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池袋フィールドのブログ

ライブハウス 池袋フィールドです。
アーティストとしても活動中の店長・山石敬之が
日々の出会いやエピソードを語っていきます。

2018年が暮れて行く。

毎年「来年こそは」と思う時期だが、

今年出来た事、出来なかった事を

しっかり振り返り、見極めるのも大切だ。

早いようで、やはり一年は長い。

長く感じないようでは、中身の薄い日々を過ごした事になる。

「まだまだ走り始めたばかり」とか言っていても、

確実に一年は過ぎ去り、キャリアは積んだはずだ。

時間は限られている。

終わりは突然やって来る。

見回すと皆んな「ノンビリ」している。

一向にスピード感の上がらないアーティストが多い。

話せば「やりたい事」は語るが、なかなか実現させない。

しばらくするとすっかり前回の話しは忘れ、

「次のプラン」を語っている。

「あれ?この前のは?」と呆れる事が本当に多い。

 

今回は短く行きます。

 

さあ、2018年が暮れて行く。

焦ろう。

先を急ごう。

考え込む暇があったら、まず走ろう。

「やりたい」は片っ端からやろう。

腰を上げて、連絡すべき人に連絡だ。

説得しないきゃいけない人のアポを取ろう。

プランをプリントアウトして、仲間に配ろう。

メールやラインの返信待ちの間に、一曲作ろう。

やってなかった毎日の「ルーティン・メソッド」を

たった今から実行しよう。

人生を輝かせるとは、実際にはこういう事だ。

人生がくすんで見えるのは、

これをやって無かった、ただそれだけだ。

もう言い訳は止めよう。たくさんだ。

大体それ、誰も聞いてないよ。

自分に言ってるだけだ。

 

2019年を輝かせよう!

全員が輝いたって良いんだ。遠慮するな。

全員にそのチャンスがある。

きれい事じゃない。

間違いなく、それは出来る。

他の誰でもない、君がそう感じれば良いんだ。

さあ、2019年を輝かせよう!

たった今から始めよう。

簡単だ!

 

 

 

毎年この日を目指して生きている。

12月25日のライブは私にとって重要だ。大切だ。

フィールドを始めたおかげで、

安定して開催出来てるのは、とても助かる。

かつては、会場を押さえるのが大変だった。

クリスマス・ライブ自体は「SCRAMBLE 」時代や、

その後のバンド、ユニットでもやって来たが、

2002年あたりからは、ソロとして。

誕生日の4月8日からスタートさせ、

12月25日を経て、12月30日の関西ライブでシメる、を

通年のツアーとして重ねて来た。

なのでバンド時代よりもハッキリと、

1年間の動きが見えているため、

やるべき事もまた明快だ。

そして毎年年間で最大のイベントが、クリスマス・ライブだ。

全てをそこに向けて構築して走っている。

 

途切れた時期もあったが、30年に及ぶ活動の中で、

クリスマス・ライブは次第に重要な位置を占めるようになった。

そこで「クリスマス・ソング」も多く作っている。

すでにクリスマス・アルバムも2枚発表した。

ミュージシャン、アーティストにとってクリスマスは、

間違いなく「お仕事の日」だ。

プライベートなど無い。

別の言い方をすれば、

音楽好きや、オーディエンス、ファンの皆さんの為に、

素敵な夜を作ろう、っていう心意気が生まれ、

それが自分の生きる目的なのだ、と気付く。

クリスマス・ライブを重ねて来た事で、

音楽の果たすべき役割、

ミュージシャン、アーティストの使命を知ったのだ。

 

しかしクリスマス・ライブって、内容がどうしても似てしまう。

クリスマス・ソングにしても、まあ、似たり寄ったりだ。

重ねて行く内に若干の「煮詰まり」も感じた。

しかし「当たり前」を当たり前に過ごせる事の大切さを、

「9.11」や「震災」を経て痛感する事になる。

「同じで良いんだ」と思った。

もちろん工夫が無ければ、やってる方もつまらないので、

毎年「今年はどうしよう?」を考える。

ただ、そこに「焦り」は無い。

毎年同じ日にみんなと集まれる、ただその一点に価値があるからだ。

クリスマスとは、そういう夜なのだ。

 

バタバタの日々をさらに加速させて師走は過ぎて行く。

次から次へと「やらなきゃ」をこなし、

間に合うかどうかハラハラしながら、

「ギリ」に全てをたくし込む。

そして「ホッ」と息をつくと、除夜の鐘が鳴っている。

それが私の年末だ。一年だ。

さあ、今年も「いつも通り」のクリスマス・ライブを

皆んなと共に、暖かく過ごせますように!

 

 

 

 

11月24日に発表した私の新アルバム「SCRAMBLE 」の

制作について語ろうと思う。

今回は、とても長くなりそうなので、

お暇な時にお読み下さい。

 

このアルバムは、私の20代の頃のバンド「SCRAMBLE 」の

デビュー前の代表作をセルフカバーした。

1980年から1985年頃に作った楽曲ばかりだ。

つまり私が、21歳から26歳頃。

85年以降はコンセプトを固め、よりリアルで、

メッセージも明確になって行くが、

初期は、まだサウンド重視で、世界観も「広め」だ。

つまりは「演りたい音楽」を初期はただ作っていた。

ファンが増えるに連れ、今度は「求められる音楽」を

作るようになって行く。

しかしこのアルバムの曲達が成長の原動力になったのは間違いない。

そして初期の代表作を次々に超えて行くのが、成長の絶対条件だ。

バンドが客を掴み、大きくなって行く「理由」を解析する上でも、

このアルバムは「教科書」になるかもしれない。

 

さて、制作は2018年1月から始まった。

楽曲は当然揃っているし、選曲、曲順なども

随分前から温めていた企画なので決まっていた。

収録曲は11曲。内1曲は、30年前にレコーディングしたが、

お蔵入りになっていたテイクを入れるつもりだったので、

実質10曲をレコーディングする。

まずはベーシックなトラック作りから始める。

それは「ドラム録り」の為の準備だ。

録音日が3月頭に決まっていたので、逆算しながらの作業だ。

ドラムさえ録れれば良いので、簡単な物でも構わないのだが、

プレイヤーにイメージを伝える為にも、

さらにその上に録って行く他のプレイヤーの為にも、

なるべく「本チャン」に近い物の方が望ましい。

一旦思い付くトラックは入れておき、

録音が進むに連れ見直して行く、というスタイルになった。

 

ドラムは、池袋フィールドで録った。

バックトラックとクリックを聴きながらの作業。

音資料はドラマーに事前に渡しておいたので、

彼がしっかり準備して来てくれたおかげで、

2日間で予定の6曲はスムーズに録れた。

(残り4曲のドラムは打ち込み)

録ったドラム・トラックを自分のスタジオのPro-Toolsに流し込み、

ベーシックなギター録りに移る。

ここまでは池袋フィールドで知り合った若手に頼んだ。

次に打ち込みのベースを「生」に差し替えて行く。

今回は30年ぶりにSCRAMBLE のベーシスト「一井雅樹」に

声をかけてみたが、快く参加してくれた。

少しでも「あの頃の音」を再現する為だ。

終わる頃には4月になっていた。

これにギター・ソロと「ここぞ」のリズム・ギターを

盟友の「福田真國」に弾いてもらう。

もちろん彼も「SCRAMBLE 」のギタリスト。

さらに今回は、サックスとフルートを計3曲入れた。

やはりフィールド出演のベテラン・プレイヤーに頼んだ。

イメージ通りの演奏が手に入った。

ゴールデン・ウイークが終わる頃には、生楽器の録音は終了。

ここからはひたすら自分一人の作業に入る。

 

ちょうど忙しい時期に重なり、

ここからはバックトラックをひたすら見直し、

「生の整理」と追加のシンセをノンビリと打ち込んで行った。

ちょっとした「SE」的な音も

細かく入れておくとアクセントになる。

そんな事をしている内に夏になっていた。

そして7月の中旬から、いよいよ唄入れに突入。

今回は1曲に付き、一週間かけて録って行った。

つまり10週。2ヶ月半掛けた。

実際の作業は、フィールドの営業や他の仕事の合間なので、

1日の内、30分、1時間を何度か、というやり方。

当初発売日を想定していたが、

途中からは「出来上がったら発表」という

緩~いスタンスに変更した。

唄入れは正直終わりが無い。

「奇跡」を待つ作業に似て、納得行くまで何度でも繰り返した。

納得行ったはずのテイクも、数日後には「違うな」ってなる。

その「違うな」が無くなるまで、

飽くなき探求をこの夏は延々と続けた。

終わる頃には秋になっていた。

もちろんこんなやり方はかなりの贅沢だ。

ある意味「わがまま」だ。

だが今回は、私の音楽人生の最高傑作を目指した。

その為には、気の遠くなる作業も辞さないモードで臨んだ。 

実際、10曲終わっても、見直しにさらに半月ほどを要した。

 

そして、10月中旬からは、トラックダウンに突入。

ただ、暇さえあれば見直しを繰り返してたおかげで、

バランスはほとんど理想的な形で取れていた。

後は、エンジニアに来てもらい、ドラムの音作りを頼んだ。

これがなかなかの難題なので、やはりベテランの手を借りた。

そしてミックスの後は、最後のマスタリング。

マスタリングとは、最終的に音質を決め、音量を決め、

曲間を決める作業だ。

これも外のスタジオに頼む事にして、11月8日に決めていた。

だが結局、その朝までミックスの作業は続いた。

一旦焼いたCDを家など別の環境で聞き、チェックすると、

「アラ」が見える事があり、その都度直した。

こうして、アルバムは完成した。

 

もちろん平行して、アートワークもあり、

ジャケット撮影やデザインなども、

なかなか凝った作りになっている。

いつも若いアーティストにも言っているが、

人はまずジャケットを見てからCDを聞く。

そこである程度のイメージは作られ、

そのイメージに乗っかって聞く事になる。

なので「入り口」として、とても重要だ。

期待感を作り、スムーズに音楽に誘うのが「アートワーク」だ。

当然アルバムの中身を反映した物が望ましいが、

少なくとも「今」のアーティスト像を表したい。

上手く作れれば、そのアルバムは「1.5倍」の増し増し評価になる。

最初の印象ほど大事なモノは無いのだ。

 

こうして11月24日にアルバム「SCRAMBLE 」は発表になった。

「随分と大げさに捉えてますね」と思うかもしれないが、

本来これくらいやるのが当たり前だった事を今回再確認した。

レコーディングし、CDなどで発表した音源は、一生モノだ。

音楽史に足跡を残す、という心意気が必要なのだ。

アルバムはやがて一人歩きし、様々な人達に届いて行く。

その為に我々は存在し、活動している。

そんな大きな仕事を今年一年かけて出来た事に、

私は本当に満足している。

さあ、ではそれがどれ程のモノか、

一度聞いてみませんか?

 

この秋はフィールド・レギュラー陣の

ワンマンライブが多かった。

皆それぞれ考え方も捉え方も違うが、

チャレンジという意味で面白かった。

工夫を凝らし、取り組み、立ち向かう。

ワンマンライブや、レコ発ライブは、

皆んなにとって特別だ。

 

だが、私の考え方はちょっと違う。

3~5組くらい出演のブッキング・ライブが

基本の活動はおかしい、と思っている。

ライブハウスやってるくせに何?って思うかもしれないが、

30~40分のステージで自分を表現し切れてるのか?

つい一つ前のライブがどこで、誰と、どんなだったか、

覚えてないような「演り捨て」なステージで、

一体どれだけの成果が上がるのだろうか?

仕事帰りにリハもそこそこなステージで、

一体何人の心を打てるのだろうか?

そんなに「チョロい」モノなのか?

それに対して「ワンマンライブ」は大切で、印象的で、

準備も工夫も万全だ。

で、「特別」だ。

そこが違う。

ワンマンライブへの取り組み方や、考え方が基本であるべきだ。

特別じゃない。普通だ。

 

前にも「年間計画」を立て「ツアー」を組め、

という話しを書いた。

その中で、いつ、どこで、何本ライブを入れて行くのか?

ブッキング・ライブとワンマン、レコ発のバランスは?

そこがはっきりしていれば、

ブッキング・ライブは、「ワンマンの縮小版」または

「前哨戦」と捉えて良いのではないだろうか?

時間が短く、曲数も少ない分、より集中して臨める。

その繰り返しの先にワンマンがある、と考えよう。

それぞれの演奏をチェックし、修正し、次に試す。

完璧なステージなど、そう出来るものでは無いが、

「今出来る最高」は目指せる。

年間計画の中で、仕事やプライベートも充実させながら、

濃密な活動は可能だ。計画的に行動すれば。

 

「意味のあるライブ」を皆んな望んでいるはず。

だが、その「意味」を作るのは、

ライブハウスでも共演者でも、増して来場者でもない。

君自身だ。アーティスト自身だ。

さらに言えば、来場者にとって素晴らしいステージを用意すべきで、

演者の自己満足は後回しで良い。

来場者の満足こそが、演者の満足であるべきだ。

その為のプランを練り、準備をする。

これ無しに「意味」など生まれない。

ワンマン・ライブをただの「花火」で終わらせない為にも、

今の活動自体を見直そう。

これ無しに、ワンマン・ライブに意味を求めても無駄だ。

 

ライブ活動がそこそこ安定し、曲も増えれば、

自ずと「方向性」「アーティスト性」が見えて来る。

「何を」「誰に」唄う人なのか。

そんな中で「ライブ」の持つ意味が明らかになる。

人を説得する場、考えを主張する場、世界を表現する場、だ。

そうなればどうしても「ボリューム」と「流れ」が必要になる。

それが「ワンマンライブ」だ。

特別なお祭りじゃ「楽しかった」で終わる。

来場者が楽しいのは良いが、

演者が楽しかっただけのステージなんて、

全く意味が無い。それは高校の学園祭だ。

演れば演るほど、課題と「次」への渇望が生まれるのが、

そしてステージ上にある「怖さ」を知るのが、

ワンマンライブだ。

その繰り返しの中に、先に「成長」がある。

 

さあ、ワンマンライブを打とう。

出来ればワンマンライブばかり打とう。

それは表現したい事が溢れて仕方ないアーティストにのみ、

言える事だが。

「意味のある」ライブを、

「意味のある」活動を、

「意味のある」人生を歩もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

ワンシーズンに1回くらい、どうしても自分の書いてるブログの

意味や意義を考えてしまう。

「好きに書けばいーじゃん」

その通りなんだが、ついつい考える。

そうなると日々書いてる「ツイッター」についても

考えてしまう。

 

私はミュージシャンだ。

アーティストだ。

なのでSNSは、もちろんプロモーションなのだ。

玉虫色の内容で皆んなをワクワクさせてりゃそれで良い。

だが、結局「人間性」は出てしまう。

言いたい事が沢山あって、伝えたいし、共有したい。

特にこのブログは特別だ。

フィールド出演者はもちろん、

頑張って走っているミュージシャン、アーティストの皆んなへの

指針を示すのは、私の責務だと思っている。

「じゃ、それでいーじゃん。頑張って」

頑張ります!

しかし、ちょっと立ち止まって、

ブログやツイッターの意義を考えるのも悪くない気もする。

 

何だかんだ、皆んなも少なからず発信しているだろう。

それは「報告」なのか、「広告」なのか、

それとも「意思表示」なのか。

自由に好きなだけ好きな事を発信出来る世の中だ。

「炎上」さえ恐れなければ、思い切った「本音」も語れる。

逆にネットの怖さゆえに「ホントの事」は

語らない人もいるかもしれない。

もしくは、意義など要らない。単にプロモーションだ、

って割り切ってる人もいるかもしれない。

だが、結局は前述した通り「人間性」は見え隠れする。

バレる。

長く、濃く見て行けば、人の「本性」は浮き上がって来る。

それは「アーティスト性」にも関わる話しだ。

結局ホントの自分と乖離したイメージを

でっち上げようとしても、それは無理なのだ。

ツイッターなら、ブログなら大丈夫、と考えても、

言葉の端々に、文章のニュアンスに、人間性は滲み出る。

合わせて、ライブのMC、作品自体からも当然見えてくる。

「発信する」とは結局自分をさらけ出す事だ。

人は何かに反応し、持っている「価値観」で

表現してしまう。自分を見せてしまう。

となると「ブレない」ためには、

「正直ベース」で行くしかない、と思っている。

ホントの事は変わらないから。

もっと言えば、話したり、書いたりしている中で、

「本当の自分」を発見する事もある。

気付かなかった自分に出会える、という側面だ。

 

この私のブログにも、そういう要素はある。

若者たちに言いたい、伝えたい想いは、

実は若かった頃の自分自身への苦言だ。

せっかくの「成功への鍵」を無駄にした。

萎える自分に負けた時期もあった。

安定した活動の中で慢心した。

取り返しのつかない愚行の前に「諦め」に取り込まれた。

そんな自分を、ブログを書き続ける事で、

整理し、再発見し、再構築出来る。

今にして思えば、簡単な事、自明の事だらけだ。

「なぜ気付かなかった?」っていう想いだ。

実は取り返しのつく事も意外と多いのだが、

それでも「後の祭り」にならないよう、

先輩として、同じ道を歩む者たちへ言っておきたい。

難しい事もあるが、簡単な事もある。

実際単純な事の方が多い。

人生を無駄にして、後悔するより、

小さな気付きと大きな努力で乗り切れる事だらけなのだ、と。

 

今回もまた書きながら考えた。

私のブログの意義は、

私自身を救い、私自身を進ませる。

皆んなにだけ何かやれ、って話しでは無いのだ。

さあ、共に歩もう!

そして、共に戦おう!