こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
最近タロットカードの本を読んでいます。
前から持っていたものを再読しています。
ライダー版のタロットカードの絵に私は興味があるのです。
一度読んだものは、再度読んだときに、より頭に入ってきやすいと感じます。
超過
超過。
ネットで言葉の意味を調べると
「一定の限度を超えること」
とある。
現代の時代は、まさに超過の時代と言える。
モノや情報のさまが、
一定の限度を超えて多すぎるという状態。
昨日、レイチェル・ポラックのタロットの本を読んだとき、
この「超過」という言葉が、
ひどく私の中で印象に残った。
小アルカナの数字の
「10」
の意味が書いてある部分だ。
本の中で、簡潔に1から10までの数字の意味を書いてあるページがあって、
数字の9に
「円熟、集中、熟練」
とある。
数字の10には、
「超過、過剰」
とある。
つまり、「9」という数字は一番最後の数字なので
「熟している」
ということだ。
その次の「10」は、それを通り超えてしまっている数字なのだ。
果物で考えてみると、
熟しているものが一番味が美味しい。
熟し過ぎていると、ちょっとピークを過ぎてしまっている場合もある。
果物でなく、ひとやモノ、情報に関して、
超過した場合、超過している状態の場合を考えるとき。
いったん、その状態を整理することが必要だ。
ひと区切りのポジション。
次に始まる部分への準備のポジション。
そう考えることができる。
数字の意味合いでそう考えるとき。
現代の超過しているようすを思い浮かべてみると、
「現代もいったんリセットが必要」
ということなのだろう。
エビフライの衣が付き過ぎて、
エビがぶくぶく大きくなった状態。
それを削ぎ落とす必要があるということだ。
ニュースで最新の情報機器の登場を眺めている時、
「本当に必要なのかな??」
と思うものが多い。
単に消費社会の、経済活性という建前や名目のために
「あえて必要でないものを流布している」
と感じることが多い。
おそらくこういう状態が行き過ぎてきて、
デジタルでなくアナログを求めたり、
大量生産でなく、ハンドメイドの少数生産を求める人たちが出てきている。
便利なものという視点でなく、数が少ないものに価値を見出す。
価値観の変化も感じられる。
そんなふうに思うと、
情報に隔離されて、
取り残されている状態の方がより健全なのではないか。
「シンプルイズベスト」
と思ってしまうのです。
これは、モノだけでなく、かたちがないものに関しても同じように感じています。
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