そんな特技を知って、うけた。
間宮兄弟はここにもいる。大きい夢や希望など持っていないが、日々の小さな幸せだけを追い求め、趣味に生き、無駄な雑学を増やし、女心の分からない僕は果たして、間宮兄弟のどちらだろうと、鑑賞前に思っていた。森田芳光といえば「家族ゲーム」「(ハル)」など、監督を意識して映画を見る以前から、なんとなく鑑賞しては印象に残っているものが多い。
自転車が2台並んで止まり、弟の徹信が橋から新幹線を眺めている。抗菌のウォークマンを耳にはめ、失恋して涙を浮かべている。兄の明信が慰めに来て、チョコレート、パイナップル、グリコと大幅に歩き、徹信はそれを見て笑った。兄弟二人仲良く暮らし、恋人はいなくても幸せな毎日を送っている。
彼らのアフター5は自宅でイスを並べて明信がビール、徹信がコーヒー牛乳を飲みながらテレビで映画鑑賞とスコアブックをつけながらの野球観戦に勤しむ。休日は昼寝をして散歩、中華料理店で餃子を食べる。分をわきまえて人畜無害。生活のいろどりが絶妙だった。二人は交友関係を広げようと、徹信の同僚や二人行きつけのレンタルショップの店員を家に呼ぼうと計画した。
もてないから女性に慣れておらず、ゆえにふられる。また新幹線を眺めて「二人でこれからも暮らそう。静かに。今まで通りに」というセリフは、捉えようによってはとてつもなく悲しい。しかし兄弟はポジティブに生きる術を知っているから、また最高のパートナーがいるから、充足できる。
三十路を前にして健全にカレーパーティー、その後にモノポリーなどしたくなった。芝生で紙ヒコーキを飛ばすのも良い。さて見終わって、自分を当てはめるなら、銭湯の後にコーヒー牛乳を飲むことから弟のほうだなと。
「駆け込み乗車はおやめください」というアナウンスが聞こえたので駆け込んだだが、ドアが閉まる気配はない。電車は混んでいてドア付近に立ち、次の急行を待つ人たちと向き合ったまま、しばしの時間が流れた。その中の一人が男前。しげしげと見ていると誰かに似ていると思えてきて、ますます顔を覗いた。金城武に似ている。彼は、おそらく僕が見ているから、横を向いたり仰いだりうつむいたりしてせわしない。そしてそのどの角度でも金城武に似ているという。背は低く、肌のつやは二十歳前後と思われるので本人ではないだろう。日本にいるかどうかも定かではなく、まさか電車を使うまい。
そうこうしているうちにドアが閉まって発車した。惜しむらくは、写真を頼まなかったことだ。懇願して、タバコかジュースでもおごって、ブログ掲載の許可をとれば良かったと、悔やんでいる。
女衒が暗躍して街が色。若い女郎は軍人とねんごろになり、夫婦の契りを交わした。年増の女郎は馴染みの客が来なくなった。新米の女郎は下働きをしながら芸を磨く。大正の米騒動の頃、彼女たちの日常を描きながら、中年の遊び人・信介と女郎・袖子の初夜がカットバックで入る。蚊帳の中は長い夜が続き、その部屋の外では動乱の日々が流れて、濡れ場のしつこさは二人の汗となって表れた。
女の恥じらいに男の征服欲がかき立てられる。初見で舐めるように袖子を品定めした信介は、布団をはがして灯りも消そうとしない。最初は嫌がり、いざ夜が始まっても演技で手篭めにしようとする袖子だったが、信介の激しい技に我を忘れていく。結局は明るみの下で枕が外れたことに気づかないほど乱れ、着物ははだけて全てを晒し、何度も絶頂に達した。至るところで男女の攻防がおこなわれる。
永井荷風の原作を神代辰巳が映画化。なみおか映画祭が神代特集を組んだことで補助金打ち切りとなった時でさえ、僕の知識は“かみしろ”と読んだほどのものだった。偉大なエロティシズムと共にセックスの普遍性も確認する。
先日に腰を酷使して(不淫)その段階で明日が怖いと思っていたら、やはり今日は背骨に違和感があり、さらには全身がだるい。身に覚えはないがもしや風邪を引いたかと体温計を出す。37度を超えていると分かった途端に寒気がした。2004年11月
に比べれば痛みは大したことではない。しかし熱と相まって、何もかもが中途半端な状態だ。ダブルで来られてたまらない。どんな体勢でも痛く、便は出そうで出ず、腹が減ってもいざ食卓に座ると食べる気がしない。普段、体が丈夫なだけに痛みや悪寒に慣れておらず、少しでも支障をきたすと気持ちがくさくさする。
気が病むにはブログも関係している。先月辺りからアクセスが減り、逆にコメントスパムは増える一方で困る。1日300件に達することもある。小鼻にしわは増えるば かり。