賀名生の里 歴史民俗資料館 ~南朝三帝ゆかりの地、幕末・天誅組を物語る館
「賀名生の里 歴史民俗資料館を訪れて
」のつづきです。
賀名生の里 歴史民俗資料館」で最初に紹介いただいたのが、こちら。
机。
え、机
いやーこれが、実は、「孝明天皇の御机」です。
孝明天皇と、天誅組・大将・中山忠光 は、義理の兄弟の関係でした。
天誅組の騒動の後、義弟が騒動を起こしたおわびにと賀名生皇居 の「堀家」へ下賜されたものです。
ちょっと写真では分かりづらいのですが・・・
机の上には、傷がついています。まるい何かの器の跡や、すりきれた跡など。
天皇陛下から下賜された机をフツーに使うわけにはいかず、大切に保管されていました。
つまり今ある傷跡は孝明天皇・御自らお付けになられた傷なのですね。
これも生々しい歴史の物証にほかなりませんね。
日本最古で現存する日の丸。
こちらは後醍醐天皇が下賜されたものです。
江戸時代の博物図録集「集古十種」にも掲載されている。
「馬鈴」
後醍醐天皇が下賜されたもの。
南北朝時代、そして幕末・天誅組と時代がかったものが並ぶ中、ひときわ異彩をはなつコーナがありました。
セルロイドの人形です。
「海を越え、時を越えた日米親善大使「パトリー」ちゃん 」へつづきます。
・・・
あ
いくつか館内での写真を掲載させていただいていますが・・・
基本、館内での写真撮影は禁止です。
今回は、コゲ館長さんのはからいで撮影の許可をいただきました。
・・・ありがとうございます。
■賀名生の里 歴史民俗資料館
南朝三帝ゆかりの賀名生皇居跡や、西吉野地区の歴史や文化を紹介しています。
営業時間:9時~17時
休館日:月曜日
入館料:大人300円、子供100円
>「天誅組史跡巡り 吉野郡五條市 2011.05.04 」より
賀名生の里 歴史民俗資料館」で最初に紹介いただいたのが、こちら。
机。
え、机

いやーこれが、実は、「孝明天皇の御机」です。
孝明天皇と、天誅組・大将・中山忠光 は、義理の兄弟の関係でした。
天誅組の騒動の後、義弟が騒動を起こしたおわびにと賀名生皇居 の「堀家」へ下賜されたものです。
ちょっと写真では分かりづらいのですが・・・
机の上には、傷がついています。まるい何かの器の跡や、すりきれた跡など。
天皇陛下から下賜された机をフツーに使うわけにはいかず、大切に保管されていました。
つまり今ある傷跡は孝明天皇・御自らお付けになられた傷なのですね。
これも生々しい歴史の物証にほかなりませんね。
日本最古で現存する日の丸。
こちらは後醍醐天皇が下賜されたものです。
江戸時代の博物図録集「集古十種」にも掲載されている。
「馬鈴」
後醍醐天皇が下賜されたもの。
南北朝時代、そして幕末・天誅組と時代がかったものが並ぶ中、ひときわ異彩をはなつコーナがありました。
セルロイドの人形です。
「海を越え、時を越えた日米親善大使「パトリー」ちゃん 」へつづきます。
・・・
あ

いくつか館内での写真を掲載させていただいていますが・・・
基本、館内での写真撮影は禁止です。
今回は、コゲ館長さんのはからいで撮影の許可をいただきました。
・・・ありがとうございます。
■賀名生の里 歴史民俗資料館
南朝三帝ゆかりの賀名生皇居跡や、西吉野地区の歴史や文化を紹介しています。
営業時間:9時~17時
休館日:月曜日
入館料:大人300円、子供100円
>「天誅組史跡巡り 吉野郡五條市 2011.05.04 」より
賀名生の里 歴史民俗資料館を訪れて。
「天誅組史跡巡り 吉野郡五條市 2011.05.04
」より
・・・
なんだか、気がついたら天誅組史跡ツアーが、
おもいっきり賀名生の里の散策となっていましたね。
A=´、`=)ゞ
賀名生の里について、歴史民俗資料館・コゲ館長さん自ら、熱心に紹介いただきました。
余計なことながら・・・
コゲ館長さんの名前の”コゲ”の由来をうかがいました。
すごい色黒だからとおしえていただきましたよ。
どれだけ色黒かは、訪れて確認してみてください。
(°∀°)b
コゲ館長さん、つい先日、丹生神社の神職に就任されました。
(それがこちら「辞令を頂いてきました 」)
もともとは神職の家系ではないそうですが、
神職者不在のこともあり、周囲の期待にささえられての就任だそうです。
もうひとつ、おもしろいことを伺いました。
天誅組の吉村寅太郎 が負傷し、運び込まれた宿「杉本屋」。
いまはもうないのですが、なんと館長さんのご実家だったのですね。
天忠宿とも呼ばれていました。
歴史的な物証を前にしたとき、
自然と、そのものにまつわる物語がうかんできて、その人びとの息吹を感じることができます。
ここは歴史の物証がたくさんそろったところでした。
・・・
私には故郷というものがありません。
(理由ははしょります
)
このブログをはじめてから、
都祁 をはじめ、郷土を思う人びとと触れあうことができました。
正直、理解はできますが、その境地に私自身にはない感情ですね。
とてもうらやましかったですね。
この地に生まれ、地に根をはり、やがてこの地にかえる。
そこにいる神々を崇拝し、日々をおくり、ときに有事において団結し、この地を守る。
希薄な人間関係がまかりとおる世の中で、とても濃い繋がりのなかにいらっしゃる。
さて・・・
文章がながくなりましたね。
ワタシの悪いクセです。
「賀名生の里 歴史民俗資料館」の紹介については、「南朝三帝ゆかりの地、幕末・天誅組を物語る館 」つづきます。
■賀名生の里 歴史民俗資料館
南朝三帝ゆかりの賀名生皇居跡や、西吉野地区の歴史や文化を紹介しています。
営業時間:9時~17時
休館日:月曜日
入館料:大人300円、子供100円
・・・
なんだか、気がついたら天誅組史跡ツアーが、
おもいっきり賀名生の里の散策となっていましたね。
A=´、`=)ゞ
賀名生の里について、歴史民俗資料館・コゲ館長さん自ら、熱心に紹介いただきました。
余計なことながら・・・
コゲ館長さんの名前の”コゲ”の由来をうかがいました。
すごい色黒だからとおしえていただきましたよ。
どれだけ色黒かは、訪れて確認してみてください。
(°∀°)b
コゲ館長さん、つい先日、丹生神社の神職に就任されました。
(それがこちら「辞令を頂いてきました 」)
もともとは神職の家系ではないそうですが、
神職者不在のこともあり、周囲の期待にささえられての就任だそうです。
もうひとつ、おもしろいことを伺いました。
天誅組の吉村寅太郎 が負傷し、運び込まれた宿「杉本屋」。
いまはもうないのですが、なんと館長さんのご実家だったのですね。
天忠宿とも呼ばれていました。
歴史的な物証を前にしたとき、
自然と、そのものにまつわる物語がうかんできて、その人びとの息吹を感じることができます。
ここは歴史の物証がたくさんそろったところでした。
・・・
私には故郷というものがありません。
(理由ははしょります
)このブログをはじめてから、
都祁 をはじめ、郷土を思う人びとと触れあうことができました。
正直、理解はできますが、その境地に私自身にはない感情ですね。
とてもうらやましかったですね。
この地に生まれ、地に根をはり、やがてこの地にかえる。
そこにいる神々を崇拝し、日々をおくり、ときに有事において団結し、この地を守る。
希薄な人間関係がまかりとおる世の中で、とても濃い繋がりのなかにいらっしゃる。
さて・・・
文章がながくなりましたね。
ワタシの悪いクセです。
「賀名生の里 歴史民俗資料館」の紹介については、「南朝三帝ゆかりの地、幕末・天誅組を物語る館 」つづきます。
■賀名生の里 歴史民俗資料館
南朝三帝ゆかりの賀名生皇居跡や、西吉野地区の歴史や文化を紹介しています。
営業時間:9時~17時
休館日:月曜日
入館料:大人300円、子供100円
新緑の紅葉あふれる華蔵院 北畠親房公墓~ 動乱の南北朝 南朝三帝ゆかりの地 五條市西吉野賀名生
「賀名生の里 歴史民俗資料館」の裏手に、小高い丘「華蔵院」があり、賀名生の里を一望できます。
そこはモミジの森となっています。
この時期、太い幹から延びた紅葉の枝が新緑をまとい、
幾重にも重なるように頭上を覆っています。
そこに、公卿でありながら、劣勢の南朝を支え武将として戦った北畠親房(きたばたけちかふさ)公の墓がひっそりと佇んでいます。
著者「神皇正統記」で南朝の正統性を主張してきました。
幕末。
天誅組の平岡鳩平は、明治維新後、北畠の末裔と称し北畠治房と名をあらため司法で活躍しました。
北畠との姻戚は実際にはありませんが、ここにきて北畠親房の得に触れ、影響をうけたものと想像されますね。
春から初夏にうつる季節。
あざやかな新緑が目をたのしませてくれます。
秋をしのぶと、
吉野の秋の夜はさむく、いっそう紅葉を鮮やかな紅色に染めあげ、
「華蔵院」の丘を、茜雲のごとく彩ることでしょうね。
>「天誅組史跡巡り 吉野郡五條市 2011.05.04」より
そこはモミジの森となっています。
この時期、太い幹から延びた紅葉の枝が新緑をまとい、
幾重にも重なるように頭上を覆っています。
そこに、公卿でありながら、劣勢の南朝を支え武将として戦った北畠親房(きたばたけちかふさ)公の墓がひっそりと佇んでいます。
著者「神皇正統記」で南朝の正統性を主張してきました。
幕末。
天誅組の平岡鳩平は、明治維新後、北畠の末裔と称し北畠治房と名をあらため司法で活躍しました。
北畠との姻戚は実際にはありませんが、ここにきて北畠親房の得に触れ、影響をうけたものと想像されますね。
春から初夏にうつる季節。
あざやかな新緑が目をたのしませてくれます。
秋をしのぶと、
吉野の秋の夜はさむく、いっそう紅葉を鮮やかな紅色に染めあげ、
「華蔵院」の丘を、茜雲のごとく彩ることでしょうね。
>「天誅組史跡巡り 吉野郡五條市 2011.05.04」より

