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続・功夫電影専科

香港映画を始めとした古今東西のアクション映画の感想などを書き連ねています。


唐人票客
英題:The Screaming Tiger/Screaming Ninja/Wang Yu, King of Boxers
製作:1973年

●改めて顧みると、王羽(ジミー・ウォング)ことジミー先生の映画には、日本をネタにした作品が多いことに気付かされます。
ごくごく普通の旧日本軍を皮切りに、機関車で中国大陸を行脚するサムライ、トンファーを操る素浪人、戦うたびに扇子を破り捨てる用心棒などなど…。内容に日本が関与しているか否かに関わらず、彼の主演作にはこうした要素が付き物となっているのです。
 どうしてジミー先生はここまで日本をネタにし続けているのか? 詳しい事は解りませんが、一連のバラエティに富んだ描写からは抗日的な意図は感じられません(人によっては日本を小馬鹿にしているように見えるかもしれませんが・苦笑)。
恐らく、ジミー先生は面倒臭い思想などに左右されず、ただ単に面白そうだから日本のエキゾチックな面に着目しているのだと思われます。本作もそうしたジミー流のエキゾチック・ジャパンが炸裂した映画で、これがまたトンデモない作品に仕上がっていました。

 物語は、故郷の漁村を壊滅させられたジミー先生が来日するところからスタート。当初は仇である日本人に憎悪を燃やしますが、スリで在日中国人の張清清と知り合い、なんやかんやで正義のために戦う事となります。
仇敵を探すジミー先生は、地元のヤクザと結託する空手師範・龍飛(ロン・フェイ)の一派と対立し、その龍飛を追って台湾から来た武芸者・魯平と遭遇。同じく龍飛と敵対する剣術道場の剣士・康凱とも出会い、丁々発止の戦いが展開されます。
 この作品、ジミー先生が暴れるパートは彼らしい唯我独尊っぷりに溢れていて、問答無用でヤクザや相撲取りをボッコボコにする姿には、ある種の爽快感すら感じました(爆
しかし、ドラマパートは入り組んだ人物関係が災いしたのか、やや回りくどい内容となっています。ジミー先生が不在となる場面も多く、もっと主人公が前面に出てくるストレートな作品であったなら、評価は変わっていたかもしれません。
また、この手の作品にありがちな狂った日本描写についても、序盤の縁日(でかい団扇や鯉のハリボテが乱舞する異次元空間)がピークで、あとはそのまま下り坂。主役不在で繰り広げられるアクションシーンの数々も、今回はやや精彩を欠いていました。

 ですが、伝説となっているジミー先生VS龍飛のラストバトルは異様な迫力となっており、ここだけでも本作は必見と言えます。敵の1人(武術指導兼任の黄飛龍)から龍飛が仇敵だと聞き出したジミー先生は、彼と雌雄を決しようとします。
すると両者は全力疾走で貨物列車に飛び乗り、貨車から貨車へとジャンプしながらド突きあいを披露! 走行する列車から転落しそうになる無茶なスタントを挟みつつ、鉄橋で落とすか落とされるかのデスマッチ(こっちもノースタント!)へ移行するのです。
 鉄橋から川に落ちても戦いは続き、実にジミー先生らしい手段(笑)で決着が付きますが、それは見てのお楽しみ。どうやらジミー先生は、当時大ヒットを記録した『餓虎狂龍』のマラソンバトルに着目し、自分もやってみたいと思ったのでしょう。
よくよく考えれば、アクションの連続で畳み掛けるマラソンバトルと、勢い任せのジミー流スタイルには近い物があります。本作はアクションとスタイルの擦り合わせが合致し、功を奏した好例といっても過言ではありません。
さて、まだまだジミー先生inジャパンな作品は沢山ありますが、明日はその中でも最高に凶悪な代物が登場します。トンチキな日本描写のインパクトを凌駕し、見る者のトラウマにもなりかねない恐るべき敵の正体とは…詳細は次回にて!


「冷面虎 復讐のドラゴン」
「ジミー・ウォング/冷面虎 復讐のドラゴン」
原題:冷面虎/冷面虎 京都之旅
英題:A Man Called Tiger
製作:1973年

●今年はハリウッドのジャッキー映画特集を筆頭に、ニコイチ映画、KSSのVシネマ、『天地大乱』の思い出、ジェイソン・スティサム主演作、佳元周也作品、中国産の功夫片、未公開の格闘映画、李小龍の伝記映画など、多彩な企画をお送りしてきました。
そして今月は10回連続特集のオーラスであり、2017年を締めくくるに相応しいテーマとして、我らがジミー先生こと王羽(ジミー・ウォング)の作品をセレクト! 特集の回数にちなんで、厳選した10本のジミー映画をお届けしたいと思います。
 さて、当ブログとしては久々となる大ボリュームの特集ですが、まずは先月に引き続いて李小龍(ブルース・リー)に縁のある作品から紹介してみましょう。
皆さんもご存じの通り、本作は『ドラゴン 怒りの鉄拳』を撮り終えた羅維(ロー・ウェイ)が、李小龍の次なる主演作として企画していた作品です。しかし李小龍は出演に難色を示し、『ドラゴンへの道』の撮影でローマに旅立ってしまいます。

 そこで羅維はジミー先生を代役に立て、李小龍作品になじみのあるキャストを大量投入。全編に渡って日本ロケを敢行し、気合十分で撮影に挑みました(このとき二本撮りで一緒に作られたのが『海員七號』)。
ストーリーは京都にふらりと現れたジミー先生が、流しの岡田可愛や協力者の笠原玲子と出会いつつ、非業の死を遂げた父親の謎を探っていくというもの。ここに衣依(マリア・イー)や岡田の父親にまつわる謎、二組のヤクザによる策謀のドラマが展開されます。
 本作はジミー先生の主演作にしては珍しく、日本に関するトンチキな描写などは一切ありません。ストーリーも様々な謎が絡むサスペンスとなっており、ハードボイルドなタッチは最後まで一貫されていました。
ただ、作品としては単なる主人公の復讐劇でしかなく、日本ロケを行ったわりには小ぢんまりとした印象を受けます。李小龍が本作の主演を蹴ったのも、エンターテイメントとしての華やかさや、スケール感に欠けていたから…なのかもしれません。
その他にも、終盤における強引な種明かしや急展開、この人まで死なせなくてもいいのに…と思ってしまうラストなど、疑問符が浮かぶ部分も多々ありました。サスペンスタッチの物語が良かっただけに、竜頭蛇尾で終わってしまったのは実に残念です。

 一方、アクションシーンでは手数よりも勢いが重視され、ジミー先生らしい喧嘩ファイトが繰り広げられています。敵幹部の韓英傑(ハン・インチェ)、相棒役の田俊(ジェームス・ティエン)との対戦も、相変わらず荒々しい迫力に満ちていました。
劇中ではロープウェイでの宙吊りスタント(浜名湖に飛び込むシーンは人形?それとも本人?)、狭い路地でのカーチェイスも盛り込まれており、アクション的には十分満足できる内容です。
 ラストではジミー先生が殺し屋の仲子大介・ヤクザのボスである田豊(ティエン・ファン)・同じくボスの若杉玄といった面々と激突! 語り草となっているジミー先生の片足連続蹴りなど、最初から最後まで見どころ満載の好勝負となっています。
惜しむらくは、ジミー先生が韓英傑を倒す際に使った謎の武器が、それっきりの登場となってしまっている点でしょうか。私はてっきり最後のVS若杉で使うかと思っていったので、普通に決着がついた時は少々ガッカリしてしまいました(苦笑
 作品としては悪くないものの、詰めの甘さで佳作になりそこねた作品。とはいえ、全体のクオリティは『海員七號』よりも上なので、決して見て損はないはず。ジミー先生らしさなら『海員七號』、ストーリーなら『冷面虎』に分があると言えるでしょう。
さて次回は、またもやジミー先生が日本に上陸! わけのわからない奇祭、なんちゃって相撲取りたちが乱舞する異形のジパングに迫ります!


「バトル・マスター/USAサムライ伝説」
原題:AMERICAN SAMURAI
製作:1992年

▼本作は80年代に一時代を築いたハリウッドの異端児、キャノン・フィルムズが製作した異色のサムライ映画です。あまり当ブログではフィーチャーしてませんが、同社では数多くの話題作・娯楽作が作られており、今も根強いファンが存在します。
キャノンはイスラエル出身のメナヘム・ゴーランが主導した会社で、チャック・ノリスやヴァンダムをスターダムに押し上げ、『燃えよNINJA』を筆頭としたニンジャ映画で世界的なブームを巻き起こしました。
 しかし、数々の興行的失敗によりキャノンの勢いは衰え、90年代初頭にその歴史を閉じた…というのは皆さんもご存じの通り。本作は同社にとって比較的後期の作品で、『アメリカン忍者』系列のデビッド・ブラッドリーが主演に抜擢されています。
監督もサム・ファーステンバーグが担当しており、第2の『アメリカン忍者』を当て込んで製作された事が想像できます…が、実際の作品はなんとも味気ない代物となっていました(爆

■日本で飛行機事故に見舞われ、奇跡的に生き延びた1人の赤ん坊がいた。彼は剣士のジョン・フジオカに拾われ、剣術の修行に明け暮れていく。やがて凛々しき青年(デビッド)へと成長し、ジョンから直々に名刀を授かった。
だが、ジョンの実子であるマーク・ダカスコスはこれに納得せず、力を求めてヤクザへ身を落とした。それから数年後、アメリカに帰国したデビッドは記者として働いていたが、何者かに名刀を奪われてしまう。
 時を同じくして、トルコで起きた謎の惨殺事件にピンときたデビッドは、カメラマンのヴァラリー・トラップと共に旅立つ。だが、遥か異国の地で2人を待ち受けていたのは、生死を賭けた剣闘士たちのデスゲームであった。
惨殺事件の犯人はマークで、彼は死のアリーナで無敵の王者として君臨していた。敵に捕まったデビッドはヴァラリーを人質に取られ、胴元のヤクザからアリーナへの参加を強要されてしまう。
武士道を重んじるデビッドと、過去の因縁に固執するマーク…今、トルコを舞台にサムライたちの熱き戦いが始まる!

▲この手の作品は勘違いしまくった日本描写、スピリチュアルな説法が重視されますが、本作も例によってそのパターンで作られていました。まぁこの辺は想定内なんですが、それ以上に作品自体がイビツな仕上がりとなっているのです。
序盤からその傾向は顕著で、山奥で飛んでるはずの飛行機の窓に建物やスタッフが映り込むミスがあり、しかもそれが堂々と本編に使用されています(苦笑
 作中の時系列も混乱していて、死んだはずの剣闘士が普通に筋トレしてたり、まだ戦ってない選手が消えたりとメチャクチャ。登場人物も設定が雑で、特に主人公のデビッドは非常にあやふやなキャラと化していました。
例えば、何度も悪夢を見るので未熟な侍なのかと思いきや、後半からは成長イベントもないのに達観した侍っぷりを披露。主人公らしく普通に強いのに、ザコの奇襲攻撃には完敗する(リアルっちゃリアルですが)など、あらゆる面で設定が不安定なのです。

 一方、作中のアクションは侍を題材にしているだけあって、日本刀やナイフなどのウェポン・バトルが基本。たまに素早い蹴りを放ったりしますが、ほとんどは大味な剣戟で占められています。
とはいえ、各々の動作は力強さを感じられるものになっているし、立ち回りのテンポも良好です。やたらと気合の入った流血シーンや残酷描写についても、剣闘士のバトルという設定にマッチしてて悪くありません。
 また、本作が本格デビューとなるダカスコスは活躍こそ少ないものの、華麗な剣捌きを披露。サブキャストでは長刀使いに扮した林迪安(ディオン・ラム)が目立っていて、出番は僅か(ダカスコスと最初に闘う拳士役も兼任)ながら香港式の殺陣を見せていました。
気になるのはデビッドVSダカスコスという夢の対決ですが、ここで奇妙な事が起きているのです。2人が対決するのは最後の決勝戦で、ようやく巡ってきた好カードに期待が高まります。
 ところが勝負が始まると、なぜか片方だけを映したカットが交互に挿まれ、2人が同一画面上に映らなくなります。しかも別のバトルで撮影されたと思しき映像(チラッと中国刀が見える)が紛れ込み、見ているこっちは困惑するしかありません。
ようやく決着の間際になって2人が一緒に映るんですが、どうしてこんな事になってしまったんでしょうか? 日本版ビデオはビスタサイズだから片方が見切れて映っていないだけなのか、それとも撮影時に何らかのトラブルがあったのか…。
作品としては明らかな失敗作ですが、色々と謎の残る奇妙な一品。結果的にシリーズ化は叶わなかったものの、もし運よくヒットしていれば毎回いろんな国で格闘俳優と斬りあうデビッドが見れた…かもしれませんね。


「李小龍 マイブラザー」
原題:李小龍/少年李小龍/李小龍傳
英題:Bruce Lee My Brother
製作:2010年

●不世出のスターであり、アクション映画の象徴的存在でもあった李小龍(ブルース・リー)。その生涯に迫った伝記映画は、時代によって様々な顔を見せてきました。
最初に作られた何宗道(ホー・チョンドー)の伝記系列は、エクスプロイテーション・ムービーとしての側面が強く、必ずしも李小龍に対するリスペクトが込められいた訳ではありません。良くも悪くも、商売っ気の強い香港らしい作品群だったと言えます。
 逆に遺族の意思を尊重し、多大なリスペクトを込めたのが『ドラゴン/ブルース・リー物語』であり、後発の伝記映画は様々な視点から李小龍に迫りました。李小龍の旅立ちを描いた『1959某日某』、連続ドラマとして脚色された『ブルース・リー伝説』などなど…。
そして本作はその最新版であり、李小龍の実弟・李振輝(ロバート・リー)が製作を担当した注目作です。兄弟の視点から語られる若き日の李小龍と、周囲の人々の悲喜交々。それらを丹念かつ繊細に描写したのが、この『李小龍 マイブラザー』なのです。

 ストーリーは、サンフランシスコで生を受けた李小龍(演じるはアーリフ・リーこと李治廷)が香港に戻り、戦乱を経て友人たちと出会い、子役として映画の世界に足を踏み入れ、初めての恋を経験する姿を瑞々しく綴っています。
本作がこれまでの伝記映画と異なっているのは、李小龍を“香港で生きた一人の青年”として描いている点です。過去の作品は映画スターとしての李小龍が前提にあり、彼がスターダムを駆けあがっていく姿こそがメインでした。
 しかし本作は、入念に再現された古き良き香港の街並みを背景に、家族や友人に囲まれた李小龍の青春をメインとしているのです。そう考えると、本作は『1959某日某』のグレードアップ版、と言えるのかもしれません。
また、当時の香港映画界を再演したパートはとても作り込んであり、その高い再現度にはビックリ。実在の監督や役者もキャラクターとして登場し、香港映画を知っている人ならニヤリとする名前が次々と出てきます。
今や李小龍は神格化され、孤高の存在として見られている節さえあります。ですが、彼が50年代の香港映画で活躍した俳優の1人であり、曹達華や馮峰といった往年の名優と共にあの時代で生きていたということを、本作は再認識させてくれるのです。

 さて、映画の大半は李小龍が友人たちと夢を語らい、恋愛に悩んだりする他愛もない話で占められています。が、本作はそうした他愛もない瞬間を情緒たっぷりに描き、伝記映画である事を忘れさせるほどの魅力に満ちています。
本作の監督は葉偉民(レイモンド・イップ)と文雋(マンフレッド・ウォン)の両名ですが、李小龍にリスペクトを捧げつつも当時の空気を再現し、なおかつ肉親の語るエピソードを史実と擦り合わせ、一級品の青春映画を仕上げたのは流石と言わざるを得ません。
 とはいえ、李小龍の伝記なら青春よりもアクションが欲しいところ。そこで物語は後半からアクション路線に舵を切り、李小龍VS白人のボクサーチャンプとの対決、そして葉問との出会いから詠春拳の修行に入ります。
ここから先はアクションの連続となり、ボクサーチャンプとの再戦では『ドラゴンへの道』のパロディ(ここはちょっとやりすぎ・笑)が飛び出すなど、激しいファイトが展開されていました。
 私としては「待ってました!」と言いたい気分なんですが、ドラマ推しの展開から突然アクション路線に変わるので、人によっては違和感を覚えてしまうかもしれません。その後の怒涛の展開と悲劇、哀愁漂うラストは文句無しなんですが…。
と、ネガティブな部分にも触れてしまいましたが、父親役に扮した梁家輝(レオン・カーフェイ)の貫録十分な演技、勇壮な“猛龍過江のテーマ“で締めくくるエンディングに至るまで、本当にクオリティの高い作品だったと私は思います。

 今年で生誕77年目を迎えた李小龍は、今も世界中で高い人気を誇っています。そのカリスマ性は死後40年以上を経過しても、一向に衰える気配を見せません。
この果てしない年月の中で、彼の伝記映画は幾度となく作られています。製作の経緯は様々ですが、どの作品も一貫して李小龍に対する深い敬愛の念が貫かれています(例外は何宗道のバッタもん映画ぐらい)。
そう、人々が李小龍を愛し、その熱意を忘れない限り、彼の伝記映画は作り続けられるでしょう。果たして次は、誰がどのような李小龍を描くのか? …そんな思いを遥かに馳せつつ、本稿はこれにて切り上げたいと思います。(特集、終わり)


「Bruce Lee in G.O.D 死亡的遊戯」
製作:2000年

●私がカンフー映画の魅力に取りつかれたのは、中学時代に遭遇した『天地大乱』が切っ掛けであり、高校に進学するとより本格的にカンフー映画を嗜むようになりました。
情報の収集源はもっぱらインターネットであり、ファンサイトを巡っては知られざる作品に思いを馳せたものです。当時(確か2002年ごろ)は映像配信サービスなど存在せず、海外サイトを漁ってはカクカクな動画をRealプレーヤーで見ていた覚えがあります。
 そんな中、『Bruce Lee in G.O.D 死亡的遊戯』の情報を知ったときは本当に驚きました。李小龍(ブルース・リー)が急逝したことによって未完となった『死亡的遊戯』…その映像は78年の『死亡遊戯』で流用されるも、大部分は未使用のまま封印されていました。
その映像が解禁されるとあって色めき立ったのですが、残念ながら片田舎に住んでいる身では劇場に向かう事はおろか、ソフトの入手さえ不可能だったのです(当時はネット通販など一般的ではない時代でした)。
ところが、進学先の区域にある書店で幸運にも本作のDVDと遭遇! 両親に誕生日プレゼントとして購入してもらえる事になり、「買いに行くまで店頭から消えないでくれ!」と必死で祈った記憶があります(苦笑

 とまぁ、そんなわけで色々と思い入れのある作品なのですが、この作品にはもうちょっと複雑な経緯があります。78年版『死亡遊戯』から数十年後、未公開映像の解禁を望むファンの熱意が届き、発掘されたラフカットから2本のドキュメンタリーが製作される事になります。
それが『G.O.D』とジョン・リトル氏による『A Warrior's Journey』であり、本作は前半が関係者のインタビューを交えた再現ドラマ、後半が『死亡的遊戯』の未公開映像で占められています。
要するに、この作品は正式な伝記映画では無いんですが、日本のスタッフによって李小龍の生い立ちが映像化されたという事実は無視できません(限定的な範囲ですが)。故に、セミ・ドキュメンタリーである本作の紹介に至ったというワケです。

 本作で李小龍を演じたのは李[火韋]尚(デビッド・リー…公開当時の芸名は李尚文)で、これが初の主演作。ヒロインで本業は歌手の李蘢怡(ティファニー・リー)も、デビュー間もないため演技に拙さが見えます。
そのため、前半のドラマパートは酷評に晒される事が多く、李[火韋]尚がアクションに慣れていない点(ヌンチャクが使えないのでスタントを使用)もその一因となりました。
 確かに、ドラマパートでのやり取りはアッサリとしており、あまり予算が掛けられていないように見えます。ただ、李[火韋]尚が『死亡的遊戯』のストーリーを尋ねられて自分の頭を指し示すシーンなど、印象的なカットや台詞はいくつもあります。
むしろドラマパートでの問題点は、伝記にもドキュメントにもなりきれていない構成、そして『死亡的遊戯』の未公開映像を小出しにしていた点にあると言えるでしょう。

 と言うのも、劇中で『死亡的遊戯』の未公開映像が何度か挿入されますが、これがあまりにも“見せすぎている”のです。
例えば李小龍とダン・イノサントの会話シーン、或いは田俊&解元のアクションなどがドラマパートでダラっと流され、後半の映像解禁におけるサプライズが削がれてしまっています。
中でも、カリーム・アブドゥール・ジャバールの正体を早々にバラしてしまったのは大問題。あのシーンは本作屈指の衝撃的なカットなので、真っ先に公開するのはどうかと思いました。
かくして未公開映像の有難みは薄れ、視聴者はドラマパートに集中できなくなる悪循環が発生。のちにドラマを短縮したバージョン(残念ながらこちらは未見)が発売されることになったのも、仕方のない話と言えるでしょう。

 さすがに後半の未公開映像は、最高に盛り上がるBGMと相まって見入ってしまうものの、カット割りや効果音などに疑問が残ります(特に『必殺仕事人』みたいな効果音は…う~ん)。
しかし本作の登場により、それまで謎に包まれていた『死亡的遊戯』の一端が解明され、李小龍のファンや評論家による研究は大いに進みました。私もイノサントのスティック捌きや、池漢載の連続投げには度肝を抜かれたものです。
 そして本作で私の心をもっとも揺り動かしたのは、長い時間を経ても色褪せることの無い李小龍の魅力と、並外れたアクション描写そのものでした。本作は伝記としてもドキュメントとしても中途半端ではあるものの、製作された意義は大いにあると思います。
さて、ここまで香港・米国・日本で作られた李小龍の伝記を追ってきましたが、オーラスとなる次回はその最新モデルが登場! そろそろ彼の誕生日が近付いてきてるので、最終回は11月27日に合わせて更新する予定です!