甲斐拓也の “「新」常在戦場 ” ブログ  -172ページ目

韓国へ出撃

気温0度の韓国ソウルに上陸。



なんだかんだでこの10日間に千葉から福岡往復、札幌往復、韓国往復した。



飛行機の中に各都市間の距離の表記があったけど、自分が10日間で移動した距離の合計は6000キロ。

地球の半径がちょうど6000キロ位だから、10日で地球の中心部まで到達した距離になるのだろうか(笑)?



まあ、このフットワークの軽さは譲れないところなのだが。。(笑)。





ホテルに着いたら深夜0時過ぎだったので、それからでも入れるお店を探したが、なかなかない。観光地なのに閉まるの早いね。



その中で、かろうじて開いてたお店が、こちら。



韓国の済州島産の黒豚の焼肉屋さん。



焼肉のたれではなく、この特製のアンチョビペーストにつけて食べるらしい。
たぶん、アンチョビとにんにくと青唐辛子でできている。



済州島の黒豚は有名らしいね。



脂身が多くてどうか?と最初思ったが、焼いているうちに無くなってしまうから意外とヘルシーかも。



ドンドン切って焼いてくれる店長。




しかし、閉店時間過ぎだったのか、他のお客さんはすでに食事を終えていたからか、店長は煙を吸い込むバキュームを稼動させてくれない。



店内真っ白で、雲の上で食べているような気分になった。



店内真っ白に、失笑するお店のお姉さん。




これじゃ、この管の意味なーい!



次回は、ちゃんとバキュームを稼動させてくれることを祈る(笑)。







学校

空港のテレビで、田中真紀子さんの大学の認可うんぬんの問題が報道されているのを見ていたら、そういえば、昔、自分も教育関係に非常に興味があったことを思い出した。



20代の前半くらいに抱いた夢だったが、自分は、私立高校を作りたかったのだ。



今でこそ、高校に専門的な学科が出来たが、大学のように医学部や体育学部や外国語学部などと専門のクラスに分かれている高校が必要なのではないかとその当時思い、プロデュースしてみたかった。



専門的な勉強は大学に譲って、たとえば高校としての医学進学科なら医師として必要なハートをはぐくむ授業、外国語学部進学科なら単に語学の時間数が多いというのでなく海外の文化や情勢を学び外国に対する興味をはぐくむとか。



部活も、スクールウォーズのような魂を奮い立たせてくれるような顧問の先生がいてくれたりするような。



夢を夢で終わらせたくなかった自分は、当時、福岡の県庁や教育委員会に電話して、高校を将来作りたいんですがどうしたらよろしいでしょうか?などと聞いていた。
今から考えると、向こうも、内心は、なんだコイツは?と、不思議だったであろうが。。。



どういう申請をすればいいんですか?
設立に当たりお金は総額いくらくらい必要なものなんですか?
などと、電話口で「働くおじさん」の社会科見学バリに貪欲に質問する自分にあきれることなく、電話口の人は丁寧に教えてくださった。



たしか、費用は7億から11億くらいかかりますよといわれ、少年の夢は瞬時に打ち砕かれた。



そんな思い出をふと思い出した。




昔から、破天荒な思考だったのかな。。?





草加の宮田会へ

草加の宮田会へ。
  


自分は草加で業務を終えて帰ろうとしていたところ、この会合があるという連絡をいただき、途中参加。
お店に入ると、すでに大盛り上がりだった。



ひとり裸祭り状態の宮田先生。
すごい筋肉だ。




この日は、会の合い間に宮田先生と今後の作戦を協議。




自分がオファーをいただいている1月の試合に出撃するに際し、失礼があってはならないので、これから猛特訓しようと、檄を入れてくださった。




ミドルキックの良さを伸ばした方がいいから、土曜日ヌアトラニー先生の指導の日に北千住に来いと、指示をいただいた。




直接そのようにおっしゃっていただくと、ものすごく燃えてくる。





諸々、帰国したら、いよいよまた本格的に始動開始だ!




同音異義語

同音異義語。








受験生の皆さん、試験に出る。。。かもよ(笑)。







札幌にあった『開拓屋(かいたくや)』という名前のジンギスカン屋さんなんです。
みぞれが降る中、自分と同姓同名ということで訪れてみたのだが、日曜の昼はお休みで、残念。





加藤先生が、日曜の午前中はお仕事だったので、ひとり、かに料理のお店へ。
やっぱり寒い時期に北海道来たらかにを食べないとね。





ビールを注文したら、サッポロとサントリーどちらにしますか?と聞かれ、「せっかく札幌に来たんだからサッポロで!」と、答えたのに、テーブルの上にドン!と届けられたサントリーの生ビール。



だったら最初の質問いらないじゃん(泣)!と思いながらも、目の前に出てきた宝石のようなイクラに気持ちが和む。
自分はすごくよくあることなんです。そういうの。。



海の幸をいただく。


北海道の昆布焼酎というのも飲んだんだけど、やっぱり鹿児島の判定勝ちでした。



すごく身が詰まってる毛ガニ。



カニはみんなで食べると、身をほじくり出すのにみんな無言になってしまい良くないというけど、ひとりで食べるかにっていうのもも、それはそれで全然良くないよ。
今回の経験上感じたけど。




外はみぞれが雪に変わっていた。なんと、札幌の今年の初雪に遭遇してしまった。



自分がハーバード大学にいた頃、10月なのにボストンは雪が降って、北海道よりボストンのほうが寒いんだとその当時からずっと思っていた。



しかし、今回空港に向かう途中、大雪になり、一面が一瞬にして銀世界になる北の大地の自然を目の当たりにして、やっぱり北海道の自然の驚異のほうがすごいんだなあと思った。



真っ白になってしまった新千歳空港。





搭乗口で北海道夕張メロンのソフトクリームを食べながら、やっぱり、普段から仕事でも何でもバリバリ頑張って、リフレッシュにまた訪れようと思った。



札幌、最高!









札幌へ出撃



金曜日早朝福岡から戻り、金曜土曜と仕事をして土曜の夜から札幌へ出撃。
5日たらずで日本縦断!フットワークは軽いぞ。




今回の目的は、お世話になっている北海道の加藤先生にお会いするため。



加藤先生は、歯科の方でも大変お世話になり、また、ファイティングエイドもワクチンファイトも応援してくださっている。




おいしいお食事をいただきながら、ワクチンファイトのご報告を。



お会いしてつくづく感じたのは、距離はあっても、人間と人間てやはりこうしてお世話になった人の元を訪れ、近況のご報告や懐かしい昔話に花を咲かせないとダメだなあと。
決して仕事だけに没頭することなく、そうしたものもすごく重要なんだと。







大好物のいくらをいただきながら加藤先生よりご高説を賜る。



それにしても北海道の海の幸はうまい。新鮮だからね。



たらこも食感が全然違い、すごくおいしかった。




北海道のジャガイモで作ったジャガイモ焼酎は。。。



同じイモでも鹿児島の芋焼酎の判定勝ちかな。。



ジンギスカンの串焼きも




いくらがすごくおいしかったので、いくら丼まで追加でいただいてしまいました。




食事の後は、札幌を訪れるといつも連れて行ってくださる静かなバーへ。



いろいろお話しているうちに自分もかなりリフレッシュされ、元気になった。
これがまた翌日からの原動力になるのだ。





そして福岡も札幌もシメはやっぱりラーメンでしょ。



ということでラーメン横丁へ。




ガッツリ食べてないとカタボっちゃうからね(笑)。



お目当てのお店はこちら『弟子屈(てしかが)』。



魚介絞り醤油味。



自分も初めていただいたが、魚ダシがギュッと詰まった濃厚醤油でかなりおいしかった。




ホテルに帰り、24時間あいているホテルの露天風呂へ。
脱衣所で裸になってから、全裸のままで非常階段のようなところを2階から8階まで延々と昇っていくというマニアックなつくりだったが、露天風呂は最高。

さすがに深夜なので貸切状態だった。




札幌の夜を満喫し、かなりパワー充電ができました。





多くのご縁をいただいた

福岡の二日目、昼から石井先生と二人で中州に魚を食べに。



石井先生に、ふぐやあらなど、ゴッチャンになってしまった。。。



フグは旬。



あら(クエ)もなかなか刺身なんか食べる機会ないので、感動。




唐津のウニを食べながら、フグのひれ酒を。



久しぶりにいろいろと語り合った。




夜は、勇士が集まった。



自分も今後のビッグなプロジェクトに向けて皆さんといろいろ語り合う。
みんな畑違いだけどスゴイ人たちばかりで、かなりのご縁をいただいた。

一番奥の人は、宮本武蔵の末裔らしい。
前夜、田之上さんから宮本武蔵の五輪書にサインをしていただいたのが通じたのか、すごい偶然だ。




元新日本プロレスで魔界倶楽部で暴れておられて、現在九州プロレス理事長をされている筑前良太さんとも合体。



筑前さんも途上国に対するいろいろな慈善活動をされていて、素晴らしいかただ。
自分の福岡でのプロジェクトをいろいろ相談させていただいた。




こちらは、闘う弁護士の知名先生。九州でルチャリブレを現在習得中とのこと。



自分と瞬時に意気投合。

本名がカッコイイ、知名健太郎定信(ちな けんたろうさだのぶ)先生というそうです。
おそらく日本一長い名前でしょう。



みんなでいろいろ語り合いながら12時まで飲んで、そこからもつ鍋を食べに。



お肉屋さんが経営するもつ鍋屋さんだけあり、最高においしかった。
こちらは、つまみの、テールの塩焼き。



明太子と酢モツも。




締めはラーメン屋さんに。



替え玉もガッツリいただきました。




またこの日も本当に多くの人と人とのご縁をたくさんいただき、帰途へ。




福岡空港へ向かう帰りのタクシーの中、半袖シャツ一枚の自分に対し、真面目そうな運転手さんがルームミラーでチラチラと自分の服装をかなり気にしていた。

自分: 「福岡空港までお願いします。」

運転手さん: 「はい。。。寒くないんですか?」

自分: 「大丈夫です。」

運転手さん: 「空港は、沖縄行きのターミナルですか?」

自分: 「。。。。。」




ホントに福岡の皆さんは温かい(笑)。







田之上さん、あらたなる旅立ち

ソフトバンクホークスの田之上さんと中州へ。
種子島出身の後輩も合流して。



新聞等で既報のとうり、ちょうどこの日、正式に日本ハムファイターズのコーチの要請を受けられたとのことで、新たなる人生のスタートに、中州でお祝いを兼ねて朝まで飲む。



犬丸、小料理屋、このお店と、夜9時でもうすでに3軒目という暴走の気配(笑)。




そして4軒目のお店へ。
ここには久保先生高田先生をはじめ、たくさんの仲間たちが集結。



かつて、このお店は、こちらの石井先生と飲んでいたのに、お金はいらないから出てください、といわれてお店を出たという不可解な体験をしたお店。





その罪をなすりつけあった2人。




自分たちは負け犬にはならない、だからそのままにはしない、なので今回、あえてそのお店へ迷わずGO。





今度は大丈夫で、和やかに飲めました。。。(笑)。


それどころか、店長さんがソフトバンクホークスを支援されておられていて、田之上さんの新たな旅立ちに、焼酎の魔王のボトルをプレゼントしてくださった。


。。。って、おい!
魔王って、そうやって飲むものか(笑)?

田之上さんから牽制球でさされないことを祈る。。




この夜、集まったメンバーは熱い人たちばかり。




やはり、類は友を呼ぶ、のか?



自分が、来季、ドラフト1位指名の平松君と。



久保先生のように、ガンガン頑張っていこう!



飲み会は、大盛り上がり。
さっき飲んでいたお店へ戻りまたそこで飲んでまた戻ってくるという、4次元空間的な動きの飲み方をしているメンバーも。
いつ誰がどこにスクランブル発進してもおかしくない状態(笑)。
そんな、のびのび野球ならぬ、のびのび飲み会が続く中、一行は5次会へ。




Tシャツにサインをいただく久保先生。



以前、田之上さんから、甲斐さんは戦いを続けるなら絶対に宮本武蔵の五輪書の関係本を読んだ方がいいよ、とお勧めいただき、最近そういった本を読んでいた。



その本を持ってきていたので、そこに自分もサインをいただく。



田之上さん、新たな旅立ちの日の日付入りで、これはプレミアもんだ。



余談になるが、この翌日、自分は偶然、宮本武蔵の末裔というかたをご紹介いただくことになる。
田之上さんの“心”が通じたのだろうか。。。?



最後は、外で田之上さんの旅立ちを祝い、みんなで胴上げ。



余談だが、翌日、田之上さんの指の跡が自分の肩から胸板にかけて内出血するくらい刻み込まれているのに気づいた。
胴上げの時に田之上さんの指がかかってできたもの。

やっぱり、数々の打者をなぎ倒してきた剛腕というものはものすごいものなのだろう。。




この日も、天才バカボンの「もう朝か、みんな寝なさい」状態に。
みんなでワイワイ飲んで、思い出に残るとても楽しい夜でした。




福岡へ出撃

水曜日の夕方から福岡へ出撃。




福岡はそんなに寒くなかったのに、半袖で歩いてたら、知らない人から「寒くないんですか?」ときかれた。しかも複数回。
結局この日、一日でトータル10回以上聞かれたかな。。。(笑)




でも、知らない人が、自分の体感温度をいちいち気にしてくれるなんて、やっぱり福岡の人の心は温かいな。




それにしても、最近は完全に、寒くないんですか?と聞かれるのと、指で歯を抜けるでしょ?と聞かれるのは、定番になってきた。。。(笑)。




空港から、後輩たちが練習しているラグビー場へ行ってみた。
 



主将の義村くんと、マネージャーのReikoさんと。




12月の試合に向けて練習しているところだったので、檄を入れに。


昔、強かった産業医科大学にも勝ったと聞いていたので、スゴイじゃないか!その調子で頑張れ!と。



グラウンドの土の上に立って、輪の中に入ったら、いますぐにでもラグビーやりたくなったよ。。




やっぱり自分が頑張ったところには、いつになっても自分を起爆させる気のようなものが残り続けるね。





そしてその後、こちらの福岡の聖地へと移動。



出撃準備の腹ごしらえとして。



でも、やっぱりオイル焼きはおいしいな!




宣材用写真

昼休み、車で花を買いに。



車のトランクがいっぱいになるくらい購入。

花を飾ると、途端にいい気が漂うかんじがして、それが好きだ。





夜中に、現在オファーをいただいている大会用の写真を撮影した。



そろそろこういうのも、セルフタイマーで自分で撮るのに限界が来たから、スタジオとかでプロの人に撮ってもらっておこうか、と思えてきている。



せっかくお誘いくださったかたにも失礼になるので。



大会がリリースされたら詳細をご報告します。




頑張ります!





ブルーレコード11月号



ブルーレコード11月号。




今回も、自分のコラムの『昭和魂~あしたのTAKUYA~』を掲載していただいた。




今回は、9月におこなったワクチンファイトのリングに上がるまでのお話。





第16話 『未知の強豪を迎え撃つために、リングへと向かう』


練習や準備に追われ、激務をこなさなければならない苦心の毎日だったが、ついにワクチンファイトの日を迎えることができた。


途中で挫折せずに思いを貫徹させたうれしさが50%、あとの50%は残念な思い。
なぜなら、まったく想像もしていなかったトラブルが起きてしまったため。


なんと、自分がサイパンにまで乗り込んで対戦をとりつけてきたケルビンザビッグヒットの養母さんが危篤になり、どうしてもケルビンが病院にとどまらなくてはいけなくなってしまい、来日不能になってしまったのだ。



自分は目の前が真っ暗になった。


毎日タイトなスケジュールで動いてきた準備活動の疲労の蓄積に加え、対戦相手が来日不能になった絶望感は、非常に身体にこたえた。


ワクチンファイトはいったいどうなってしまうのか。。。

そんな不安な夜を幾夜も過ごしながら、自分は格闘技の神様を恨んだ。



代役を立てるにも、簡単にはいかない。
なんせ、ケルビンの住む 集落には、パスポートを持つ人間自体が数えるほどしかいないのだから。


大会を数日後に控えているにもかかわらず、対戦相手が宙に浮いている状態が数日続いた。心労で、毎日体重が減り続け、ついに8キロのダウン。
心身ともにとても戦える状態ではなくなった。
本当に気持ちが折れそうになった。



そうした絶望感の中、出来上がってきたワクチンファイトのポスターをボーッと眺めていると、自分はあることに気づかされた。


ワクチンファイトという大会は決して自分の個人闘争の場なんかじゃない、このポスターに出ている選手、そしてチケットを買って来場してくださる皆さん、そして表からは見えない部分で力を貸してくださっている 皆さん、みんなの心が作り上げていくものなんじゃないか、と。


そして世界の子供たちに届けてあげるものはワクチンだけじゃない、そうしたみんなの気持ちも届けないといけない、それには自分がくじけてちゃいけないんだ、と。



そう思えてきた途端に目の前が明るく見えてきて、それと同時にケルビンから代わりの選手が決まったとの連絡が来た。
人間て気持ちの持ち方次第で道が開けてくるものなのであろうか。。



その対戦相手とは、ケルビンの道場所属の“戦闘機”スウェインキャンコ選手。


実はその選手、自分がケルビンの道場を訪れた際に、眼光鋭く「なんや!何しに来たんや!」と、くってかかってきた気性の荒い選手。
ケルビンが日本に 行けないとわかる や、強引に代理の座に名乗りを上げ、日本に向かうことになったらしい。


キャリアは浅いらしいが、そのガッツは認めざるを得ない。。。



そんな直前のトラブルを経て、ワクチンファイトはついに当日の朝を迎えた。


朝、目が覚めた瞬間、自分の心が自分に語りかけた。

ここまでやってきたから、もう何も悔いはないな。
ここまでというのは、自分が今まで積み上げてきた常在戦場の45年間。自分は数々の戦(いくさ)に立ち向かってきた。
自分は決して常勝武将ではないので、多くはその戦に敗れ、敗れたところから必死ではい上がってくることの繰り返しだったが。


今回はその戦の向こうに何が見えてくるのか、今日はそれを見に新 宿FACEのリングに向けて出撃してこよう、と。



前夜、レフリーをしてくださる和田さんから激励のメッセージをいただいた。


「最後の最後は、気合と集中力、それがすべてを凌駕するから」

「そして、究極のやせ我慢と、勝負に対する執念、肉体うんぬんよりも大切なのはそういった精神力そのものだから」と。



身体は限界まで疲れ切っていたが、疲れていても戦えるメンタルを身につけてきたから大丈夫。
そして自分にとって一番心強い方がセコンドについてくださることになったから、どんな未知の強豪が来ようとも気持ちで絶対に負けない。



会場の控室には、高山善廣さんも激励にいらしてくださり、過労や不安が一瞬にして吹き飛んだ。

もう心配したり自分をおびやかすものは何もあるもんか。



ワクチンファイト、オープニングの第一試合。
サイパンからの未知の敵に立ち向かうべく、自分の入場のテーマ曲がかかった。
「よしっ!」と気合を入れて、自分と、セコンドについてくださった宮田和幸先生は、リングへと向かった。


扉の向こうにあるものは、果たして何なのかを確かめるために。。。





また次号をお楽しみに。






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