こんにちは。芦屋の癒し人、松村です。
先日のミネラルショーから、既にもう10日たちました。
帰ってきた後、体調が悪くなって、数日間ダウンしていました。
私自身、あまりこういうことはないのですが、今回はかなりきつかったです。
他人には浄化だの、おためしだのと普通に言っていますが、
案外自分に来ると辛いものなんだと痛感しました。
人は人生の中で分岐点がいくつもあります。
小さなものから大きなものまで様々です。
自分自身で自覚して、スムーズにその分岐点を通り過ぎていれ、通常あまり問題はありません。
しかし、その分岐点で起きる問題を避けた場合、問題が発生します。
問題が発生する、その時間軸はそれこそ様々なタイミングです。
通常、はじめにやってくる問題は易しい問題が来ます。
それは、解決しやすい問題です。
それは、その時に対処していれば、という意味です。
それを無視して向き合わない場合、また問題がやってきます。
それは、先の解決しやすかった問題よりも少し難しい問題です。
それは、私が呼ぶ、いわゆる
「おためし」
と呼ぶ種類の問題です。
しかしながら、この時にこの問題にまっすぐ向き合っていれば、まだ解決しやすいといえます。
易しいおためしということです。
はじめよりも少し大変だけど、
はじめの問題よりも少し解決が困難だけど、対処できるレベルです。
そして、そのおためしというレベルの問題を何度もスルーしていると。
さらに大きな問題が発生します。
それは、病気や大ケガ、また事故というかたちでやってきます。
このレベルの問題はおためしと呼ぶには、大きすぎるレベルの問題です。
困難な現実に直面するというレベルの問題だからです。
私自身、今回は長くスルーしていた問題がありました。
それは意識の表層レベルではない問題でした。
それは分かっていて、無視しているという状態。
顕在意識では、問題にしていなかった問題ということです。
普段は起きないことが自分に起きると、そういうふうに理解した方が、解決が早いです。
ひとの意識レベルの問題は、基本的には幻想と言えるからです。
我々は肉体を持って生きています。
食べ物がないと生きられないと思っているひとは、私も含めて、それは幻想の中での正しくない意識と言えることのようです。
それは現に食べ物をとらなくても生きることができる人がいるという事実があるからです。
自分に起きた問題というのを客観視することは時に難しいものです。
身近にそう言うことを教えてくれる人がいると、その状態から脱却することは早くなる可能性があります。
教えてくれる人がいても、それを自分自身の意識の中で、受け取ることができない場合は変化はありません。
ひとの意識は、そういうもののようです。
今回、そういう体験をして、私自身も学ぶことができました。
自分自身を客観的にみる作業というのは大切なことなのでしょう。
気付きを与えてくれた友人に感謝します。
いやはや、なんとも自分自身がお粗末に感じると同時に、
意識の変化、意識の変容の大切さを体験できたことを良しとしようと思ったのです。
芦屋の癒し人