よく思う事だが、人の「レベル」を決めるのは、
「当たり前」の違いだ。
人は皆、必要とあれば頑張る。
だが、日々の生活の中で当たり前に繰り返す事柄の違いで、
それぞれのスタート時の「居場所」が変わる。
それは例えば、同じ服を2日続けて着ない、とか
移動中、自分のリハやライブの音源を聞き込む、とか
毎日ハノンを弾く、とか
ちょっとした筋トレとか、ウオーキングを毎日する、とか
そんな「普通」で「当たり前」の習慣だ。
スタート時の居場所が違えば、
たとえ同時に頑張っても、
到達する場所も変わってしまうのは自明だ。
その「当たり前」を決めるのは、
どこに自分の身を置くか、に掛かっている。
「洗練」という言葉がある。
元々感性を磨く傾向にある人は、自ずと洗練する。
だが、そんな努力をしない人でも、
洗練された人達に囲まれて暮らしていれば、
自然とセンスは磨かれ、洗練された人になる。
それが日々「当たり前」だからだ。
それは言ってしまえば、国ごとにも違うだろう。
地域でも、会社や学校や、そして仲間たちでも。
「環境が人を変える」は事実だ。
で、「じゃ、しょーがない」で終わらせるか、
自ら感性の鋭い人達の中に飛び込んで行くか、で
人生は変わるだろう。
ミュージシャン、アーティストには特にこの事が顕著だ。
残念ながら、フィールド出演者をみていても、
優秀な奴は、連れて来る仲間やサポート・ミュージシャンも
皆一様に優秀だ。
そしてその逆も。
誰かに紹介されたり、共演者だったり、
ほとんどが「出会い頭」だろうが、
そんな中でも気が合うのは、やはり感性の距離感だ。
接しやすさや、気の良さ、年齢や環境の近さなど、
感性以外にも人と人を結びつける要素はあるとは思うが、
クリエイティブに共に歩もう、となると
ある意味「尊敬出来る」相手に近づくだろう。
そして、そんな相手に「ガッカリ」されない自分であろう、
という意識が、相乗効果で人を伸ばして行く。
周りの人達の「当たり前の努力」は、
やがて自分にとっても「当たり前」になる。
だが、さらに上に登る為には、もっと厳しい環境がある。
それが「プロの世界」だ。
甘えや妥協や失敗の許されない世界。
一度「✖️」が付いたら、二度と声は掛からない。
予想外の要求に、涼しい顔で応えなくてはならない。
出来て当たり前の世界。
だがさらに「それ以上」を提示しなければ、
立ち位置をキープし続けられない。
止まってる奴は、取り残される。
そんな「冷や汗モノ」の世界に身を置けば、
もう「当たり前」は、最高レベルに引き上がる。
ギリギリの所で一つ一つをクリアし続ければ、
プロの仲間入りが出来る。
「そんな環境なかなか無いよ」と言うのなら、
コンテストやオーディションがある。
「とりあえず出してみる」じゃなく、
「何が何でも勝ち取る」「勝ち取るまでやり続ける」
という意気込みがあれば、取り組みは変わる。
全ては変わる。
ダラダラと日々を過ごしてないか?
「これで善し」で終わらせてないか?
自分を崖っぷちに追い込もう。
冷や汗の先の「ガッツポーズ」を決めよう。
自分の限界を超えて行こう。
その為には「厳しい環境」に身を置こう。
敢えて困難な道を選ぼう。
成長はその先にある。
扉を開く鍵は、その綱渡りの崖の先に、
ほら、落ちている。