「田舎の道を走ろうか」
突然、チャールズ
が言った。
「時間があるならその方がいいよ」
私も高速道路が余りにも単調になってきていた。ロンドン郊外の景色を味わうために途中で田舎の道へ入るのもいい。南のガトウィック空港からエセックスまでは相当の距離を走らなければならないし、なにせ、高速道路上はやたらと暑いのだ。一歩高速道から離れると、遥か遠くに起伏のある草原が広がる。東京の郊外では想像もつかない豊かでのんびりとした自然が続く。
イギリスの道路には2種類あるといわれている。イギリス古来の道、ケルトの道とでもいおうか、曲がりくねった道だ。イギリス全土がこの曲がりくねった道で張り巡らされている。畑は小さく区切られて、色々な形をなして丘陵地帯にへばりつき、波のようにうねって地平線に消えてゆく。道も畑の形にあわせて地面をはうように曲がりくねっている。直線道路は100メートルと続かない。この様子は空から見るとよく分かる。北欧の国々やフランスの畑は縦横が整然と区切られているが、イギリスの畑はモザイクのように雑然としている。そして、この2車線がやっとという狭い道で猛スピードの車がすれ違う。慣れないと肝を冷やす。
もう一つの道はローマの道。ローマ人は土木事業に関して天才的才能を示した。自然が障害になるなんて考えない。どこまでも真っ直ぐ道を作れば、戦略的にも素早く行動できて効率的と考える。自然の条件がどうあれ、真っ直ぐ通してしまう。現在のAルートは殆どがもとはローマ人が作った道路の後を利用している。
- エセックス -
「旅行かね」
長髪で男か女か判別し難い容貌の空港の係官が丸縁の眼鏡越しに訊く。
「そうだよ、友達に会いにね」
余計なことを言ってしまった。「そうです。観光です」でよかったのに。
「長い付き合いかね」
「35年以上かな」
私の顔をまじまじと見詰めてパスポートを見直した。まさかそんな年齢とは思わなかったのかも知れない。
なにせ、私はかってアメリカの大学で女子学生から「ヴィオは絶対に19才だ」と言われ、「俺は32才だよ。6才の息子がいるんだ」と頑張っても、遂に信用してもらえなかった経験がある。
ここを出てTCをポンドに変える。間違って奥様のパスポートを持っていたので、「おーい、パスポート」と『クック』の窓口から遠くにいる奥様のノッコに叫ぶ羽目になった。国を出たら周りは泥棒だらけとの心構えがあるから、奥様は重たい荷物から離れるべきか離れざるべきか、まるでハムレットの心境で、トランクを握ったり離したり
の大慌てとなった。当時の海外旅行には大きなトランクがつきものだった。たいして混んでもいないが、周りの旅行者の視線を一点に浴びて、余計に慌てる。
到着ロビーにはチャールスが来ていた。東京で会って以来数年振りのチャールスとの再会であったが、いつものようにはにかんだ笑顔で迎えてくれた。ロビーを抜けて立体式の駐車場へでた。外は夕方の空気が意外と重く、時差による疲労とあいまって気怠さを覚える。
チャールスの車(VW)はロンドン市街を迂回して北上し、唸りを上げてエセックスを目指す。1972年以来のロンドンである。しかし、今年はひどく陽射しが強くて暑い。見渡す限り褐色の景色が続く。
「夕方だというのに、何でこんなに暑いのかな」
「今年は毎日こんな調子さ」
「まるで緑がない。期待して来たのに。緑のないイギリスなんて、クリームのない紅茶みたいなものだよね」
つまらない駄洒落にチャールスが笑った。
「今年は春から雨が降らないんだ。だから、カラカラで埃ぽくってね」
チャールスの話では、ここ数年雨が少なく、今年は春から殆ど雨が降らないとのことである。
はじめに
去年の夏、チャールズが東京にやってきた。何年振りだろう。思いがけない再会であった。もう歳だからこれが最後の日本旅行だろう。1972年にパリに3ヶ月滞在したときに、途中ロンドンを訪れ、チャールズの家に泊めてもらった。
1990年にイギリスとフランスとイタリアを訪れた。その直後に書いた旅行記です。今回はパリとロンドンについだけにします。パソコンも無い時代に書き留めておいた旅行記をこれを機にブログにしようと思います。
1972年の古い記憶を頼りに短期間で歩き廻った。新しいところも訪れたかった。だが、記憶にある場所を思うように廻れなかった。結果として消化不良になってしまった。
東京と違って、ヨーロッパの街は平和な時代が続けば30年や40年経っても殆ど変わらない。古い記録ですが、余り時代に違和感がないと思われるので我慢してお付き合い願いたい。
ちなみに、私のあだ名はヴィオ、中学生のころ趣味でヴァイオリンを 始めました。甥子達が小さいころ、私のことを「ヴィオヴィオ」と呼ぶので、それ以来そうなりました。妻のノッコ(又はペコちゃん)は子供のころからそう呼ばれていたそうです。息子もチャオの愛称でみんなに呼ばれていたのでこれを使います。
尚、殆どが独断と偏見に満ちた内容なので、軽く笑い飛ばしてほしいと思います。