エセックス - 001 | 遠い夏に想いを

遠い夏に想いを

アメリカ留学、直後の72年の夏に3ヶ月間親子でパリに滞在。その後、思い出を求めて度々訪欧。

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「旅行かね」
長髪で男か女か判別し難い容貌の空港の係官が丸縁の眼鏡越しに訊く。
「そうだよ、友達に会いにね」
余計なことを言ってしまった。「そうです。観光です」でよかったのに。
「長い付き合いかね」
「35年以上かな」
私の顔をまじまじと見詰めてパスポートを見直した。まさかそんな年齢とは思わなかったのかも知れない。
 なにせ、私はかってアメリカの大学で女子学生から「ヴィオは絶対に19才だ」と言われ、「俺は32才だよ。6才の息子がいるんだ」と頑張っても、遂に信用してもらえなかった経験がある。
 ここを出てTCをポンドに変える。間違って奥様のパスポートを持っていたので、「おーい、パスポート」と『クック』の窓口から遠くにいる奥様のノッコに叫ぶ羽目になった。国を出たら周りは泥棒だらけとの心構えがあるから、奥様は重たい荷物から離れるべきか離れざるべきか、まるでハムレットの心境で、トランクを握ったり離したり
Viosanのブログ-イギリスの畑 の大慌てとなった。当時の海外旅行には大きなトランクがつきものだった。たいして混んでもいないが、周りの旅行者の視線を一点に浴びて、余計に慌てる。
 到着ロビーにはチャールスが来ていた。東京で会って以来数年振りのチャールスとの再会であったが、いつものようにはにかんだ笑顔で迎えてくれた。ロビーを抜けて立体式の駐車場へでた。外は夕方の空気が意外と重く、時差による疲労とあいまって気怠さを覚える。
 チャールスの車(VW)はロンドン市街を迂回して北上し、唸りを上げてエセックスを目指す。1972年以来のロンドンである。しかし、今年はひどく陽射しが強くて暑い。見渡す限り褐色の景色が続く。
「夕方だというのに、何でこんなに暑いのかな」
「今年は毎日こんな調子さ」
「まるで緑がない。期待して来たのに。緑のないイギリスなんて、クリームのない紅茶みたいなものだよね」
つまらない駄洒落にチャールスが笑った。
「今年は春から雨が降らないんだ。だから、カラカラで埃ぽくってね」
チャールスの話では、ここ数年雨が少なく、今年は春から殆ど雨が降らないとのことである。