続・功夫電影専科 -108ページ目

続・功夫電影専科

香港映画を始めとした古今東西のアクション映画の感想などを書き連ねています。


「くどき屋ジョー」
制作:1994年

▼本作は『極道ステーキ』シリーズを見ていた際、予告で目にした時から随分と気になっていた作品でした。一番惹かれたのは監督・高瀬将嗣&主演・清水宏次朗という『極道ステーキ』と同じコンビによる作品だった事で、ビデオに収録されている予告編でも激しいバトルが繰り広げられていたため、より一層興味を引かれる要因となりました。
先の『極道ステーキ』はユーモアな描写もあったが、基本的にはヤクザ同士の血で血を洗う抗争を描いた物語です。私としてはこの監督と主演のコンビで、もっと肩のこらないコメディタッチの作品を見てみたかったのですが、さて本作はというと…?

■主人公の清水はホームレスとして暮らしているが、その正体はどんな女性も必ずオトす"くどき屋"(要するに女性のハートを射止めるゴルゴ13のような仕事)だった。今宵も仲介人のあき竹城から依頼を受け、社長令嬢やトップアイドルを口説いていく清水。そんな彼の行く先々でちょっかいを出してくるのが、女の事ばかり考えているマフィアのドン・伊集院光だった。
事あるごとに清水と女性を巡って争いを展開するが、実は清水を敵視している人間はもう1人存在した。占い師の中村由真は、かつて別のくどき屋によって恋人を死に追いやられた過去を持ち、くどき屋に並々ならぬ恨みを抱いていたのだ。
それでも順調に仕事をこなしていく清水だが、謎の美女のハートを射止める依頼を受けた事から、思いもよらぬ騒動に巻き込まれていくことになってしまい…。

▲本作はジョージ秋山のマンガが原作となっていて、明るいタッチのアクションコメディに仕上がっています。そのノリは、どちらかというと『コータローまかりとおる!』や『伊賀のカバ丸』のような、JAC作品の縮小コピーといった感じです。また、今の目で見ると清水の口説き方がギャグと紙一重なのですが、当時はこれで女性はイチコロだったんでしょうか?(爆
キャラクター的には伊集院光の存在が文字通り光っていて、作中で最も強烈な印象を残しています。どん底から這い上がって今の地位を手に入れた伊集院は、どうにか女性を手に入れようと悪戦苦闘を続けていきますが、その気合はいつも空回り。終盤で伊集院は謎の美女に向かって自身の思いをぶちまけますが、これがまたモテない男の何ともいえない悲哀を感じさせ、彼が単なるピエロ役ではない事を現していました。
 ところでアクションの方ですが、量自体は思っていたより多くはありません。しかし個々のファイトシーンはどれも質が高く、コメディであろうと決して手を抜かない高瀬監督の意地を感じさせます(武術指導は高瀬道場アクションクルー)。特に中盤における清水VS伊集院の一戦が本作1番の見どころと言えます。
誰しも「伊集院の格闘アクションなんて大丈夫か?」と思ってしまうところですが、そこは『極道ステーキ』系列で間寛平やフっくんを起用した経験を持つ高瀬監督。マーシャルアーツ映画だったら見るも無残な結果になりそうなところを、十分見応えのある格闘戦として演出させています。
たまの息抜きでダラっと見るには最適な作品で、ストーリーに関しては良くも悪くも軽い出来。清水宏次朗の格闘Vシネの中でも貴重なコメディ作品なので、そちらに興味のある方は要チェック…かも?


「カンフーエンペラー」
原題:功夫皇帝
英題:The Kung Fu Emperor/Emperor of Kung Fu
製作:1981年

▼雍正帝といえば功夫映画では定番の悪役としてお馴染みの存在。『血滴子』『少林皇帝拳』『神鳳苗翠花』などに登場し、日本のファンには郭南宏(ジョセフ・クオ)作品における『少林寺への道2』や『少林寺炎上』などでの姿が、最もよく知られている事だろう。本作はその雍正帝が主演の上に善役を勤める作品である。
雍正帝が善役という時点で?と思ってしまうが、名匠・張徹(チャン・ツェー)の弟子である鮑學禮が監督しただけあって、出来に関してはショウブラ作品に近いものがある。出演は狄龍(ティ・ロン)を筆頭に陳星(チン・セイ)・王清(ワン・チン)・蔡弘とショウブラ系のスターが勢揃い。加えて張一道や譚道良(ドリアン・タン)といった面子がプラスアルファされ、そこに師匠譲りの鮑學禮的な演出が加味されることで、単に豪勢な顔を揃えただけではない作品に仕上がっている。

■時は清朝、宮廷内では次期皇帝の座を巡る熾烈な争いが起きつつあった。皇帝候補の1人である狄龍はその争いに興味は無く、俗世の中で施思や譚道良らと親睦を深めていく。だが、すべてを掌握せんとする陳星と王清の策謀に巻き込まれ、否応なしに闘争の渦中へと叩き落とされる事となってしまう。度重なる襲撃に遭遇していく内に、狄龍は立派な皇帝になるべく立ち上がることを決意する。
宮廷に戻った狄龍は皇帝が死去するに至って、いよいよ譚道良たちを引きいて行動を開始する。『少林寺への道2』でも黄家達(カーター・ワン)の雍正帝が行った"遺書の書き換え"を敢行する狄龍。余談だが、この場面で狄龍たちは遺書が封印された宮殿へ正面切って襲撃しているのだが…こんなに堂々と攻撃したら絶対に不正がバレると思うけど、コレって大丈夫なんだろうか(笑
そんなこんなで遂に狄龍は雍正帝としての地位を得るも、逆上した陳星は大勢の兵をけしかけて他の皇子ともども狄龍を亡き者にしようと目論む。「暗躍していた陳星も陳星だけど、不正を働いた狄龍も同罪なのでは?」という疑問はさておき(爆)、宮殿を舞台に狄龍と協力者たちVS陳星と共謀者たちの死闘が繰り広げられる!

▲…というわけで『少林寺への道2』と同様に雍正帝の成り上がりサクセスストーリーを描いた本作だが、役者のボリュームやスケール感はどちらかというと本作の方が絢爛豪華。功夫アクションに関しても同様で、狄龍の力強い手技や譚道良のテコンドーキックが乱れ飛ぶアクションシーンの数々は、見事の一言に尽きる(武術指導は陳木川)。特に主演の狄龍は功夫シーンのみならず、演技面でもショウブラ全盛時代を髣髴とさせるような精鋭さを発揮しており、皇帝としての決意を語る場面はとても格好良い。
だが本作は、狄龍の演技が見事であればあるほど引っ掛かるものを感じてしまうようになっている。何故なら狄龍の役柄は曲がりなりにも雍正帝…のちに臣下を粛清したりする暴君と化す事を考えると、なんだか複雑な気分になってしまうのだ(将来的に『刺馬』みたいな状況になって、譚道良と闘ったりするんだろうなぁ…)。そう考えると『少林寺への道2』の強引なラストも、のちに暴君になる事を考えると非常に自然な展開だったのかもしれない。
結論としては雍正帝に善役を宛がうと不自然に見えてしまうという結果を残したが、作品自体は非常に良く出来ているので、功夫映画ファンは是非とも必見の作品といえるだろう。


「ファイアーイーグル」
原題:OPEN FIRE
制作:1994年

▼『アンダーカバー』『アンダーカバー/炎の復讐』『マーシャルコップ』『バウンティ・ハンター/死の報酬』と、傑作マーシャルアーツ映画をいくつも排出してきたカート・アンダーソン監督。そんな彼が、お馴染み主演のジェフ・ウィンコット&スタント指導ジェフ・プルートと共に製作したものの、これまで特に取り上げられる機会の少なかった作品が本作だ。
それというのも、本作のジャケがとてもマーシャルアーツ映画に見えない(どちらかというと戦争アクション風のパッケージ)事が少なからず影響しているものと思われる。しかし『ストリート・クライム』や『ファイヤー・パワー』みたいな前例もあるし、ジェフ・プルートが関わっているのならあまり心配する事もないと思いレンタルしてみたのだが…?

■作品自体はよくある『ダイ・ハード』タイプの作品である。
先走った行動の末に相棒を死なせた過去を持つ元FBI捜査官のジェフは、今は薬品工場のおっさんの元で静かに働いていた。ところが武装したテロリストグループが工場を乗っ取り、テログループのリーダーを釈放せよと要求を突きつけてきたのだ。事件当時バーにいたジェフは、役立たずのFBI連中を尻目に1人で工場に潜入。内部では工員やおっさんらを人質に取ったテログループが、神経ガスを精製したり爆弾を仕掛けていたりするのを目の当たりにする。
難を逃れていたヒロインと合流したジェフだが、一方で要求を呑んだ警察によってリーダーのパトリック・キルパトリックが釈放され、新たにダイヤの原石を持ってくるよう要求を受けていた。二重三重に計略を重ねていたテログループは、ヒロインとおっさんを人質にヘリでの国外逃亡を目論む。連中はまんまと警察の目から逃れるが、そうはジェフが許さない。荒野に佇む廃墟を舞台に、ジェフとパトリックたちテログループとの最後の死闘が始まる!

▲『ダイ・ハード』同様に限定されたシチュエーションを舞台にした本作は、テログループが工場から脱出するまでは中々面白い。物語の展開はありきたりなのだが、所々にユーモアを含んだ演出を取っており、それなりには楽しめるのだ。ただし工場から出た途端にペースがガックリと落ち込んでしまい、その後の展開も尻すぼみになってしまったのは残念だ。
ただし、格闘アクションについてはジェフ・プルートが関わっているだけあってか、意外と激しいバトルが多い。本作で敵となるテログループは10人ほどいるのだが、そのうち7人ぐらいは素手での勝負に持ち込まれている。敵の中には意外と鋭い蹴りを放つ奴もいたりして、ここらへんの攻防戦は面白いのだ(ちなみにテログループのメンバーにはスタントマンのレオ・リーもいるのだが、彼が活躍する格闘アクションはあまり無いです)。
最後はもちろんジェフVSパトリックの対決で、こちらも格闘アクションの出来はすこぶる良い。特にジェフがパトリックを殴った際のアクションがまんま『ポリスストーリー』(馮克安にジャッキーが殴られてガラスにぶち当たる例のアレ)だったのには思わずニヤリ。本作に坂本浩一は加わってはいないはずなのだが、このラストバトルには『皇家戦士』っぽいカットもあったりしたので、もしかするとジェフ・プルートの趣味だったりして…(笑


「ファイナルファイター」
制作:1994年

●「裏社会の闘技場」というものは、マーシャルアーツ映画というジャンルでは比較的ポピュラーな題材でした。この事は以前も触れた通りですが、勿論日本にもそういった作品はいくつか存在します。代表的なところではケイン・コスギの『マッスルヒート』があり、本作もその系統に属する格闘映画です(Vシネだけど)。

 主人公の松田優はヤクザの用心棒。喧嘩なら誰にも負けない実力者だが、あるとき裏ファイトの話を持ちかけられた。喧嘩が大好きな彼はこれを快諾するが、謎の女・西尾悦子に「己の腕に過信するな」と忠告を受けた。彼女の言葉は現実のものとなり、松田は対戦相手の王者・須藤正裕に大敗を喫してしまう。初めて敗北を味わった彼は再び西尾と出会い、塩谷庄吾から須藤によって彼女の兄が再起不能にされた事を聞かされた。
かくして、紆余曲折の末に奮起した松田は、喧嘩道場と呼ばれる施設で骨法のトレーニングを開始。途中で塩谷が須藤に敗れるという一幕を挟み、西尾との仲も親密になってるようななってないような展開を辿りつつも、最終的に松田は須藤との最終対決に挑戦する!

 粗筋を見ても解るように、本作は和製『キックボクサー』を目指した作品となっています。言うなれば須藤はトン・ポーの役どころに相当し、トン・ポーと同様にヒロインを襲うシーンもあります(ビートきよしは李家鼎?)。このほかに松田が開脚しながら修業する場面などを見ても、本作が『キックボクサー』を非常に意識している様子が見て取れます。
ちなみに『キックボクサー』でヴァンダム1人が担当していた復讐の目的が、本作では松田(宿敵へのリベンジ)と西尾(兄の仇討ち)にそれぞれ振り当てられています。そのため、松田が再び立ち上がって闘志を取り戻すまで、随分と時間を要することになってしまうんですが、これはちょっと惜しい気がしました。
 なお、本作はあの『拳鬼』を製作した監督・廣西眞人とアクション指導・阿部光男の手による作品でもあり、格闘シーンや物語の出来は『拳鬼』よりパワーアップしています。特に骨法を用いた格闘アクションは見栄えがあり、松田VS安岡力也という新旧筋肉スター同士のバトルなんかも見ることができます(それにしても暑苦しい顔合わせだ・笑)。
そしてラストの松田VS須藤ですが、どちらかというと須藤はトン・ポーというより李元覇(コナン・リー)に近い顔立ちであるため、鬼気迫るインパクトは感じられません。しかし、互いに魂をぶつけ合うようなバトルが異様な生々しさを生んでおり、老齢の石橋雅史を起用して中途半端になってしまった『拳鬼』よりも、正直言ってこちらの方が迫力のあるバトルになっていました。
それにしても、映画の最後にキスシーンで終幕するパターンはよく見るけど、「キスするか?」って事前に聞くキスシーンなんて初めて見たなぁ(爆


「デッドロックII」
原題:UNDISPUTED II: LAST MAN STANDING/UNDISPUTED 2
制作:2006年

▼それにしても、つくづくアイザック・フロテンティーンという男は奔放な人である。
『ブラック・ソルジャー』で世界観の構築に失敗したアイザック監督は、それ以降の作品では徹底して格闘アクションありきの舞台設定を打ち出している。『アルティメット・ディシジョン』では銃器の使えない孤島、『人質奪還』では四方八方敵だらけの戦地、そして本作は逃げ場の無い監獄と裏の闘技場…といった具合に、とにかく格闘アクションを盛り込むための仕掛けを重視している。そのため格闘映画ファンからも絶大な信頼を寄せられているアイザック監督だが、今回の舞台である監獄はちょっと新鮮味に欠けていた。
監獄アクションというものは大体ストーリーが決まっている。何らかの事情で主人公がムショ入りし、厳しい監獄の掟を体験しつつ巨悪(大抵は悪徳刑務所所長だが、背後にマフィアなどの大きな後ろ盾が存在する場合があり、刑務所内での勢力闘争にも巻き込まれる)と対峙し、仲の良くなった囚人が死んだり他の囚人と打ち解けたりして、最終的には刑務所から出る(暴動・脱獄・司法取引など)…という一連の流れはよくあるパターンだ。

■マイケル・ジェイ・ホワイトは落ち目のボクサーチャンピオン。遠くロシアの地でくだらないCM出演の仕事を引き受けていたが、刑務所兼裏の闘技場を主催するマフィアが彼を狙っていた。この裏の闘技場では賭け事で巨額の金が動いているのだが、現チャンプのスコット・アドキンスがあまりにも強すぎるので賭けのバランスが崩壊しつつあった。そこでマフィアはマイケルを無実の罪で監獄送りにし、スコットにぶつけようと企んだのだ。
当然逮捕されたマイケルはこれに従うはずも無く、刑務所所長やスコットに反発してばかり。その都度懲罰を受けたりしながらも、遂にはスコットと戦うために裏の闘技場へと降り立った。しかしスコット側がマイケルのセコンドに付いた同室の囚人を麻薬で買収。薬を一服盛られたマイケルはあっという間に倒されてしまった。意識を取り戻したマイケルはその囚人を問い詰めようとするのだが、囚人は良心の呵責から自殺してしまっていた。スコットににじり寄るマイケルは勢いで所長を殴り飛ばし、極寒の雪の中で晒し物にされてしまう。
しかし他の囚人たちが庇ってくれたおかげで一命をとりとめたマイケルは、かつて特殊部隊に属していた車椅子の老人から指導を受け、雪辱を晴らして刑務所から出るために猛特訓を開始した。拳闘士であるマイケルは足技に対する耐性が無いため、まずはスコットが繰り出す蹴り技封じを身に付け、続いて関節技も体得した。様々な者の思いが交錯する中、最後のリングへと挙がるマイケルは、スコットとのリベンジマッチに挑む!

▲監獄プラス格闘映画…過去にもこの手の作品は存在したし、本作も上記のパターン通りに進んでいく。要するに監獄アクションというものは、いかにこのパターンから他と違うものを創り出すか(それでいて完全にパターンから逸れてしまってはいけない)で良し悪しが決まってくるものである。そういう意味では定石通りのパターンに終始し、オチが尻すぼみになってしまった『NO RULES/ノー・ルール』は良い作品だったとは言えないのだろう。
本作も物語の前半まではよくある展開ばかりで「う~ん…」と思っていたのだが、後半で同室の囚人が死んでからは物語のトーンが徐々に変わっていく。最初こそはマフィアや所長に対して恨みの念を抱いていたマイケル。刑務所に入る前からその横柄な態度は一貫されており、鉄格子の向こうへ行ってしまった後も彼は頑なに我を貫いている。しかし彼は屈辱的な敗北や車椅子の老人との出会いで変わり、ライバルと決着を付けるためにひたすらトレーニングに打ち込んでいくのだ。
このマイケルの心境の変化は、そのまま彼のファイトスタイルにも現れている。マイケルは落ちぶれてはいるが元チャンプというだけあって、その腕前はかなりのもの。しかし彼の拳は本能の赴くままに振り上げられ、動きもどこかぎこちなかった。一方スコットは冷酷非常ではあるものの、卑怯な真似を一切嫌うという根っからのファイター気質な性格の持ち主で、彼の拳や蹴りに一切の迷いは感じられない。
だが、今度こそ勝利を手にするために自身を改めたマイケルの拳は、ラストの決戦で伸びやかにスコットへと炸裂する。このへんの主人公の演出と格闘シーンの演出が同調する様は、ただ殴りあうだけのマーシャルアーツ映画では、滅多にお目にかけられない秀逸な場面だ。監獄アクションとマーシャルアーツ映画の凡庸さを一度に脱却してしまうとは、流石は格闘映画バカ一代・アイザック監督である。マイケルVSスコットという夢の対決だけでも十分お釣りが返ってくる秀作。格闘映画ファンは必見だ!