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断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

友人の結婚式でした。

素晴らしかった。

多分あの場にいた全ての独身の人が結婚したくなったのではないかな。
少なくとも僕はそうだった。
まあ、まず相手を探すところから始めないといけないが笑
誰かいないかな。


彼ら二人から発せられるたくさんの幸せと、それを祝福する周りのみんなからのたくさんの愛が
そこにはあって、それはそれは素晴らしかった。

初めて会った人とも打ち解けて延々と楽しい時間を過ごすことが出来た。
結局、花嫁&花婿を奪い去り、親しい内輪と友人宅で夜を明かす5次会を行い、早朝に帰宅した。
まさか、ここまで長々と楽しむことになるとは予想もしていなかったけれど、最高だった。

長い一日だったけれど、楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、一人の部屋に戻った。
「新婦がいたからどんなにつらい仕事も頑張れたし、これからも頑張れる」という新郎の言葉を思い出して、自分にも部屋で待っていてくれる愛する人がいたらどんなに良いだろうと思ってしまった。
心の支えとなる愛すべき人に早く出会いたいと思った朝だった。

で、早朝帰宅した家のポストのなかにはfozztoneのオーダーメードアルバムが入っていた。
すぐにでも聞きたい気持ちを抑え、ベッドでぐっすりと眠る。

昼前に起きて、洗濯をして、少し部屋を整理して、今日遊びにくる予定になっている友達に電話した後に、丁寧に封を開けてプレイヤーにセットする。

全ての曲が良かったけれど、1曲目に選んだ「ベーコンエッグとシェービングヒーロ」が本当に良い。
この曲を一曲目にして良かった。曲が流れ出した瞬間に惹き付けられて、すっと歌詞が入ってきて、すぐに歌詞カードを手に取った。

「適当なジョークも持ち合わせろ
本当はくたくたでも
ウィットに決めるぜ
大人の僕が取り乱して
我を忘れるような
恋や、過ち」

「時計は勝手に正午を告げる
僕ら黙ってランチを貪る
ただ丁寧に春樹を読み返せ
ダンスダンスダンス ダンスダンスダンス
パスタが茹であがる」

「君の姿を探す時にも
育ちの良さげな慌て方
できたらいいんだけど」

「全て投げ出して会いにいった日も
どこへも帰れなくなった明け方も
丁寧にシェイビング 解ってる繰り返すよ
ただ丁寧にシェイビング
そんなのが僕を支える」

涙が出てくる。
世界とか社会とか、特別な恋愛とか失恋とか、そんな大それたことや特別な出来事を歌わなくても、当たり前の日常の中でふと思う些細なことを歌うだけでこんなに素晴らしい。
いや、そう言うことを、具体的にせず、言い過ぎずに、でもさらっと歌えてしまうことが本当にすごいし、胸に突き刺さる。

毎朝ベーコンエッグを作ってシェイビングすることが自分をしゃんとさせる禊のような機能を果たしているのとともに、どこか同じことを行う毎日に懐疑的なようにも思えた。たまにはベーコンエッグを作れない程、疲れたり、シェイビングできない程、打ちひしがれた日があっても良いじゃないかと言っているようにも思えたのだ。

愛する人が部屋で待っていてくれたらどれほど素晴らしいだろうかと思う一方、そうなったら、もう全てを投げ出して会いに行くなんていう激しいことは出来ないんだよなとも思う。そういう強い恋愛をしたこと無いから、一度くらいはそういう激しいことしてみたいなとも思う。
どうなんだろうか。

いずれにせよ、こういう素晴らしい曲がたくさんの人に届けば良いのに。
ライブが楽しみだ。早く生で聴きたい。

ちなみに最も想定と印象が違っていた曲は「GENERATeR」だった。


そして、友達が遊びにきてくれて、二人で我が家の為に製作しようと考えている机や椅子の打ち合わせを行う。
狭いけれど、愛すべきこの部屋がもっともっと良いものになりそう。でも、お互い忙しくて、具体的に形になるのはいつのことやら。

彼が帰ってしまったとは一人になって寂しくなったけれど、今日は絶対に負けられない戦いがあった。
これもまたビッグイベント。
今日はやっぱり本田と前田。
好きな二人が活躍してくれてうれしい。
本田はとにかく落ち着いていて風格があった。
前田は結果も出したし、何よりもボールが納まっていたし、守備の意識も高かった。
それと、気になったのが前田はポストに入って簡単にはたく時に常に体の向きと反対にはたいていた。ザックの指示なのか前田が個人的に意識してやっているのかわからないけれど、すごく効いていたというか、ディフェンスを揺さぶっていたと思う。
それから、また好きな選手の話になってしまうけれど、(セルジオさんも試合中に言っていたが)岡崎や細貝と言ったスイッチを入れられる選手は大事だと思った。
特に細貝のだれていた終盤の時間帯の引き締めには感動した。
セルジオさんも言っていたが細貝はスタメンでもいけそうだなと改めて思った。

きっと、6月の残り2戦は見られないと思うけれど、是非両方とも勝って欲しい。
頑張れニッポン!

今週末は充実していた。
明日からの毎日をまた頑張ってこなしていこう。
久々のお休みを頂いた。

気持ちは全然大丈夫でも、全く休みなく朝から深夜まで働くと
体がついていかない。

疲れすぎて昼過ぎまで寝てしまった。

そこからギャラリー間に行った。

ボスが「伊丹潤はズントーとかグレンマーカットと同じようなレベルで評価されてもおかしくないと思った」と言っていたので見に行った部分もあったのだけれど、本当に良かった。
思わず本まで買ってしまった。

そして次回はスタジオムンバイ。なんだか「ものづくり」というか「しっかり」と建築を作っている人達が取り上げられているのはうれしい。
スタジオムンバイ今から楽しみだ。

久しぶりにサッカーの話。
昨日の代表戦はもちろん仕事で見られなかったんだけれど、今日まとめ動画を見た。
本田と香川が良い。本田は早くロシアを出て欲しい。香川は自信を持ってサッカーしている。

そして、今日発表されたメンバーに高橋が残っていた。これは結構うれしい。
今年のシーズン前の某雑誌のJリーグメンバー予想みたいな特集で高橋は米本が復帰するまでのあくまでも2番手選手みたいに書かれていて「昨シーズンあれだけ良いプレーして、ゲームキャプテンまでやった時もあるのにこんな書かれ方すんの?高橋頑張って見返してやれ」って思ったのを覚えている。まあ、その時はここまでのことは想像もしていなかったけれど、チームでも2番手みたいに書かれていた選手が最終予選に選ばれているって言うのはうれしい。頑張って欲しい。
ただ、前々から書いているように個人的にはボランチは青山を推すが。

そう言えば、この前家に帰ってきたらチャンピオンズリーグの決勝やっていて(そういう時間まで仕事しているのだ!)、次の日も日曜だというのに仕事だったから前半だけでやめたが、久しぶりにちゃんと通しでヨーロッパのトップレベルの試合を見るとほんとにレベルが高くてゲームスピードも速いのに細かい技術的なミスも無くて本当にすごいなと思った。
こういうサッカーをスタンダードと捉えて日本の子供たちにもサッカーをイメージしてプレーして欲しいなと思ってしまった。

高みを目指せば誰にでも成長できる部分はある。まだ何も無い僕ならば尚のこと。
頑張ろう。
いろんな気持ちが表れては消え、おかしくなりそうだ。

「建築面白え」っていう気持ちと弱い気持ちが交互に現れて躁鬱病みたいになっている。

で、金曜深夜に切れそうになってしまった。
与えられていた仕事が終わっていなかったとかで自分の判断で出るのは全く構わないし、
例えば来週(もう今週か)末はスケジュールを見て、イメージして終わらなさそうだから出るのもしょうがないかなと思っている。

でも、深夜に突然の無茶振り、しかもそれ普通に考えて無理だろって言うあり得ないことを言ってくる。
俺が頑張れば何とかなることならまだやろうって思えるけれど、相手方もある話、しかも土曜は向こうは営業日じゃないし。
色々イメージしながら休みの計画も建てているのにそんな意味分からんことで出勤させられる意味が分からんと思った。

もちろん、今、冷静になればそう言われたことも理解できるし、試されているんだと思う。
それに対しての僕の対応は決して良いものでなかったと思うし信頼を失ったかもなとも思う。

でも、自分がされたら絶対怒ることを簡単にやってくることが許せなかったし、週末に休むことも考えてぎりぎりまで毎日働いているんだから体が壊れてしまうと思った。
あんまり無理するのは良くないなと思った。


結局土曜は出社したけれど、イライラしてあまりいい状態とは言えなかった。6時には「ふざけんな」ぐらいの感じで帰ってきた。
それから、浅草に行って、下谷神社のお祭りを感じて、夜には仕事帰りの友人が遊びにきてくれて、だいぶ救われた。
本当に助かった。

で、今日は修論でお世話になった場所に赴き、ゆっくりと時間を過ごすことが出来た。恩師にも会うことも出来た。

帰る場所はいくらでもある。だから余計に簡単には帰れない。絶対に負けない。


そうそう、それから今日は母の日だった。
初めて花を買った。
喜んでもらえた。良かった。

本当に本当に働き始めて有り難さを実感するし、他の同世代の人達は少しは親にもお金を渡せているであろうこの年でまだ頼っている部分が多くあるっていうことが申し訳ない。

早く一人前にならなくちゃ。

頑張ろう。

本当に瞬間瞬間で感情がいろんな方向に揺れて心がぶっ壊れそうだ。
弱くなっている時にそうなりがちだけれど、何も感じないよりは良いかな。
働き出して、どんな仕事をしている人に対しても尊敬の念を抱き、バカにはしないようになった。
少しずつ人としても成長している。前を向こう。
昨日、なんであのブログを書いたかというと、時間があったからということも大きいのだけれど、
国内の原発が全て停止する日だったからというのも大きくて、
それを書こうと思っていたのに忘れてしまった。
原発が無くてもやっていけるって証明したいね。原発が無いのに石油エネルギーの消費も例年より少ないとかになれば本当にすばらしい。

ブログは、本当は一年後の3.11に再開させようかなと思っていたのだけれど、そんな時間はなかった。



GWはたくさんの大切の人と話をすることが出来た。
直接会うことの出来た人もいたし、電話で長々と話すことが出来た人もいた。
本当はもっとたくさんの人に会える予定だったし、会いたかったのだけれど、まあしょうがない。

こんなにたくさんの人にこんなに深く愛されてて良いのだろうかと思う。
もちろん、縁なんて切れてしまうのは簡単なことだって分かっているから、そうならないように、こちらから動いて、何かあれば連絡を取るようにはしているのだけれど、それにしても、ありがたい。

留学中に「一人で何でも出来るようになりたい、誰にも寄りかからずにやっていきたいと思いながらも、実はすごく多くの人に依存している」って書いた気がするが、
それはつまり、本当にたくさんの人に支えられ、愛されているって分かっているから、そういう人たちに「しっかりと自立した強い自分を見せたい」と厳しい道を選び、「誰にも頼らずやっていくんだ」と誓うのだと今更気づく。


みんなが、また呑もうとか、また会おうとか、また一緒に面白いことやろうとか言ってくれた。
ほとんどみんな先輩(年上という意味)で、本当に、本当にかわいがってもらっている。

そして、みんなものすごく期待してくれている。それがひしひしと伝わるから絶対に頑張らなくてはいけないと思う。

「怒られたり、注意されたりするのは今だけ。独立してからミスしても誰も怒ってくれずに周りは喜ぶだけ」
「毎日分からないことや悩みに直面するって素晴らしい。それだけ伸びしろがあり、成長できるってこと」
「もっともっとハングリーになれ」

といった言葉をかけてくれ、最後にはみんな「無理しすぎるな」「体には気をつけろ」「休みあるなら体動かせ」と気遣ってくれる。

次会った時には、もっともっと強い自分で、「こんな貢献した」「この物件担当した」とか、分かりやすい結果を見せたい。もう本当にただ単純に「すごいね」「頑張ってるね」って言われたい。ただそれだけなのだ。

今担当している物件を納得のいく形で妥協せずに竣工させ、同時進行でいくつもプロジェクトを掛け持ちしたい。不可能なんて無いはずだ。




それから、色々考えていて感じたのは、大学生って甘やかされているなってこと。自分で時間配分を決められるって相当緩いよな。
でも、同時にあれだけ縛りが無かったから自分で色々動いていろんなことが出来たんだよなとも思うが。


最後に、昨日も書いたが、いつまでたっても親は子を心配するものなのかもしれないが、もう少し両親を安心させたいとつくづく思ったGWだった。

学生の頃はそんなことほとんど思わなかったのにね。
いろんな面で両親にはまだ依存しているよなって思う。
両親の存在の偉大さ、有り難さに気づき、両親を安心させたいと思うようになっただけでも、成長しているのかな。そういうことにしておこう。
長い間ブログを更新しなかった。

その間には様々なことがあった。

うれしいこともあったしつらいこともあった。そして何よりもあの日があった。

そのとき僕は、一足早く卒業してしまう研究室の同期と千葉の牧場にいた。
まず、建物の電気が落ちて、揺れを感じて、慌てて外に出ると、ものすごく大きな揺れで立っていることも困難だった。
目の前にある観覧車は尋常じゃなく揺れていて、普段決して涙を見せない人が泣いていた。

普通ではない状況になったことを理解するのには充分だった。


決して、自分や、自分の周りの愛すべき人々が直接的に失われたというようなことは無く、そのことに強く感謝した。
しかし、その日からすごく大きな何かを失ってしまった気がしていた。それが何かは分からないけれど、無防備に日常を楽しんだり、笑ったりしてはいけないような気がしていた。
ブログを書きたくないと思ったのもそれで、震災直後の感情を記しておくことはきっと見直した時にとても重要なんだろうと思ったけれど、安易に怒りや悲しみや呆れや弱みを吐露してはいけない気がしていた。

震災が直接的なきっかけとなったわけではないけれど、論文は「茅葺き」で書いた。住み手が住み手自身で手を加え、維持しながら使っていける建築を考えたかった。
茅葺きの論文というと、歴史系の保存の話か、集落の話が多くなってしまうのだけれど、「20年に一回は手を加えなければならない茅葺きを、どのように“使いながら”残していけるか」をテーマとした。
まず、ひたすらに、現在茅葺きを「使っている」(住んでいたり、一棟貸しにしたり、レストランにしたり、ギャラリーにしたり…)方(オーナーの方)にインタビューを行った。
その中で震災の話もたびたび出たし、茅葺きの話をしていても結局はそこに至る思想、考え方の話になっていって、そういった人生の先輩の考え方を聞くことが、とても楽しく、人生や現在や震災後を考えるきっかけになった。

震災後、社会は変わるのではないかと思っていた。しかし、フィジカルな面では何も変わらなかった。
結局、夜は明るいし。
変わらなかったというよりも、変えられなかったのかもしれない。もちろん、まわりには原発に反対表明をした人もたくさんいたし、安全を第一に考えたいし、これから子供を作るであろう身としては出来るだけ遠くに逃げていたかった。
けれど、積極的に反対運動をしたり、デモに参加したりということはしなかった。それは冷めているとかそういう話ではなくて、本当に何を信じれば良いのかが分からなかったということだと思う。
分からないから、決定を下さないというのはダメなことだと思うし、それは一番自分が嫌っていたことだった。でも、あの時は本当に分からなかったし、今も分からない。
ただ、一つ思うことは、要求にあわせて電力を増やしていくのではなく、供給できる電力にあわせて使う量を決めていっても良いのではないかということ。

話を戻すが、フィジカルな面では変わらなかったけれど、皆それぞれの心の中ではあの日以降、大きな変化があったと思う。それがいつまで残っているのか、今も残っているのかは分からないけれど。

1年経って、皆解き放たれたというか、普通になっている気がする。例えば桜の季節にはさんざん騒いでいる人がたくさんいたし。
いつまでも、感情を解き放つことを自粛する必要は無いと思う。また、無邪気に楽しんでいるように見える人たちも、本当は心の奥につらいことをたくさん貯めていて、それを見せないように必死で頑張っているのかもしれない。

分からないけれど、僕自身にとっては本当に大きな大きな経験だった。

そして、そういうことをまた思ったのは社会人になったからかもしれない。

いわゆる一般企業に入らなかった僕は、厳しい道を選ぶこととなった。
けれど、それは自分が選んだ道だった。
武器を何も持たずに、かろうじて大学時代の経験という防弾チョッキだけは身につけて、戦場の最前線に放り込まれたような気持ちで、プレッシャーも半端ではないし、怒られることも多い。

けれど、お施主様の顔を見ると絶対にやり遂げなければならないと思うし、何があっても適当なことは出来ないと思う。
それに、甘やかされていないのは期待されているからで、お客様扱いをされるよりもよっぽどありがたい。
建築を作るとは、どれだけ細かいところまで気を配り、細かい納まりを美しく解いていくかだと思っていたし、そういうことを学びたいと思っていた。実際に現場に出ると、それは想像以上で、気を使わなければならないところはびっくりする程多いし、今まで全く気に止めなかったところを、みんな気にして作っているのだということも分かった。
怒られる(注意をされる)のは、気が利いていないからで、注意をされればそれだけ自分のセンサーの感度が良くなっていっているわけだから、自分にとって間違えなくプラスであるし、そこまでやるのっていう程、細かくやるこの事務所に入って本当に良かったと思っている。
早く認められたいし、こちらから動いて、結果を出していかなければと思う。

学生時代にイベントを企画したり、実施工事を行ったりした経験は確実に役に立っている。
そして当時は、工程や予算に関して、誰よりも心配性で細かくやっていたよなと自負できたことが、これからもなんとかやっていけるかもしれないと思わせてくれた。もちろん、社会でやっていく為にはそんなもんではまだまだ足りないと痛感させられたが。
心配性な性格は心を圧迫し、自分を苦しめる。ただ、何も気づかず、気づいても適当でいられる人よりはよっぽどこの仕事に向いていると思う(実は今もすごく不安なことがある。そういう心配事を抱えたまま、連休を過ごしている。すっきりしないし、良くないよなあ)。

苦しい時はたくさんあるし、作業が自分の思っていた通りに進むことなんてほとんどない。でも、やっぱり、施主さんの顔を思い出すと、適当なことは出来ないし、投げ出してはいけないと思う。
それに誰にも負けたくないのだ。

「建築をやる」と決めた心を貫かなければならない、なんとしても、と思う。

でね、なぜだか最近泣きそうになることが多い。自分のふがいなさに泣きたくなることも多いし、突き放されているようで、本当はすごくすごく守られていると感じた時に泣きそうになることも多い。いつまで守ってくれるのかは分からないから、早く結果を出さなければと思うが。

それから、早く両親に迷惑をかけないようにしなければとも思う。
いろんなことを不安に思い心配してくれている。ポルトガルの時と違い、こちらの暮らしぶりが何となく分かってしまう距離だからこそ、非常に不安になっているんだと思う。これに関しては申し訳ない気持ちしか無い。


それから、この連休にはいろんな人にあえたし、これからあう予定もある。
その中でね、すごく優秀な友達にあったら(仕事の内容は違うのだが)、そいつも会社に入って最初に仕事を任された時とか、重要なプレゼンの前とかはすごくつらくて、仕事が楽しいとは思えなかったし、気持ち悪くなったっていってたし、今施工管理で現場に出ている友達もすごくすごく大変そうだった。
みんな頑張ってるんだって分かった。みんな、そうやっていろんな気持ちを抱えながら必死になってやってるんだって。
自分だけがつらいと思っていたのがバカみたいだった。でもみんなに「死なないようにね」っていわれたけれど。やっぱり労働時間は長いし、給料は安いからなあ(笑)

でも、本当にこの仕事を死ぬ気でやりたいと思っているし、早く家に帰ってきてもだらだらテレビを見ているんじゃ意味ないと思うし(もちろんそうじゃ無い有意義な使い方をしている人はたくさんいると思うけれど)、そうやってだらだらしているんだったら、その分必死に働いていた方がどれだけ幸せかって思う。なんだか無駄な時間を過ごしちゃったなって思うより、限界までやって、ぐっすり寝て、また頑張る方が良い。その方が明日死んでも悔いは無い。

そう思っているから、休みの日もじっとしていられずにいろんなところに出掛けてしまう。美術館にいったり、ショッピングにいったり(お金がないからほとんど見るだけだが)、大切な人達にあったり、そして、なんといっても建築を見たり。
ボスから、いろんな建築の話(特に納まりの話)を教えてもらい、そういう視点で建築を見るとまた面白くてね、拠点が東京だと何処へでもすぐに、メトロに乗って安くいけるから良い。
で、歩き回って、建築や美術や街や、あらゆるものに刺激されて、本当に満たされて帰ってきて、飯つくって食べて寝て、また仕事にいくと、心は回復しているんだけれど、体に疲れが残っていて、「あれ?」ってなる(笑)

それでも、休みの日は今後も心の充足をとるね。その方が幸せだから。
寝ても覚めても建築で良いし、そんな幸せは無い。町じゅうのあらゆる刺激が建築に還元されていけば良い。


ここまでの文章を読み直して、自分の為にブログを書いているんだなって改めて思った。
いろんな気持ちを吐露したらだいぶ楽になった。

これからきっともっともっとつらいことがたくさんある。そして同時にうれしい瞬間もあるはずだ。
つらくたってやり遂げるしかない。

甘えてちゃいけない。

無理してでもやろう。
圧倒的に建築の才能があるわけじゃないのだから、しつこくしつこくやっていかなければならない。

留学している時も、他の人よりも仮に優れているところがあれば、それは粘り強さや努力する才能だと感じていたし、そこを放棄したら自分からは何も無くなってしまう。


もっと強くならなければ。

頑張ろう。