遠い夏に想いを -40ページ目

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 水彩で、ぼかしと滲みで人物画を描いてみました。ところが、何時もは滲みが出ないように苦労するのに、水彩特有の滲みとぼかしを出そうとすると出ません。


 一枚目は結局普段通りの描き方になってしまいました。二枚目も殆ど滲みもぼかしも出てまいません。


girl01

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 これは画用紙に原因があるかもしれません。目の細かい用紙を使ってますが、目の粗い吸水性の良いもので試してみます。




 Viosan の「ミネソタの遠い日々」
1970年に私たち夫婦・子供連れでミネソタ大学(University of Minnesota)へ留学した記録のホームページにもどうぞ

 ヴァイオリンの弓の毛の交換に渋谷まで行って来ました。ヴァイオリンの弓の毛は消耗品なのですが、松脂を頻繁に塗っていれば長く弾けるので、つい交換を忘れていまいがちです。一応200時間が変え時と言われてますが、ほとんどのアマチュアはこの基準を遥かに超えて使っています。


弓
上から中二の時の、次は大学の時の(今回の毛変えした弓)、下は定年前に買ったもの。


 私は弓を3本持ってます。.最初に買った弓はヴァイオリンを始めた中学二年生の頃、楽器全部揃えて9千円くらいだったと記憶しています。ヴァイオリンは壊れてしまいまいしたが、弓だけ残っています。


 次のは大学に入ってオーケストラに入部した時です。新橋の梅沢楽器店で1万円だったと思います。当時の価値を推測するのに大学卒の初任給が用いられているようです。当時は8~9千円程度だったと思います。つk


 最後の弓は卒業以来35年間弾かなかった後に、定年後の趣味としてヴァイオリンを続ける際に購入したものです。弓にも個性があります。最初のは堅くて重い、次のは軽くて疲れない、最後のはしなやかで重さもほどほど。


 今度楽器店に持っていったのは大学時代に買った弓で500時間以上使っています。毛の交換時期はとっくに過ぎています。楽器店は渋谷の並木橋にあるオー・プティ・シュヴァレットという弦楽器工房でフランス人がやってます。


  昨年ヴァイオリンの調整をしてもらいました。各弦のバランスがよくなり大変に弾きやすくなったので、弓の毛の交換も頼みました。モンゴルの馬の毛にしました。これは繊細さには欠けるそうですが、太くて大きな音が出るそうです。


 渋谷の街はスクランブル交差点が有名ですが、南側は再開発で酷い状況。歩いているだけで疲れてしまいます。


ホール

工房

写真は工房の パンフレットから。

 工房の主はO.パオリというフランス人。14年間パリで続けていた工房を渋谷に移転。ビルの1階は小ホールで工房は5階にあります。仕事は丁寧です。




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 その昔、イタリアをた旅した時のヴェネツィアの想い出を絵にしてみました。


ゴンドラ


 いつも同じ描き方になるので、輪郭線を太めにしてみましいたが、どうも上手くいきませんね。


 夕暮れが迫るヴェネツィアの海に一人の女性を乗せたゴンドラがゆっくり進みます。





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 「多摩川と武蔵野国の記憶」と題して版画展が狛江の泉の森会館のギャラリーで開催されています。余りにも小さなギャラリーなので30点ほどしか展示できませんが、多摩川に因んだ版画展というのも面白いですね。


会場

看板

受けつけ


 狛江市には「万葉の碑」というのがあって、昔から多摩川で布をさらしていたそうでです。歌麿、広重、北斎、国芳などの素晴らしい版画が展示されています。


パンフレット


 但し多摩川の情景は六郷川とか調布の辺りで狛江付近の多摩川はないみたいです。江戸時代には狛江の町は存在していなかったのでしょう。北斎の「富岳三十六景」の「武州玉川」は実に美しいです(上のパンフレットの表紙)。





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 小田急線の和泉多摩川は人口が日本一少ない狛江市の一部ですが、多摩川でのBBQが禁止されて以来乗降客が少ない駅です。


 昼間になるとどうゆう訳かハトが一羽上りホームをぶらついています。毎日同じハトかどうか判りませんが、常に一羽です。

ハト


 以前東中野の鉄筋のアパートの5階に住んでいました。この時はハトに悩まされました。ベランダのエアコンの室外機の隅に卵を産むからです。


 すぐ近くの多摩川にはハトが群れをなしています。それを思うと、何故一羽だけで?電車がホームに入ってきても「俺には関係ないよ」と一人ぽっち、いや一羽ぽっちで首を振り振りとぼとぼを歩いています。時たま菓子屑らしきものを唾でいますが、そんなに散らかっているわけでもありませんがね。




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