遠い夏に想いを -44ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 


 普段は余り通らない裏道を散歩していいたら、突然スズメの激しい鳴き声が聞こえてきた。よく見ると黒い猫に向かって一羽のスズメが盛んに囀っている。


ネコ01

 私が傍を通り過ぎてもスズメはその場で鳴き続けている。その昔、会社の傍の雑木林で7・8羽のスズメが物凄い勢いで囀っている。余りに異常なのでよく見ると一羽のカラスがスズメの子供をくわえている。それでスズメが大騒ぎしていたのだ。カラスは雑食だから、スズメでも子猫でも食べてしまうのだろう。


 ところで、この一羽のスズメ、何でネコに向かって囀っているのか。多分メスのスズメで卵が近くにあるに違いない。スズメがネコに恋している訳ではあるまい。


ネコ02

 ネコはそれに気づいているのかいないのか知らないが、余りにしつこいスズメに嫌気がさしたろう。「うるさいな」と言わんばかりに振り向いて、庭の中に入り込んだ。スズメは塀垣や小枝にとまってまだ囀っている。


ネコ03

 何時まで見ていても、状況は変わらないので、その場を立ち去ったが、ネコは諦めて立ち去っただろうか。スズメの母性は強し、猫をも恐れずだ。



 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れと言いテルでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ


 


 昭和大学オーケストラの演奏会が桜木町でありました。かかる時間は上野に行くのと大して変わらないのに、横浜方面に出かけるのが億劫になりました。歳のせいでしょうか。


プログラム

 以前は大井町近辺でやってましたが、近年会場が取りにくいらしいので 新宿など色々な場所で開催します。長いこと指揮をしている山下さんとは妻が知り合いで、以前トラとして出さしてもらっていました。数年前骨折して以来、ここで弾くのは辞めています。その節は大変お世話になりました。


音楽堂

 この音楽堂には二度ばかかり来た記憶があります。一度は妻のためにチェロの演奏会で、イギリスのチェリストだったと思いますが、妻は全然覚えていません。更に思い出すのが、数年前に亡くなられた大学オケの先輩のUさんです。何時も我々に親切にしてくれた彼は横浜に住んでおりましたが、ある日ポツリと「あの県立音楽堂前の坂道、もう歩いて登れなくなりましたよ」と笑って言ってました。


坂

 今回、坂を登ってみて改めて彼の言葉を実感しました。「まるでサンフランシスコの坂道を登っている感じだね」フーフーいいながら呟いてしまいました。両街とも港町でしたね。


イタリアン

 坂を登り切ったところに、ヨーロッパの教会建築と見間違える建物があります。「えっ、こんなところに教会?」「いや、どうもイタリアン・レストランみたいよ」


 会場は以前と変わらず殆ど同じだと思います。但しここもその内改修工事で一年間閉館するらしいです。今日は三曲、シュトラウスのこうもり序曲とチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲とブラームスの第一交響曲。ヴァイオリンの独奏は西本幸弘さんという芸大出身でイギリスに留学した人で、演奏は素晴らしく、昭和大学オーケストラ始まって以来の大喝采となりました。ブラームスも大学オケの演奏としては素晴らしかったと思います。


ステージ

 どこの大学でもピアノ、ヴァイオリンなど、小さい時から習い事として音楽に接してきた学生が多いらしいですね。私達が学生の頃は部員が50人もいればいい方だったのですが、今では大学によっては200人以上の部員がいるそうで、ここでもヴァイオリンが第一・第二共6プルト(計24名)、チェロが5プルト(10名)もいてステージが溢れんばかりです。


 昭和大学オーケストラは4・5年前まで、客席よりもステージ上の部員の数が多いんじゃないかというほど、聴衆の入りが悪く、「何とかならないのかな」って他人事ながら心配していましたが、今日は大変な入りでした。良かったですね。


 帰りはお腹が空いたので、駅ビルのレストランに入り食事をして、帰宅したのが11時近くになっていました。やっぱり横浜は遠いのかな。



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 もう何年も6月になると咲いてくるランタナです。和名は「七変化」と云うそうです。少々変わった名前ですが、元々南米の花です。

ランタナ

 小さな庭ですから余り広がらないように、枝を払っても払っても茂ってきます。灌木で幹がかなり太くなりました。そろそろ密を吸いに蝶がやって来る時期です。来るのは朝の10時から11時ころです。今朝も来ましたのでベランダからパチリ。


蝶



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 台所の出窓が何か淋しい。1年前には赤いベゴニアが咲いていたっけ。


 赤が好きなので、花屋さんを5軒ほど廻ってみた。赤いベゴニアを探したが、、真っ赤なものはない。少しオレンジ色がかった赤があるのみだ。


 絵画教室の帰りに、駅の近くのフラワーショップに寄ってみた。真っ赤とはいかないが割と赤いベゴニアがあったので一鉢買ってきた。台所が少し華やかになったみたいだ。

ベゴニア01


 但し色は前回購入したベゴニアとは比べものにならないが。


ベゴニア02


 今年は綺麗な赤のベゴニアは売っていないらしい。



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 主婦は大変です。毎晩の料理だって、手持ちの材料に合わせアイデアを考える。報酬なしですからね。


 そんな状況を見て、「今夜はミートソースのパスタにするよ」と宣言してしまいました。我が家では家事の分担が若干あり、私は大したことはできないのですが、パスタは私の仕事の一つ。体調を崩して以来、食べ物に制限があるため奥様の悩みの種になっていました。


 最近は大分良くなって来たのですが、肉はミンチにしたものしか食べられません。ハンバーグみたいにひき肉を使ったものは食べられるので、久し振りにミートスパゲッティを作ることにしました。ところが急に思いたったので、材料が足りません。


ボルチーニ
 ①ボルチーニ(イタリアのきのこ)を水でふやかして置く


ひき肉

 ②あい挽の肉を弱火で、フライパンで水分のなくなるまで炒る。


蒸し野菜
 ③玉ねぎと人参(とセロリだが、今回は冷蔵庫にもなし)のみじん切りをオリーブオイルを入れて蒸す。


合体

 ④炒ったひき肉と蒸した野菜を合わせる。

 

ワインを追加
 ⑤赤ワインを入れて煮詰める。大好きなベルジュラック地区のフランスワインを使いましたが、料理用ワインがないので、あればこれでもよい。


トマトを入れる

 ⑥トマトを入れる(カットトマトしかないので水ぽくなった。ホールトマトが良い)


ボルチーニを入れる

 ⑦ボルチーニを刻んで汁ごと入れる。ローリエ、コショウ、パルメザンチーズ(今日はなくて代用で我慢)、バター、塩を入れてソースは出来上がり。


パスタ出来上がり

 ⑧茹で上がったスパゲッティ―ニにソースをのせて出来き上がり。さあ皆で食べよう。


 今回は材料の不足と短時間で作ろうとしたために、充分に煮詰めることが出来ず、また味が足りない分をブイヨンやチョコレートを加えたりした方がコクが出たかもしれないが、頭が回らなかったですです


 まあ、少しは奥様の手助けにはなったのかな。





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