展覧会に行く(大いなる循環と抽象化の重要性) | 断片の集積

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主にポルトガルでの生活について

まず、藤田俊哉が引退を発表した。
残念だけれど、
「お疲れ様でした、ありがとうございました。
あなたのおかげでサッカーがどんなにクリエイティブで豊かなものかを知りました」
と言いたい。
まだまだ出来るでしょ、って思うけれど外野が口を出すことではないのだろう。

引退試合するのかな。見に行きたいな。
前半は黄金のジュビロで、後半は本田、小川佳純、ヨンセン、玉田、楢崎、秋田、ストイコビッチもフィールドのグランパスとかで見たいよね。
オールスターの時の藤田とストイコビッチの相性ばっちりな感じは忘れられないな。

いずれにせよお疲れ様です。今後は監督としてピッチに戻ってきて欲しい。
でもその前にやべっち、水沼含めみんなに絶賛されてる話芸でサッカー番組を盛り上げて欲しいとも思う。テクニック系のゲームだったら現役選手よりもまだまだ上手そうだし。


さて、今日の話。

今日は久々のお休み、朝早くから洗濯機を2回かける。
朝ご飯を食べて、最近買った本(建築家が建てた50の幸福な家)を読む。
築20年以上の住宅の顛末がのっているのだけれど、20年以上先も施主に愛されて
幸せな使われ方をしている家達は素晴らしいし、そこまで先をイメージして設計しなければけないと痛感させられる。その中でも特に、名のある建築家の作のものは目を引き、
すごいなと思う。頑張らなくちゃいけない。出来た直後も5年後も20年後も100年後ももっと先も、いつもいつも同じように愛される家をつくりたい。
一生のうちに関われる家の数なんて決まっているのだから、一つ一つを大切にしていこう。

で、昼から出掛けて、美術館のはしごをし、トーマス・デマンド展と川内倫子展/光の造形展
と写真の展示を見る。

どの展覧会からもそれぞれにそれぞれのことを感じたのだけれど、まず川内倫子展。
川内さんの写真や映像、特に映像から強く感じたことは変わることと変わらないこと。
同じような毎日、少しは前に進んでいるのだろうかと思う毎日でもちゃんと少しは前に進んでいて、今と同じ瞬間は二度と無いということ、
でも大きな自然の摂理の中で物事を捉えると、結局全ては大きな輪廻天性の中の一部だということ。
大いなる循環性の中にあるということを感じた。

トーマスデマンドからは色々難しいけれど、
分からなさの効用というか、分からないものはちゃんと分からないと受け入れることの必要性を感じた。
また、建築の精度についても考えさせられた。
結局、抽象化させる重要性もあるのだろう。

もっとちゃんと書きたいけれど、
あまり、ブログに時間をかけてもいられない。
早くやることやって寝よう。