キャッチーなメロディライン、ポップなリフレインは後ろ向きのコンディションには耐えかねる。しかし僕は今、と、ある、目標に向かって前向きだ。このフレンチロックがいたくsuitedである。部屋で流せばそこはsuiteになる。リンギリンギリンとかき鳴らされて、心も躍る。“Long time no see, Long time no say”と併せてシャウトする。

心は決まっている。その日が来るのを手ぐすね引いて、僕はsuitedたり得るか否か。

Phoenix
It's Never Been Like That

生命力 1本道は500メートルほど、舗装されているが他のどの道とも交わっておらず、その存在意義は皆無だった。フェンスをよじ登ってその道を歩く。逆サイドは川。使われていないから雑草は人の足に踏まれない。モルタルの合間を縫って力強い。

カンボジアのアンコールワット遺跡を思い出す。古い建造物が自然に凌駕される様をだぶらせた。この道はできてまだ10年か20年程度だと思う。茎の太い草で覆いつくされるまで、そう遅くなさそうだ。

隣でカラス が鳴いている。両端には何もないここを歩いていると、カラスは飛んで先回りする。奴らもまた強い生命力。

敵ながら吉井のマウンドには頭が下がった。尊敬に値する。同点に追いつかれてなおも無死1,3塁で、心は全く折られていなかった。ウッズとアレックスは打ち取った後、立浪には結果的に決勝タイムリーを打たれたが、不惑の投球術に感動した。肌のつやもまだ若い。良いゲームだった。

2試合連続で完投とヒーローインタビューの佐藤は新人王の資格があるそうで、狙ってもらいたい。もはや、3連戦の締めで佐藤なら3タテを食らうことはないとか、勝ち越すことはできるとか、試合前に星勘定をしてしまう安定感。将来を嘱望されながら怪我に悩まされた埼玉出身の右腕、といえばもう一人思い浮かべられて、今年からエースナンバーを背負った彼も続いてほしいところ。

実は読み方を分かってないcococo 」あかん隊さんとお会いした。Les Deux Chevaux にてランチ。遠路お越しくださり、しかもいろいろいただき、さらにご馳走になって、僕は何て恵まれているのだろう。バイタリティに溢れ、強く、優しい人だった。ブログタイトルの由来も知ることができた。映画談義に花を咲かせる。映画へのスタンスが近いのではないだろうかと、誠に勝手かつ失礼ながら、そう思った。映画も見ようと思ったが残念ながら時間が合わず、次の機会を願いつつ。

言い出しかねて ピンク七福神の作品は今までいまおかしんじのものしか鑑賞しておらず、「痙攣」(原題は「淫らな唇~痙攣」)の田尻裕司でやっと二人目。奔放に生きるフリーランスの女性カメラマンみのりを通じて、現代人の隙間や焦燥を描き、そこに光を差す。セックスシーンは常に汗を滲ませて、髪が裸体に纏わりつき、ぬめりはエロティシズムを助長させた。人間の、ふとした時に見せる表情、いい顔を切り取るためにみのりはファインダーを覗く。一夜を共にした男に、彼女自身がいい顔を切り取られ、汗による潤いだけでなく、乾いた心もまた水分を得たような。

「言い出しかねて」(原題は「わいせつステージ 何度もつっこんで)は至極のラブストーリー。背が低いことにコンプレックスを抱く腹話術師ダイスケはそれをネタにして、盲目の少女ヒカリは逆境を笑いに変換する精神と彼の声に恋をした。ファンレターを渡そうと楽屋に入った彼女はダイスケを背の高い彼の弟子・ヨウイチと間違える。デートはヒカリとヨウイチと、ヨウイチの後ろからダイスケが喋り、さながら腹話術の状態で進んだ。ラブホテルでヒカリとヨウイチは結ばれ、ダイスケはその横でヨウイチと同じように腰を振る。おかしくも切ない。ヒカリが真相を知った時、またダイスケが彼女の気持ちを知った時、やりきれない悲しさに包まれた。誤解を解き、通いはあったが最後に悲劇は起こり、しかし満たされた思いは永遠に続く。

ポレポレ東中野によるピンク特集はVOL.1ということで次回も期待できる。いつになるか分からないがVOL.2も楽しみだ。

初めてブロガーの方にお会いした を昨日のことのように覚えている。「スカトロの神様 」4070さんと約1年ぶりに再会した。以前にレビューを書いた を読んでくださっていて、とにかく嬉しい。しかもご馳走になってしまった。ポレポレ東中野でピンクをご一緒させていただいた。2本立てでその内の1本が驚くほどの傑作で興奮する。4070さんは僕のブログのダメ出しをしてくれる。これが極めてありがたい。今、僕の中でブログは大きなシェアを占めている。叱咤激励を胸に精進したい。

歯が欠けた。しかし、歯科を代えた 。ここはハイ・テクノロジーを駆使している。レントゲンの他にカメラでも写真を(両の口角を広げるツールを装着させられた間抜け面で)撮り、診察台の脇にあるモニターと直結して、その画面に歯が現れる。無精髭がアップで写って気色悪い。唾液で濡れた口内も目を背けたくなる代物だ。最もグロテスクなのは、僕のヤニで黒ずんだ歯。大きく見せつけられると凹む。

被せた銀歯の脇から虫歯が進み、予想以上に侵食されていた。神経を削るかどうか次回に判断するという。左上、奥から3つ目の銀歯を外すと、そこはごっそりなくなっていた。歯科助手は相変わらずミステリアスでそそるなど、そんな悠長な妄想もかき消された。

嫌われ松子の一生 地肌から2センチほど厚塗りした人が、スープの表面5センチほどに背脂が浮いたラーメンと、皿に1センチほどの油が敷かれたギョーザを食べているような、こってり具合だった。いろいろ施されている。手段を選ばない美学を感じた。監督の中島哲也は撮影中に主演の中谷美紀を罵倒し、一悶着があったらしい。舞台挨拶で和解したとのことで、渾身作らしい。そういえば昔の映画監督は暴言を吐くことがめずらしくなかったようで、スタンスは踏襲する。

川尻松子は教師になるまで順風満帆な人生を送っていたが、辞職に追い込まれてから家族に勘当、ソープ嬢を経て殺人を犯し、一般的には転落とされる人生を歩んだ。そんな松子の死から物語はさかのぼる。少女の頃は夢見がちだったが現実は甘くない。愛されたいが裏切られる。皆が経験することだろう。前半に笑いを散りばめて、後半へ進むにつれて松子の人となりが露になり、ヒューマンドラマの装いが強くなる。悲劇に思える生き様だが、シリアスに感じさせない演出と、松子のある種の神々しさが光となって差す。

一人の女性の、教師から夜の女に変わる生涯を描く点で、昨年の原一男監督作品「またの日の千華」と被る。時代時代で男を選び、晩年は教え子とできる。定説なのだろうか。

劇場のシネクイントの音響が悪いのか、作品自体がそうなのか、音が大きすぎて割れまくっていた。序盤、耳が痛かった。適量というものがある。

福留大爆発。3安打4打点、右中間に突き刺さる本塁打あり、左中間真っ二つの三塁打ありで手がつけられない。頼もしい。鮮やかだ。サイクルヒットは惜しかったが、2度目のチャンスは直にあるだろう。準サイクルとなると3度目になるのだろうか。後続のウッズとアレックスが2試合連続でノーヒットでも補って余りあるクリーンナップ。だんだん福留が男前に見えてくる、こともなくはない、とも言い切れない、のではないだろうか。

平井・岩瀬のリリーフ陣に託して朝倉はベンチで鼻をほじりつつ、森岡に何か話しかけている。次男が三男 とじゃれた。

金縛りのようなものにあった時(週5~6)に体を触られている錯覚 に陥るのだが、最近は尻を捕まれる。動けないところへ持ってきて敏感な部分をまさぐられる。シーツと尻の間にどうやって滑り込ませたか。実態がないわけで。慣れてきて、もう何をされようが構わないという達観の境地。しかし乳首 だけは死守したい。ちなみに局部はまだ遠慮があるようだ。