2年間 | 断片の集積

断片の集積

日々の断片を記憶に残すために集積する



主にポルトガルでの生活について

昨日、震災から2年を迎えた。

もう2年も経ったのかというのが正直な気持ち。

この2年間で僕を取り巻く状況も少なからず変化して、一歩一歩前には進んでいるのだろうけれど、あんまり大きく前進できていないように思う。

震災の影響を直接的に受けた人々がメディアに取り上げられ、そういった人達が様々な思いと戦いながら、立ち止まったり後ろを振り返ったりしながらも確実に前に進んでいるのを見ると、僕はこの2年間で何も出来ていない気分になる。

自分の成長をどこで感じるのかを考えてみたら、きっとつまるところそれはどれだけの人と知り合うことが出来、繋がっていけたかということだと思う。

2年前には知り合っていなかった多くの大切の人達が今はいる。
けれど、社会人になってからはどうだ?新しい人との繋がりってものすごく少ない。
それが一つのストレスなのかも。

正直に言えば、僕はもっと愛されたいのだ。
それは、特定の恋人が欲しいというわけではなくて(いや、もちろんそれもあるのだが)、多様な人との何気ない会話の中から感じたいのだ。


自分が何も積み上げていない気がするから、薄っぺらい2年を過ごしたと感じるから、あれからもう2年も過ぎたのかと思ってしまう。密度の濃い2年を過ごしていれば感じ方は変わるはず。
来年どう感じるかは自分次第。

震災復興に負けないスピードで成長したいと願う。

2年後の311は世界のことや社会のことまで踏み込めない、何も出来ていない自分のことでいっぱいいっぱいのダメな日常のなかにある。

それでも、久しぶりに南三陸の写真集を見て、忘れてはいけないと誓った。
社会や世界のことを考える余裕がなくとも、自分を振り返るだけであっても、311という日が来るたびに人は立ち止まること、振り返ることを余儀なくされる。

色々な意味で、3月11日という日は大切な日だ。