・・・・・・・っということで、東南アジアを旅行すると、刈り取りしている隣でもう田植えをしている光景を見ます。
彼らにとって、稲作って簡単なんだなぁ〜との印象を受けます。
二毛作なんて当たり前で、メコンデルタでは三毛作が可能です。
それに比べ日本は一発勝負です。
しかも日本は天災に恵まれています。
その年に被害を受けると、大規模な飢饉が発生します。
東北を旅行したとき、博物館で飢饉の記念碑(レプリカ)を見ました。
飢えのために人肉を食べたという記録もあります。
- 1181年 養和の大飢饉
- 1231年 寛喜の大飢饉
- 1428年 鎌倉の飢饉
- 1461年 寛正の大飢饉
- 1642年 寛永の大飢饉
- 1732年 亨保の飢饉
- 1756年 宝暦の飢饉
- 1783年 天明の大飢饉
日本は緯度が高く、稲作に適した気候ではありません。
それでも日本人らしい粘り強さで、北海道でさえ米が生産されるまでになりました。
・・・・・・・
それをなんだぁ〜?
古米は家畜の餌とか、古古米は鶏の餌なんて無神経な発言をする議員がいるとは。(ーー゛)
東北の人たちがどれほど悲惨な目に遭ったか、少しは歴史に関心を持つべきでしょう。
戦時中だって、白米が食べられずに芋ばかり食っていたのを忘れたのでしょうか。
・・・・・・・
米は日本にとって神聖なものだなんて言いません。
しかし、日本人の主食である米を生産するために、先人たちがどれほど苦労したのか、
今では「米離れ」なんて言葉がまかり通って、実際米の消費量は年々減っています。
そんな傾向を批判する気持ちはありません。
でも、米が日本人の主食であることを忘れるべきではありません。
・・・・・・・
この令和の米騒動もすぐに忘れ去られてしまうことでしょうが、これをきっかけに日本人にとって米とは何かを考え直して欲しいと切に願う次第です。

