白黒とカラーの奇跡 |     甲斐拓也の “「新」常在戦場 ” ブログ 

白黒とカラーの奇跡

この前の試合の写真を、友達が白黒に加工して送ってきてくれた。











 

 




昔、世の中の写真が白黒からカラーに切り変わった頃は、子供ながらに、カラーはやっぱりすごいなあもう白黒なんてありえない、、、なんて思ったが、今あらためてこうして見ると、白黒の写真てすごく味があっていいな。




カラーと白黒といえば、昔、不思議な話があった。


中学の頃、家族で晩ごはんを食べながらテレビを見ていた。
戦争のドキュメンタリー番組で、戦争当時の映像が画面に映し出された。

終戦間際である1944年のビルマ(現在のミャンマー)沖での空中戦の映像になった瞬間、「これはおじいちゃんたちの戦隊だ!」と、祖母が言った。
戦闘機“屠龍”に乗って指揮をとっていた自分の祖父の空中での銃撃戦の映像が映し出されたのだ。

自分は、そういう映像がなぜ残っているのか、誰がどういう状況で撮っているのか、が不思議だったが、テレビを見終えた祖母が一言、「なんであの頃の映像があんなに鮮明にしかもカラーで残ってたんだろ?」、と。

家族はビックリした。
映像、一部始終、白黒だったから。



その空中戦で命を落とした祖父の魂が、祖母にカラーでクリアーな映像を見せるという奇跡を起こしたのだろうか?
その日から30年以上過ぎた今でも、たまにその日のことを思い出す。




後日談だが、当時その映像のことで祖母がテレビ局に問い合わせたところ、なんと、その日に祖父の後部席(屠龍は二式銃戦闘機で二人乗り)に乗っていたという人を紹介してくれた。
自分と祖母は、そのかたに市ヶ谷の駐屯地に呼ばれ、面会した。

そのかたは、撃墜され墜落した衝撃で足を片方失っておられ、中学生の自分には非常に衝撃的だった。

自分の祖父は、その空中戦で戦闘中、銃撃を受けて意識がなくなったとの事。
機体は畑に落ちて炎上。
そのかたは、ビルマの村人に看護され奇跡的に命を取りとめたという。

当時終戦が近く、劣勢の中を戦い続けた大変さを自分と祖母に語ってくださり、がんばれよ、と、最後に自分の頭をなでてくださった。




それから30年。
あの日、聞いた話は忘れない。
そして現在、自分がワクチンを寄付している先が、ビルマ(現ミャンマー)であるのは、偶然ではない気がしてならない。。。