・・・・・・・っということで、一日中TVばかり見ています。(;^_^A
モンゴルをやっていました。
モンゴルは行ったことないので、いつかは行きたいですね。(チャンスはあったのですが譲りました。)
モンゴルというとモンゴル帝国。
騎馬隊が西進して、オゴデイ(1224年没)が死ななかったらモンゴルは大西洋に達していただろうと言われています。
何で強かったのかは、騎馬軍団によるスピードと考えるのが一般的です。
ですが、ぼくは他に大きな理由があると感じています。
モンゴルは野蛮な民族と考えられがちですが、どっこい実に狡猾で外交力に長けていたのが事実だからです。
映画では、ヨーロッパの騎士団とモンゴルの騎馬隊が正面からぶつかるみたいな描かれ方をしていますが、賢い彼らがそんなはずがないとぼくは考えます。
そこで、「戦闘に限って」モンゴルの戦法を調べてみました。
単なる軍事力だけでなく、戦術・戦略・心理戦・外交を総合的に組み合わせることで、圧倒的なスピードで領土を拡大したことが分かります。
詳しく書くと長くなりますので、ポイントだけ書きます。
(戦術)
偵察と陽動
包囲戦+補給遮断
心理戦と降伏勧告
遠距離攻撃+騎射戦法
面白いのが、残虐な噂(皆殺し、都市の完全破壊)を意図的に流し、敵の士気を下げた。「抵抗すれば皆殺し、降伏すれば許す」という選択肢を提示し、多くの都市を戦わずに降伏させたのです。
複数の軍団が同時進行で侵攻
都市陥落後はすぐに別部隊が占領維持
補給の工夫(現地調達+事前準備)
(外交)
敵国の分断と同盟工作
協力者の登用
外交使節を送り、降伏を促す
どうです?実に論理的でしょう?
ここまで来れば、何で元寇は失敗したのか?に触れざるを得ないでしょう。
強調したいのは「神風」のおかげじゃないことです。
武士たちが勇敢に戦ったからです。
たしかに、海を渡った戦争の経験がなく、大陸での戦術が効果的に発揮できなかったことが挙げられます。
それでも、外交使節を幕府は処刑していますので、本気度は上がるはずです。
しかし、どうもその本気度があまり見られないのです。
これは、モンゴルがよく使った手ですが、征服した国の兵士を前線に配置し、わざと消耗させるのです。(今のロシアみたい)
南宋を征服したばかりで、南宋兵がだぶついていた時期です。
反乱の危険性がある降伏兵たちを処分できるし、日本の力も削げる。
もし勝ったら儲けものという考えは確かにあったはずです。
その後、元はベトナム(陳朝)やジャワ(マジャパヒト王国)にも遠征しましたが、湿地戦やゲリラ戦に対応できず、撤退を余儀なくされました。
騎馬戦は万能ではないのです。
面白いねぇ。













