「こんな大勢で歩道をふさぐようにモタモタ歩いて、いい迷惑だなぁ」
仕事を終え、妻と一緒に職場から自宅へ帰る途中に、学生と思われる集団がファミレスからでてきて、目の前の歩道を埋めつくした。
おそらく30人くらいがい。縦に10mはあっただろう、道幅いっぱいに広がって話ながらノロノロと歩いているのだ。
その日は、4月だというのに朝にみぞれも降るほど寒い天気。夜も風が冷たくて寒かったので妻と僕は急ぎ足だったのに。
「あらまぁ、別な道で行けば良かったね」と妻が隣りで言う。
「大学の新入生歓迎会みたいな感じだね」と僕。
そのあとの妻の一言に色々と考えさせられた。
「じゃ、一緒にゆっくり歩いて、こういう人たちの気分を味わってみるか」
と言うのだ。
なぜこんなことをしているんだ、迷惑だ、という僕に対し、その人たちの気持ちを味わってみようよという妻。
なるほど、そういう反応を選択するという方法もあるな。それは自分次第でコントロールできる。
不思議なもので、そう考えてみると「まぁ、僕が学生の立場だったとしたら同じことしていた可能性はゼロとはいえない。」と思えた。
そこが面白いと思った。相手の状況や、そのような言動にいたっている過程を考えようと思った瞬間に、最初のイライラが消えている自分に気づいたんですね。
人って自分が何かをする時は、自分にとっての理由や意味がしっかりあるじゃないですか。だけど他人のことになると、ついついそれを無視してしまう。相手の状況や、そのうような言動に至っている過程を考えようともせず、否定したり、イライラしたりする。
その前に、相手がどういう意図でそのような言動をしているのか、あるいはしていないのかを、まずは自分で考えてみることの方が大事なんじゃないかな。
その方が自分の考えを改めるようになるまでのスピードも早いし、穏やかな気持ちでいることもできる。
多くの人間関係のトラブルは、他人の言動に自分の思考をあてはめて考えるところからはじまる。時には独善へ陥り、第3者をも巻き込む。
1つ1つの出来事は小さなことでも、そういう反応をとることが無自覚に染みついていくことは避けたいな。
そうやって何かにつけて反応的にあーだ、こーだと言うことって、その人や出来事に自分が振り回されていることにもなるしね。
それを常に避けることは正直無理かもしれないけど、自分が反応的な態度や言動になっていることに気付いた時ぐらいは冷静になりたいものです。
相手の状況や、その言動に至っている過程は何なのか?
それを知ろうとする方が、私生活でも仕事でも自分のパフォーマンスアップにつながるんじゃないかな。常にそういう姿勢を持ちつづけることで、相手の心を打つことにつながることもある。
冒頭の学生達の後ろをゆっくり歩きながら、そんなことを考えていた。





