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遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

 ゴールデンウィーク最後の9日は母の日。私から見たら母ではないが、まあ子供もいるし母の日に違いなと、夕ご飯を作ることにした。昼間散歩がてら近くのスーパーに行き、アサリとバジルを買ってきた。

 またスパゲッティになったが、仕方がない。これしか出来ないのだから。

 

 

 100パーセント私だけでやろうとするが、結局妻が玉ねぎのみじん切りを手伝ってくれるから、自分だけで作ったことにならない。まあ気持ちだけかな。とにかくおいしかった。自画自賛じゃなくてね。

 また絵になって申し訳ありません。スケッチブックを整理していたら、この絵が出てきました。写生でも写真でもなく、想像と空想です。バレーの踊り子が公演を終えて楽屋に戻り、カーディガンを羽織っているところです。パステルで描きました。

 

 

 コロナが始まる前に私は市役所の絵画クラスをやめていました。足腰が悪くなり始めたからです。今は各クラスが中止しているらしいです。

 今日も暖かいですね。まるで5月の連休の頃みたいです。駅の近くの高い生垣の中では、姿は見えませんが「ホーホケキョ」とウグイスが鳴いています。

 

 

 春になると25年以上わが家の周りをとりかこんで咲いていたジャスミンですが、今はこれだけが残ってうます。

 

 

 2015年には小鳥がやってきてジャスミンの花を啄ばんでいました。ウグイスではなくて、ヒヨドリでしょうか。

 

 

 駅前のお寺のにやんこたちが突然いなくなった。野良猫たちの処分で保護されたのなだろう。保護猫として生きていればいいのだが。

 

 駅から自宅に通じる裏道ににゃんことわんこが飼われている。野良ではない。お店屋の中のにゃんこはほとんど昼寝をしている。猫は本来夜行性動物だから昼間はほとんど寝ている。この店のにゃんこも寝ているか、天気の良い日はすました顔をして日の光を浴びている。

 

 店の主人が帰ってきてたで、「かわいいですね」と言うと。「そうですか」と言いながら、店の中に入ったにゃんこも主人の足に体をこすりつけて甘えている。

 

 

 ここの向かいにいるのが黒いわんこ。声をかけても振り向きもしない。「愛想のない、無愛想なわんこ」と名付けた。今日もいたので声をかける。「こんにちは」、目も向けない。「ボンジュール」あまりに不愛想なので、妻が面白がって「コマンサバ」フランス語でやっている。「あら、今日はここの奥さんが玄関にいたのね」

 

 近所の家の角のところに黒い猫がクーラーボックスの上で昼寝をしていた。ところが今日は家の奥さんの足に絡みついている。「おや、今日はどうしました?」と言ったら、「このこは野良猫でえさをやってるの」と笑っている。

 

下は以前に撮った写真。斜め向かいの家が猫が居候している家。

 

 色々と猫を思い出します。駅前の家の門の外に陣取っているねずみ色の野良猫。声をかけてもこの猫はそっぽを向いていた。通りがかりの夫人が突然子犬が猫に襲い掛かろうとしたとき「お前がかなうような猫じゃないよ」と大声で叫んでリードをぐいっとひっぱった。猫は知らんふり。

 

 それがある時、耳にケガをしていて、傍に行くと足にまとわりついてくる。けがをいて気が弱くなったみたい。その後近くの寺の境内にいたた。

 

 一番思い出すのが、やはり近くの材木屋の猫だろう。塀の上に横になっているが、私がちかずくと、いきなり私の方に走ってきて手にまとわりつく。

 

 

 

 去年材木屋をやめるのか、敷地内は取り払われ、従業員が集まって話をしていた。その時、妻が叫んだ「あの猫がいるよ」、その場にとまって中を覗いたら、例の猫が飼い主の隣から首を出してこちらを見ている、小さく手を振ってやりながら「さよなら」と小声で叫んじゃった。