5月2日(土) さあ折り返しだ!
05:30起床。
相変わらず穏やかな朝。
Maria Terresa号の艇長さんは、早々にご出発。
尾道経由で、西宮へ帰還されるとの事。
ご安航を。
自分達も出発の準備をしていたら、年配の男性が話しかけてこられた。
この方(真ん中↓の男性)は、以前40ftの木製ヨットを自作された経験が有るとか。
BroomStick号の艇長さんと3人で記念撮影。
お先に失礼します。またいつか、どこかで・・・。
・ ・ ・
08:00出航。 一路宮島を目指す。
瀬戸内は、今朝もベタ凪だった。
・ ・ ・
島々の間を抜け、無数のカキの養殖だなをかわして快調に航行。
09:00 厳島神社沖に到着!
あいにく潮が引いていて、あまり近づくことが出来なかったけれど、
きちんと外側から眺められるのは、ボートならでは。
観光船桟橋に接岸する手も有ったけれど、
とりあえず付近をうろうろ・・・。
宮島の北側の小漁港の桟橋の先端に空きスペースを発見。
仮係留して付近で作業をしていた漁師さんに係留の可否を相談。
すると、私達が着けた場所は引き波がキツイので、
自分の船に横抱きしなさいと勧められた。
有り難い!
船の事情を知り尽くしている人のアドバイスは、心に沁みる。
この港から厳島神社までは、片道2キロ弱。
ちょっと距離が有るけど、良い事が有った後では苦にならない。
こうして無事、厳島神社への参拝が実現した。
大三島の大山祇神社に続いて、ここでも海上安全の御札をゲット。
金比羅様の海上安全の御札(昨年ゲット)と合わせて、
瀬戸内3大神社の御札が揃った。
ついでにおみくじにも挑戦。
結果は、「吉」
ちなみに、
方角・・・西の方よし
旅立・・・大いによし
失物・・・海・川の中にあるべし
なんだかとっても良いお告げだなぁ。
・ ・ ・
これで厳島神社への参拝も、無事達成した。
ここからは、牛窓へ向けて復路の旅の始まり。
船に戻ると、横抱きを勧めてくれた漁師さんの姿は既に無かった。
お礼を書いたメモを残し、離岸。
有難うございました。
おかげで無事念願を果す事ができました。
・ ・ ・
まずは燃料をしっかり補給しておかなくてはと、
昨年の遠征で、台風避泊で2泊した「ひろしま・かんおん海の駅」(広島観音マリーナ)へ。
午後になって風が上がり、昨年同様に三角波に翻弄されながら、無事到着。
イラストレーターのTadamiさんのイメージをそのまま実物にしたワン・オフ艇。
まるでアニメから飛び出してきたようなユニークな姿だけれど、
30Kt以上出るそうだから、その性能はあなどれない。
瀬戸内に来てからも、行く先々でその消息を聞いて周っていた。
この船で、はるばる東京から走って来たのかぁ・・・。
・ ・ ・
今日のラストランは、江田島にある「のうみ海の駅」。
奥行きの深い湾の奥に有る。
↓狭い津久茂瀬戸を通って湾内へ。
↓のうみ海の駅(のうみ海上ロッジ)にアプローチ。
温泉の露天風呂からは、桟橋に係留されたSKIPJACKを見下ろす事が出来た。
さあて、どうやって牛窓まで戻ろうかな?
空を見上げると、昨日までとは違う種類の雲が広がり始めていた。
風の吹き方も、明らかに昨日までとは違っている。
天気の変わり目が近づいている。
予報によれば、大崩れはしないようだが、明日・明後日は雨の心配も有りそうだ。
後半戦も、雨のスタートになるのかなぁ…。
・ ・ ・
六日目のサマリー、
・立ち寄り先 宮島(厳島神社)、ひろしま・かんおん海の駅、江田島(のうみ海の駅)
・航海距離 43.9マイル
5月1日(金) 「ゆたか海の駅」が消えていた…
05:30起床。
快晴とは行かないまでも、まずまずの天気。
帯状の高気圧は、まだまだ元気のようだ。
↓大久野島の夜明け。
ぼちぼちと準備をして桟橋へ。
するとそこへ定期高速船が到着し、あざやかに着岸。
高速船の船長さんが降りていらして、しばし歓談。
この近辺の名所などを、色々教えていただいた。
高速船は、間も無く出港の時間。
船長さんは、スパッと離岸を決めると、
わざわざ操縦室から一旦出ていらして、我々に手を振った後、
おもむろに次の目的地へ向かっていった。
島と島を結ぶ定期高速船は、今でも大切な交通手段。
島に住む人々の大切な足として、これからも頑張ってください。
・ ・ ・
さて我々もぼちぼち出発。
そろそろ燃料が乏しくなってきたので、燃料補給が出来そうな所を探さねばならない。
色々検討した結果、昨年も立ち寄った「ゆたか海の駅」に向かうことにした。
海ゆたかの駅の開店時間の頃合を見て、
大崎下島まで数マイルのところから電話を入れた。
ところが・・・
「・・・お掛けになった番号は、お客様の都合により、電話を取り外しております。
連絡先の番号は、・・・」
とのアナウンス。 はて?
とりあえずアナウンスされた連絡先に掛けると、今度は年配の女性が電話に出た。
係留が可能か聞くと、「空いてたら勝手に着けたら良い」との返事。
ついでに訪問者がどうやって給油しているのかを聞いてみると、
「さぁ…私らは、そこまでサービスしてないからねー」
と、取り付く島無し。
うーむ・・・。去年とずいぶん違うなぁ・・・。
そこで近所の別な海の駅に電話を入れると、今度は役場のどこかの部署につながった。
海の駅についての問い合わせだと言うと、自分には事情が分からないと言われ、別な部署に転送される。
都合3回転送されて、その都度同じ説明をして、ようやく事情が分かる人が出たと思ったら、
出来れば来て欲しくないと言いたげな感じ。
うーむ・・・。
仕方ない。とりあえず「ゆたか海の駅」行ってみることにする。
↓ゆたか海の駅にアプローチ。
↓一年ぶりの再訪したゆたか海の駅は、一見以前と変わらないように見えたのだが・・・
↓海の駅の玄関には驚きの張り紙が!
ゆたか海の駅と言えば、海の駅第一号として有名だったのに、いったいどうしたんだろう?
さっき電話に出たのは誰?
頭の中は、「?」だらけだったが、仕方が無い。
ガソリンスタンド探しを兼ねて、御手洗(みたらい)の観光へ行く。
首尾よく燃料補給の目処が立ち、御手洗の市街を散策。
ここにもかつては潮待ちの港として栄えていた時代の街並みが残されている。
横をすり抜けようとしたけれど、思いっきりつかまってしまった。
ビデオカメラを鼻先に突きつけられて、
「広島ホームテレビですが、ちょっとよろしいでしょうか?」
「あ、はい・・・」
どこから来たのかとか聞かれ、
ボートでここへやって来た事をつい話してしまうと、すかさずそこに食いついて来た。
「・・・このように、あまり観光に訪れる人が居ないようなのですが、
どうしたら良いと思われますか?」
嫁「・・・車で来ようにも、駐車するような所もあまりないみたいだし・・・」
私「・・・ボートやヨットの人には割りと有名だった「ゆたか海の駅」も閉鎖されてしまって、
我々の立場からすると残念ですよねー」
・・・ってな事を言ったかなぁ。
その後、ガソリンを配達に来た人から聞いたところによると、
昨年11月に橋が架かり、本州から直接車で来れるようになったそうで、
それ以来、ゆたか海の駅の宿泊施設の利用率が7割もダウンしてしまった事が閉鎖の理由だそうだ。
御手洗は、一昨日訪れた鞆の浦と同様に、潮待ちの港として栄えた港。
海を行き来する人々を相手に成り立っていた場所だから、
道路とか駐車場が、元々都会並みに有ったわけでは無い。
そのような場所を、現代の基準で「便利」にしてしまえば
よそ者の立場から見れば、わざわざ訪れる価値が下がってしまう。
そういう意味で、昔と同様に海から訪問できる「海の駅」を
他所に先駆けて作ったのは、良い発想だと思っていた。
けれど今回の訪問は、こういった問題が想像以上に複雑で難しい事を思い知らされた気がした。
↓御手洗港。個人的には、今の姿を出来るだけ残していただきたいと思う。
・ ・ ・
とにかくSKIPJACKは満腹になった。
気を取り直して、次の目的地に歩を進めることにした。
そろそろ日程も半分を消化する。
今後の天気の傾向などを勘案して、
今回のクルージングの折り返し地点を「厳島神社」に定めることにした。
とすると、今日はもう少し西へ行っておきたい。
海図を眺めて、「くらはし海の駅」を目指すことにした。
↓鹿老戸小瀬戸を超えると、目的地はもうすぐ
くらはし海の駅の桟橋は、予約を受け付けていない。 早い者勝ち方式。
到着したときは一番乗りだったけれど、遠慮して隅の方に係留。
その後36ft級のヨットが2隻到着。
うち1隻は、「ゆたか海の駅」でご一緒だった方だった。
月曜に西宮を発ち、この先は関門海峡を抜けて北海道方面まで旅をされるそうだ。
適当な野営場所が見当たらず、結局桟橋で一夜を明かすことに・・・。
整備されたキャンプ場も良いけど、こういうのも割と嫌いじゃない。
今日も無事に、一日が終了。
明日は厳島神社を目指す予定。
旅もそろそろ後半戦に入るなぁ・・・。
・ ・ ・
五日目のサマリー、
・立ち寄り先 大崎下島(ゆたか海の駅)、倉橋島(くらはし海の駅)
・航海距離 41.6マイル
・自転車 3.0マイル
4月30日(木) 無人の島、神の島、平和な島
05:30起床。
天気予報は、日本中晴れマーク。
帯状の高気圧は、しっかり日本列島を覆っている。
よしよし。
大荷物を抱えて宿をチェックアウトしようとすると、
「港まで車で送りましょうか?」の申し出。
有り難い!
本当に弓削島は、最後まで好印象。 いつか必ず再訪したい。
↓爽やかな気分で、今日の航海をスタートできた。
・ ・ ・
まず手始めは、弓削島からすぐ近くの「岩城島」。
弓削島と同じ上島町に属し、
「かみじまちょう・ゆげ海の駅 」と同時期にオープンした「かみじまちょう・いわぎ海の駅 」がある。
通り道だったので、せっかくだから偵察してみようと思った。
↓弓削島から、10分たらずで到着。
ここにも弓削島とほぼ同じような桟橋が有り、
島のほぼ中心地にあって、使い勝手も良さそうな印象だった。
おそらくここも、きちんと連絡を入れて訪問すれば、
弓削島と同様に、しっかりと迎え入れてくれそうだった。
滞在10分で離岸。
・ ・ ・
次が今日最初の目的地、「津波島」。 無人の島だ。
遠征前に色々調べていたら、夏場はキャンプや海水浴客で賑わうということだった。
と言うことは、桟橋くらい有りそうだな…
ということで、あわよくば上陸を目論んでいた。
↓津波島にアプローチ
↓やっぱり立派な桟橋が有った!
↓踏み分け道を辿って、無人島の奥へ行ってみると…
↓徒歩5分で島の反対側へ。そこには美しいビーチが広がっていた。
朽ち果てては居るものの、草むらの間にはキャンプ施設なども点在していた。
夏場は結構賑わうのかも知れない。
けれどこの時期は、渡船で来たと思われる釣り人と、
唯一の住人(?)と思われる犬が一匹居るだけの、静かな島だった。
・ ・ ・
探検気分を満喫した後は、伯方瀬戸を一気に北上。
↓生口島と大三島の間にかかる「多々羅大橋をくぐる」
・・・それにしても「しまなみ海道」とは、よく言ったものだと思う。
「山並み」という言葉に引っ掛けて作った言葉なのだろう。
確かにここら辺を走っていると、島同士が重なり合って、最初は大きな島に見える。
けれど近づいて行くと、それらが別々な島であって、間に水路が有るのが見えてくる。
まるで迷路。
GPSが無ければ、よそ者はすぐ迷ってしまう。
・ ・ ・
大久野島に接近。
ヨットの人のHPで係留可能という情報を見掛けたが、具体的な方法は分かっていなかった。
沖から眺めると、大きな桟橋が2つ見えた。
見ていると一方には大型の連絡船も発着しており、厳しそうだった。
↓そこでもう一方の桟橋に接岸。
この島は、全体が国民休暇村になっている。
上陸して調べると、キャンプ場も有って、野営に適しそう。
休暇村の建物のフロントに赴き、係留について相談。
聞くと、やはりヨットやボートで訪れる人は、結構いるらしい。
ただし桟橋自体は休暇村の持ち物ではないため、許可を出せる立場では無く、
あくまで自己責任でお願いしているとの事だった。
キャンプ場は実質的に休眠状態だそうだが、用具一式持ち込みならということで
OKが出た。(料金1,800円)
これで今夜の宿の確保完了。
・ ・ ・
まだお昼前。
↓隣の大三島へ、ひとっ走り行って見る。
↓宮浦港の第2桟橋に係留。
ここはヨットの人たちにはかなり有名なところ。
事前の情報に従って、上陸してすぐに係留許可をもらいにフェリー事務所へ。
こわもてのオジサンに恐る恐る申し出ると、一発OK。
↓自転車で、大山祇神社へ。
大山祇神社は、実はかなり由緒有る神社だったようで、
様々な武将が奉納した武具類が保存されていた。
全国の国宝・重文の8割がここに有るとのこと。
ここの神様は余程信仰を集めていたらしく、全国の武将達が、
武運長久を祈って、こぞって奉納したらしい。
有名な神様だったのね・・・。
ちなみに私はここで「海上安全」のお札をゲット。
↓宮浦港内を散策。至るところに「鶴姫」の銅像が有る。
・ ・ ・
再び大久野島に戻る。
↓SKIPJACKの小ささを最大限利用して、絶対に邪魔にならない所に係留。
早速テントを設営。
↓目の前は海。 船が行き交っている。 向こうに見えるは大三島。
これまで色々なところで野営したけれど、こんな素晴らしい場所は初めてかもしれない。
なのに利用者は私達だけ。
なぜ?(静かでラッキーだけど・・・)
↓島にはたくさんのウサギが放し飼いにされている。とても平和な光景だった。
・・・ところがこの大久野島には、重い過去が有る。
戦時中、大久野島では、毒ガスの製造が行われたそうだ。
秘密を守るために、その存在を隠し、地図上から消されていた時代も有るらしい。
昨年訪れた大津島もそうだったけれど、
瀬戸内海には戦時中の暗い歴史を持つ島がいくつか有る。
今の大久野島の様子は、平和そのものだ。
まるで暗い過去を必死に打ち消そうとしているかの様だった・・・。
・ ・ ・
四日目のサマリー、
・立ち寄り先 岩城島、津波島、大久野島、大三島
・航海距離 26.0マイル
・自転車 1.2マイル
4月29日(水) 海の駅から海の駅へ
06:00 起床。
今朝も快晴・無風。
放射冷却のため、テントは夜露でびっしょりだった。
山間部では、霜も降りたらしい。
08:30 かさおか・こうのしま海の駅(シーアンカー )の田中さんの見送りを受けて出航。
・ ・ ・
最初の目的地は、「鞆の浦」。
アニメの宮崎駿監督が、「崖の上のポニョ」の構想を練るために、
2ヶ月間滞在した場所だそうだ。
映画は見ていないが、
知る人が見ればそれと分かる景色が映画には取り入れらているらしい。
あらかじめシーアンカーの田中さんから、上陸は難しいと伝えられていた。
そのため船上から鞆の浦の港内を見てまわった。
鞆の浦は、瀬戸内海のほぼ中央に位置する。
そのため満潮の時には、
東西から流れ込んだ潮がこの付近でぶつかり合うのだそうだ。
万葉の時代から、瀬戸内を航海する船は、
ここで潮が変わるのを待って先に進んだらしい。
今でも古い港湾施設が色々と残っている。
↓常夜灯
鞆の浦は、こじんまりした港の印象だった。
円周の3/4を陸地に囲まれた湾になっていて、沖の仙酔島がさらに湾自体を波や風から防ぐ。
なるほど昔の船乗りには、居心地の良い場所だったに違いない。
・ ・ ・
ここからは、いよいよ芸予諸島に入ってゆく。
その東の入り口にあたるのが、阿伏兎瀬戸。
幅数百mの海峡は、潮の干満で時に激しい流れとなる難所。
その入り口には、印象的な阿伏兎観音の観音堂が建っている。
なんか、中国あたりにこんな景色が有りそう。
誰が、何の目的で、ここに…?
・ ・ ・
阿伏兎瀬戸を無事通過して、着いたところは「うつみ海の駅 」(内海フィッシャリーナ )
昨年に続いて2回目の寄航。
ここは静かで、とても綺麗な場所。
少々人工的なところはあるけれど、やけに気に入っている。
芝生に寝っころがって、海を眺めながら昼寝でもしたい…
けれど空腹には勝てずに、次の目的地に向けて出航した。
・ ・ ・
目指した場所は、「海上センター うつみ荘 」
田島と横島を結ぶアーチ橋のたもとに有り、船で乗りつけられる。
ヨットの人のHPで情報を得た場所だった。
電話で「桟橋に係留されてる船に横抱きして」
と言われていたので言ってみると、「桟橋に係留されてる船」とは・・・
「船」には違い無いけれど、まさかタグ・ボートだとは思わなかった・・・。
これまで色々な方法で係留したけれど、このケースは初めて。
↓左端が桟橋、右端が「うつみ荘」
聞くと、ここは親子3代でかれこれ30年前から営業しているそうで、
ボート・ヨットでやってくる人は多いそうだ。
・ ・ ・
昼を過ぎると、例によって風が出てきた。
そろそろ今日の最終目的地を決めなければならない。
いろいろ悩んだ末、「おのみち海の駅 」を目指すことにした。
正直ここに一晩係留するのは少々ためらわれた。
浮き桟橋が有るのは干満の差が極めて大きな瀬戸内では有り難い。
しかしここの桟橋は、SKIPJACKのような小さなボートには、あまり優しくは無い。
元々フェリーか何か向けの桟橋だったらしく、桟橋が高すぎて、
その構造上SKIPJACKが桟橋に上から押し潰されそうになってしまう。
係留には工夫が必須。
しかし電話で尋ねたところ、あっさり係留OKの返事。
船のサイズすら聞かれなかったところをみると、ガラ空きなのだろうと思って行ってみると、
↓指定された場所は…
どうかすると、前後の船にぶつかりそうになる。
17ft以上の船だったら全く無理。
しかも桟橋の継ぎ目を通って、外側から引き波がもろに入ってくる。
これじゃあ一晩ここに置いておく勇気が出ない。
やむなく「おのみち海の駅」を諦めることにした。
・ ・ ・
予定外の事態で、困ったことになってしまった。
しばし検討した結果、「かみじまちょう・ゆげ海の駅 」へ行ってみることにした。
ここは最近出来た新しい海の駅で、評判が分からず未知数だった。
けれど、もうあまり遠くまで行けないので、仕方が無かった。
電話をしてみると、上島町の役場に繋がった。
聞くと、海の駅は祝日は本来お休みなのだそうだ。
事情を説明すると、自宅で休んでいる担当者に連絡を取ってくれると言う。
海上に漂いながら待っていると、間も無くOKの返事が。
有り難い!
桟橋に着けると、しばらくして担当者の人がやってきた。
係留料は、1トンにつき1円との事。 SKIPJACKの場合、税込み2円。
無料という所は時々あるけれど、有料では間違い無く最安値。
↓うそみたいな係留料を支払う
代わりに渡された物は、
・地図(上島町全図:国土地理院発行複製)
・主な施設の一覧と連絡先(公共施設、宿、給油所、病院、食事、みやげ物)
・上島町の四島(弓削・岩城・生名・魚島)のガイドブック
などなど。どれも非常に良く出来ている。
けれど・・・どう考えても赤字でしょう!?
桟橋のすぐ上にはGSが有り、100m先にはAコープが有り、
必要なものは皆徒歩圏内にそろっているし。
何より一生懸命やろうという姿勢を感じる。
なんだかとっても気に入ってしまった。
最初からここに来ればよかったかも。
・ ・ ・
何だか最後に疲れてしまったので、今夜も宿を取ることに。
「国民宿舎・ゆげロッジ 」 素泊まり4,200円。
船を固め、宿へ向かう頃には風も止み、夕凪になっていた。
はるか遠くで汽笛の音。
穏やかな時間が流れる。
・ ・ ・
三日目のサマリー、
・立ち寄り先 鞆の浦(上陸せず)、うつみ海の駅、横島(海上センターうつみ荘)
おのみち海の駅、かみしまちょう・ゆげ海の駅
・航海距離 38.5マイル
・徒歩 2マイル
4月28日(火) 変わる島・変わらない島
05:30起床。
気温9℃。風速3m前後。
昨日と打って変わって穏やかな朝だった。
そそくさと宿を引き払い、港へ。
引き潮で、SKIPJACKは、遥か下の水面に漂っていた。
苦労しながら荷物を積み込む。
出勤途中の地元の人が、「どこから来たの?」と声をかけてくる。
08:00 「赤いカボチャ」に見送られて、やっとこ出航。
今日は、塩飽(しわく)諸島の島々を周るつもりだ。
・ ・ ・
今朝の瀬戸内は、まさにベタ凪。
まるで湖みたい。
↓しかし所々、潮浪が怪しく水面をざわつかせているから、油断は出来ない。
荒神島の北側を迂回。
備讃瀬戸東航路に沿ってその北側を走ると、
瀬戸大橋の威容がみるみる迫ってきた。
・ ・ ・
今日の最初の目的地は「与島」。
塩飽七島の一つであるこの島には、瀬戸大橋のPAが設置されていて、
みやげ物店やレストランなどが作られいる。
島の様子は、さぞかし一変したことだろう。
今日入港したのは、島の北側にあるフィッシャーマンズワーフ。
まさに観光客を目当てに作られた施設。
昨年は、島の南側の小さな港に入ったので、今回はこちらを選択してみた。
平日とあってか、ビジターバースはガラ空き。
上陸してたずねると、短時間の係留であれば無料との事だった。
人影まばらなテラスに座って、目の前ののどかな海を眺めていると、
なんだか「今日はもうここで終わりでいいかな?」って気になってくる。
・ ・ ・
気を取り直して、となりの「本島」へ。
かつては塩飽諸島の中心地として栄え、古より瀬戸内の物流の要だったという島。
島の南部の泊港については上陸方法に関する情報が持っていたけれど、
敢えて未知の、北部の笠島漁港に入ってみた。
邪魔にならない岸壁に横付けして上陸。
早速、笠島の集落の散策へ。
ここは戦国時代、信長や秀吉にも一目置かれたと言われる「塩飽水軍」の本拠地だったところ。
今でも当時の面影を残す集落が保存されていると聞いていた。
豪華ではないが立派であり、新しくは無いが古臭くも無い。
道には、ゴミ一つ落ちていない。
けれどこれは観光客目当てに作られた展示物では無い。
この集落には、今でも人々が普通に生活を送っている。
本島は、与島とはわずか1マイルほどしか離れていない。
以前はどちらの島でも同じような生活が営まれていたのだろうに、
今の両者の様子は大きく異なっている。
どちらが良いとか悪いとか、一概には決め付けられないと思うけれど、
瀬戸大橋が2つの島の運命を大きく分けたのは事実なんだろうなぁ。
・ ・ ・
与島と本島でのんびりしているうちに、早くも昼近くになってしまった。
本島には食事が出来るようなところは見当たらなかったので、
「真鍋島」まで走ることにした。
真鍋島の港には、うまいものを食わせる店が有るとの情報が有った。
ちなみに、映画「瀬戸内少年野球団」のロケ地だったらしい。
日が高くなるにつれて風が出始め、少々走りづらくなったが、
食事したさに頑張って真鍋島に到着。
港内には、「海上タクシー」がやたらと目に付いた。
他の港では気がつかなかったけれど、何故ここだけ?
邪魔にならないように、外防波堤の内側に係留していざ食事へ!
ところが・・・
それらしき店を訪ねると、店主らしき人は真昼間から出来上がっており、
「うちは予約制なので、無理」と断られてしまった。
他に食事が出来そうなところを探し出して中を覗くと、
今度は店の夫婦が二人して出来上がっている。
食事が出来るのかを聞くと、出来るとのこと。
他にあてはなかったので入ってみたが・・・
↓テーブルの上には食べ残し。私はまだ何も注文していない。
出てきたうどんはアルデンテ。
外を通りかかるを若い衆を呼びつけては、「おい、飲んでけ!飲んでけ!」
狭い店内は、あっという間に地元の人々で埋まった。
・・・どうやら何かお祭りのような催しが有ったみたい。
それで皆、真昼間から飲んで居た模様。
結局まともな食事にはありつけなかったけれど、
でも、これはこれで全然OK。
よそ行きじゃない、素顔の地元の人々の姿を垣間見る事が出来たから。
・ ・ ・
さてそろそろ時間も押してきた。
今日の最終目的地を検討せねば。
そろそろ燃料が補給したいな・・・、ということで
「かさおか・こうのしま海の駅 」(シーアンカーマリーナ )をピックアップ。
早速電話をすると、好印象だったので早速向かうことにする。
西寄りの風を避けるため、北木島、白石島などの東側を快調に走る。
しかし本土との間の黒土瀬戸にさしかかったところから海況が一変。
嫌な三角波に揉まれることになった。
ようやくたどりついた「かさおか・こうのしま海の駅」は、
こじんまりとしてはいるものの、実に海の駅らしい海の駅だった。
海の駅と称していても、実際には色々なところがあって、
中にはこちらから電話をすると、「海の駅って何ですか?」と答えてくるところすら有るのが現実。
でもここは、海を旅する人が何を必要としているのかを理解していて、
出来うる限りそれに応えようとしてくれた。
燃料補給も買出しも一通り終え、マリーナの敷地内にテントを設営。
ちなみに背後(写真左側)に見えるのは、
御歳70歳のアメリカ人の方が、
5・6年かけて自力で建造中の木造ヨット。
これがまた素晴らしく良く出来ている。
このヨットが完成した暁には、これでパラオ(だったかタヒチ?)へ行くのだそうだ。
何というパワー!
何という発想!
なかなか真似できる事ではないなぁ・・・。
・ ・ ・
ということで、二日目のサマリーは、
・立ち寄り先 与島、本島、真鍋島、かさおか・こうのしま海の駅
・航海距離 35.5マイル
・自転車 4.6マイル
本日は、3つの島を訪ねて周ったけれど、それぞれの個性が有って面白かった。
もしどれかに住まなければならないとしたら、
どれにしようかなぁ・・・







































































