・・・・・・・っということで、東北を旅行中、車窓から見えるのは青々と成長しつつある稲の広がりである。
5月に植えた早苗が順調に育って、9月の収穫まで無事に乗りきってくれることを心から祈る気持ちになった。
というのは、八戸の「八戸市博物館」で、飢饉の展示を見てしまったからである。
天明の大飢饉として知られる1782年(天明2年)から1788年の天候不純による凶作は、悲惨な状況を招いた。
中でも八戸の被害は甚大で、収穫が例年の5%しかない年があった。
その結果、藩人口6万5千あまりのうち、3万人が餓死したといわれている。
それに対して南部藩は殆ど無策だった上に、幕府の批判を恐れ、被害を過少報告したという。
異常気象は世界的なもので、アイスランドの火山が大噴火した影響といわれている。
同時期にあの岩木山が噴火(浅間山も)という、日本は踏んだり蹴ったりの気象だった。
博物館には、その時に建てられた石碑のレプリカが展示されていた。
「餓死萬霊等供養塔(がしばんれいとうくようとう)」と「戒壇石(かいだんせき)」で、その時の死者数、被害状況、治安の悪化が詳しく記録されていて、普段から飢饉に備え食料備蓄を怠らないようにと記されている。
人肉を食べたという記録は後に削り取られている。

