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断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

もっと自由になりたい。

当たり前と思っていることをまず疑ってみること。
既成概念の枠から抜け出したい。

ありとあらゆることから自由になりたい。特に思考の点で。

それを忘れないようにしないと。当たり前を疑ってみることを忘れないようにしないと。

それを忘れるということは可能性を自ずから消してしまうということ。

可能性は無限で、手がかりはいくらでもある。

もっともっと頭を柔らかくしておかなければならないよね。

こわいね。
色々なことを考える。

自分は何によって満たされ、何によってもやもやするのかを。

もっともっと幅を広げておきたい。目指すべきゴールはもっと遠いところにあるのだから。
そのゴールをイメージすれば、目の前に転がっているのは些細なこと。
些細なことだからこそ、しっかりとクリアしなければならないとも思うし、勝手に言わせとけば良いやってあしらうのもありだと思う。

難しく考えすぎない方が良い。

視野が狭い人に視野を拡げろというのは難しい。自分もその自覚が無いとすぐに狭い世界に閉じこもってしまう。だからこそたくさんの人にあってたくさんの話を聞いて、視野を拡げておくのだ。

そしてあらゆる考え方をまず受け入れてみる。それが出来る懐の深さを持た無ければね。


結局のところ、他人を嫌な気持ちにさせるる人間には絶対になりたくないということ。
楽しい顔をしてにこにこしながら生きていきたい。
いろいろあって、立ち止まって、また前に踏み出すこととなった。

なかなかむずかしいよな。
理不尽なこともある。
でも、前に進むのだ。立ち止まってなんかいられない。
いつの日か笑い合う為に、大きな自分になる為に、でっかい野望は捨てないのだ。
自分で選んだ道なのだから簡単にあきらめちゃダメだ。

いい具合に謙虚じゃなくてはならないし、同時に、いい具合に自信家でエゴイストではっきりもの言える人でなくてはならないとと思う。
両立させるってのは難しい。
でも、今まで通り静かな炎を燃やしていよう。
そして、わからないことはわからないって言おう。抱え込んでしまったら以前と何も変わらないから。
それから、おかしいと思ったらおかしいと言おう。これも抱え込んでしまったら後悔するのは自分だ。
考えすぎるのもやめよう。深読みしたって良いことは無い。思うままに生きれば良いのだ。

いくつか、これから迷った時に立ち戻るべく初心を書いておいた。
指針になるのかはわからないけれど、きっと今後役に立つはず。

最後にもう一つ。もっと要素を減らして純粋な形態が建ち現れる建築を作りたい。




何の為に仕事をしているのか、何の為に頑張っているのかよくわからなくなった。
ひいては何の為に行きているのか、生きる価値があるのかも分からなくなって、息の仕方もよくわからなくなった。

ある縁で知り合った先輩に相談した。色々な経緯があって、数回しか会ったことの無いその人たちと東北を巡り、被災地を訪ねることになった。

この旅でたくさんの方々と知り合うことが出来た。こんなに色々な人に話を聞く旅は初めてだった。
アポを取って訪ねた人もいたし、現地でたまたま出会い、長々と話し込んだ人もいた。

今回の旅をどこから切り出して良いのか分からないが、やはり被災地の話からになろうか。

まず、痛感したことは東京にいると何も分からないということ。
例えば気仙沼のように少しずつでも前に向いて動いているところの情報は入ってくる。港が復活して、何ヶ月ぶりにセリが行われたとか、この土日には震災以降開催できていなかったお祭りが行われたとかそう言った情報が新聞にも載るし、テレビでも流れる。

だから、どの地区もそれなりに、同じくらいのスピードで復興しているように感じてしまう。
しかし、それは事実ではない。
一つのまちを例に出すのは良くないのだろうけれど、あえて挙げて書くが、
陸前高田に足を踏み入れた時の衝撃は忘れられない。
道路は復旧しているが、庁舎も郵便局も高校も体育館も流されなかったありとあらゆる建物があの日のままで残っており、建物の中には流されてきてそこで停まったのであろうぺしゃんこになった自動車があったり、「捜索終了、何月何日」と壁に赤いスプレーで書かれていたり、高校の黒板にはあの日の授業の痕跡が残っていたり。

あの日のままの風景が至る所に残っていた。

通過していく車、がれきを集め、選り分け、砕き処理する為のトラックやクレーンはせわしなく動き、着々と仕事をこなしていた。一歩一歩前に進んでいることはわかっているのだけれど、元には戻らないだろうことも明らかだった。

この先色々書いたのだけれど、消した。

当事者でない僕が知った風なことを書くのはおかしいと思う。

被災地に行って、陸前高田の状況を見ることが出来て良かった。失われた命と残された命のことを思った。

失われた松と残された松。残された松は希望なのか苦しみなのか。希望であって欲しい。生きていって欲しい。簡単に「死にたい」なんて考えちゃいけない。生かされている限り生きなくてはいけない。失われた命のことを思い、生きていかなければと思った。

今は直接的にボランティアをしたり何かしらの支援活動をすることは出来ない。けれど、自分の道で自分の出来ることを一生懸命にすることがどこかで復興に繋がると信じて自分のすべきことをする。それしか無いのかなと思う。すごく自分勝手ではあるが、そう感じた。

気仙沼では笑顔を見ることが出来た。

南三陸では貴重な話を伺い、仮設住宅にもお邪魔させてもらった。実際にあんな高台まで津波が来たんだということは経験した人から直接話を聞かない限り想像もできない。
その方は震災をポジティブに捉えようと努力していた。それがとても印象的であった。
震災で失ったものは多すぎるけれど、それを考えるのではなく、震災で得たものを考えたいと。
得たものが何かというと、圧倒的な人との繋がりだと言う。震災が無ければ決して繋がることの無かった人と繋がることが出来た。だから、そういった人達がまた南三陸に戻ってこられる場所を作りたい、集落の人も、隣町の人も、ふっと訪れた人も、震災をきっかけに繋がった海外の人もイコールで使える場所を作りたい。
南三陸のひと、東北人は内気で外ものに冷たい。それが震災で外ものの暖かさを知って変わってきた。また、地元民が憧れる都会人に「このまちはいいねえ」「天国みたいだね」「おばあちゃんの漬け物おいしいね」と言われることが、地元がパワーとプライド、自信を取り戻す一番の源なのだ。
そう教えてくれた。

具体的なことは出来なくても、足を運ぶだけでも力にはなれるのかもしれないと感じた。
そして、全く綺麗では無いのだけれど、常に開放的で、畳と縁側と土間のある人の集まる場所が作れたら良いなと思った。

沿岸部をひたすら走って本当に本当にいろんなことを思った。自分の今の状況や、自分の感情とも向き合った。
それらは自分の中にしまっておく。
最後にそれでも明記しておきたいのは、海は常に穏やかで、圧倒的に美しかったということ。
あの日以外は以前と何も変わらずに穏やかに寄せては返す海をそこに暮らす人々はどう見ているのだろう。
考えることは本当に多かった。


今回の旅では被災地以外でもたくさんの人に会うことが出来、まちづくりについて考えることが出来た。
何かを始め、継続しなければ何も成し遂げられないということはよくわかった。
うだうだ悩んでいてもしょうがないのだろう。

同時に、大きな傷、後遺症を負っていることにも気づかされた。
困ったもんだ。
まず、藤田俊哉が引退を発表した。
残念だけれど、
「お疲れ様でした、ありがとうございました。
あなたのおかげでサッカーがどんなにクリエイティブで豊かなものかを知りました」
と言いたい。
まだまだ出来るでしょ、って思うけれど外野が口を出すことではないのだろう。

引退試合するのかな。見に行きたいな。
前半は黄金のジュビロで、後半は本田、小川佳純、ヨンセン、玉田、楢崎、秋田、ストイコビッチもフィールドのグランパスとかで見たいよね。
オールスターの時の藤田とストイコビッチの相性ばっちりな感じは忘れられないな。

いずれにせよお疲れ様です。今後は監督としてピッチに戻ってきて欲しい。
でもその前にやべっち、水沼含めみんなに絶賛されてる話芸でサッカー番組を盛り上げて欲しいとも思う。テクニック系のゲームだったら現役選手よりもまだまだ上手そうだし。


さて、今日の話。

今日は久々のお休み、朝早くから洗濯機を2回かける。
朝ご飯を食べて、最近買った本(建築家が建てた50の幸福な家)を読む。
築20年以上の住宅の顛末がのっているのだけれど、20年以上先も施主に愛されて
幸せな使われ方をしている家達は素晴らしいし、そこまで先をイメージして設計しなければけないと痛感させられる。その中でも特に、名のある建築家の作のものは目を引き、
すごいなと思う。頑張らなくちゃいけない。出来た直後も5年後も20年後も100年後ももっと先も、いつもいつも同じように愛される家をつくりたい。
一生のうちに関われる家の数なんて決まっているのだから、一つ一つを大切にしていこう。

で、昼から出掛けて、美術館のはしごをし、トーマス・デマンド展と川内倫子展/光の造形展
と写真の展示を見る。

どの展覧会からもそれぞれにそれぞれのことを感じたのだけれど、まず川内倫子展。
川内さんの写真や映像、特に映像から強く感じたことは変わることと変わらないこと。
同じような毎日、少しは前に進んでいるのだろうかと思う毎日でもちゃんと少しは前に進んでいて、今と同じ瞬間は二度と無いということ、
でも大きな自然の摂理の中で物事を捉えると、結局全ては大きな輪廻天性の中の一部だということ。
大いなる循環性の中にあるということを感じた。

トーマスデマンドからは色々難しいけれど、
分からなさの効用というか、分からないものはちゃんと分からないと受け入れることの必要性を感じた。
また、建築の精度についても考えさせられた。
結局、抽象化させる重要性もあるのだろう。

もっとちゃんと書きたいけれど、
あまり、ブログに時間をかけてもいられない。
早くやることやって寝よう。