Live with Max. -12ページ目

Live with Max.

世の中のあらゆることは、人間関係に行きつく。
そんな視点でいろんなことを考えながら書いています。

 「こんな大勢で歩道をふさぐようにモタモタ歩いて、いい迷惑だなぁ」

 

 仕事を終え、妻と一緒に職場から自宅へ帰る途中に、学生と思われる集団がファミレスからでてきて、目の前の歩道を埋めつくした。

 

 おそらく30人くらいがい。縦に10mはあっただろう、道幅いっぱいに広がって話ながらノロノロと歩いているのだ。

 

 その日は、4月だというのに朝にみぞれも降るほど寒い天気。夜も風が冷たくて寒かったので妻と僕は急ぎ足だったのに。

 

「あらまぁ、別な道で行けば良かったね」と妻が隣りで言う。

 

「大学の新入生歓迎会みたいな感じだね」と僕。

 

そのあとの妻の一言に色々と考えさせられた。

 

「じゃ、一緒にゆっくり歩いて、こういう人たちの気分を味わってみるか」

と言うのだ。

なぜこんなことをしているんだ、迷惑だ、という僕に対し、その人たちの気持ちを味わってみようよという妻。

 

なるほど、そういう反応を選択するという方法もあるな。それは自分次第でコントロールできる。

不思議なもので、そう考えてみると「まぁ、僕が学生の立場だったとしたら同じことしていた可能性はゼロとはいえない。」と思えた。

 

そこが面白いと思った。相手の状況や、そのような言動にいたっている過程を考えようと思った瞬間に、最初のイライラが消えている自分に気づいたんですね。

 

人って自分が何かをする時は、自分にとっての理由や意味がしっかりあるじゃないですか。だけど他人のことになると、ついついそれを無視してしまう。相手の状況や、そのうような言動に至っている過程を考えようともせず、否定したり、イライラしたりする。

 

その前に、相手がどういう意図でそのような言動をしているのか、あるいはしていないのかを、まずは自分で考えてみることの方が大事なんじゃないかな。

その方が自分の考えを改めるようになるまでのスピードも早いし、穏やかな気持ちでいることもできる。

 

多くの人間関係のトラブルは、他人の言動に自分の思考をあてはめて考えるところからはじまる。時には独善へ陥り、第3者をも巻き込む。

1つ1つの出来事は小さなことでも、そういう反応をとることが無自覚に染みついていくことは避けたいな。

そうやって何かにつけて反応的にあーだ、こーだと言うことって、その人や出来事に自分が振り回されていることにもなるしね。

 

それを常に避けることは正直無理かもしれないけど、自分が反応的な態度や言動になっていることに気付いた時ぐらいは冷静になりたいものです。

 

相手の状況や、その言動に至っている過程は何なのか?

 

それを知ろうとする方が、私生活でも仕事でも自分のパフォーマンスアップにつながるんじゃないかな。常にそういう姿勢を持ちつづけることで、相手の心を打つことにつながることもある。

 

冒頭の学生達の後ろをゆっくり歩きながら、そんなことを考えていた。

どんなふうに生きたいか?

どんな自分で在りたいか?

 

詳しくは書けないが、先日そんなことを改めて考える機会があった。

ちょっとしたきっかけから、初対面の相手と仕事や自分の思想について話した時のこと。

 

どう生きたいか?っていったら、やっぱり一番は

 

『礼儀正しく、ですねかね。普通のことかもしれませんが。』

 

『そうなんですか?内海さんは、自分のことを礼儀正しくないと思うことはあるんですか?』

 

『そういうわけではないんですけど。。。』

 

『その礼儀正しくってのは、具体的にどんなことですか?』

 

自然にでた言葉に対し、突っ込まれたものの、すっとでてきたのが

 

『人の話を聞く、ってことですね。』

 

だった。

 

 

仕事でも『対話』ということについて語る機会が増えてきているからだろうか。

スポーツクラブでトレーナーという経験が長く、カウンセリングを大切にしていたからだろうか。

どんなに小さく、重要性が低かろうと、相手の視点を認める姿勢を持つことを大事にしたいと思うことは今でもよくある。

 

人の話をしっかり聞く前に、個人的な視点や感情ばかりで発言しているとどうなるか?

相手に対して自分への言動に気を遣わせたり、議論することへの興味を冷めさせる効果はあるだろう。

 

『この人には言っても無駄だな』って。

 

意識せずとも直感的にそう感じた経験ありません?

ってことを考えると、自分もそういう人間になっている時あるかもなぁって思ったりすることもあるんですね。

 

だから、『小さく、重要性が低かろうと、相手の視点を認める。』ってこと。

それが大切な礼儀だと。

 

礼儀なんだから、人に気に入られようとするためにそうするものではないし、誰に対してであっても変わらないもの。

 

■誰に対してであっても

 

これって簡単じゃないけど、それに近づくように生きられたらなら。

たとえ悩むことはあっても、批判や不満をうけた時でさえ、まず「ありがとう」と言える。

 

キレイごとみたいな話だけど。

礼儀を大切にしていけば、そんな穏やかな気持ちで生きていける。

 

実際にそれを完璧にできるほどの器がある人間ではなけれども(笑)

「人の話を聴く」ことをおろそかにしてしまった時、こういうことを思い出せるような自分でありたいと思うのです。

 

 

 

モモと今年ラストの散歩をしながら1年をふり返ってみた。

長い1年だったなと。

最初は、年初に立てた目標を思い出しながら、達成度について考えていた。

自分に起こった出来事や、やったことなど。

 

そして色んな場面を思い出そうとしていたはずなのに、なぜかこんなことをずっと考えていた。

 

年末だなぁ

積った雪が溶けなくなって、本格的な冬だなぁ。

今年もこの時期がきたなぁ。

雪が溶けて、春を感じる時って、どんな感覚だっけ。。。

 

真っ白なったいつもの散歩コースの公園をみながら無意識に季節のことをひたすら考えてた。

春、夏、秋、冬、季節の四季は巡るけど、人生はどうだろう?

 

季節は巡るから、

「今年の冬は、こんなことをしよう」

「あそこへ行ってみよう」

「次の春にはこれをするぞ」

 

とか、生きている限りは四季を堪能しようとすることはできる。

 

でも「人生の季節」は、一度きり?巡っている感じはない。

今、どこかの季節を生きている。

多分もう二度と出会うことのない季節を。

 

それは厳然たる事実だな。

 

その事実を受けとめているなら、それをどう生きるかという心の工夫と姿勢が伴ってくる。それによって老い方も変わって来るだろう。

そして老い方が変わってくるということは、人は年を重ねただけでは老いないと言うこともできる。

 

じゃぁ人を老いさせるものって、年齢以外になんだろうな?

いや、老いさせないものってなんだろう?

 

って考えると、理想、信念、自信、希望、それらと共に生きることかなぁ。漠然とし過ぎているかもしれないけど、やっぱりそういう人って年を重ねただけでは老いないないような気がする。

 

逆に理想を持たないこと。それが人を老いさせるのかも。それがなければ、不満、疑念、恐怖を持つことの方が増えるかも知れない。不満を持つほど人は老いる。愚痴を言えば心が錆びる。

 

先が見えないような、今だけの欲求に従う自分を正当化することは拒否し、安易を振り捨て、冒険心を大切にし、今わたしは人生で一度しかない季節を生きていると真剣に考えてみよう。

 

20代、30代、の頃の自分ならこんなこと絶対考えなかっただろうな。40を過ぎ、多分人生は運が良ければ残り半分か、それ以下か。だったらこんな詩人か哲人ぶったことも恥ずかしがらずに真剣に考えたっていいだろう。

 

来年の目標とか考える前に、まずはただ年を重ね老いていくことは拒否したい。

今年の最後は、そんなことを考えてみた。

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今年は途中から、ブログの更新をしていなかったのですが、うまくいかないことや新たに発生した問題などが続き、そんな時には頭を低くじっと耐える習性。

というわけで大好きな「文章を書く」ということから遠ざかっていた。

 

来年は再開できるよう、頑張ろうっと!

 

 

 

 『普段から効率をあげろ、効率をあげろ、って言ってくるクセに、今日の会議で「効率は大事だけど、そればっかりじゃ評価しないからね」とか突然言ってきてさーっ、そっから30分近く小言ばかり。』

 

『まぁ、そんな気にすんなって』

 

 電車の中で吊革につかまっていると、目の前に座っている30代前半くらいの会社員らしき2人の会話が耳に入ってくる。

 

『いや、だってさ、〇〇をするってことは事前に部長にも伝えて、俺に任せるって言ってたのにさ、今になってあの言い方はないでしょ、ちょっとでもミスったら部下のせいかよっ!』

 

『たしかに言い方は良くなかったけど、部長の言いたいことも分からなくもなくない?』

 

 こんな感じの会話だった。1人はちょっと興奮気味で口をとんがらせ、もう1人は落ち着いた感じでなだめようとしている。

 

 たいへんそうだな、この相手には今何を言っても納得しそうにないな、なだめようとしてる方がちょっと気の毒な感じ。お前こそこんな電車の中で感情的になるのやめろよ!同僚が困っているだろ、と心の中で思った。

 

 話の細かい内容は2人の仕事のことなので何のことか分からなかったが、概ねOKなのにその中にあったちょっとしたミスのことをグチグチと上司から突っ込まれて、それに腹を立てているという状況だ。

 

 なだめ役の方が、自分たちにもミスがあったことや、その部長さんの意図についてなどを落ち着いて話し始めていた。感情を態度にだしているもう1人の方がなんと子供っぽく見えることか。気持ちは分からなくもないが、苦しいだろうなぁって思った。

 

 ほんの僅かでもミスがあったなら、素直にそれを認めてしまった方がいい。そうやって叱られたことに対して腹を立ててもプラスになることはないのにな。ただ自分が苦しくなるだけだろ。

 まして相手が理不尽なことを言ってくるのなら、そこに振り回されていることになる。

 本当に少しでも自分に非があるなら、そこについては潔く認めてしまえばいい。余計な主張はむしろ言い訳がましくもなりかねないし。そして、その僅かな部分を反省して自分の成長に繋げていけばいい。

 

 そんな簡単なことではないかも知れないけど、でもその方がいいと一度思ってしまえば、自分が反応的な態度をとってしまった時に意識することはできるもんです。

 そしてそのような姿勢であればこそ、上司や周囲の心を打つことにも繋がるし、自分も相手の立場や気持ちを考えていなかったということに初めて気が付くこともある。

 

 たとえそうやって自分が態度や考え方を変えても、もしかしたら相手は相変わらずかもしれない。でも、少なくとも自分が苦しむことはなくなるだろう。

 

 僕だって反応的な態度がでてしまうことはあるけど、自分で自分を苦しめるようなことはできれば避けたい。 

 電車の中で、2人と目が合わないように正面を見ながらそんなことを考えていたら、なんだかすごくすっきりした気持ちになってホームへ降りている自分に気づいた。

 ありがたいと言ったら男性2人には申し訳ないけど、たまにこういうことを考える機会って必要だなと思った。

 

 

本日の一冊。
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先日、会社イベントで講演に来て下さった、元プロ野球審判の山崎夏生さんの著書を。
 
講演の冒頭では、『仕事に役立つ話しは一切しませんので、メモとか取らなくていいですから』と言う。
 
話の内容は、次々立ちふさがる壁に対し、山崎さんがどんな努力をどれだけしてきたか?その凄さ伝わってくる。
本当に努力家で一点突破の鬼という感じだった。
野球部の審判、マヂてカッコイイって思った。
 
しかし、山崎さんの口から常にでてくる言葉は、
 
『もう一度チャンスを与えていただいた』
『自分の努力をみてくれていた人がいた』
『応援してくれる人がいた』
 
といったこと。 
 
ようするに
 
『おかげさま』ってこと。
 
デカい態度とるなよ、全力出し切っていないくせに調子なるなよ。
『おかげさま』を忘れなければ、何事にも自然と頭が下がる。
 
全力でやれ!謙虚であれ!
 
そう教えてくれてきるのだと僕は受け取った。
思い切り仕事にも関係ある話じゃないか。
 
クソっ、、、めちゃめちゃ勇気の出る話だった。
おかげ様を忘れるなよ。
感謝!
 
 
やることたくさんあるのに、昨夜は知らない間に寝落ち。何時に寝たのか分からないけど4時過ぎにふと目が覚め。
よっぽど疲れていたのかなぁと思ったけど、けっこうシャキッとした気分だったのでそのまま外の空気を吸いに、早朝の狸小路。
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ぐっすり寝たみたいで今日も元気。
元気だから、また今日も頑張れる!
寝落ちって気持ちいいって久々に思った笑
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モモと朝の散歩をしながら公園で一息。

エナジードリンクでは1番好きでよく飲んでいるモンスターエナジーの青。でも最近なぜかこの甘さが受け付けない。なんでだろう?でも買ってしまう笑

公園の芝生が眩しく感じるくらい強い陽射しで、6時前でも背中めちゃくちゃ暑い。

公園のを撮ろうとしたらモモが割り込んできておしりからでごめんなさい
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 昨日は店舗が祝日営業で19時。30分前にはお客様のジム利用は終わるので、その後から短い時間だけどトレーニングをすることに。

 そこにはすでにトレーニングを始めている20代の若いアルバイトスタッフが2人いたので、軽く会話しながら僕もトレーニング開始。

 

 すると1人のスタッフが僕に質問してくる。

 

『胸の下の方を付けるにはどうしたらいいんですか?』

 

 ジムは使い放題の時間になっていたので、せっかくだからじっくりとと思い、

 

 『ちょっと、寝てごらん』

 

といって、フォームの説明から。

 

 そして僕が自分のトレーニングに戻ったあとも、教えたことをずっと繰り返している彼をみて、なんだかテンションがあがってきた。その姿勢を見ていると、もっと教えたくなる。

 

 トレーニング後に再び彼とトレーニング談義。やはりいろいろな疑問をもっていた。その時に彼が手にしていたトレーニング雑誌に目が行き、こう伝えた。

 

 『いろんなトレーニング方法、情報があるけど、惑わされないでね。今やっていることを一貫して続けることが一番大事だから。筋肉ってさ、そんな簡単につかないからね。そういう情報に誘惑されないで、とにかく続けるんだよ。』

 

 たしかにそうですね、という感じで笑いながら深くうなずいてくれるスタッフ。

 

 人生も勉強もトレーニングと同じ。なまけず、地道に、続けることが大事。なんてことまで思わず話しそうになったかが言葉を飲み込みこんだ。余計なことはいうまい。

 『とにかく続けるんだよ』この言葉で十分だろう。そして自分でも改めてその大切さを振り返った。それが大事ってのは当たり前のことなんだけどね。言うは易く、ってやつだ。

 

 

詮ずるところ学問は、

ただ年月長く倦まずおこたらずして、

はげみつとむるぞ肝要

本居宣長

 

小さいことを重ねることが、

とんでもないところに行くただ一つの道だと感じている

イチロー

 

 

 35年かけて古事記を解読し、「国学の大人」の1人とよばれた国学者。前人未到の安打世界記録を達成した野球選手。

 江戸時代も、今も、目指すものがなんであろうと、変わらぬ大切なものがある。一歩一歩進み続けるのみだと教えてくれている。

 

 

 

『内海さんのことろは、PDCAの回し方とかうまくいっています?』

 

 とある講演に参加したあとの懇親会の席でのこと。僕なんかよりずっと大きな規模で事業を行っている浅倉さん(仮名)から受けたそんな質問から始まった会話。

 

『できるように努力はしていますが、わたしはまだまだ勉強不足でして。周囲に助けてもらってばかりです(笑)。何かお悩みなんですか?』と僕。

 

 確認を強化しようとしたり、改善を試みようとしても、それが逆に現場の不満を生むことにつながったことがあり、うまく回すことに四苦八苦しているというような意味の話をする浅倉さん。

 

『でも結果はともかく、浅倉さんの部下には何に対してもやりきろうとする気持ちを前面に出していて、期待できるような人もいるんじゃないですか?』

 

『あぁ、もちろんそれはありますよ!基本的にはやる気があって真面目な社員が多いと思っています。』

 

 お酒も入り、うる覚えだが、浅倉さんのその言葉だけは鮮明に記憶に残っていた。即答だったし、本当にそう思っているんだろう。

 

 でも、自分が強引で理不尽なことをしているのではないかと不安に思ったり、逆に部下のことを理不尽だと感じるようなこともあるんだろうな。勝手にそんなことを想像していた。

 

『まぁ、間違ったり失敗した時は素直に認めて、あとは自分の責任を果たす努力を淡々とするだけですよね』と浅倉さん。

 

『個人的にはそれが真理だと思います。』と僕。

 

 それは言葉で言うほど簡単なことではないことも多いし、理想論かも知れないけど、浅倉さんの言葉通りだと思った。

 

 周囲から不満が聞こえてくるのに自分の意見や、やり方に固執してゴリ押し、ねじ伏せる必要はないし。

 逆に部下の立場であっても、上司や会社のおかしなところをあげつらうことに力を奪われていても仕事が苦しいだけだし。

 

 目の前の上司や部下に不満の種を見ていても、自分が良いと思ったことをできない理由をこしらえることにしか役立たないだろう。それは自分を正当化することはできるけど、得るものはないし、働くことが苦しくなっていくだけじゃないかな。

 

 別にじっと辛抱しろってわけではなく、言うべきことは言うけど、仮にそれが通らなかったとしても、自分がすべきだと思ったことや、正しいと思ったことから逸れることの理由に使わなければいい。それで少なくとも苦しさは手放せる。僕はそう思う。

 また、その姿勢が人の心を打つのであって、人間としての器を鍛える方法の1つだとも思う。

 

 会話のノリが変わりそうなので、そんなことまでは話さなかったが、改めて考える機会が得られてよかった。

 

 忙しいときほど、ついつい目の前の「人」や「こと」ばかりで頭がいっぱいになり、自分がどうあるべきかがその次にくるか、忘れてしまっていることすらある。僕なんてまだまだそんなレベルだ。

 浅倉さんの質問に答えながら、自分自身が大いに考えさせれ、より深い気づきとなった。

 

 相手にすべきは自分があるべき姿。きれいごとかもしれないけどね。これが真理だと僕は思う。それができていなからこそ、あえて書いてみたいと思ったのでした。

 

 

 2週間ほど前に、東京ディズニーリゾードを運営するオリエンタルランドの労働組合が、アルバイトを含めた約2万人の非正規従業員を組合員にするということが大きなニュースとなっていた。

 これにより組合員数は、現在の2,900人から22,000人まで増えるのだとか。これによって待遇改善の交渉も行えるようになる。キャストのほとんどはアルバイトだということで脚光を浴びていた時もあったのにね。

 3年ほど前に、いわゆる「派遣切り」でも騒動があった「夢の国」で、またこんな「現実的な問題」が起こっている。

 

 大きな原因は人員不足だとのこと。時給は近隣の相場に比べて悪いわけじゃないし、ディズニーというブランド力もあるので、採用できないというよりは、入っても続かない、ってことなんじゃないだろうか。ディズニーに限らず、客として利用するのは楽しいけど、働く場所として良いかどうかは別問題だしね。

 

 そんな事態をうけ、飛び交っている言葉の中に、

 

「人手不足なのではなく賃金不足。不足してるのではなく選ばれてないだけ。経営陣は何が不足しているのかよく考えた方がよい」

「キャストを組合員に変えても給与が変わらなければ意味がないだろう」

 

なんてのもあり、すごく引っかかった。

 

 サービス残業が強制だとか、本来支払われるべき実態に対して賃金が発生していない、とかを無くす努力なら分かるけど、単に時給をもっと上げて解決なんて方向性になったら、個人的には残念だ。

 

 退職を減らすことを目的に低すぎるわけではない賃金を上げてしまうと、結局はそれがすべてになりやすい気がする。お金で動き、お金で不満を持ち、お金で去る。そんな人達だけになりそう。お金が原動力みたいな。仕事は増えれば増えただけお金、お金でしょ。

 

 ディスニーのような場所だからこそ、『何のためにそれをしているのか? 』という働く意味を真剣に考えているキャストだってきっとたくさんいると思うんですね。で、そういう人たちって、その目的意識を自らがどんどん濃いものにしていくことができるキャストだと思う。

 そういった人たちが減り、待遇が他よりも良いからという理由で入社し、残る人たちが増えていったらどうなるんだろうなぁ。

 

 お金という原動力にコントロールされながら、会社が目指すことやあり方を受け入れていくのって、なんか怖い。

 まぁ経営者であれば、採用や採用後の育成にかかる時間やコストを考えれば、それを今いる従業員へ与えることで従業員の定着が強化できれば、合理性としては十分なのかも知れないけどね。

 

 別にディズニーの内情を知っているわけではないので、ネット上の言葉から勝手にイメージをふくらましてしまいましたが、やっぱりそこで働くことに価値を感じる人たちが集まるってイメージが今でも個人的にはあるんですよね。そういうのが無くなってしまうのって、ちょとさみしいなって気がして。そうはならないでほしいなぁと思ったのでした。

 

 現状の問題を解決するのは別な手段で、それとは別に従業員へ良い待遇は可能な限り与えよう!ということになっていけば、素晴らしい例として内外から支持を受けるんじゃないかな。