ふれあいと癒しの交響曲(和気信一郎の部屋)

ふれあいと癒しの交響曲(和気信一郎の部屋)

気功の理論や教室のこと、日々のことなどを書いています

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【禅気功】
 
◆いま、ここ
 
 
  禅の修行では、常に「いま、ここ」を大事な柱にしているようです。
  「行住坐臥」と言われるように、坐禅を組んでいる時だけではなく、起きてから寝るまでの生活(寝る時もかも知れません)が総て禅なのです。
  心と体が一つになっている、即ち、いましているそのことのみが今であり、そのことだけに心が向いていて、離れないのです。
  いま自分がしていることのみが「いま」であり「ここ」なのです。
 そこから心は離れてはいないのです。
 
  では、気功はどうでしょうか。
 
  〔ふぁんそん掌〕であれ〔すわり金魚〕であれ、作品としての〔養生気功〕であれ、いま自分の掌や背骨の揺れの感覚や動きに没頭しているし、その体感が無くては気功にはならないのです。
  体感こそが「いま」であり「ここ」なのです。
 
  気功は、〔気の訓練〕であれ〔功法の練習〕であれ、「いま、ここ」でなければ成り立たないし、そういった禅的な取り組みこそが気功を気功たらしめているのです。
 
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テーマ:
【禅気功】
 
◆はじめに
 
 
  白隠禅師の坐禅和讃の中に
「無念の念を念として歌うも舞うも法の声」
という下りがあります。
  この下りを目にした時、私は、自分が無心になって自由な気の舞をしている様子が浮かんできたのです。
 
  打算も欲得も駆け引きもない無念の境地で、己の気と宇宙の気を融合させた状態で自由に舞う…、そんな気の舞がしたいという思いになったのです。
  そして、それこそが私が目指している気功なんだと実感したのです。
  そういう気功を〔気の舞気功〕と呼んでも良いのですが、「歌うも舞うも法の声」というのが禅の心であるのならば、それを〔禅気功〕と名付けても良いのではないかと考えたのです。
  己の体の動きと空気の出入り、気の感覚を一つにしていくのが気功であり、更に、その結果として、己と天地宇宙が一つになっていく訳ですから、それは正に禅そのものなのだと思うのです。
  こういう気功の中にこそ、精神の健康、霊性(スピリチュアル)の健康に切り込んでいける内容が含まれているのだと感じ、これからの文章を認めていくことにします。
 
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【つぶやき】
 
 
  インスタ映えのせいで(おかげで?)、国民総カメラマン時代になった。
  そのせいで、落ち着いて静かだった場所にも人がわんさか押し掛けるようになった。
  一時のパワースポット現象のようだ。
  この日本人的体質が、劇場型の政治家に殺到する要因になっているのかも知れない。
  もう少し、理性的になれないものだろうか。
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【つぶやき】
 
 
  最近は少なくなったとは言え、日本には春夏秋冬があり、春の花や秋の紅葉の中に日本の美がある訳だから、その時季にオリンピックをすればいいんじゃないのかなぁ。
  おもてなしの心って、そういうことじゃないのかな?
  このままじゃ、世界の人を熱中症で殺すことになるよ!
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みなさん、おはようございます!
 
7月22日(日)です
 
●様々な切り口から
 
 
  今日は《気功塾・研究部》の日。
  今期四回目の講習です。
  今期(四月~九月までの半年)は〔華陀の五禽戯〕という作品を叩き台にした養生気功の研究をしています。
  鳥、虎、熊と進み、今回は猿と鹿の二本立て。
  更に、受講生からの要望のあった〔パワーアップ気功〕の試作を発表する予定。
 
  様々な切り口から気功に触れ、切り込んでいくのは楽しいことです。
 
  ということで、今日も猛暑が続きますが、しっかり食べて、水飲んで、塩飴舐めて、梅干し食べて、体表冷やして、元気にいきましょう!
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【気功雑感】
 
●禅気功に取り組もう!
 
 
  言葉というものは少し違うだけでも意味を異にする。
 「気功は禅の一種」
と僕は考えてきた。
  それを実践的な言葉で表すとすれば、〔気功禅〕となるのか〔禅気功〕となるのか?
  日本語においては、言葉の後に来る方が本体であり、前の言葉はその形式的な内容を表しているように感じる。
  〔気功禅〕という場合は、気功という形式的な(表面的な)取り組みはしていても、その本体(目的)は禅なのである。
  それに対して〔禅気功〕という場合は、禅という形式を取ってはいても、その本体は気功なのである。
  元々、禅という言葉の意味は、心身を統一させることであり、気功には、調身、調心、調息の三位一体的な統一という課題がある訳で、禅と気功は同じ内容を持っているのだ。
  従って、気功は気功であれば良い訳で、改めて〔禅気功〕などと表さなくても良いのだが、僕の中に、気功を肉体的な健康のための手段として矮小化しての養生気功としてしまう考えが顔を出して来るので、スピリチュアル(霊性的)な健全化、精神的な清浄化という視点を忘れないようにするためにも、〔禅〕という言葉の力を借りなければならなくなるのである。
  しばらく、精神的な清浄化という側面での気功という課題に取り組んでみる必要がありそうだ。

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実践・これが気功だ!】
 
●坐式での背骨ゆらし・前後
 
  この前後ゆらしの練習においては、背骨の揺れと同時平行的に体の前側の皮膚の感覚と体内の感覚を体感する練習も加えています。
  特に、前側の皮膚の感覚の体感は必須です。
  体性感覚としての動きの感覚と同時に、体性感覚の一つである皮膚の感覚を体感していくことによって、体性感覚を更に開発していくのです。
 
 
●二つ折りにした座布団かやや硬めのイスに座り、 ゆっくり背筋を伸ばし、肩を落としましょう。
 
★これから先の動きは、それぞれに五回から十回ほど続け、皮膚や動きの感覚を充分に体感するようにして下さい。
 
●まず、顎先から突き出すようにして前に倒れていってから体重を坐骨に戻し、その動きを続けましょう。
 顎を突き出していきながら口の奥から口の中を通って息が漏れ出ていくような感じで息を吐き出します。
 その動きに合わせて気持ちを口から鼻、額、前頭部と上げていき、顔の皮膚を下から伸ばしていくような、顔の皮膚を下から剥がして行くような感じで顔の緊張もゆるめていきましょう。
 
●次に、軽く顎を引くようにして戻し、気持ちを頚椎か後ろ首筋に移し、頚椎や首筋の動きを体感しながら続けます。
  頚椎や首筋も下から上に反り上がりながら前に行き、第七頚椎(首の付け根)から引き戻し、首がうなだれるような感じで戻ってきます。
 
 
●今度は気持ちを胸板に降ろし、両胸の間から前に突き出していきましょう。
 そこから上に向かって、胸板首、顎と皮膚を伸ばしていくような感じで反り上がり、同時に、胸の中の空気も上げて口から漏れ出ていくようにしてみて下さい。
 
●続いて、両胸の後ろ、肩甲骨の下のライン辺りから後ろに引き、背骨の揺れを体感します。
  背骨も下から順に反り上がり、丸くなりながら戻ってくるのを体感しましょう。
 
 
●更に、気持ちを腹に降ろし、臍から突き出していき、気持ちを上腹部、みぞおち、胸板、首、顎と下から順に皮膚を伸ばし、反り上がっていくようにしてみて下さい。
  胸の場合と同じように、腹の中の空気も胸、首と上げていって口から漏れ出ていくようにしてみましょう。
 
●それから気持ちを臍の真後ろの腰椎に移し、腰椎から引き戻すようにして、腰椎、胸椎の揺れを体感します。
  腰椎、胸椎と下から順に反り上がり、腰椎から丸くなって戻ってくるのを体感するのです。
 
●最後は、体重を坐骨に落とし、坐骨を支点に骨盤を前後に揺らし、その揺れによって脊椎が細い竹のように、海の底の海草のように揺らされているのを体感しましょう。
  腹の中や胸の中も、袋に入った液体が揺らされているような感じの感覚を体感してみて下さい。
 
●終わる時は、骨盤の揺れが静かに止まっていくようにし、脊椎や胴体内の液体感覚が独りでに止まっていくようにして終わりましょう。

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