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断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

grapevineツアー初日渋谷AXに行ってきた。

一曲目「無心の歌」の
「ただの未来がこれほど愛おしいのか」
というところで鳥肌がたち、
本編最後から2曲目の「真昼の子供たち」の
「世界を変えてしまうかもしれない 今の君は笑うかもしれない」
というところで泣きそうになった。

結局のところ、「世界を変える」くらいの気概を持ってやりたいことをやるしかないのだと思う。
やりたくないことはできない。
毎日「ここで交差点に突っ込んだら死ねるかな」なんて思いながら生きてるのはバカみたいだ。
そういう日からなんとか逃げ出して(それでも毎日朝起きると頭が痛いけれど)少しずつ先のことを考え出した今だからなのか、歌詞がふっと耳に残る場面が多かった。

中盤にやった「われら」が肝になっていたというか、圧倒的でかっこ良かった。
それから、「I must be high」や「ナポリを見て死ね」で盛り上げたり、じっくりと「作家の顛末」をやったり、なんだか「今回のアルバムを踏まえて今日のツアー初日に来てるんだから、みんな長年来のファンだよね」っていうスタンスでセットリストを組んでいた気がする。
MISOGIからはやらないかなと思ていたら「MISOGI」をやった。
あと「おそれ」「ピカロ」のストレンジランドからの曲のセクシーなこと。MCで田中さんの声が枯れぎみで少し不安になったけれど歌い出すとまあうまいこと。
あと「懐かアルバム」の曲で、アニキのギターソロ中の金戸さんベースラインがめっちゃかっこ良くて「こんなすごいフレーズ弾いていたっけ?」と思ったんだけど何の曲だったか忘れた。「Let me in おれがおれが」だったかな。まあいいや。ナタリーあたりがセットリスト込みのレポート書いてくれたら思い出すだろう。

アンコールは「フラニーと同意」のあとに「ツアーファイナルゼップで会おう、もう一曲だけやらしてくれ」と言って「光について」。
今の実力というか、5人のバインの圧倒的なすごさをまざまざと見せつけて帰っていった。前にも思ったことだけれど、初期の名曲たちをリアレンジして5人の今のバインで演奏したアルバム出してくれたら絶対買うんだけど。人と同じことしたくないバインだからこそ去年のベストでそれくらいやってくれたら良かったのになんて思ってしまう。



さて、色々あった数日前、何となく本棚から取り出して重松清の「その日の前に」を読み直した。
例によって涙なしでは読めない。
美しい死もあるかもしれないけれど、生きていることに感謝しないとと思う。
そしてこれからも生きていくんだから心を取り戻さなければと思った。
ありがたい話だからとあまりやりたくもないことに首を突っ込むのはやめよう。結局、頑張ってしまうのだから今までと同じことになる。それでまたおかしくなったら意味がない。
というわけで、申し訳ないけれど頂いたありがたいお話は断ることにします。

昨日、震災から2年を迎えた。

もう2年も経ったのかというのが正直な気持ち。

この2年間で僕を取り巻く状況も少なからず変化して、一歩一歩前には進んでいるのだろうけれど、あんまり大きく前進できていないように思う。

震災の影響を直接的に受けた人々がメディアに取り上げられ、そういった人達が様々な思いと戦いながら、立ち止まったり後ろを振り返ったりしながらも確実に前に進んでいるのを見ると、僕はこの2年間で何も出来ていない気分になる。

自分の成長をどこで感じるのかを考えてみたら、きっとつまるところそれはどれだけの人と知り合うことが出来、繋がっていけたかということだと思う。

2年前には知り合っていなかった多くの大切の人達が今はいる。
けれど、社会人になってからはどうだ?新しい人との繋がりってものすごく少ない。
それが一つのストレスなのかも。

正直に言えば、僕はもっと愛されたいのだ。
それは、特定の恋人が欲しいというわけではなくて(いや、もちろんそれもあるのだが)、多様な人との何気ない会話の中から感じたいのだ。


自分が何も積み上げていない気がするから、薄っぺらい2年を過ごしたと感じるから、あれからもう2年も過ぎたのかと思ってしまう。密度の濃い2年を過ごしていれば感じ方は変わるはず。
来年どう感じるかは自分次第。

震災復興に負けないスピードで成長したいと願う。

2年後の311は世界のことや社会のことまで踏み込めない、何も出来ていない自分のことでいっぱいいっぱいのダメな日常のなかにある。

それでも、久しぶりに南三陸の写真集を見て、忘れてはいけないと誓った。
社会や世界のことを考える余裕がなくとも、自分を振り返るだけであっても、311という日が来るたびに人は立ち止まること、振り返ることを余儀なくされる。

色々な意味で、3月11日という日は大切な日だ。





少しだけ仕事から離れてお世話になっている先輩と建築を見に行く。

何カ所か廻ったけれど、篠原一男の直方体の森は興味深かった。

あらゆる点に置いてセオリーを外しているけれど、心地の良い空間があって、ものすごく自由だと思った。空間が抽象的に感じられたのは(竣工時がどのようだったのか定かではないが)現在は美術館となっており、床が全て同素材のカーペットで仕上げられ、空間領域の分節が曖昧であったこともひとつの要因であろう。

こういう建築に触れると、セオリーにとらわれている限りは注文住宅もハウスメーカーと大して変わらないのかとも思ってしまう。

以前も書いたが、常識やセオリーを軽やかに飛び越えてしまう思考的自由さを常に忘れないようにしないといけない。
「こういう時はこうすればいいでしょ」っていうノウハウというかセオリーをしっかりと習得し、自分の骨肉とした上で、そんなものを軽く飛び越えてしまう自由さが欲しい。
まだまだ学ぶことばかりだ。


どこにいたって悩むことはあるし、悩んでいるのは僕だけじゃない。他人の芝生は青く見えるというけれど、他の事務所の話を聞くことで、(悪い部分だけでなく)今の自分が恵まれている部分も明確に把握することが出来る。だから人と会い、話をすることが大事なんだ。これでまた明日から頑張れる。

回り道は回り道ではないし、自分が変わるのに遅すぎるということは無い。
努力している人はすごく努力している。俺はまだまだだ。
そんなことを考えていた。

それから、友達のバンドがタワレコで売られていた。こういうのは素直に嬉しい。
俺も頑張らなくちゃと思う。

成長速度が遅いとかあまり思わずにひとつひとつ積み上げていこう。そうやって前に進むしかないのだから。

昨日、仕事始め。

昨年のもやもやを振り払うため、思っていたことをまず最初に全て話す。
だいぶすっきりする。前に向かおうと思える。

事務所一同で神社に行き、ご祈祷してもらう。初めての経験。
今年が良い年となりますように。

そこで、今年は八方塞がりだと知る。知らなければそのままだったが、気になってしまいお守りを買う。でも八方塞がりって決して悪いわけではなく、中心だからうまくいけばものすごくうまくいくらしい。良くなるよう信じよう。

その後、おみくじをひく。
小吉だったが「これまでの苦労がようやく解消して、目の前が明るくなってくる雰囲気です。新しい希望が湧いてくる時で、見通しも徐々に良くなってきます。これからは蓄えた実力を出して、ひとつひとつ確実なものにしていく事が肝心。何事も自信を持って進むこと。」とある。
失われた自信を取り戻す年にしたい。去年は何をやってもうまくいかずどんどん自信が失われていく年だったからね。

商売のところに「あれこれ迷わずに本業に専念」とある。そういうことだよね。今年はあらゆることを捨てて、とにかく実施図面を描けて現場をちゃんと見られるようにしたい。

頑張ろう。


年末に買った曽我部恵一のCDと高橋優のCDを聴く。高橋優ってあまり好きじゃなかったけれど、今の僕に気分には合っている。「発明品」が特に。

さて、仕事に行こう。遅刻だ。急がなきゃ。
どうしてこんなにうまくいかないのか。

俺が全て悪いのか。
別に俺が全て悪いんでもかまわない。
でも、いずれにせよ、もうこんな気持ちで正月を過ごすことは二度としたくない。

冷静にもう一度考えてみよう。
今すべきことは何なのかを。

こんなところで立ち止まっていてはいけないのだ。
人が5年かかるなら3年で、3年かかるなら1年でクリアして前に進みたいと思っていたはずだろ。
人のせいにしちゃダメだ。弱い心のせいにしちゃダメだ。

今年は気持ちを強く持って、何言われても言うべきことを言おう。変な気を使うことは一切やめよう。
それで、もしなにかがうまくいかないなら、それはそれで良い。
少なくとも今みたいにこんなにもやもやした気持ちを抱えているよりは良い。

本当の自分なんて、俺にだってわからないさ。だから誰にも本当の俺なんてわかるはず無いのだ。
わかったようなこと言われるのはものすごく腹が立つ。でも、その人の目に映る俺がその人にとっての俺なのだ。それならば、嫌われるにしても納得のいく嫌われ方をしたい。亀が甲羅から辛うじて首を出したみたいな小さな声でびくびくして話すなんてアホみたいだ。
そうさせたのは誰だなんてことはおいといて、そんな俺は(あえてこう書くが)本当の俺じゃない。

態度がでかくて、前に前に、それが俺だろ。態度がでかくて嫌がられるなら本望だ。


来年の正月をどういう気持ちで迎えられるかは自分で決めるしかない。

笑って迎えられるように頑張るしか無いだろ。

自分に負けない一年にしたい。
この悔しい正月を二度と忘れないように。