来年の作戦会議
だんだん外堀内堀固まってきたぞ!
初かごさんの山田先生は、さつま料理、おいしい!おいしい!と感動されていました。
帰りがけに、隣のテーブルでお食事されていた今年のオリックスのドラフト1位の吉田一将投手と。
191センチ92キロ!
体重だけはかろうじて1キロだけ自分の方が勝っていたけど(笑)、いかにも投手らしい、ダルビッシュ選手を思わせるような、すごく立派な体格でした。
この身体から投げ下ろされる球は、さぞかしすごいことでしょう。
プロのマウンドで躍動する姿を、早く見てみたくなりました。。。
かごさんの忘年会へ
まだ外の景色はほとんど夜だ。
練習前に、和田さんに脚全体に乗っていただき筋肉をほぐしていただいたら、筋肉がほぐれすぎて脚に全然力が入らなくなり、この日はフリーウェイトでなく、マシンで調整しながらおこなうことに。。
午前中いっぱい、全身のトレーニングを。
この日も死にました。。。
練習が終わり、お世話になっているかごさんの忘年会に。
忘年会に出ると、いつも思うけど、一年て早い!
まあ、どんなことでも、楽しくやってると時間がたつのが早いし、イヤイヤやってると時間がたつのって遅い。
早く感じるということは、充実の証なのでしょう。
今年、そうした一年であった事を、あらためて感謝。
そして、今年の締めも、このヨロン献奉で。
村田氏の、「世の中には3つのケンポウがある、少林寺拳法、日本拳法、そしてこのヨロン献奉!」という、いつもの前ふりでスタート。
みんなでこの一年を振り返りそして来年の抱負を述べながらありがたいお酒をいただく。
盛り上がってました。。。(笑)
エンディングは、上水流さんの「幸せになろうよ」の歌に合わせて、みんなで肩を組んで合唱。
皆さんがひとつになり、今年も素晴らしい忘年会でした。。。
ありがとうございました!
赤城山へ行け
赤城山の中腹にある赤城神社の境内にそのポイントがあるとの情報を得て、土曜日の仕事が終わり、午後6時、赤城山に向けて出撃!

自分の家から都内を経由せずに赤城山に向かう場合、ほとんどが下道。
一部だけしか高速乗らずに夜の道を120キロも行くのはかなりキツイ。。
それよりも、翌日の日曜日は朝からゴールドジムでトレーニング予定なので、朝4時起きするのがたぶんもっとキツイ。。。
何時に家に帰れるかを、道中ずっと考えながら爆走。
やっと赤城山麓が見えてきたときは、ホッとした。
赤城山のふもとにある郷土料理屋さんに到着。
山に入る前に食事を。
地元で採れた山菜のてんぷらと、
標高2000メートル近い赤城山の山道を車でガンガン登り、中腹にある赤城神社に午後9時、到着。

このあたりはおそらく氷点下。Tシャツ1枚で来ないでよかったとつくづく思った。
夜中だが、本殿にお参りを。
そして湧き水をゲット!
帰りがけに深夜1時まで開いてる天然温泉があったので、温泉につかり、疲れを癒す。

湯質がかなりいいのか、だいぶポカポカになった。
ゆっくりつかりたかったが、翌朝4時起きを考えるとそうもしてはいられない。
すぐに帰路へ。
帰りも、かなり遠かった。
バックトゥーザフューチャーの、元の世界に戻るためにタイムマシンの入り口を探せ!バリに、帰りの道を必死で探しながら。
そして深夜0時、今回も相変わらず弾丸だったが、なんとか帰宅。
ミッション無事成功!でした。。
いや、無事かどうかは、神のみぞ知る。
鳥居のところで撮った1枚。
いただきもの
伊藤先生から巨大魚が届く。
すごい!
伊藤先生からは、かつて、このような大きな鮭を贈っていただいたことがあるが、
その鮭をはるかに上回るビッグサイズ。
まな板の上で、長い長い格闘の末、倒し、たらふくいただきました。
そしてミスター片岡からも、ミスター片岡プロデュース「瀬戸田パワー農園」のみかんを贈っていただいた。
ミスター片岡氏は、日本の一大事に、西日本から飛来し力を貸してくれた功労者。
http://ameblo.jp/fightingaid/entry-10858274515.html
その“気”が入ったみかんを食べてパワーを養いたい。
伊藤先生、ミスター片岡氏、ありがとうございました!
オリンピックジャーマンスープレックスホールド
12月9日の記事で、【闘う歯科医 再び!】というタイトルで。
楽天中村氏と会食
早速、自分の大学の同窓の中村氏と合体。
中村氏は、自分のワクチン寄付の活動に非常に共感してくださり、今年自分が出場した試合はすべて応援に来てくださっている。
この日は、新橋の「華」という高級な鶏料理のお店に連れて行っていただいた。
中村氏は、楽天の執行役員として現在三木谷社長の右腕として大活躍されている。
白ワインを片手に熱く語る中村氏。
やはり業界のそのようなポジションにおられる人の口から次々に飛び出す言葉というものは、自分を刺激させるものばかり。
たくさんのアドバイスをいただき、非常にワクワクさせられた。脳にカンフル剤が打たれたようだった。
いつやるの?今でしょ。バリに、うずうずしてきたぞ!
また今後も中村氏とガッチリ、戦略を練っていきたい。
白黒とカラーの奇跡
昔、世の中の写真が白黒からカラーに切り変わった頃は、子供ながらに、カラーはやっぱりすごいなあもう白黒なんてありえない、、、なんて思ったが、今あらためてこうして見ると、白黒の写真てすごく味があっていいな。
カラーと白黒といえば、昔、不思議な話があった。
中学の頃、家族で晩ごはんを食べながらテレビを見ていた。
戦争のドキュメンタリー番組で、戦争当時の映像が画面に映し出された。
終戦間際である1944年のビルマ(現在のミャンマー)沖での空中戦の映像になった瞬間、「これはおじいちゃんたちの戦隊だ!」と、祖母が言った。
戦闘機“屠龍”に乗って指揮をとっていた自分の祖父の空中での銃撃戦の映像が映し出されたのだ。
自分は、そういう映像がなぜ残っているのか、誰がどういう状況で撮っているのか、が不思議だったが、テレビを見終えた祖母が一言、「なんであの頃の映像があんなに鮮明にしかもカラーで残ってたんだろ?」、と。
家族はビックリした。
映像、一部始終、白黒だったから。
その空中戦で命を落とした祖父の魂が、祖母にカラーでクリアーな映像を見せるという奇跡を起こしたのだろうか?
その日から30年以上過ぎた今でも、たまにその日のことを思い出す。
後日談だが、当時その映像のことで祖母がテレビ局に問い合わせたところ、なんと、その日に祖父の後部席(屠龍は二式銃戦闘機で二人乗り)に乗っていたという人を紹介してくれた。
自分と祖母は、そのかたに市ヶ谷の駐屯地に呼ばれ、面会した。
そのかたは、撃墜され墜落した衝撃で足を片方失っておられ、中学生の自分には非常に衝撃的だった。
自分の祖父は、その空中戦で戦闘中、銃撃を受けて意識がなくなったとの事。
機体は畑に落ちて炎上。
そのかたは、ビルマの村人に看護され奇跡的に命を取りとめたという。
当時終戦が近く、劣勢の中を戦い続けた大変さを自分と祖母に語ってくださり、がんばれよ、と、最後に自分の頭をなでてくださった。
それから30年。
あの日、聞いた話は忘れない。
そして現在、自分がワクチンを寄付している先が、ビルマ(現ミャンマー)であるのは、偶然ではない気がしてならない。。。

















