善と悪のバランス | ライネライト ~ 光の道を追いかけて

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兵庫県芦屋市でライネライトを主宰して活動しています。どうぞよろしくお願いいたします。

こんにちは。芦屋の癒し人、松村です。

 

今日もけっこう気温が高い芦屋でした。

 

晩でも半袖で大丈夫な感じです。

 

 

 

善と悪のバランス

 

善と悪のバランスについて考えてみます。

 

しかしながら、

 

こういう内容は基本的に言葉で表現するのは無理なことだと感じています。

 

ひとによって、

 

「なにが善で、なにが悪か」

 

が異なっている場合があるからです。

 

 

 

ここでは、善と悪に関して、

 

「よい心の状態と、よくない心の状態」

 

を基準にして考えてみます。

 

 

 

森田健さんの本で、

 

「生まれ変わりの村」

 

というものがあります。

 

 

ずいぶん前に読みました。

 

この本には、

 

生まれ変わって、前世を覚えている人たちが多数存在する

 

という内容が取材形式で書かれていました。

 

その中のひとりで、

 

「悪い行いをした人がいて、その人はそれを覚えている」

 

そして、そのひとは、

 

「今世では悪いことはしないようにしている」

 

と話しているようでした。

 

 

 

この話から、私が思うことは

 

「人は自分の行いが、よいか、よくないか、自分でわかっている」

 

ということです。

 

 

 

あることをやろうとする場合に、ひとは誰でも迷う場合があります。

 

やるか、やらないか。

 

それは、

 

「自分の中の、心の天秤」

 

にかけて判断されます。

 

そこには、

 

「欲望であったり、怖れであったりする心の状態」

 

その基準の状態があると言えます。

 

 

人が持っている、心の天秤は、ひとそれぞれ違っています。

 

小さなものを乗せただけで、片方が下がったりする人。

 

大きなものを乗せても、釣り合っているひと。

 

その状態は、同じひとでも常に同じでない場合も存在します。

 

 

 

ある決断をするとき、はじめは釣り合っていた状態で、傾いた方の決断をする。

 

そうすると、次に同じものを乗せた場合、天秤の傾きはどうなるだろう。

 

また、同じように傾く場合。

 

少し傾く場合。

 

釣り合っている場合。

 

逆に傾く場合。

 

幾つかの状態が考えられます。

 

 

 

少し前の記事、「光と闇のバランス」に書いた

 

「白い部分と黒い部分」

 

これらが、その人自身に関して、

 

「心の天秤の状態を通して形成されていく」

 

のだと私は考えています。

 

 

 

前回の記事を書いた後で、それを読んだ方から質問をいただきました。

 

「別の人にとっては些細で問題ない事柄でも、その人のレベルでは問題があるレベルの事柄になる」

 

このことに関して、もう少し詳しく知りたいという内容でした。

 

 

 

せっかくなので、考えてみました。

 

しかし、具体例を出したり、幾つかの状況でのサンプルを書いてみようとしたり、思案しました。

 

しかし、言葉にすると陳腐なのです。

 

陳腐と言うのは、言い表せないということです。

 

私の表現力が足りないのかもしれませんが、

 

先ほど思案してみた内容は、あの記事で書いた中のごく一部になってしまうからでした。

 

 

 

そうして、言葉での表現の壁にぶち当たりました。

 

そして、まとまらないまま、時間がすきました。

 

そうするとやがて、

 

「あの文章に関しては、その人自身が瞑想して、心で思ってみるとよい」

 

というメッセージもありました。

 

(なるほどー)

 

(それもそうだなー)

 

(だけど、それを言ったら身も蓋もないかも知れんなー)

 

(自分で書いた記事やし。。)

 

ということで、今日の記事内容をアップすることになったのでした。

 

 

 

 

 

生まれ変わりの村に興味がある方は下のものも販売されています。

 

私は3巻まで読んだのと、DVDは借りて見ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

芦屋の癒し人