うつ病の中で検証した「はらみ足投資法」 -219ページ目

とうとう…

携帯からです


8月1日夕方、妻と言い合いになり、気がついたらオーバードーズしていました。

意識が無くなりました(汗)救急搬送され、入院生活も1ヶ月が過ぎました。


病院に運びこまれた時の当直だった先生に、ありがとうございましたと伝えると、よく死ななかったね、と言われました(汗)


今はかなり元気になりました。


そして、今まで根気よく面倒を看てくれた妻に対して、当たり前のように思ってたことが、今では当たり前なんかではなかった事に気が付きました。


多分、妻の気持ちは変わらないと思っていますが、私には妻と二人の子ども達が何よりの宝です。


これからは、前を向いて治療に専念し、結果身の振り方がどうなっても、乗り越えて行こうと思っています。

生きる意味って?

梅雨が明けました

たくさん雨が降りました

被災された方には、お悔み申し上げます


これから暑い夏になります

海の日には、毎年、砂浜の上でバーベキュー

今は到底、不可能です

よくあんな元気があったものだと

つくづく思いだします


通院ですが、大体月2回土曜日なのですが

今月は、3日、離婚話を持ちかけられたので10日、そして今日

15km、車で約20分

最近は妻が連れて行ってくれないので、自分で運転するのが結構大変

前の先生には、運転はダメといわれてました

そう、暴走してしまうんです

中央ラインが黄線だったら、ぎりぎり踏ん張れるんですが・・・(笑)


この1週間、寝てばかりで、収入に結び付くようなことができなくなっています

もう、疲れました


で、先生に話をすると、今の状態(うつ状態)で(離婚を)決めるものではない

と当たり障りのない答え


看病する方も疲れているし、僕も辛いわけだし

なによりも、もう子どもたちから必要とされていない

まあ、もう一人前になって、親は必要ないくらいがいいのだけれど

少し寂しいです


病院へ逃げるのも一つの方法だって主治医から(まあ営業ですね)

倉庫のような部屋で寝起きしています

荷物と壁の間、幅70cmのところへ寝ています

長期キャンプ(笑)も疲れたし、病院へ逃げるのもいいかな

一人じゃなんにも出来ないし

幅の広いベッドだし


とはいえ、希死念慮がある私にはだんだん追い詰められると

こればっかり考えるようになります

前回、準備を整えているので、あと島酒(泡盛)で一人で最後の乾杯をして・・・

時間の問題です


ほんとうに驚くほど弱い人間だなあ・・・

あれこれ考えても仕方ないし、なるようにしか、ならない


最近薬のことを書いてなかったんですが

抗うつ薬で、ジェイゾロフトやレメロンを投薬されていたことがありましたが

上に突き抜けて、眠らずパソコンで作業ができる(昼夜逆転)したりしたので

今は、抗うつ薬はでていません


リーマス 200mg 朝昼夕 合計 600mg
セロクエル 25mg 朝昼夕 合計 75mg
セロクエル 100mg 眠前  合計 100mg
セロクエル 25mg 頓服1日2回まで 
デパケンR 200mg 朝昼夕
メイラックス 2mg   夕  合計 2mg
マイスリー 10mg  眠前 合計 10mg


身長172cm 体重54kg

2008年の正月には、84kgあった体重が、下げ止り、55~56kgでしたが、
今月からまた減り始めました
適当に食べてるんですよ
ズボンがゆるゆる、ベルトは切らないといけない、ガリガリです(笑)






木山裕策 / home



とうとう・・・離婚話を切りだされました

「離婚してほしい」


妻の一言


好き勝手やってきた「ツケ」が、とうとうまわってきた


いつかは言われると、覚悟はしていたんだけれど・・・
今日だとは・・・
頭は真っ白


明日は七夕
珍しく天気も良さそう
皮肉なものだ


一番、理解してくれていると思ってた
一番、愛しい女だった
一番、・・・


やっと、「これから」という時に
やっと、人生挽回してみせるぞと思っていた矢先に
やっと・・・


もう、誰の言う言葉も受け入れない
「自分で決めた」
のだから


彼女は、義父に似て、そういうところがある


腹をくくっている
これほど強いものはない


何を言おうと、もう、彼女の気持ちは変わらない
それがわかるだけに辛い


22歳で結婚、来年で20周年も
迎えられそうにない


話の途中
私のことを「空気のような存在」だといってくれた
若いころのことを思い出す


どきどきしながら
首の座ってない長男を沐浴させたとき、お湯につかって気持ちよさそうな
顔をしてくれ、ほっとさせてくれたのが思い出される


雪の日
朝早く起きて弁当を作り、皆でスキー場へ行って
雪だるまつくりやそりで遊んだ時のことが頭に浮かぶ


暑かった運動会を応援した後
町民運動会で子どもと一緒に出た競技
楽しくてしょうがない様子だった娘


いろいろ楽しかったことが思い出されて
涙になりそうなところを、ぐっと抑える私


もう、終わりなんだ
人生半ばで、エピローグを綴らないといけなくなってしまった


私は弱い人間だから、妻のように強くないから
この家族と一緒に居たい


子どもたちが立派な大人になるまで見届けたい


もう何もかも、叶いそうもない
この事実を受け止めるだけなのか・・・