僕はブログを基本『書くだけ』にしているのですが(それ以上に読みたいものがたくさんあるので)、唯一毎日チェックしているブログがあります。
株式会社フィットネスビズ代表取締役 遠藤一佳氏のブログです。
いつも共感したり、違うなと感じたり様々ですが、結局面白いしためになるので読み続けている。
以前にもご紹介したことがありますが、その中でも僕が楽しみにしているコーナー
『フィットネスビズ兄に訊け!』
にて、考えさせられる内容があったので勝手にご紹介します。
以下引用
仕事をしていても、「言いたいことをはっきり言う人」がいます。
常日頃の私のスタンスからすれば、これは良いことです。
しかし、そこには「相手」がいるわけです。
「言いたいことを言う」というのは、相手の立場や心情を意識して、最適な言葉を選んで発言できて、初めて正当性があるといえます。
引用終わり
まぁ、職場の規律やマナーを軽視したりお客様や仲間を裏切るような行為は問答無用でぶった斬るべきだとは思いますが、何かを発する時には、それを受け取る
『相手がいる』
ということ。この言葉が響いた。
当たり前なんだけど…本当に当たり前のことなんだけど…
常にそれを意識することは難しい。ついつい自分の感情が先に行ってしまことがある。
今でこそ、そこに気づいて自省することぐらいは何とか出来るようになってきただけマシではあるが、僕はこれまで散々な失敗を繰り返してきたし、今でも後悔してしまうことをやらかすこともある。
自分の考えや意見を『当然のこと』として相手に押し付けてしまったり、勝手に相手に何かを期待して、その通りのリアクションをしてくれないと愚痴ってしまったり。
そんなことも多かった。
しかし何かを発する時には、まず
「信頼のベース」「人柄のベース」の構築が、何をやるにしても大事なこと。
遠藤氏はそのようにも付け加えている。
この言葉がさらに僕の胸にグサッときた。
それが自分には欠けているから、相手にとんでもない誤解されたり、嫌な思いをさせたり、ただ反感を買ってしまうだけの結果になってしまったり。
過去の失敗がパパパッと思い浮かぶ。
信頼・人柄
つまり遠藤氏が意図しているのは、相手に向かって発した内容ではなく、『誰が発したのか』が重要だということだろう。
理屈や正論で相手の心は動かない。どんな人物が発したのか?それがベースになっているということだと僕は思う。
仕事の上では、以前の僕はビジネス書や業界誌などを貪るように読んで知識を増やしては、それだけで自分がすごく成長した気分になっていた。
そうやって勉強すること自体は間違いなく役に立っていた。
しかしそこから得たことを良かれと思って、周囲にも共感してもらおうとしたり、行動を促そうとしたりしても、これが全くうまくいかない現実に何度も出くわす。
僕は自分が勉強して得たことを過信し、周囲も自分と同じようなことを理解し考えるようになれば、もっと良い方向に進んでいける、そんな希望と期待に満ちていた時期があった。
だが、そんな想いは
『なんで、出来ない?』
『なんで、分からないかな?』
『なんで、やらないの?』
そんな愚痴へと変わり、歯がゆい経験も何度か繰り返すうちにようやく気づいた。
僕は周囲へ良かれと思い、『与えようとして求めていた』だけだった。完全な失敗、一人よがりな人間の出来上がりだ。
相手に認められ、受け入れてもらえなければ、自分の持っているものなど、何の役にも立たない。
特に人を通して成果を求めなくてはいけない立場ならば、このことは肝に命じておかなくてはいけない。
『信頼のベース』『人柄のベース』
そっちが先。
論理や理屈で、相手を動かそうなどとしても長くは続くまい。悩み続けるか、自分の人間としての未熟さに気づかずに相手をただ批判し続けるかだろう。
そんなことを思い始めてから僕はビジネス書を読む機会がどんどん減り、次第に人間学・哲学へと興味が移っていった。
ビジネスパーソンとして成長するよりも、まずは『良き人間でありたい』そんな気持ちが少しずつ強くなる。
それが土台。
もしかしたら、僕は難しく考えているだけなのかも知れないが、遠藤氏のブログを読みながら、そんなふうに自分が変化し、初めて二宮尊徳の本を手にしていた時のことを思い出していた。
以下引用
「言いたいことを言う」というのは、相手の立場や心情を意識して、最適な言葉を選んで発言できて、初めて正当性があるといえます。
引用終わり
話すことの正当性とは、その内容そのものではなく、そういうことを意識して発言出来る人間であることから生まれるもの。
そう遠藤氏は言いたいのではないか。
僭越ながら付け加えさえていただくならば、常にそれを考えていることが相手にも伝わるような言動が出来る人間であること。
そして遠藤氏は最後にこう締めくくっている。
以下引用
それを可能にするのは「勉強」しかありません。本を読み、人と会うことで、語彙力や表現力を磨き続けていく必要があるのです。
引用終わり
北宋の学者、欧陽脩も似たような言葉を残している。
『人の性は物に因りて即(すなわ)ち遷る。学ばざれば即ち君子を捨(や)めて小人と為る』
人の性質は触れるものによって変わる。人格に優れた人物の教え、よき言葉にふれて学ばないと、いつの間にかつまらない人物になってしまう、という意味。
本を読み、良い言葉、良い教えに触れ、それを糧とする。
ビジネス書ばかり読んでいたころの僕はそんなことを全く気づいていなかった。
信頼と人格のベースがまるでなかったと思う。
では今はそのような人間力が身についたのかと問われれば、残念ながらとても胸を張って答えられるはずもないと自覚するほど、未だに同じ失敗を繰り返してしまうこともある。
僕自身は、正直に白状すると、こんな内容をブログにしているのはどうなの?と突っ込みたくなるほどまだまだ未熟ではあるが。
しかし、その失敗や後悔が、相手のせいではなく、自分に原因があるからだと、以前よりは考えられる時も少しは増えてきたと思う(それでもまだ感情的に暴走する時はありますが)。
ビジネス書ではなく人間学に興味を惹かれてから、様々な良い言葉に触れてきて、それに支えられていると実感出来る時もある。
だから言葉は大切だと僕は思っている。
言葉だけ立派じゃダメだろうと思う人もいるかもしれないし、決してそれは間違いではないと思うが、こんな考え方もある。
『人間は言葉を元にして思考していくのだから、言葉が育てば心が育つ、人が育つ』
菊池省三氏(北九州市立小倉中央小学校教諭)の言葉。
遠藤氏のブログを読み、菊池氏の言葉を思い出し、改めて感じた言葉の大切さ。
では最後に、このブログを書くタイミングに偶然にも昨日買って読み終えたばかりの本からの一文をご紹介します。
以下引用
『文字で心を洗い、心のノミで顔を彫る』
(伝記作家 小島直記の言葉)
文字というのは、すばらしい言葉、素晴らしい教えということでしょう。
その素晴らしい言葉、教えで心を洗い、その心をノミとして顔を彫っていけ、
自分という人間を磨いていけ、という訓えです。
引用終わり
『生きる力になる言葉』藤尾秀昭著より。
もっと全力で生きたい!そう心を奮い立たせてくれる一冊。

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