うつ病の中で検証した「はらみ足投資法」 -220ページ目

生かされているということ

まだ、生きています
性懲りもなく



娘になにも怒鳴らなくてもいいようなことで、怒鳴ってしまったり
積もり積もった、恐らく自分への「怒り」が、些細なことで他へ爆発してしまう
完全に自分をコントロール不能な状態
あきれた父親



中学3年の娘は、兄(高校2年)が中3の時と同様、学校では、生徒会で活躍し
幼稚園(5才)から始めた「習字」を今なお続けて、「毛筆」「硬筆」「かな」全てで
最高位まで登りつめ、賞状、市や全国大会、機会があれば、企画へ出品、トロフィーなど
を何度も何度も取ってくる子であって、イラストや漫画を描くのがとても上手な所もありながら、
友達とカラオケに行ったりするような、活発で絵に描いたような子どもに育ちました


とにかく友達思いな良い子なんです(親バカ)ですみません


そんな娘と、目を合わすと、「お前死ね」って言われているような気がして(泣)
最近は、反抗期も手伝って、一言も口をきかないし、全く相手にされません
顔を見るたびに辛くなってしまう



兄(息子)も、パソコンにとても習熟し学校でも頼りにされ、ゲーム機などの
修理を友人から頼まれたり、学校での行事で音楽コンクールなどあれば、
パソコンで楽譜(スコア)を読み込ませたり、パートごとの旋律を流してみたり
そもそも2歳の時には、母親とスーパーマリオをやってたりして、小3の頃に
私の使い古しのパソコンを渡し、「さわり」だけ教えたのが始まりです


その息子も、最近は軽い「うつ状態」に、はまり込むことがあるようで、
少し配なのですが、やはり理由は「私」なんです
学校へ行けば元気が出るそうなので・・・


小4から一緒に少年野球をやり、6年生の時、私はスコアラーで、ずっと子どもたち
を見てきました
そのシーズンが終わって、この病気になってしまいました



女房も、こんな旦那に愛想を尽かすことなく、ひたすらにサポートしてくれてます
とっくに子どもを連れて逃げだしていても、全く不思議ではありません


考えてみれば、治癒するのにあと何年続くか判らない、働けるようになるまで
あと何年かかるのか判らない人間を「看病」をするのは、まさに「地獄」だろう
私だけが「地獄」ではないことにやっと気が付きました



家庭内別居状態にあるにも関わらず、辛抱強く通院に連れて行ってくれます
2週間おきに土曜日の半分を私のために費やし、会社も土曜日も営業してる中
休みをとってまで・・・



この病気になった同じ年、2005年の春先に、妻が少年野球の試合の時
子どもたちの昼食弁当をコンビニへ買いに出かけた帰りに、車対車の正面衝突
の事故をしました


やっとの思いで携帯を私にかけてきて、命に別状はなかったけれど、重傷を負いました
第3胸椎圧迫骨折(背骨の上辺り)、むちうち、後遺症、他・・・
しかし運が良かった
ボンネットまでグシャっとつぶれているのに、命までは取られなかった
神経もやられなかった


治るまでいつまでかかるか判らない状態ではなかった
「全治3ヶ月」、治る目安の期限が判っていた
この時、私のようにいつ治るか判らないような状態だったら、私は今どうしているだろう
こんなことを考えると、今の私は本当に情けなく思えてくるのです



こんな「かけがえのない家族」を持ちながら、感謝することすら忘れていた私
みんな本当に、ありがとう



2005年から失われた私の人生・・・



今まで自分のことで精一杯だったのですが、みんな精一杯やっているんだ
父親として、一人の人間として、本当に恥ずかしい
これが、私の人生か・・・



家族の皆が、私なんか相手にするわけないよな



わずか、5年半にして、人生落ちれば落ちるものだなあと
地獄の一歩手前をうろうろしている自分に、やっと気がつきました



「いつまでもそこに居たんではダメだろ」



時間は将来へと向かって進み、決して2005年には戻らない
私の人生も36歳で止まったままだけれども、今41歳なんだ



人間五十年 下天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり
            ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか 織田信長



決死の思いです
人間死ぬ気になれば、向かうところ敵なし
もう後ろがないんだから、前に進むのみ
やりたいことをとことんやるだけ



色即是空、空即是色  空海



今私が悩んだり、困ったりしていることは、全て「あるようで、実はないもの」
目に見えること、目に見えないこと、気がついていないことだってあるわけだし
気が付いていることにばかり目を取られるけれど、気付いていないこともあるはず
だから、執拗に何も囚われることなく、「今」を受け入れよう


妻に家庭内別居されても受け入れよう、通院に送ってくれ、食事も作ってくれる
息子も、元気がないけれども、そのうちわかってくれるだろう
娘も今の言動は到底受け入れられないものだけれど、受け止め、さらりと流そう



あと9年
残された時間を、自分の人生のために使おう
家族のためになるのなら、そして、ひいては世の中のためになるのなら




Sumile - しおり






気分障害

最近、主治医こう言われます



気分障害



こちら に出ていました

私はこの中の、双極性障害Ⅱ型です



実家に行き、「病気を治そうという気は無いのか!」って父に怒られたのが

4月の中頃ではなかったかと思います



それは私が、もう治らない病気だと、一生つきあわなければならない病気

だと言ったし、今の自分はそう思っています

それを家族にも言ってしまったので、皆、私を避けているのかも知れない



でも、それは先のホームページでは、症状である「妄想」らしい

薬さえ止めずに飲めば、再発を防げるものなんだそうです



でも、父にこうも言われました

「病気は気の持ちようだから、自分で治そう」という気になって頑張らないといけない」と・・・

それができれば、今こんなに辛い思いなんてしていないと思うのだけど・・・



「生きている価値はない」

「いったい自分はなんで生きているのだろう」

「なにをやっても無理だろう、だって身体が思うように動かない」

現実は、こういう感じです



抗うつ薬「ジェイゾロフト」が断たれて、もう1ヶ月以上は経つと思うのだけど

その前は、軽い躁状態で、前回の記事だったか通院する前の日に39℃の熱がでても、平気だった



それまでの10日くらいを振り返ると、朝方まで起きててもなんともなかったし、

昼寝を軽くするだけで、身体はなんともなかった

完全に異常だと、自分でも思えました

しかし結局は、身体が悲鳴をあげ熱が出たんだろうと思います



最近は、ひどく落ち込んで、何をする気にもなれず、するべきことがあっても出来なかったり、やはり辛いです



あまりにも辛いので、自分を保てなくなります

生きていることに意味を見いだせず

家族が嫌うのだから、生きててもしようが無いでしょ



イライラ(焦燥感)が私は特にひどく、頓服をもらっていますが、全部一気に飲んでやろう、とかタバコで腕を焼いたり、切ったりとか、5分ほど歩けば高速道路があるから、飛び込めばいい、とか、薬を大量に飲んだ後、家に火をつければいいなど、考えています



でも、じっと我慢している自分がいます

結構、一日でも気分の浮き沈みに悩まされますが、経済的に楽になれば少しは楽になるかもしれないと、少しずつ前に進んでいるので、今は死ねない



一触即発の危険性をはらみながらも、綱渡りで生きているような感じです



月末には41歳になります

私が中学校3年生の時、母が他界しました

ちょうどその年になります

母は8年がんと闘病した末に、あの世へと旅立ちました



私は自分で自分の命を断とうと思うことがあります

母の分まで生きなければいけないと思いつつ、早く母のところへ行きたい

もう現世にいても、地獄と変わらないんじゃないかと考えることもしばしばです





この世とは 時流れゆき 殺伐と    喜雨










孤立

前のブログにも書きましたが・・・



家庭内で孤立



してます



4月30日に39℃の熱が出て、昨日診察日だったけれど38.3℃

まあ、飯が食えるし腹の状態もいいので、適当にほっとらかしていたら

今朝37.1℃まで下がったので、峠は越えたと思っているところです



この時期、黄砂が影響してか、アレルギー反応がでるんで、毎年恒例といえば恒例

扁桃腺を持っているので、すぐ高熱がでるんです(左の扁桃腺が常に小さく腫れています)

でも、不思議に今回はのどの痛みがなく、頭の方が痛かった




現在の処方(操転しているので、抗うつ薬ジェイゾロフトがなくなり1ヶ月近くなります)

リーマス 600mg
セロクエル 175mg ↓
デパケンR 600mg

レメロン 15mg ↓

ジェイゾロフト

メイラックス 1mg

便秘薬
センノサイド 2錠
コンスーベン

イライラ頓服
セルシン 5mg 1日3錠まで

導眠剤
マイスリー 10mg





以下は愚痴なので、スルーした方がいいです





娘は、変人を見る目で私を見、妻とこそこそと話しをし(どうせ私のことでしょう・・)



息子は、明らかに私と距離を置くようになり

春休みは、家にいたので体調まで崩して、結局学校へ行ってる方が調子が良さそうです

やはり息子は私を負担に感じているのでしょう



先日、親から呼ばれ実家に行くと、いつまで働かずにいるつもりだって、怒られ

私の病気を理解する気が無いっていことを確認しに行ったようなものでした



妻の実家とは、疎遠になり

手のひらを返された状況は、いまだに続いて、息子の逃げ場は、妻の実家となっています



妻は、まだ辛抱強く家にいて、別れるところまでは思っていないようだけど

月に一度は、友達の家に泊まりに行くって言って出ていきます



病気は、最近はとてもフラットな状況にあり、自分ではいい状態だと思っています

なので普通に会話しても、あまりに相手にされないので、とても孤独を感じています

病人は病人



原因は私にあることだけは間違いないのだけれど・・・

どうしてここまで追い詰められるのかわかりません

娘の行動、妻の一言、息子の態度で、私がいない方がいいのだろうなと思います

私の挙動を、逐一監視され、いちいち文句を言われる



反骨精神丸出しで、今に見てろ!って思うのですが

とてもじゃないけれど孤独を感じると、精神状態が悪化します



人がいつ寝ようが、パソコンを何時間も触ろうが、いちいちうるさいんだよ

朝食、夕食はみんなと食べて、洗濯、食器洗い、できることはしてるじゃないか



それだけでも大変なのに、病気じゃないお前らに無理してあわせてるんだよ



皆、私のことを心配して言ってるんだから、わかってくれって言うけどな

それなら俺のことをわかってくれよ



爆発したら、また入院させられるから

今はあまり触らないでほしいんだけどな



でも家族の希望は、入院してくれ

頼むから家にいないでくれ


だから、たまんないよ