こんにちは。芦屋の癒し人、松村知典です。
今朝起きて台所に行くと、なにか臭う。
床を確認してみると、いつもよくする場所でないところに現場があった。
食器棚の前の床にポキ丸がおしっこした跡が。。
(あー、これか。このニオイだったかー)
(こんちくしょー、ポキ丸めー!)
と注意すると、ポキ丸はしょんぼりした。
そんな労働から始まった朝だった。
半分半分
自分ができないこと。
自分にはできないこと。
自分には到底無理だと思うこと。
誰にでもそう思うときがあるだろう。
そして、その相手を思うとき。
その相手がスピリチュアル的におそろしく能力が高い時。
サイキック能力が優れていて、なんでも見通せるような人だと感じた時。
相手を崇めてしまうひとがいるかもしれない。
「ちょっと待った」
と私は言いたい。
すべてを崇めて、妄信してはいけない。
なぜなら、それは半分半分だからだ。
健康診断で視力が抜群だった人がいるとしよう。
そのひとは、視力が2.0どころか、もっとそれ以上だったとする。
30メートル先でも視力検査ができるひとだったりしたとき。
我々は、そのひとをすごいと思うだろう。
しかし、それはそのひとが持つ
「視力がすごい」
という点についてだ。
普通の人ならだれもが、そのひとの
「人格まで優れている」
とは思わないだろう。
いやもしかしたら、
人格も優れている場合もあるかもしれない。
それが半分半分ということだ。
サイキック能力が高いからと言って、
人格まで高いとは限らない。
どちらも高いひともいるだろうが、
それは半分半分。
サイキック能力が高くても、人格が優れていない人もいる。
別に特に否定的な見方をしているのでなく、そう冷静に思うことが大切ということ。
この点に注意していないと、
能力が高い霊能者、占い師、セラピストのことを全て信じてしまう状態になる。
冷静さを失った、妄信の状態。
今書いているのは、実際にそういう人がいるということを前提にしている話ではない。
白と黒、2極性の性質から、
「どちらも半分半分存在する」
ということを言いたいのだ。
白の中にも黒が半分いるし、
また、黒の中にも白が半分存在する。
そういう冷静な視点を持っていれば、
何かしら不測の事態になっても落ち着いていられる。
すべてのことはバランスがあって、その上に成り立っていると思うこと。
私が中庸を心がけているのは、偏らないことが大切だと心にとめているから。
あー、でもこんなことを書きたい自分はどうなんだろう。
書いていてもそう思ってしまう。
文章を書いて、見てもらうのが好きなんだろうな。
芦屋の癒し人