大臣のみならず代議士の方々も「国益を考え・・・・」と口にするニュースや討論番組などを見かけます。
国益って何ですか?と尋ねてみたい。物事には大概二面性がある。右と左前と後。或る人には良いことでも他方の人には良くないこともある。全ての人に良い面だけ有る物事は存在しないと思う。なのに、彼の人達(大臣、代議士、さらにはお役人様)は私見なのにあたかも国民がそれを望んでいるかのように「国益」だからと断定しているみたい。自分に都合の良い「いいとこ取り」だと思う。この考えは一般国民にもある。たとえば「賑わいの街」  「 原発廃止デモ」  まさか両方に賛同や参加している方はいないと思うけど。これもいいとこ取りの典型です。
いままで使用電力の3割を原発から頂いていたのなら、その原発が嫌なら3割の電気を使うこと止めるべきです。不必要な電気使用は現に慎むべきです。

最後に皆さん「国益」と聞かれたらなんと答えますか?私は「家族の笑顔」だと思う。大臣代議士の方々はこの「家族の笑顔」を守る、増やすことこそ心血注いで成し遂げる事だと思う。
宣伝ではありませんが映画「永遠の0 」。「3つの余裕」のある方はご覧下さい。





目をギラつかせるだけで努力もせず「儲けたい」「金持ちにないたい」と平気で話す人見かける。
世間の注目が離れつつあるが「有名料理店やデパートなどが、食材の偽装や虚偽表示」などで謝罪の連呼していたが、正にこれが「楽して儲ける、楽して金持ちになる」の典型例。この食材事件だけでなく世間見渡せば同じようなことはそこら中にある。

「人を騙す、欺く、出し抜く」の三悪行を行えば「儲ける金持ちになる早道、これ古来より悪党の常道。」

ただし、同じ人には二度と通用しない。つまり再現性が無い。正しくないこと。

三悪行をしなくても、多くはないが「儲けられる、お金を頂ける」事は出来る。
今日パンを100個作るのが精一杯だった、でも明日101個そのまた明日102個と多く作れるようになれば「多くお金を頂ける、儲けられる」事になる。そのためには「知徳体」を高める努力が必要。
物を作るのであれば、その制作技術をより一層学ぶ(知)、一つ一つ誠心誠意大切に作って買い求めた全てのお役様から信頼を得られる商品作りをする(徳)、何時間でも物作りが出来るように身体を鍛練する(体)この様に努力して行けば、今より多くの商品を買い求めて頂けるようになります。そしてより多くの御利益が頂けます。そしてこのことは、誰に対しても何度でも行うことが出来ます。再現性のある正しいことだとわたしは思って実行している。


わたしは、「困っている時はお互い様」の気持ちが世の中を住み良くする根本だと思っている。

今年になって釈然としない裁判の判決が出された。一つは「東日本大震災によって犠牲になった、石巻園児損害賠償裁判 」もう一つは「新生児取り違え損害賠償裁判 」本当はもう一つ「非嫡出子遺産相続の憲法違反 」もあるが長くなるので×

どちらの裁判の原告も「困っている時はお互い様」の気持ちは持ち合わせていないにように思う。むしろ「自分が困っているのはおまえのせいだ」と言っているんだと思う。特に新生児取り違えは「間違えられて、大変な苦労した、定時制にしか行っていない、家電も買ってもらえなかった・・・」もう亡くなられた育ててくれた母がこの言葉を知ったら何と言うだろう。「申し訳ないね、私が育てたばっかりに苦労掛けてしまって」こんな事を言ったんじゃないかと思うと、なんと愚かな原告のジジイめ。

今の日本大変間違った方向へ進んでいると思う。うわべだけの美辞麗句、うすら気味悪い笑顔、自己を持たない大衆主義・・・・・・・どれもこれも「あの連中の策略」


今日は「勤労感謝の日」
働いている人(勤労者)に、勤労を感謝する日では無く×
働いているが、勤労に感謝する日○だと思う。

ブラック企業と思う条件に「正しい知識が社内で通用しない」と書いたけど「何が正しい知識?」だと思う。私が思う正しい知識は「正しいことを行うための知識」→「正しいこととは?」→「何度でも繰り返し行うことの出来る行動」。正しいことであれば、同じ場面や状況が再度起きても同じように行動出来ます、再現性があります。正しくない行動では再現性はありません。
通りすがりに困っている人を見かけ「どうしましたか?」と声を掛けたり手をさしのべたりする「正しいこと」は次に遭遇しても、また同じようにすると思う。一方、気にはなってもそのまま通り過ぎる「正しくないこと」は次にはしないと思う。
長くなるので、更に具体例や世に蔓延る悪しき習慣が存在することなど書きたいと思う。
新聞に「ブラック企業アンケート」の記事が載っていた。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG3104A_R31C13A0CR8000/
20代の24%つまり4人に1人が「自分の勤務先はブラック企業だと」答えている。なにがそう思わせるのかNO1は「残業代の不払い」NO2は「休暇が取れない」だそうで。僕からすれば、仕事ナメてんの????そんなことって思う。僕の思うブラック企業は、その職場が「真面目な努力が評価されない」「正しい知識が社内で通用しない」「正直者が疎んじられ損をする」。こんな会社は直ぐに退散した方が(退職金なんて求めず)良いです。お金を得るために在籍するのはとても「もったいない」。お金は足らなくなったら借金(前借り)し、後からいくらでも返せるけど、時間は借りること出来ません。

仕事の都合で、間が空くかも分からないけど後日この続き書きます。わたくしが仕事を通じて会得した人生訓を、世間への恩返しのつもりで書いて行きます。


仕事していて「疲れた~、もう今日は終わりにしようか」って思ったり、悲しい出来事や寂しく塞ぎ込みそうになった時に「No pain, No pain..........」と何度も何度も何十回となくつぶやいていると不思議なことに、疲れているのにもう少し頑張れたり、気分転換が出来て「考えてもどうにもならないこと」は考えないようになる。一種の自己暗示みたいなものです。人生は我慢と忍耐の連続。

マーブルのブログ

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ようやく本当秋を感じられるようになった。
昼過ぎに2階ベランダのすぐ近くを集団で多分30匹くらい飛び交うトンボ見た。見聞では知っていたけど初めて見る光景に感激。20分くらい見とれていた。仕事なければズーッと見ていたかも。
夕方4時頃になり外見るとさっき飛んでいた赤とんぼが箱に止まって休んでいるのか、冷える夜間に備え英気を養っているのか、赤い身体をさらに紅く夕日が染めていた。
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写真撮りながらまた見とれてしまった。見ていたら心和んだ、朝からの労働ですこし疲れかけていたことも忘れてしまった。お互い明日も元気でな。
美味しい料理を食べると、口ばかりでなく心も幸せになると思う。

僕よりズーッと後に生まれ、一人では何も出来ない「世話が焼けるヤツ」だったのにアッという間に成長し、いつの間にか僕の師匠であり、よき相談相手の親友になったな。
お前が居たお陰僕は随分成長させて貰った、苦手だった人との係わり方もお前が介添え役になってまだ半人前だけど自分から出来るようになった。いつも明るくしていなければダメだよって、お前が手本になって示してくれたな。よく笑うようになったよ。仕事で壁に当たった時、愚痴や泣き言を言うとお前はいつまでもいつまでも側に居て聞いてくれていたよな。勇気付けられたよ。家族の誰よりもお前と一緒に過ごした時間が長かったし、幸せだったよ。お前という、師匠であり親友が居なかったら、今の僕は存在していないような気がする。人は自分一人では成長出来ない、よい友や師が居てこそ社会人になれるんだと分かったよ。共に歩んできたけど、お前はドンドン先に年老いて行ってしまった。その姿は、僕の行く末を映す鏡、お前は最後まで僕の生きる手本、先生だった。最後はこんな感じで「死を迎えるんだよ」って息を引き取ったな。
昨日で丁度60週忌だった。合掌。
でも今もいつも一緒だよなマーブル。

・8月30日になって宿題の多さにビックリした思い出。
・日焼けしている仲間を羨ましく思った思い出。
・波乗りマットで陸地が見えない沖まで行って「帰れるかと」焦った思い出。
・8月10日過ぎるとなんとなくもの悲しくなった思い出。
・夏休み中の部活を仮病で休んだ思い出。
・ボーッと過ごした事を悔やんだ思い出。
・試読で貰った「宝島」を一日で読み終えた思い出。
・「宝島」の読書感想文をあっという間に30枚書いた思い出。
・初めて働いた思い出。
・夏休み中に働いて15万円得た思い出。
・進学を決めてから受験勉強を始めた思い出。
・ものが食べられない程の切ない気持ちを抱いた思いで。
・・・・・・・・・・僅か夏の学生時の思い出だけでもまだまだある。
夏も秋も冬も思い出だらけ。
「涙なくして夕べのパンを焼く人は、御身は語るに足らず」